第2話 辺境の街アロヴィナと、これからの話
鳥の声で目が覚めた。
少し硬いベッド。薄い布団。見慣れない木の天井。
ここが昨夜泊まった宿の一室だ、とゆっくり思い出していく。
(……森で目が覚めて、家を出して、街に入って……)
そして、宿のベッドで目を閉じた瞬間に感じた、あの不思議な“気配”。
胸の奥をそっと撫でられるような、湯船に浸かったあとのような安心感。
姿も声も分からないのに、「誰かに見守られている」としか思えない何か。
(あれは何だったんだろう)
はっきりとした答えは出ない。
けれど、少なくとも“害のあるもの”ではない――そんな確信だけは残っていた。
◆ 昨夜のポーチと、今朝のお金
身を起こすと、枕元の椅子に掛けておいた自分の服と、そのそばに置いてある布のポーチが目に入る。
昨夜のことを、少し巻き戻して思い出す。
――宿に着いて、部屋をとろうとしたとき。
「一晩、家族四人で泊まりたいんですが」
ユタカがそう言ったあと、私は一瞬、血の気が引いた。
(お金……どうするの)
この世界の通貨なんて持っているはずがない。
日本円もカードも、使えるわけがない。
慌ててポケットやバッグの中をまさぐったときだ。
「あれ……?」
見覚えのない、小さな布のポーチがひとつ、出てきた。
手触りはしっかりしていて、紐でぎゅっと結ばれている。
中身を指で押すと、硬いものがいくつも当たった。
「すみません、こんな硬貨で……足りますか?」
半信半疑で取り出した銀色のコインを、宿の主人に見せる。
主人は一瞬だけ目を細めたが、すぐに頷いた。
「ああ、大丈夫だよ。銀貨五枚で四人部屋、一晩ってところだな」
そのやりとりを、私はぼんやりとした頭で眺めていた。
(いつの間に、こんなの……?)
誰も「ポーチを入れた覚えがない」のに、気づいたら手元にあった。
けれど、そのときは不安と疲れで、深く考える余裕もなかった。
――そして今朝。
私は、そのポーチを手に取った。
「起きた?」
隣のベッドから、ユタカの声がする。
「うん。おはよう。……昨日のお金、覚えてる?」
「ああ。あのポーチか」
ユタカも身を起こし、自分の服を探る。
「……やっぱりあるな。俺の分も」
彼の手にも、同じような布のポーチが握られていた。
「私も。サナとユウトのも、たぶんあると思う」
「昨夜は混乱してて、一つしか確認してなかったからな……。朝のうちに、中身をちゃんと見ておこう」
簡単に顔を洗ってから、私たちは机の上にポーチを並べた。
少しして、サナとユウトも起きてくる。
「おはよう……。あれ、それ何?」
「昨日、お父さんが宿代払ったときに使ったやつだよ。サナとユウトの腰にも、同じの入ってた」
「ほんとだ……」
サナが自分の服を探ると、やはり小さなポーチが出てきた。
ユウトの服にも、同じ形のものがぶら下がっている。
「誰が入れてくれたのか分からないけど……今はありがたく使おう」
ユタカがそう言って、ポーチの紐をほどいた。
中から出てきたのは、暗い色の硬貨、赤みがかった硬貨、鈍い光を放つ硬貨――色の違う金属の円がいくつも。
「これは鉄かな。軽いし、黒っぽい。こっちが銅で、これが銀……かな」
ユタカが一枚ずつ指で弾きながら、机の上に並べていく。
「昨日の宿代が、銀貨五枚だったよね?」
「ああ。ざっと数えてみると……各ポーチに、銀貨が十数枚。銅貨が三十枚くらい。鉄貨は、その倍はありそうだ」
「けっこう……ある?」
「贅沢しなければ、しばらくは何とかなる量だと思う。けど、いつまでもこれに頼るわけにはいかないな」
ユタカは、少し真剣な表情になった。
「街で暮らすつもりなら、この世界での“仕事”を探さないといけない」
「そうだね。物価も分からないし、どれくらいで食べていけるのかも見てみないと」
私は硬貨を指でつまんでみる。
日本のお金とは違う重み。冷たさ。
(誰が、何の目的で、私たちにこれを持たせたんだろう)
昨夜の“見守られているような気配”と、このお金。
同じ“何か”の仕業だと考えるのが自然だけれど、今のところは「何か」としか言えない。
ただ一つ分かるのは――それが、今の私たちの命綱だということだった。
◆ アロヴィナの雑踏
朝食を簡単に済ませ、私たちは宿を出た。
石畳の道には、すでにたくさんの人が行き交っている。
荷車を引く商人、籠を抱えた女性たち、小さな子どもを連れた家族。
