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家族と始める異世界の暮らし  作者: 翠川
第1章 アロヴィナでの日常

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第4話 ごはんを作れば、とりあえず生きていける気がする

 

 目が覚めて、天井を見上げて、二秒だけ考える。


(ここ、どこだっけ)


 いつもの天井。いつものカーテン。窓の向こうだけが、見慣れない木々と鳥の声。


(昨日、ユタカがギルド登録して……)


 そこでようやく思い出して、少しだけ胸が軽くなる。


(そうだ。とりあえず“無職一家”は卒業したんだ)




 ◆ 朝のコーヒーとゆるい作戦会議


 リビングに出ると、ユタカがソファで書類を広げていた。


「おはよう」


「あ、おはよう。コーヒー淹れようかと思ってたところ」


 キッチンの棚には、日本語がべたべた書かれたパッケージの食材たち。

 異世界に来ても、“いつものスーパーのラインナップ”が丸ごとついてきてるの、本当に反則だと思う。


「今日、どうする?」


 マグカップを二つテーブルに置いてから聞く。


「ギルドには“今日は家で書類読ませてください”って言ってあるから、顔出さなくてもいい」


「じゃあ、生活デーだね」


「生活デー?」


「台所と食材の整理。あと、街の市場で“こっちの食べ物”ちょっと買ってみたい」


「なるほど。異世界適応の第一歩は胃袋から、と」


「そういうこと」


 自分で言って、ちょっと笑ってしまう。


「午前中は市場。午後は家で料理の実験。夜はのんびり。どう?」


「いいと思う。俺は荷物持ちと計算係で」


「頼りにしてます、うちの経理」


 こんな会話をしているうちに、サナが寝癖のまま顔を出した。


「おはよ……。今日はギルド行かない日?」


「うん。今日は“ごはんのことを考える日”」


「平和でいいね、それ」


 最後にユウトが、まだ半分夢の中みたいな顔で出てきた。


「……ごはんのひ?」


「そう、ごはんの日」


「それはだいじ……」


 そこだけは、しっかりうなずくあたりがユウトらしい。




 ◆ 市場は、だいたいゲームの“市場マップ”


 野営地から城門まで歩き、軽く挨拶して中に入る。


 門番さんは、もう私たちの顔を覚えたらしい。


「今日はギルドか?」


「今日は市場だけです」


「そうか。坊主、腰の袋は前にな」


 ユウトのポーチをちらっと見てくる。


「……うん」


 スリ未遂のことが、ちゃんと記憶されてるらしい。ありがたいような、ちょっと恥ずかしいような。


 中に入ると、相変わらず市場は賑やかだった。

 野菜の山、吊るされた肉、干された魚、よく分からない乾物の束。


「ほんとに、ゲームの“市場マップ”みたいだね」


 サナが横でぼそっと言う。


「たぶん、ゲームのほうがこういうとこ真似してるんだと思うけどね」


 そんな話をしながら歩いていると、芋っぽいものが山積みになった屋台があった。


「おばさん、このお芋みたいなの、なに?」


「“土イモ”だよ。煮ても焼いてもおいしいよ。よく洗って丸ごと煮るのがおすすめ」


 陽気そうなおばさんが、にかっと笑う。


 手に取ってみると、少しいびつなジャガイモ、みたいな感じ。重さや触り心地は、だいたいポテト。


(肉じゃが、いけそう)


