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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第3章 中学生編 ― その瞬間を抱きしめて ―
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第18話 冬闇の中で ― 会えぬ人を抱く夜 ―

外へ出ると、俊明と修一が庭先で待っていた。


「……父さん……修一おじさん……」


俊明は雪杜の顔を見るなり、そっと息を吸った。


「……雪杜……」


「……ありがとう……

 御珠のこと……守ってくれて……」


俊明は言葉を詰まらせる。


「……お前たちの間に何があるのかは知らないが……

 自分で考えて、選んだ道なら……

 俺は……それを否定しない」


雪杜は胸の奥が温かくなるのを覚えた。


俊明は御珠へ向き直る。


「御珠ちゃんも……ありがとう。

 雪杜のそばにいてくれて……

 本当に……助かってる」


「……うむ」


「俺は……立派な父親じゃない。

 けど……お前が幸せであれば……

 それでいい」


「……うん……」


「これからも……頼んだぞ、御珠ちゃん」


御珠は真っすぐに頷いた。


「……任されよう」


俊明は車に乗り込み、発車の準備をする。


「……元気でな」


「……父さんも……」


車がゆっくりと走り去っていく。

雪杜はしばらくその背を見送り、静かに息をついた。


御珠が隣に立つ。


「……雪杜」


「……うん……大丈夫……」


そこへ修一が声をかける。


「……雪杜くん。

 俺も今日はこれで帰るよ。

 ちょくちょく様子を見にくるから」


「……はい……

 これからよろしくお願いします……」


「何かあったらすぐ連絡しろよ」


「……はい……」


修一は言いづらそうに、しかし真剣に言った。


「その……君たちが好き合ってるのは見れば分かる。

 ただ二人きりになったからと言って、ハメを外しすぎるのはよくない。

 それだけが心配だよ」


御珠はあっさり告げた。


「案ずることはない。妾に子どもはできぬ」


「えっ!?」

「えっ!?」


場の体温が落ちた。


御珠はわずかに視線を落とし、押しつぶされた記憶を掘り返すような声で言いかけた。


「妾は……昔……」


そこで言葉を止める。

視線だけが地面へ流れ、唇が噛まれた。


(御珠、また何かやろうとしてる……

 最近演技上手になったよね)


雪杜はそう心の中で突っ込みながら、表情には出さず、御珠の横に立っていた。


その一方で――


修一の顔がピクリと動いた。

施設。

虐待。

保護の必要性。

頭の中で、散らばった断片が一本に繋がる。


(……まさか……

 こんな小さな子が、そんな……)


胸の奥が潰れるように痛み、表情がゆっくり歪む。


「……そうか……

 そう……だったのか……」


修一は袖で目元を拭う。


「……つらかったな……

 そんな思いをした子が……雪杜くんを支えてくれていたなんて……

 だからこそなのか……」


彼は深く息をつき、言葉を落とした。


「……分かった。

 雪杜くん。御珠ちゃんを……しっかり癒してあげてくれ」


「うん……」


「……それじゃ、おじさんは帰るよ。

 あとは……若い二人で」


修一は車へ向かい、エンジンをかけた。

一度だけ手を振り、ゆっくりと道路へ出ていく。

テールランプの赤が遠ざかり、冬の光に溶けていった。


静けさが戻る。


「よかったの?教えちゃって?」


「なに。ああでも言わぬと安心せんじゃろ」


「……確かにそうだけど……

 これからどんな顔しておじさんに会えばいいんだ……」


二人は家の中へ戻る。


居間へ戻る途中、雪杜はふと御珠の横顔を盗み見た。

自分がまるで昔ひどい目に遭ったように語っていた、あの完璧な演技。


「……御珠。もしかしてさ」


「なんじゃ」


雪杜は声を落とした。


「僕が“これからいっぱい人が来るよ”って言ってもいなくならなかったのって、さっきみたいに疑われるのが面倒だから?」


御珠は肩をすくめ、当然だと言わんばかりに答えた。


「そうじゃ。

 修一は事情をすでに知っておった。

 その者の前で妾が姿を消せば、かえって不自然であろ?」


「……そっか……そういうことだったのか」


(神様だからなのか、一般社会の立ち回りが異様に上手いんだよな……)


御珠は胸を張り、どこか誇らしげだった。


「妾は雪杜の平穏を守るためなら、多少の演技ぐらい造作もないわ」


「……ねぇ御珠。

 まだ隠してることない?」


「む……たぶんない」


「たぶん?」


御珠は考えるそぶりを見せ、何気なく言葉を落とした。


「そうじゃな……

 そなたの最近のお気に入り動画を把握しておるとか。

 夜中にこそこそ何かしておるのを実は見ておるとか」


「わーーーっ!!

 なんでそうなるのさ!?

 それは隠してていいやつ!!」


「聞いたのはそなたじゃ」


(……もうアレできないじゃん……!!)