鎧ではないが、それなりに頑丈そうな革の服を着て、大きな剣や槍を背負っている人たちもいる。
「人、多いね……」
ユウトが、少し不安そうに私の袖をつまんだ。
「大丈夫。一緒に歩こうね。手、握ってて」
「うん」
私はユウトの手を握り、家族四人でなるべく固まって歩く。
市場の一角に近づくと、香辛料の匂い、焼きたてのパンの匂い、汗と土の匂いが混ざり合って、むっとした熱気になっていた。
「ゲームの“市場マップ”っぽいね……」
サナが小声でつぶやく。
「たしかに、言われてみればそんな感じだわ」
思わず笑ってしまった。
丸いパンや細長いパンが並んだ屋台の前で、足が止まる。
「いらっしゃい。焼きたてだよ」
パン屋の主人が声をかけてくる。
値札には「銅貨1」と書かれていた。
「一個、銅貨一枚……」
日本の感覚でいえば、百円くらい。
コンビニのパンと同じくらいだろうか。
「試しに四つ買ってみようか。味見もかねて」
「そうだな」
ユタカがポーチから銅貨を取り出し、主人に渡す。
じゃら、と硬貨が触れ合う音が妙に現実的で、私たちが本当に“この世界のお金”を使っているのだと感じさせた。
パンを受け取り、少し歩きながらかじる。
素朴な味だけれど、お腹にはちゃんとたまりそうだ。
「見て、お母さん。あれ」
サナが視線で示した先には、背中に大剣を背負った屈強な男たちの一団がいた。
肩で風を切るように歩いていく。
その少し向こうには、杖を持った人が数人。
ローブの裾をひるがえしながら、何か楽しそうに話している。
「戦う仕事の人たち、かな」
「そうだろうな。武器も装備も、そこらへんの人たちとは違う」
ユタカが、商売人らしい目で彼らを観察する。
耳を澄ますと、すれ違いざまに、断片的な会話が聞こえてきた。
「お前さ、火の玉ひとつロクに飛ばせないくせに前に出ようとするなよ……」
「うるせえな。“火花”くらいは出せるようになったんだって」
別の方向からは、こんな声も聞こえてくる。
「さっきの傷、ヒール一発で済んだからよかったけどさ……」
「ありがたいよなあ。うちのパーティーに回復役がいて」
(……魔法、って本当にあるんだ)
“火の玉”“ヒール”“回復役”。
ゲームや物語の中だけの単語だと思っていた言葉が、普通の会話として飛び交っている。
(サナが指を治したのも……やっぱり、そういう“何か”なんだろうな)
確信にはまだ届かない。
けれど、“ありえないこと”だと切り捨てるには、現実があまりにも騒がしすぎた。
◆ 日常のスリと、日常じゃない怖さ
「それにしても、人の波がすごいな……」
ユタカが苦笑する。
確かに、ちょっと気を抜くと、誰かと肩がぶつかる。
ぶつかったほうも、ぶつかられたほうも、軽く睨むだけで済ませて、また歩き出す。
「ユウト、ポーチは前に回しておきなさい。人が多いときは、後ろは危ないよ」
「うん……」
そう言った矢先だった。
人の流れに押されるように数歩進んだとき、ユウトがぴたりと足を止めた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
振り向くと、ユウトが腰のあたりを押さえている。
見てみると、ポーチの紐が半分ほど、細く削ったように切れていた。
布の端が、今にも千切れそうにほつれている。
少し離れた背中が、外套の裾を揺らしながら、人混みに紛れていくのが見えた。
(スリ……)
喉の奥がひやりとする。
「おっと、坊や」
すぐ近くの露店の主人が、慣れた口調で声をかけてきた。
「腰の袋は前だよ、前。ここいらはスリが多いからね」
その言い方は、まるで天気の話でもしているかのように、軽かった。
「す、すみません……」
ユタカが頭を下げる。
露店の主人は「気をつけなよ」と片手を振り、すぐに別のお客へと声をかけに戻っていった。
周囲の人たちはちらりとこちらを見るだけで、大騒ぎになることもない。
(“盗まれかける”くらいは、日常なんだ)
そう理解した瞬間――手の中のユウトが、ぶるぶる震え出していることに気づいた。
「ユウト?」
「……もし、取られてたら……。お金、なくなって……ここで暮らせなくなるのかなって……」
今にも泣き出しそうな声。
そのとき、ユウトの指先の上で、空気がぐにゃりと揺れた。
鉄の板の端のような、灰色の何か。
鋲の打たれた金属の面が、空気の中からにじみ出ようとしている。
(また……!)