「十個でいくら?」


「銅貨二枚でどうだい。初めて見る顔だし、お試しってことで」


 そう言われると、買わざるをえない。


「じゃあ、それでお願いします」


 次に、吊るされた肉の塊が目に入った。


「おじさん、この肉は?」


「“グレイボア”の腿だな。脂は多いが、しつこくない。煮込みにも焼きにも向いてるぞ」


「グレイボア……」


 名前の響きが完全に中ボスだ。


「薄く切って焼いてもおいしい?」


「ああ。塩と香草だけで十分だ」


「じゃあ、そのグレイボアを少しと、その香草の束もください」


「まいど」


 包んでもらっている間、ユウトがじーっと肉を見ていた。


「……たおすの、たいへんそう」


「敵じゃないからね?」


「名前がつよそう」


「名前は強そうだね」




 ◆ 家は、異世界キッチンスタジオ


 野営地に戻って、ユタカがいつもの簡易テントを広げる。


 玄関を開けた瞬間、日本の家の空気と、異世界市場の匂いが混ざった。


「なんか、帰宅したサラリーマンのスーツと、キャンプ帰りのリュックが同時にある感じ」


 サナが、よく分かるような分からないような例えを言う。


「とりあえず台所に全部あけちゃおう」


 袋をカウンターに広げる。


「今日のテーマは、“異世界食材を日本のキッチンでなんとかする”ね」


「タイトル長い」


「うるさいな」


 土イモを洗いながら笑ってしまう。


「ユウトはテーブル拭き係ね。台所に近づきすぎないこと」


「はーい」


 ちゃんと返事して、布巾片手にテーブルへ向かう。


 包丁でイモの芽を取っていたとき、ちょっと手が滑った。


「あ」


「お母さん?」


「だいじょうぶ、ちょっと切っただけ」


 じわっとにじむ血。うん、普通に痛い。


「見せて」


 サナが近づいてきて、私の指を取る。


「……このくらいなら、いけそう」


 小さく息を吸って、指先を見つめる。


 ほんの一瞬、淡い光が指を包んだ。

 すぐに消えたけれど、痛みも一緒に消えている。


「うん。“絆創膏いりませんレベル”は、やっぱり大丈夫そう」


「助かるわ。ありがとう」


「外ではやらないけどね」


「もちろん」


「なんか、“家族専属ヒーラー”って感じでちょっと楽しい」


「肩書きだけ聞くとカッコいいわね」


 そんなやりとりをしながら、

 グレイボアには塩と香草を揉み込んで、土イモは鍋に放り込んで、

 もう半分の肉とイモは、“なんちゃって肉じゃが”にすることにした。


 コンロの上で、いろんな匂いが混ざり始める。


「ごはん炊けるのも、すごくない?」


「炊飯器、神だよね……」


 炊飯器の「ピッ」という電子音が、異世界にいることを忘れさせてくる。




 ◆ 異世界肉じゃが定食


 テーブルの上に、料理を並べる。


 白いごはん。

 グレイボアの香草焼き。

 土イモ入りなんちゃって肉じゃが。

 市場野菜+日本のドレッシングのサラダ。


「なんか、“異世界定食”ってメニューにありそう」


 サナが笑う。


「たぶん観光地で千五百円くらいで出てくるやつね」


「高級だ……」


「じゃ、いただきます」


 四人で手を合わせる。


 まず、ごはん。

 当たり前に日本の味がして、ちょっと安心しすぎて笑いそうになる。


 次にグレイボアを一切れ。


「……あ、これ普通においしい」


「だろ?」


 ユタカも満足そうな顔だ。


「豚よりちょっと野性味あって、でも臭くはないね。香草のおかげかな」


「肉じゃがのほうは?」


 土イモ入りの“それっぽいもの”を一口。


「……うん、“肉じゃがの親戚”くらい」


「親戚?」


「味はほぼ肉じゃがなんだけど、イモがちょっとねっとりしてるから、違う食べ物ってことにしてあげたほうが機嫌よさそう」


「分かるような分からないような」


 サナが笑いながら、同じものを口に運ぶ。


「でも、おいしいよ。これ」


「うん。おいしい」


 ユウトも、もぐもぐと頷いている。


「こっちの食材と、日本の調味料って、案外仲良くやっていけそうだね」


「そのうち“こっちの調味料”とも仲良くなりたいけどね」


 醤油や味噌の在庫を頭の中で数えながら言う。


(この子たちが尽きる前に、現地の味もちゃんと覚えないと)


 でも、とりあえず今日は。


「おかわりあるよ」


「する!」


 三人の返事が揃って、ちょっと笑ってしまった。




 ◆ なんでもない午後


 午後はひたすら、普通の家事をした。


 洗濯機を回して、掃除機をかけて、

 サナはノートに「この世界の野菜メモ」を書き、

 ユタカはギルドからもらった書類を読み込んでいた。


「お母さん、“土イモ→煮るとねっとり系。ジャガイモ寄りだけど別物”って書いといた」


「評価がざっくりしてる」


「自分が後で見て分かればいいの。攻略メモみたいなものだし」


「家の中に攻略本がある家庭って、ちょっと楽しそうね」


 ユウトはリビングの真ん中で、妙に姿勢よく座っていた。


「それ、何してるの?」


「……“出さない練習”」


「出さない練習?」


「こわくないときに、“なにも出てこなくていい”って思うの。なんか、そのほうが“出したくなったときに止められそう”な気がして」


「なるほどね」


 それを聞いて、ちょっと胸がきゅっとなった。


「いいと思う。怖くなってから慌てて止めるより、先に“止め方”覚えといたほうが楽だもんね」


「うん……」


 そう言いつつ、途中で欠伸をしてるあたりがまだ十三歳だ。


「喉乾いた人ー?」


「はーい」


 三人分の手が上がる。


 水差しに、この世界の水を汲んで、

 日本から持ってきたコップに注ぐ。


 水だけは、どこの世界でもだいたい透明で、冷たくて、ありがたい。




 ◆ 夜の台所と、“まだ名前のない誰か”


 夜。


 みんなが寝室に引っ込んで、家が静かになったあと。

 私は一人で台所に残った。


 シンクの中の皿を洗って、鍋を拭いて、コンロをさっと拭く。


 窓の外には、暗い森と、遠くの星。


(日本にいたときと、やってること自体はほとんど変わらないんだよね)


 洗い物を片づけて、電気をぱちっと消す。


 キッチンが暗くなった瞬間、胸の奥がふわっと温かくなった。


(……あ)


 目を閉じなくても分かるようになってきた。


 昨日より、ちょっとだけ近くなった気配。


 頭の上あたりから、そっと様子をうかがっているみたいな、静かな視線。


(今日も、見てた?)


 市場でのこと。

 グレイボアの香草焼き。

 家族で笑いながら食べた夕ご飯。


(もしあなたが女神さまなら――)


 そこまで考えて、わざとそこで止めた。


(“もし”のままで、しばらくいいや)


 名前を決めた瞬間に、距離が変わってしまいそうで、ちょっと怖い。


「今日も一日、ありがとうございました」


 小さな声でそう言って、軽く頭を下げる。


 返事はない。


 代わりに、水面に小石を落としたみたいな、静かな波紋だけが胸の中に広がった。


(……うん。とりあえず、明日もごはん作ろう)


 それができているなら、まだ大丈夫。


 そう思いながら、寝室へ向かった。


 異世界に来ても、ごはんは三回やってくる。

 朝はコーヒーとパン。昼は市場帰りの軽食。夜は家族でテーブルを囲む。


 その繰り返しの中に、少しずつ“ここで暮らしていく”っていう実感が積もっていくのかもしれない。


 布団にもぐりこんで、目を閉じる。


 遠くで、水の流れる音みたいな静けさが、そっと耳の奥に触れた気がした。



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