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家族と始める異世界の暮らし  作者: 翠川
第1章 アロヴィナでの日常

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第7話 薬草と教会と、小さな一歩

 

 朝のテーブルに、パンの匂いがひろがる。


 昨日の夜決めたこと――

「外ではまず薬で助ける」「ヒールは最後の手段」

 その方針が、頭のどこかで静かに繰り返されていた。


「……ねえ」


 サナがマグカップを両手で包みながら、口を開いた。


「昨日の話、さ」


「うん?」


「“外では薬、ヒールは家族と本当にやばいときだけ”ってやつ。あれ、とりあえず続けてみたい」


「私もそう思ってた」


 私は頷いた。


「じゃあ問題は、“薬のほうをちゃんと使えるようにする”ってところだね」


「そう。それで――」


 サナは、パンを一口かじってから続けた。


「この世界の薬草、全然知らないままじゃダメだから、まずはちゃんと教えてくれる人を探したい。旅人用の傷薬も持っておきたいし」


「いいね。今日の予定、まとめるとこうかな」


 私は指を折っていく。


「午前中は街の薬屋さん。基本の薬を少し買って、この辺で採れる薬草も教えてもらう」


「うん」


「教会にも寄って、昨日無事だったお礼と、“娘が薬に興味を持ち始めました”って話をしておく」


「リーネさんに?」


「そう。教会と薬屋さんの考え方の違いも、少し聞けるかもしれないしね」


「なるほど」


「午後は、お父さんが戻ってきてから、教えてもらった“安全な範囲”で薬草採りの練習。夕方は家で、試しに軟膏を作ってみる」


「完璧な一日じゃん」


 サナが笑う。


「ユウトはどう?」


「……こわいの多いのはイヤだけど」


 ユウトは、少し考えてから言った。


「“いやな感じ”したら、すぐ言っていいなら、行く」


「それ、大事な役目だからね」


 私は微笑んだ。


「今日は“戦う日”じゃなくて、“薬師の一歩目の日”。危なそうなら、いつでも引き返す」


「分かった」


 ユタカが、コーヒーを飲み干して立ち上がる。


「午前中はギルドで書類。昼過ぎには戻るよ。薬草採りは、そこから合流ってことで」


「うん。いってらっしゃい」


「いってきます」


 扉が閉まる音を聞きながら、私はマグカップを両手で包んだ。


 今日は、魔法じゃないほうの助け方に、ちゃんと向き合う一日になる。




 ◆ 街の薬屋で、優しい声を聞く


 市場の通りを歩いていくと、パンや肉のいい匂いが鼻をくすぐる。


 その一角に、小さな木の看板がぶら下がっている店があった。

 薬草と瓶の絵が描かれた看板。ここだ。


「ここかな」


「なんか、落ち着いてる匂いする」


 ユウトが小さく言う。


 扉を開けると、ふっと薬草と乾いた土の匂いがした。


 棚には瓶や包みが並び、天井からは乾燥させた草束が吊るされている。

 雑然としているのに、不思議と心地いい。


「いらっしゃい」


 カウンターの奥から、中年の男性が顔を出した。

 柔らかい目をしていて、声も丸い。


「いらっしゃい。あら、旅の方?」


 奥から、同じくらいの年の女性も出てくる。

 エプロン姿で、手には布巾。こちらも穏やかな笑顔だ。


(……いい感じのご夫婦だな)