森で戦車が現れたときと、同じ嫌な気配。
「ユウト」
私は彼の手を、両手で包み込んだ。
「大丈夫。ほら、まだ取られてない」
少し乱暴に、ポーチを持ち上げて見せる。
紐は切られかけているけれど、ポーチ自体はまだぶら下がっていて、中身もじゃら、と音を立てた。
「なくなってない。だから、今はそれで十分」
「……でも」
「“守る”のは、ママとパパの仕事」
私は、できるだけ落ち着いた声で言った。
「ユウトの仕事は、“変なものを出さないようにすること”。森で戦車が出ちゃったときのこと、覚えてる?」
「……うん」
「あれを、ここでやったら……本当に暮らせなくなるよ」
ユウトの目が揺れる。
「さっき、戦車を消せたとき、“なくなれ”って思えたでしょ。今度は、“出てこないで”って、お願いしてみて」
ユウトはぎゅっと目を閉じた。
「……出てこないで」
その瞬間、指先ににじみかけていた鉄の影が、霧のようにほどけて消えた。
誰も、それに気づいてはいない。
周囲の人たちは、相変わらず買い物や世間話に夢中だ。
「ふう……」
背中に、じっとりと汗をかいているのを自覚する。
「こわかった……」
「うん。私も怖かった。でも、ちゃんと止められたよ。ユウトが」
「……ほんと?」
「本当。“出てこないで”って思えたのは、ユウトだけだからね」
ユウトは小さく頷いた。
「リカ、大丈夫か?」
すぐ横でユタカが声をかけてくる。
サナも、心配そうにユウトを見つめていた。
「うん。スリにあいかけただけ。“あいかけただけ”で済んでよかったほうなんだと思う」
「ここでは、きっとそうなんだろうな」
ユタカは溜息をつく。
「でも、そのおかげで分かったこともある。……それは、あとで話そう」
私はそう言って、ユウトの手をもう一度強く握りしめた。
◆ ギルドと教会、水の女神像
市場を抜けると、少し広い通りに出た。
ひときわ頑丈そうな石造りの建物。
入口の上には、剣と盾を組み合わせたような紋章が掲げられている。
出入りしているのは、大きな武器を持った人たちや、ローブ姿の人たちだ。
「あれが……冒険者ギルド、かな」
サナが小声で言う。
「ゲームでよく見る“ギルドの建物”っぽいもんね」
「ゲーム基準で判断するのもどうかと思うけど……たぶん当たってる気がする」
向かい側には、もう少し落ち着いた雰囲気の建物があった。
帳簿らしきものを抱えた人や、商人風の格好の人たちが出入りしている。
「あれは……商業ギルドかな」
「お父さんの出番がありそうなほうだね」
サナがくすりと笑う。
その少し先に、こじんまりとした教会が見えた。
真っ白な壁に、青い屋根。
入口の前には、小さな噴水があり、その中央には女性の像が立っている。
水をたたえた壺を抱え、足元には波の模様。
壺から溢れた水をかたどった石の筋を伝って、本物の水がさらさらと流れ落ちていた。
「きれい……」
思わず足が止まる。
像の顔立ちは穏やかで、目元には微笑が浮かんでいるように見えた。
水の音が、さっきまでの緊張を少しだけ洗い流してくれる。
そのとき、小さな男の子の声が聞こえた。
「ねえ、お母さん、あれ誰?」
「女神さまよ。この国を守ってくださってる方」
若い母親らしき女性が、子どもの頭を撫でながら答えている。
「ほら、旅の前にお水をひと口いただいて、女神さまにごあいさつしていきましょうね」
「……うん」
男の子は恥ずかしそうに頷き、噴水のふちに手をかけた。
(女神さま)
昨日、宿で感じた“見守られているような気配”。
今朝、説明のつかないポーチの存在。
(もしかして――)
考えがそこまで進んだところで、私は首を振った。
(まだ決めつけるには早い)
この世界に女神という存在が信じられていること。
水の女神像が、人々にとって当たり前のものになっていること。
今は、そのくらいを胸の中にそっとしまっておくことにした。
「リカ?」
「ううん、なんでもない。ただ、きれいだなと思って」
