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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第3章 中学生編 ― その瞬間を抱きしめて ―
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第19話 冬の家、三人の影

昨夜は、鼻水を拭いてからキスをやり直そうとしたところで、御珠が意識しすぎてしまい、呪いが逆流し、それ以上続けられなかった。

妙に気まずく、妙に甘い余韻が残った。


そんな余韻を引きずったまま迎えた翌朝。

朝食を終えた二人は、こたつの熱に身を沈めるように並んでいた。


雪杜はスマホをいじりながら、曇ったような声を漏らす。


「ねぇ御珠。学校休んでる間に冬休み始まっちゃったから、通知表とか取りにいかないといけないんだけど」


こたつから顔を覗かせた御珠が、眠たげにまばたきをした。


「そうなのか?面倒だが、仕方ないの」


雪杜はスマホ画面へ視線を戻し、咲良へ素早くメッセージを打ち込む。


【雪杜と咲良の個別チャット】


雪杜:今日、通知表とか取りに行くんだけど来る?

咲良:ほんと!?行く!

雪杜:言っておいてなんだけど、いいの?

咲良:当たり前じゃん!久しぶりに会えるし!

雪杜:ありがとう

雪杜:9時に学校だから、10時前には終わると思う

咲良:PC室で待ってる!


送信を終えてスマホを置くと、御珠がこちらを覗き込むように顔を寄せてくる。


「咲良も来るのかえ?」


「うん。待っててくれるって」


御珠は目を細め、小さく笑った。

こたつの熱とは別に、どこか柔らかい色がその頬に灯る。


「……ふふ。咲良は優しいのう」


「そうだね」


言葉が途切れ、御珠がふいに視線を落とした。

迷いを噛むように、言葉がゆっくりと続く。


「……のう、雪杜」


「ん?」


「……学校に、妾の戸籍のこと……話しておいた方がよいと思うのじゃ」


「え……」


こたつの中で、雪杜は思わず姿勢を正す。

御珠の声音は普段より少し硬かった。


「今は“御珠 ミタマ”で通っておるが……

 戸籍上は“天野 御珠”になったじゃろう?」


「……うん」


御珠の指先がこたつ布団をつまむように動く。

その仕草には、隠しきれない慎重さがあった。


「いずれ露見すると、面倒なことになるやもしれぬ」


「……ああ、そっか」


「じゃから……今のうちに、学校には話しておいた方がよい」


そこで雪杜は、はっと顔を上げた。


「なるほど。ってかよく考えたら御珠って僕の叔母さんになるの!!?」


御珠はさらりと肯定する。


「そうじゃな。甥っ子よ」


「えー、甥っ子……」


雪杜は額を押さえ、未来の混乱を想像してため息を落とす。


(名字が同じ同級生の叔母。バレたらまたエンタメ化しちゃう)


「せっかく平穏に過ごせるようになってたのに、バレたらまたエンタメ化しちゃうやつ……」


御珠はこたつの上に手を置き、静かに言った。


「うむ。じゃから、学校には口止めもお願いせねばならぬ」


「……わかった。

 じゃあ、今日先生に話そうか」


その言葉に、御珠は小さく眉尻を落とす。

その横顔には、わずかな負い目がにじんでいた。


「……すまぬのう、雪杜。

 妾がややこしい立場になってしもうて」


「ううん。御珠のせいじゃないよ。

 これは……おじいちゃんが残してくれた形だから」


呼吸のように自然に返すと、御珠のまばたきが一度だけ深くなる。


「……雪杜」


「大丈夫。一緒に話そう」


「……うむ」


御珠の返事は小さく、けれど確かに寄り添う音だった。


―――


空はどんよりと曇り、冬の冷たい風が頬を刺していく。

学校へ向かう道は静かで、いつもの喧騒とは違う薄い気配が漂っていた。


校門をくぐると、体育館のほうからボールの跳ねる音が響く。

遠くでは吹奏楽部の音がかすかに重なり、冬休み中の学校らしい張りのない活気が立ち上がる。


「部活で結構人がいるっぽいね」


雪杜は吐く息を白くしながら、体育館の方向へ目を向けた。


「そうね」


御珠は声色をほんの少し硬くして返す。

その瞬間、雪杜はふっと笑った。


(あ、お外モードになった)