「はぁ……」


雪杜は頭を抱えたが、横の御珠はまるで悪びれず、いつも通りの歩幅で先を行く。

くだらないことで騒いでいた声も、仏間へ近づくにつれて小さくなっていった。

家の奥へ進むほど、背筋が自然と伸びていく。


居間を抜け、雪杜と御珠は仏間へ入った。

柔らかな冬の日差しが差し込み、部屋全体を淡い金色に染めている。


「……おじいちゃん……

 これから……

 僕と御珠で……この家を守っていくから……」


御珠は遺影に向かって静かに呟く。


「……晴臣。

 そなたの願い……

 妾が……必ず……」


二人は並んで手を合わせる。


晴臣の遺影は、変わらぬ優しさで二人を見守っていた。

冬の日差しが静かに二人の背を照らす。


雪杜と御珠の新しい生活が――

静かに、確かに、始まろうとしていた。


―――


冬の空気は冷たいはずなのに、布団の中だけはふわりと温かく、家の静けさがいっそう際立っていた。

二人は並んで横になり、薄暗い天井を見上げていた。


雪杜は、すぐ隣にいる御珠の気配をそっと感じ取りながら、視線をわずかにそらしてその横顔を盗み見た。


「静だね」


「そうじゃな」


その答えは短いのに、どこか胸に響く。


「いつもと同じはずなのに」


「うむ」


同じ家、同じ部屋。

けれど“いつも”から晴臣だけが抜け落ち、ぽっかり空いた場所が夜を広げていた。


雪杜はその穴を自覚した途端、胸の奥が勝手にざわつく。

急逝からの慌ただしい日々――父との再会、母の行方、火葬、通夜、納骨、これからのこと、御珠の戸籍の発覚。

止まらなかった時間が一気に押し寄せ、視界が滲んだ。


「……御珠……」


堪えきれずに名を呼ぶ。

声が震えていた。


御珠はその揺れを見逃さない。

そっと雪杜の背に手を回し、小さく抱き寄せる。


「よい。やっとすべてが片付いた。

 気兼ねなく泣くがよい」


その声音は柔らかさよりも“許し”の色が濃かった。


「御珠……」


雪杜は御珠の胸に顔を埋めた。

その瞬間、張りつめていた何かがぷつりと切れる。


声が漏れた。

押し殺していた涙ではなく、こらえきれなくなった叫びに近い息の震えだった。


「……っ……う……っ……」


葬儀も、来客も、気を張って耐えていたすべてが終わった今になって――

“もうおじいちゃんには会えない”という現実だけが静かに残り、胸の奥へ一気に押し寄せてくる。


雪杜の体が小刻みに震え、布団がその震えごと揺れる。


「っ……おじい……ぢゃん……っ……!

 もう……あ……え、な……」


雪杜は声を上げて泣いた。

これほど大きな声で泣いたのは、いつ以来だっただろう。


御珠はその背をそっと抱き寄せ、震えが静まるまで、ただ優しく撫で続けた。


やがて、何分か経った頃。

ようやく涙が落ち着き、雪杜はぐしゃぐしゃで鼻水まみれの顔を上げた。


「ありがとう御珠……

 御珠がいなかったら僕……」


「うむ……妾はここにおるぞ」


温かい呼吸が耳元に触れ、その言葉が胸の奥に染み込む。


御珠は雪杜の頬へそっと手を添えた。

その指先は、触れた相手を壊さぬように慎重で――けれど確かな意志を宿していた。


「雪杜よ……」


呼ばれた瞬間、距離が自然と縮まる。

御珠がゆっくりと顔を寄せ、ためらいのない口づけを落とした。


「ん……」


柔らかな感触が重なり、時間がそっと止まる。

唇の温度だけで互いの存在を確かめ合い、ほどなく離れると、雪杜の瞳にはまだ涙の光が残っていた。


「御珠……呪いが逆流するんじゃ……」


息が触れるほど近い距離で問うと、御珠は静かな目で応じる。


「なに。いまの妾は慈悲の心で溢れておる。

 妾の心が濁らぬ限り、呪いは動かぬ。

 いまは……そなたを癒すことだけを想うておる」


御珠は小さく笑みを浮かべ、雪杜の頬を親指でそっとなぞる。


「どうじゃ?癒されたかの?」


「……うん」


その返事に、御珠は目線を逸らした。

普段よりもわずかに頬が赤く染まり、言葉より先に照れが滲む。


「……今宵はクリスマスなのでの。

 こういうことも……よいじゃろ」


神の面影よりも、人としての温度が少しだけ勝った声音だった。


「……うん。

 御珠の唇……鼻水の味がした」


「……ば、馬鹿者!

 それはそなたの鼻水じゃ!

 せっかくの口づけが台無しではないか!」


怒っているようで、完全には怒りきれていない声。

その震えは、照れと安堵が混じったものだった。


この日、二人は二年ぶりに口づけを交わすことができた。

冬の夜に、小さな温もりが灯った瞬間だった。

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