私がそう答えると、ユタカは教会の建物をじっと見つめた。
「宿の主人が言ってた。“旅人は、ギルドか教会で身分を登録するのが普通だ”って」
「教会に登録すると、信仰のほうに引き込まれそうだし……まずはギルドのほうを見てみたいかな」
「俺もそう思う。特に商業ギルドなら、前の仕事とも近いしな」
そう話しながら、私たちは教会に背を向けた。
水音だけが、いつまでも背中を追いかけてくるような気がした。
◆ 野営地へ戻り、家へ帰る
ひと通り街の様子を見たあと、私たちは宿に戻り、荷物をまとめた。
「本当に、宿は今日まで?」
ユウトが不安そうに聞いてくる。
「うん。宿は“外向きの顔”として使うのはありだけど、寝る場所は家でいいと思う」
「そのほうが、お金もかからないしね」
サナが現実的なことを言う。
「街の中で家を出したら大騒ぎになるからね。だから、家は“街の外の決まった場所だけ”」
「……分かった」
城門を出て、城壁沿いの道を少し進む。
森に入る手前、草が低くて見通しのいい場所に、いくつものテントが点々と並んでいた。
旅人や商隊が夜を過ごすための、簡易野営地だ。
「この辺りなら、兵士も見回りに来るって言ってたし、魔物もあんまり近寄らないって言ってたよね」
「うん。森の中よりは、よっぽど安全だろう」
野営地の端、人の気配が少し薄くなるあたりまで歩いていく。
周囲にほかのテントがないことを確かめてから、ユタカは腰のポーチから、小さな輪っかを一つ取り出した。
「じゃあ……いつもの、いくよ」
地面の上の、石の少ない場所にリングをそっと置く。
一瞬だけ、ユタカが宙の一点を見つめて、小さくうなずいた。たぶん、あの「出し方を選ぶ半透明の板」が、彼にだけ見えているのだろう。
次の瞬間、輪の縁が淡く光り、じわりと影がふくらんでいく。
布のような何かが内側から押し上げられるみたいに立ち上がり、何もなかった場所に、いつもの布張りの簡易テントが、一張りぶん、きれいに現れた。
布に見えるのに、指先でつつくと、ゴムともビニールとも違う、不思議な弾力が返ってくる。
城門やギルドの人の話では、この国には「一瞬で張れる高いテント」があるらしいから、よそから見れば、うちのテントもきっとその類いの“どこかの高級品”だと思ってもらえる……はずだ、と自分に言い聞かせる。
「……何度見ても、不思議な光景だよね」
サナが苦笑まじりに言う。
私はテントの幕をめくり、中の玄関のドアノブに手をかけた。
「ただいま、かな」
扉を開けると、そこはいつものリビング。
ソファもテーブルも、本棚も、全部そのまま。
テントの隙間から見える外の景色が、日本の街並みではなく、城壁と野営地と森の緑になっていることだけが、唯一の違いだった。
◆ 家族会議――力と、これからの方針
「じゃあ、少し“家族会議”しよっか」
私はソファに座り、テーブルの上に四つのポーチを並べる。
「まず、お金のこと。これはたぶん、“誰か”が用意してくれたものだと思ってる」
「“誰か”って?」
ユタカが問い返す。
「正直分からない。ただ、昨日の夜に感じた“見られているような気配”。今朝、理由もなく“ここにある”お金。……偶然だとは思えないかなって」
「俺も、そう考えたほうが自然だと思う」
ユタカはポーチを指で軽く弾いた。
「ただ、いずれにせよこれは“最初の助走”だ。長く暮らすには、仕事を見つける必要がある」
「うん。それは私も同意」
「次。力のこと」
私はユウトのほうを見る。
「今日、市場でスリにあいかけたとき。ユウトの指先から、また“鉄みたいなもの”が出かかってた」
「……うん」
「森で戦車を出したときと共通してるのは、“怖かった”ってことと、“何か強いものを出さなきゃ”って思ったこと、だよね?」
「……そうかもしれない」
ユウトは、膝の上で手をぎゅっと握りしめる。
「だけど今日は、“出てこないで”って思えた。だから、止まった」
「それが、ユウトの一番大事な“役割”だと思う」
私はできるだけ穏やかに言った。