「颯太たちも部活で来てるかな」


「かもね」


御珠の視線は淡々としているが、雪杜にはその“切り替え”が分かる。

彼は内心で小さく息を整えた。


(後で体育館いってみようかな)


職員室の前へ着くと、雪杜は戸をノックし、静かに中を覗いた。


「失礼します」


室内では、高橋先生が書類の山を整理していた。

顔を上げた先生の表情は穏やかだが、どこか気遣う色が混じっている。


「あ、天野くん、御珠さん。来たのね。

 お疲れ様。座って」


二人が席に着くと、先生は通知表と封筒を差し出した。


「はい、これ通知表。こっちは宿題」


“宿題”の単語に、御珠が露骨に眉をひそめる。

その反応に、雪杜は小さく肩を揺らした。


「ありがとうございます」


「二人とも……大変だったでしょう?」


「……はい」


雪杜が視線を落とし、小さく頷く。

御珠も深く礼をして、静かに思いを飲み込んだ。


「天野くん。無理はしないでね。

 何かあったら、いつでも学校に相談して」


「……ありがとうございます」


言葉が途切れ、そこで御珠がそっと呼吸を整えるように口を開いた。


「先生。

 少し……お話ししておきたいことがあります」


「何かしら?」


御珠は背筋を伸ばし、学校モードの張りのある声で告げた。


「私、戸籍の関係で……名字が変わりました。

 戸籍上の名前は“天野 御珠”になります」


言葉の意味が落ちた瞬間、高橋先生の目がわずかに揺れた。


「……え?天野……?」


雪杜が補足する。


「おじいちゃんの養子縁組で……

 御珠、いままで孤児だったから、おじいちゃんが養父になったんです」


「……え?孤児?外国人じゃなかったの……?」


雪杜は息を詰まらせた。


(しまった。あの噂、先生も知ってるのか!)