 私は自然と肩の力が抜けた。


「はい。アロヴィナに来たばかりで。旅の途中で怪我をしたときのために、簡単な薬を持っておきたくて」


「それは大事だねえ」


 男性のほうが頷く。


「この辺りなら、まずは擦り傷と打ち身、それからお腹を冷やしたとき用があれば安心かな」


「子どもさんも一緒だしね」


 女性がサナとユウトを見て、少し微笑む。


「どこか悪いところはない?」


「今は大丈夫です」


 サナが答えると、女性は安心したように笑った。


「ならよかった。じゃあ、旅人さん向けの“基本セット”を用意しようか」


 ふたりは手慣れた様子で、棚から瓶や包みを選んでいく。


「こっちが、浅い切り傷用の軟膏。こっちは消毒代わりの液。これはお腹を温めるお茶」


「へえ……」


 サナが興味深そうに見つめる。


「この軟膏の材料って、なんですか?」


「これはね――」


 男性が、瓶を軽く振りながら説明する。


「“コバの葉”と“リューナ根”。傷のふさがりを良くしてくれる草でね。あとは油と、少しだけ防腐のための樹脂」


「コバの葉……」


 サナが呟きながら、どこか遠くを見るような目をした。


「葉っぱは細長くて、縁が少し波打ってて、裏側が白っぽい……?」


「そうそう、それそれ」


 男性が嬉しそうに笑う。


「その“リューナ根”って、地面から少し顔を出してる白い根っこで、切ると少し辛い匂いがするやつですよね」


「その通り。見たことあるのかい?」


「いえ、なんとなく……」


 サナは、苦笑いを浮かべた。


「頭の中に、形が浮かんできただけです」


「薬に向いているのかもしれないねえ」


 女性が、穏やかに言う。


「よかったら、名前を教えておいてくれる?」


「あ、はい。サナです」


「私はリカです。こちらが息子のユウト」


「僕はレオン。こっちが妻のミレイユ」


 男性が名乗り、女性も軽く頭を下げる。


「私たちには子どもがいなくてねえ。若い子が薬に興味を持ってくれると、つい嬉しくなっちゃうんだ」


「……」


 ユウトが、じっとふたりを見て、小さな声で言った。


「ここ、白い感じする」


「白い?」


 ミレイユが首を傾げる。


「えっとね……やさしい感じ」


「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」


 ミレイユは、目を細めた。


(たぶん、このご夫婦とは長く付き合っていくことになるだろうな)


 そんな予感がした。


「この草と根は、城門から近い小川のほとりにも生えてるよ」


 レオンが、紙に簡単な地図を書いてくれる。


「モンスターはほとんど出ない場所だけど、日が高いうちに行くんだよ。採った葉や根を持ってきてくれれば、買い取ることもできる」


「本当ですか?」


「うん。薬屋は、いい薬草があればあるほど助かるからね」


「ありがとうございます」


 私は深く頭を下げた。


 薬と草と、優しい笑顔。

 この店には、あまり黒い影はなさそうだ。




 ◆ 教会で、薬と祈りの距離を聞く


 薬屋を出ると、その足で教会へ向かった。


 噴水の水は、今日もきらきらと光っている。

 水の女神像は、静かに街を見守っていた。


「少しだけ、お礼していこうか」


「うん」


 中に入ると、礼拝堂は相変わらず静かだった。

 前と同じように、好きな席に座って、短く祈る。


(昨日のあの子が、今も元気でいますように)


 誰にともなく、心の中でそう言ってみる。


「旅の人」


 後ろから声がして振り返ると、リーネが立っていた。


「また来てくださったんですね」


「はい。昨日のこともあって、少しお礼を言っておきたくて。旅が無事に続けられているのは、きっと女神さまのおかげだと思うので」


「そう言っていただけるのは、女神さまも嬉しいと思います」


 リーネは微笑んだ。


「さっき、薬屋さんにも寄ってきました。旅の途中での怪我に備えて、薬も少し買って」


「いい心がけです。薬も女神さまの恵みの一つですからね」


「恵み……」


「草も木も水も、女神さまがこの世界にくださったものです。教会はその中でも“祈りと回復魔法”を、薬師の方々は“薬”を。それぞれの形で人を助けているんですよ」


 押しつけがましくない口調だった。


「全部を教会だけで抱え込もう、という感じではないんですね」


「とても無理です。街中の怪我や病気を、全部回復魔法だけでどうにかしようとしたら、神官も巫女も倒れてしまいます」


 リーネは肩をすくめて笑う。


「だからこそ、薬師も、助け合う仲間です」


 その言い方に、私は少し安心した。


「実は、娘が薬草や薬に興味を持ち始めていて」


 私はサナのほうを見る。


「今日も、薬屋さんでいろいろ教えてもらいました」


「それは心強いですね」


 リーネは、サナに向き直った。


「無理のない範囲で、少しずつ覚えていくといいですよ。怪我をした人を助ける手段が多いほど、女神さまも喜ばれます」


「ありがとうございます」


 サナが少し緊張しながらも、しっかり頭を下げる。


「ただし――」


 リーネは、少しだけ真面目な顔をした。


「大きな奇跡や、“ありえない癒やし”は、女神さまのお心のうちです。もしこの世で本当にそういうことが起こるなら、それはきっと、教会の務めにも関わるでしょう」


「……そうですね」


 私は静かに返した。


(つまり、“こんなこと現実にはありえない”レベルの治癒は、教会の領分。そこに足を踏み入れたら、もう普通の旅人ではいられない)