「ユウトの力は、たぶんすごく強い。そのぶん、感情とくっついているなら、“暴発すると危ない”ってことでもある」
「……」
「だから、“出さないようにする”っていうのも、立派な“使い方”なんだよ。さっきちゃんと止められたのは、本当にえらかった」
ユウトは、少し俯いたまま、小さく頷いた。
「戦車とか、銃とか、“人を傷つけるためのもの”は絶対に出さない。生活で必要になりそうなもの――鍋とか、道具とか――は、落ち着いているときに、少しずつ練習していこう」
「……うん。出さない」
「よし」
私は、ユウトの頭を軽く撫でた。
「サナのほうは?」
「私は……まだ、自分がどこまでできるか分かってないけど」
サナは自分の指先を見つめながら言う。
「さっき市場で、“ヒールがどうこう”って話してた人たちがいたよね。たぶん、この世界には“治す力を持った人”が、少ないけど存在するんだと思う」
「そうだね」
「だから、ちょっとした切り傷とか、擦り傷くらいなら、“薬がよく効いた”って言い張れば誤魔化せるかもしれないけど……。腕が折れてるのを一瞬で治すとか、そういうのは、さすがに目立つと思う」
「うん。私もそんな気がする」
私は頷いた。
「だから、基本は“軽い怪我まで”。それ以上は、外では使わない。どうしても、ってときだけ……その場で考えよう」
「分かった」
サナは、小さく笑った。
「ゲームの感覚でいうと、“回復魔法持ち”くらいまではギリギリ普通だけど、“奇跡レベル”はアウト、って感じだよね」
「ゲーム基準なのに妙に分かりやすいわね、それ」
思わず笑ってしまう。
「最後に、“どこで身分登録するか”」
ユタカが真面目な顔に戻った。
「宿の主人が言ってた。“旅人は、ギルドか教会で名前を残すのが普通だ”って」
「教会は……正直、ちょっと怖いかな」
私は正直な感想を口にした。
「さっき見た水の女神像、すごく綺麗だったけど、“力を持っている人たちの組織”っていう印象もある」
「俺もそう思う。特に、サナの力と相性が良すぎるぶん、バレたときのことを考えると、慎重になりたい」
「だから、まずはギルドのほう――特に商業ギルドに行ってみるのがいいと思う」
「お父さんの経歴、“ジャパン”って村の商業事務ってことになってるしね」
サナが口を挟む。
「俺が窓口になって登録できれば、家族も“ちゃんと登録された旅人”として扱ってもらえるはずだ」
「じゃあ、明日は商業ギルドに行ってみよう」
そう口にすると、不思議と少しだけ肩の力が抜けた。
行くべき場所が、一つ決まったからだろう。
◆ 夜、家の中で――水音のような気配
その晩。
それぞれの部屋で横になり、家じゅうが静かになったころ。
私は布団に入ったまま、今日一日のことを順番に思い返していた。
市場の喧噪。
スリにあいかけたユウトの震える手。
にじみかけた鉄の影。
ギルドの建物。
小さな教会と、水の女神像。
(……この世界では、“女神さま”が当たり前なんだ)
昼間、母親が子どもに話していた言葉を思い出す。
「女神さまよ。この国を守ってくださってる方」
(昨日のあの気配も、今朝のお金も……)
もしかしたら、同じ“誰か”の仕業なのかもしれない。
そう考えたところで、私はそっと目を閉じた。
胸の奥に、あのぬるま湯のような温かさが広がる。
昨夜よりも、少しだけはっきりしている。
静かな水音。川面をなでる風のような感覚。
(……また)
誰かがそっと、頭を撫でてくれているような気配。
「見ているよ」と、「よく頑張ったね」と、言われているような。
「……ありがとうございます」
誰にともなく、心の中でそう呟く。
それが本当に“女神さま”なのかどうかは、まだ分からない。
でも――
(家族で、一緒に生きていけますように)
そう願いながら、私はその温かさに身を預けた。
水音のような静けさの中で、意識がふっと沈んでいく。
こうして、アロヴィナでの二日目の夜が、静かに更けていった。