「えと……あれはその……火消しのための嘘でして……」


御珠は淡々と、しかし線を引くように告げた。


「あまり踏み込まないで欲しいです……」


そう言いながら視線を伏せる。

声は揺れていないのに、感情をそっと押し込めている気配だけが落ちた。


「……そう。いろいろあるのね」


高橋先生は深く息を吐き、少しだけ目元を柔らかくした。


「……正直、あなたたちと春原さんを加えた三人の関係は把握しておきたいところなんだけど、踏み込みすぎないようにするわ」


「ありがとうございます。

 それで……校内では今まで通り“御珠 ミタマ”として扱ってほしいんです。

 騒ぎになりたくないので」


「そうね。同じ名字だと、また変な噂が立つでしょうし……わかったわ。

 事務室にも共有しておく」


「その上で、公的手続きが必要な時は戸籍上の名前を使う、という形で」


「なるほど。

 確かにその方が自然ね。

 よく考えて来たわね」


話がまとまったところで、先生の声がほんの少し真剣味を帯びた。


「ひとつ確認しておきたいの。

 あなたたちが一緒に暮らしているという話、本当なの?」


「……はい。家族として暮らしています」


「完全に二人きりなの?」


「……父方の親戚が近くに住んでいて、様子を見に来てくれています」


「そう。ならよかった。

 中学生が二人で暮らすのは……正直、ありえないから。

 学校としても把握しておく必要があるの」


「……はい」


先生は指先を組み、少しだけ身を乗り出す。


「念のため確認するけれど……

 変な噂を立てられたくないなら、生活のことは誰にも言わないほうがいいわ。

 特に男子にはね」


「……そのつもりです」


「大変な事情なのは分かった。

 でもね、もし生活で困ることがあったら相談して。

 学校には支援制度もあるから」


「……ありがとうございます」


言葉を受けた雪杜の肩が、わずかに緩む。

高橋先生は優しく微笑んだ。


「天野くん。御珠さん。

 あなたたちはまだ中学生なの。

 背負いすぎないでね」


「……はい」


通知表と宿題を受け取り、二人は職員室を出る。


閉じた扉を背にした瞬間、雪杜はふっと壁に寄りかかり、大きな息を吐いた。


「……ふぅ。なんとか乗り切れた」


「うむ。そなたも、よくやったの」


御珠の声はすでに“学校モード”の固さが溶け、いつもの柔らかい響きへ戻っていた。


「あ、戻った」


「……ふふ。雪杜といる時は、この方が落ち着くのじゃ」


「……行こっか。颯太たちのとこにも顔出してみよ」


「うむ」


二人は並んで歩き出す。

曇り空の下、体育館へ向かう足音が、静かに廊下へ溶けていった。


―――


職員室を出てしばらく歩くと、廊下の突き当たりにある自販機の明かりがぼんやりと光っていた。

その前で、二人の影がペットボトルを振っている。


「やっぱりアクエリだわー」


「颯太、飲みすぎ……」


ジャージ姿の颯太と莉子が、部活の休憩中らしい疲れた顔でスポーツドリンクを持っていた。


颯太がふとこちらに気づき、目を丸くする。


「ん?……雪杜!?御珠も!」


「あ、颯太。莉子も」


雪杜が手を上げると、颯太は元気よく駆け寄ってきた。


「学校来てたんだな!通知表か?」


「うん。取りに来たとこ」


莉子も静かに歩み寄り、軽く会釈する。


「……久しぶり。

 二人とも……少しは落ち着いた?」


雪杜は息を整え、短く笑った。


「……まだだけど、なんとか」


言葉を探すように、颯太が頭をかく。


「そ、そっか……

 いや、なんか……変な言い方になんなかったらいいけど……

 無理すんなよ。ほんとに」


「……ありがと、颯太」


莉子もそっと続ける。


「困ったら……言ってね。

 できること、少ないかもしれないけど」


「うん。ありがとう」


少し遅れて、御珠が静かな声で口を開いた。


「二人とも……気遣い、感謝する」


颯太は照れ隠しのように笑い、ペットボトルを振る。


「おう!

 つーか御珠、相変わらず喋り方変わんねーな」


「当たり前じゃ」


莉子が口元を押さえてくすりと笑った。


「……ふふ。御珠ちゃん、変わらないね」


颯太がふと思い出したように声を上げる。


「そういや、咲良には会ったか?

 あいつめちゃくちゃ心配してたぞ」


「うん。PC室で待っててくれてる」


「なるほどな。

 じゃあ、俺らはそろそろ戻るわ。休憩終わっちまう」


莉子が静かに手を振る。


「……またね」


颯太もペットボトルを掲げるようにして笑った。


「また三学期な!」


「うん。ありがとう、二人とも」


「うむ。またの」


颯太と莉子は体育館へと戻っていき、その背中が廊下の向こうに消える。


雪杜と御珠は歩き出し、PC室へ向かう。


「……みんな、優しいな」


「うむ。

 雪杜は……良き友に恵まれておるのう」


「……うん」


御珠の横顔がふと静かに揺れた。


(……この繋がりまで守れたなら。

 雪杜の世界は……確かに前へ進める)


その想いを胸の奥に隠し、二人はゆっくりとPC室へ向かって歩き出した。


―――


PC室の扉を開けると、冬休み中とは思えないほど明かりが灯り、機械音と話し声が入り混じっていた。

咲良のほか、駆と史、それに何人かの部員が各々の作業を進めている。


「あ!雪杜!御珠ちゃん!」


咲良が勢いよく駆け寄ってくる。

その顔に宿る安心の色に、雪杜の肩がほんの少し緩む。


「咲良、待たせてごめん」


「ううん!全然!