 改めて、その線がはっきりした。


「娘は、教会の巫女になるわけではないと思いますが、薬草や薬を通して人を助ける立場には近づいていくかもしれません」


「それも、女神さまが喜ばれる道のひとつですよ」


 リーネは柔らかく微笑んだ。


「また困ったことがあれば、いつでもいらしてくださいね」


「ありがとうございます」


 礼拝堂を出ると、外の光がまぶしく感じた。


「……教会と薬屋さん、ちゃんと仲間って感じだったね」


 サナがぽつりと言う。


「うん。サナが薬師として動いても、教会と喧嘩する道にはならなそうで、ちょっとホッとした」


「よかった」


 ユウトは、噴水の水をじっと見つめている。


「ここも、白い感じする」


「そうだね」


 私は、女神像を一度だけ見上げた。


(薬の道に一歩進みます。できれば、静かに見守っててください)


 心の中だけで、そう伝えておいた。




 ◆ 小川沿いで、初めての薬草採り


 午後。ユタカが家に戻ってきて、簡単に昼を済ませた。


「じゃあ、行こうか」


 テントの奥の玄関から外へ出て、四人で野営地を抜ける。

 城門には向かわず、城壁を横目に見ながら、その外側を草地のほうへ歩いていく。


 今日向かうのは、レオンが教えてくれた小川沿いの草地だ。

 街からもそう遠くなく、城壁の上からも見えるくらいの距離で、兵士もこの辺りまでは時々見回りに来るらしい。


「こわくなったら、すぐ戻るからね」


「うん」


 ユウトは、私の手を握りながら歩いている。


「こっち側は、そんなにイヤじゃない」


「“そんなに”ってところが、ちょっと気になるけど」


 サナが苦笑する。


「森の奥のほうは?」


「うーん……あんまり行きたくない。ぐるぐるしてる」


「じゃあ、今日は小川のほうだけにしよう」


 私たちは、ユウトの言う「白いほう」に足を向けた。


 しばらく歩くと、さらさらと水の音が聞こえてくる。


「この辺だね」


 ユタカが、持ってきた簡易地図を確認する。


 小さな小川のほとりに、低い草が一面に広がっていた。


「コバの葉、どんなだったっけ」


「細長くて、縁が波打ってて、裏が白っぽい」


 サナが膝をついて、草をかき分ける。


「これと……これは違う、これだ」


 指差した葉は、レオンの説明どおりの形をしていた。


「へえ。ほんとにイメージどおりに見つけるのね」


「なんとなく、“ここ掘って”って場所も分かるんだよね」


 サナは、根元の土をそっと掘る。


 白っぽい根が、少し顔を出した。


「リューナ根も、たぶんこれ」


「すごいね」


 私は感心しながらも、あえて大げさな言い方はしない。


「でも、取りすぎないようにね。明日も明後日も生えてくるぐらいには、残しておこう」


「了解」


 サナは、必要な分だけを選んでいく。


 私とユタカは、周囲をなんとなく見張り役。

 とはいえ、本当に静かな場所だった。


「リカ、何か聞こえる?」


「遠くのほうで、金属の音がする。たぶん、誰かがどこかで剣を振ってる。でも、かなり遠いよ」


「こっちには来なさそう?」


「今のところ、その気配はない」


 天耳通の感覚を、そっと調整する。

 聞きすぎると、頭が疲れるのが分かってきた。


「今日は薬草の日だから、戦ってるほうには近づかない」


「賛成」


 ユタカが頷いた。


 そんな会話をしていたときだ。


「うわっ」


 ユタカが足を取られて、少しよろめいた。


 小さな石につまずき、転ばないように踏ん張った拍子に、膝を軽く地面にぶつけたらしい。


「大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫。ちょっと擦りむいただけ」


 膝を見ると、少しだけ血がにじんでいた。


「……ごめん、気をつけるって言ってたのに」


「これくらいなら、今日の“試し塗り用”だね」


 私は笑った。


「ユウト、怖くなかった?」


「うん。今のは、“いやな感じ”しなかった」


「よかった」


 このくらいのハプニングなら、許容範囲だ。


 必要な分だけ薬草を採ったら、今日はそこで切り上げることにした。