 駆くんと史先輩がいたから、退屈しなかったよ」


駆が椅子をくるりと回し、軽く手を上げた。


「よう、雪杜。御珠」


史も静かに立ち上がり、柔らかく会釈する。


「……学校に来られるようになったんですね」


「駆、史先輩も来てたんだ」


「まあな。

 一応部活中だ」


史は横目で駆を見やりながら、控えめに続けた。


「……駆くんと休み中に何か作ろうかって」


駆の表情がわずかに緩む。

その光景に、雪杜は自然と胸の奥が温かくなる。


「雪杜、御珠。

 ……大変だったな」


「……うん」


史が静かに言葉を添える。


「……困ったことがあれば。

 遠慮なく言ってくださいね」


「……はい。ありがとうございます」


御珠も一歩進み、静かに頭を下げた。


「そなたらの気遣い……ありがたい」


「おう」


駆は照れくさそうに鼻をこすった。


史もくすっと小さく笑う。


「……ふふ。御珠さんは相変わらずですね」


その柔らかい空気の中で、咲良が雪杜へ視線を寄せた。


「ねえ、雪杜。

 これから帰るんだよね?」


「うん」


咲良はほんの一瞬ためらい、そのあと勇気を押し出すように続けた。


「……あのね。

 お線香、あげにいっていい?」


「え……」


咲良の瞳は揺れていた。

気遣い以上の、確かな“想い”が宿っている。


「雪杜のおじいちゃんに……ちゃんとお参りしたくて。

 通夜の時はバタバタしてたから……」


「……咲良」


御珠はその真っ直ぐさを受け止めるように名を呼ぶ。


「だめ……かな?」


「……ううん。

 来てくれると、嬉しい」


「ありがとう」


咲良が安堵したように微笑む。

その表情を見て、雪杜の胸の奥がじんわりと温かくなった。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか」


「うむ」


三人が立ち上がると、駆がひょいと振り返った。


「もう帰るのか?」


「うん。また三学期ね」


「……天野くん、御珠さん。

 また会いましょう」


咲良も手を振る。


「駆くん、史先輩、またね!」


「おう」


「……ええ」


PC室の扉を閉じると、廊下には薄い静けさが戻った。

さっきまでのぬくもりが、まだ体に残っている。


「……二人とも順調に交際してるっぽいなぁ」


咲良は横で小さく笑った。


「……仲いいよね。クリスマスとか何してたのかな」


「……クリスマスか……」


「あ、ごめんね……雪杜はそれどころじゃなかったよね……」


雪杜は咲良の視線を受け止め、ほんの少し眉を緩めた。


「せっかく二人で過ごそうって提案してくれたのに、ごめんね」


「ううん……いいの」


「埋め合わせのデートしようよ」


「ほんと!?雪杜から提案してくれるなんて……嬉しい」


すると御珠がむくりと顔を上げる。


「む!それは妾ともするのじゃな?」


「もちろんだよ」


御珠は満足そうに目を細めた。


「ふふ。ならよい」


雪杜はふっと表情を落とし、現実へ視線を向ける。


「ま。でも四十九日の法要が終わってからかな……」


「そっか……そうだよね。

 忌中に浮かれたことしてたらおじいちゃんに怒られそう」


「うむ。まずは喪に服すのじゃ」


三人は並んで昇降口へ向かう。

外の冷たい空気へ向かう足音が、静かに響いていた。


―――


雪杜の家へ向かう道は、昼下がりの冬特有の静けさに包まれていた。

三人が並んで歩いていると、前方から人影がコンビニ袋を揺らしながら近づいてくる。

近づくにつれて、すらりとした背の高さと歩幅で、華蓮だと分かった。


「あ、華蓮ちゃん!」


咲良が手を振ると、影は立ち止まり、気づいたように顔を上げた。


「ん?……あ、咲良。天野も御珠も」


コンビニ袋を片手に、どこか気恥ずかしそうな表情をしながら三人の前に立つ。


「坂本さん、買い物?」


「ああ。ちょっとコンビニ行ってきた」


咲良が覗き込むように笑う。


「えらいね!お手伝い?」


「まあ……な」


華蓮は視線をそらし、袋をぎゅっと握る。

その照れが冬の空気にふわりと混ざった。


「……つーか、お前ら三人で何してたんだ?」


「通知表取りに来たの!

 雪杜と御珠ちゃんの」


「あー……そっか」


華蓮は言葉を途切れさせて、雪杜へ視線を向ける。

その目だけが、ほんの少し柔らかかった。


「……大丈夫だったか、その……色々」


「……うん。ありがとう」


御珠も静かに会釈する。


「気遣い、感謝する」


「べ、別に。普通聞くだろ」


咲良が小さく笑う。


「ふふ。華蓮ちゃんって素直じゃないよね」


「うるせー……!」


声とは裏腹に、耳が赤い。


そして華蓮は、言いづらそうに足元を見つめながら続けた。


「……あたし、通夜行けなくてさ。

 なんか……悪かったな」


「そんなことないよ。

 普通は来ないし、気にしてない」


「……なら、いいけど」


返事を聞いても、華蓮の耳はさらに赤く染まる。


「クラスの連中も、結構心配してたぞ」


「……そっか。ありがとう」


「別に。伝えただけだし」


華蓮はそっぽを向きながらも、内緒みたいに小声で言った。


「……つーか、お前ら三人でどこ行くんだ?」


「雪杜の家!

 おじいちゃんにお線香あげに行くの」


華蓮の表情が一瞬だけ曇り、すぐに頷く。


「……そっか。

 じゃあ、あたしはそろそろ帰るわ」


「うん。また三学期ね」


華蓮は軽く顎を上げ、歩き出す前に一言だけ振り返った。


「おう。

 ……無理すんなよ、天野」


「……ありがとう」


華蓮は手をひらひら振りながら、反対方向の道へ歩いていく。

その背中は、冬の光に照らされて静かに揺れていた。


「華蓮ちゃん、優しいよね」


「うむ。

 あやつは……不器用なだけで、根は温かい」


「……そうだね」


三人は再び並び、足元で小さく鳴る砂の音を聞きながら、静かな帰り道を家へと進んでいった。


―――


玄関の扉を開くと、外とは違う静けさがふわりと流れ込んできた。

家の気配はまだ“喪の冷え”を残している。


「どうぞ」


「おじゃまします……」


咲良は靴を揃えて上がり、緊張したように視線を彷徨わせた。


「咲良、こちらじゃ」


御珠が柔らかく仏間へ案内する。

部屋には晴臣の遺影が飾られ、線香の香りがほんのり漂っていた。


咲良は正座し、静かに手を合わせる。


「……おじいちゃん。

 咲良です。

 通夜の時は、ちゃんとお別れできなくて……

 今日は、ご挨拶に来ました」


線香に火をつけ、煙がゆっくり立ちのぼる。

咲良はもう一度手を合わせ、深く目を閉じた。


「……雪杜のこと、見守っていてください。

 私も……できることは、ちゃんとやります」


雪杜と御珠も並んで手を合わせた。

その静けさは、冬の冷えと同じ深さで部屋に沈んでいく。


やがて咲良は立ち上がり、潤んだ目で微笑む。


「……ありがとう。

 来れて……よかった」


「ううん。来てくれて……ほんとに嬉しいよ」


「リビングで少し休んでいくとよい」


「うん」


三人はリビングへ移動し、こたつへ入る。

暖かさがじわりと足元からのぼり、張っていた緊張がゆっくりほどけていった。


咲良は部屋を静かに見渡した。


「……ほんとに、二人だけなんだね」


「……うん」


「寂しくない?」


「寂しいよ。……でも、まだ実感もなくて」


御珠が小さく首を傾ける。


「晴臣がいない暮らしに、心が追いつかぬのじゃ」


「……そうだよね」


咲良はこたつの縁を指でなぞりながら、どこか考え込んだ顔になる。


「……ねえ、雪杜。

 二人で……ちゃんと生活できそう?」


「うん。

 浜の家のおじさんが様子見に来てくれるし、御珠もいるから」


「妾が雪杜を守るゆえ、心配無用じゃ」


咲良がくすっと笑う。


「……ふふ。御珠ちゃん、頼もしいね」


「当然じゃ」


けれど咲良の視線は、ふっと落ちる。


(……二人だけ、か。

 おじいちゃんがいなくなって……

 雪杜と御珠ちゃんの時間、もっと増えるんだよね)