「初日の薬草採りは、これくらいで」


「うん。あんまり欲張らないほうがいいね」




 ◆ 家で作る、最初の軟膏


 家に戻ると、キッチンの一角を“薬作りスペース”にした。


「火加減だけ気をつけてね」


「分かってる」


 サナは、レオンに教わった手順を復唱しながら、鍋に油を入れる。


 刻んだコバの葉とリューナ根を加えて、弱火でじっくり温める。

 途中で樹脂を少し足すと、ふわっと甘いような匂いが立ち上った。


「いい匂い」


「ちょっとハーブっぽいね」


 ユウトが、少し離れたところから覗き込む。


「熱いうちは危ないから、近づきすぎないでね」


「はーい」


 しばらく煮てから、布でこして、瓶に流し込む。


「……ちょっと硬すぎたかな」


「次の回は油を少し増やそう」


 そんな調整をしながら、一瓶目の軟膏が完成した。


「じゃあ、お父さんの膝で試す?」


「実験台か」


 ユタカが苦笑しながら、ズボンの膝を少しだけまくる。


 擦りむいたところは、まだ赤くなっていた。


「ちょっとしみるかもよ」


「覚悟はできてる」


 サナが、指先に少しだけ軟膏を取って、そっと塗る。


「……あ、そんなにしみない」


「よかった」


 塗ったところが、じんわりと温かくなる。


「今すぐツルツルにはならないけど、さっきより痛みが引いてる気がする」


「ちゃんと効いてるってことだね」


 サナの顔が、ほっと緩んだ。


「街に売ってた軟膏より、少しだけ効き目が強いかもしれないけど、“魔法です!”ってほどじゃない」


「それくらいがちょうどいいね」


 私は頷いた。


「これなら、“旅の途中で薬を少し工夫して作ってる家族”ぐらいで通せる」


「うん。もう少し慣れたら、レオンさんたちにも相談してみたいな。“こういう配合、どう思いますか?”って」


「それはきっと喜ぶよ」


 子どものいない夫婦に、薬に前向きな娘。

 相性としては悪くないはずだ。


「ユウトも、どこか打ったりしたら教えてね」


「うん……でも、あんまり打ちたくはない」


「それはそうだね」


 笑い声が、キッチンに広がった。




 ◆ 夜、表の顔を決めていく


 ごはんとお風呂を終えて、リビングに集まる。


「じゃあ、今日のまとめ」


 私は、テーブルに肘をつきながら言った。


「サナは、“薬師見習い”として外に出ていく。薬屋さんにも顔見知りができた」


「うん」


「外ではまず薬。どうしてもダメなときだけ、ヒール。これは変えない」


「了解」


「ユウトは、“気配に敏い普通の少年”。いやな感じがしたら、理由は分からなくてもすぐ言う」


「言う」


「私は、“耳のいいお母さん”。家族を守るためだけに、この耳を使う」


「盗み聞きは最小限でね」


 サナが笑う。


「そこは努力する」


「お父さんは?」


「俺は、“商業ギルド所属の普通の商人”。能力が増えなくても、それでいいと思ってるよ」


 ユタカは、少し照れながらも真面目な顔で答えた。


「普通の物差し役は、だれか一人必要だから」


「うん。そこ、頼りにしてる」


 私は微笑んだ。


「魔法でなんでも解決する家族じゃなくて、できる範囲で、目立たないやり方を選ぶ家族でいたいなと思ってる」


「それ、いいね」


 サナが頷く。


「私も、そのほうが落ち着く」


「僕も。あんまりキラキラするの、得意じゃない」


「じゃあ、この方向で」


 話がまとまったところで、それぞれ自分の部屋へ向かった。


 布団に入って目を閉じると、胸の奥に、静かな水の気配が広がる。


(今日は、薬のほうに一歩進みました)


 言葉にすると、案外ささやかな報告だ。

 それでも、私にとっては大事な一歩だ。


(派手な奇跡じゃなくていいので。こういう一歩を、少しずつ積み重ねていけますように)


 そう願ってから、ゆっくりと息を吐いた。


 水面が、静かに一度だけ揺れたような気がした。


 アロヴィナでの七日目は、

「薬で助ける」という選択肢が、少しだけ形になった日として終わっていった。



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