(……うらやましい、って思っちゃだめだよね。

 でも……)


「咲良?」


「あ、ううん!なんでもない!」


慌てて顔を上げ、笑顔を貼りつける。


「……あのね、雪杜。

 何かあったら、いつでも言ってね。

 私、すぐ来るから」


「……ありがとう」


「……咲良。

 そなた、本当に優しいのう」


「……当たり前じゃん。

 だって、私、彼女だよ!」


御珠がふっと微笑む。


「……うむ。彼女じゃな」


「……ねえ、御珠ちゃん」


「なんじゃ?」


「……私も……ここに住みたい……」


「え」


雪杜が呆けたように声を漏らす。


御珠はすぐに反応した。


「ふむ。咲良も来るかえ?」


「……本気で考えちゃうからやめて!」


咲良は顔を真っ赤にする。


「咲良、落ち着いて……」


「だ、だって!

 二人だけでずっと一緒にいられるとか……

 ずるいじゃん……!」


「……ふふ。咲良は正直じゃのう」


「……っ!」


咲良はこたつへ突っ伏した。


「……もう、言わない。

 忘れて」


「……咲良」


御珠がそっと声を落とす。


「咲良よ。

 妾たちは呪いの制約があるゆえ、そなたが心配しているようなことはおこらん」


「……えっ、えっ、何言ってるの御珠ちゃん!

 そんな心配してないし!」


「よいのじゃ。彼女なら真っ先に心配するじゃろ」


「……うん。

 本当は心配……」


御珠は落ち着いた声で続ける。


「大丈夫じゃ。アレはなかなかに障壁が高い。

 妾が慈悲の心で溢れておっても口づけが精いっぱいじゃった」


「え!?何それ!?キスしたってこと!?」


「み、御珠!なんでバラしちゃうのさ!」


「咲良を安心させるためじゃ」


「全然安心できないんですけどー!」


御珠は少し真面目な声になる。


「案ずるな。雪杜の心はしっかりそなたの方へも傾いておる」


「ちょっ!ちょっと御珠!

 この神、全部バラすし!!」


咲良の瞳が揺れる。


「いまのほんとなの?」


「ま、まぁ……」


雪杜が照れながら答えると、咲良の目に涙が溢れた。


「嬉しい……」


「っちょ!咲良、泣かないで!」


「咲良!泣くでない!

 泣かせるつもりはなかったのじゃ!」


「もう二人とも慌てすぎだよ。

 うれし涙だよ」


(うれし涙ならいいのか?)

(うれし涙ならよいのかの?)


咲良は涙を拭い、笑った。


「私、これからも頑張るね」


「うん。咲良は十分頑張ってるよ。

 こっちこそよろしくね」


「そなたは十分頑張っておる。

 いつか雪杜も口づけしてくれよう」


「え、ゴールそこなの!?」


「うん!いつかその唇!奪ってみせる!」


「咲良まで……」


咲良はようやく落ち着き、柔らかく微笑む。


「……また遊びに来てもいい?」


「もちろん」


「いつでも来るがよい」


「……ありがとう」


しばらく三人でこたつに入り、他愛ない話が静かに続いた。


やがて咲良が時計を見て立ち上がる。


「……お昼だし、そろそろ帰るね」


「うん。またきてよ」


「うん!また来る!

 今度は三人でお昼食べよ」


「……気をつけてのう」


咲良が玄関で靴を履き、振り返る。


「咲良、ありがとう。来てくれて」


「……ううん。

 こっちこそ、ありがとう」


少し寂しそうに笑って、


「……二人とも、頑張ってね」


「……うん」


扉を開けた瞬間、冬の風が吹き込み、咲良の髪をふわりと揺らした。


「じゃあね!」


「またね」


扉が閉まり、家に静けさが戻る。


雪杜と御珠はリビングへ戻り、こたつへ滑り込んだ。


「……咲良、嬉しそうだったね」


「うむ。これで泣かずに済むじゃろ」


「……うん」


二人は静かに窓の外を眺めていた。

冬の光は弱く、それでもどこか暖かかった。

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