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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第3章 中学生編 ― その瞬間を抱きしめて ―
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第12話 幸せな刻の中で

机を囲んで8人が座ると、空き部室にはちょうどいい緊張と賑やかさが混ざった熱が流れた。

莉子がプリントの束を抱え、全員へ手際よく配っていく。


「じゃあ今日は“数学→英語→理科”の順ね。

 時間割はこれの通りに進めます」


駆が素直に感心したような声を漏らす。


「さすがマネージャー……」


華蓮は頬杖をつきながら笑う。


「今日もガチだなー莉子」


颯太も苦笑しつつ頷いた。


「成績上位組ってすげー……」


雪杜が優しい声で言葉を添える。


「分からないところあったら言ってね。みんなでやろう」


その瞬間、御珠が勢いよく手を挙げた。


「はい雪杜、ここが分からんのじゃ!」


「え、あ……うん、見るね……」


莉子は心の中でツッコミを入れる。


(早い……絶対まだ読んでない……)


咲良もこっそり同意する。


(御珠ちゃん、絶対わざと……)


雪杜は御珠の問題用紙をのぞき込み、丁寧に説明を始めた。


「ここはね、公式を当てはめるだけなんだ。

 x と y が――」


御珠はじーっと雪杜の顔を見つめ続ける。


「ふむふむ……」


(何を言っているかはよく分からぬが……

 雪杜の声は心地よいのじゃ……)


それを見た華蓮がズバッと突く。


「おい、お前絶対聞いてねぇだろ」


「きっ、聞いておるわ!! 妾は真面目なのじゃ!」


「えっと……じゃあここ解いてみる?」


「えっ!?い、いまか!?

 まだ心の準備が……いや、問題の準備が……!」


莉子が優しくも容赦なく追い込む。


「御珠ちゃん、可愛いけど勉強からは逃げられないよ」


颯太が応援とも煽りともつかない声を出す。


「おバカ同盟がんばれー」


華蓮が即座にキレる。


「お前もあんま変わんねーだろ!」


「俺はそこそこの成績ですぅー」


「くそ!」


少し離れた席では、駆と史が並んでこっそり会話していた。


(記録使いますか?)


史が控えめに囁き、駆が慌てる。


(え……一回きりだったのでは……)


(彼氏は別です)


咲良がすかさず割ってくる。


「はーいそこ、ずるしなーい」


史は微笑みながら首を傾げた。


「な、なんのことでしょうか」


―――


小休憩に入ると、咲良が勢いよく話し始めた。


「昨日ね、陽向のおむつ替えしたんだけど――」


華蓮が苦笑しながら受ける。


「始まった“ママ報告”」


颯太も呆れ顔だ。


「もう完全に母親の顔じゃん……」


莉子は興味津々で頷く。


「陽向くん見にいきたい」


駆が茶々を入れる。


「大きくなっても同じこと言ってられるかな?」


雪杜は焦りながら、手にしていたペンをそっと置いた。


「いやでもおむつ話は一旦……ね?」


咲良はほっぺを膨らませる。


「むぅ……」


―――


小休憩も終わり、雪杜が御珠の答案をのぞき込む。


「あ、ここは符号ミスしてるだけだよ。直せばできてる」


御珠はしばらく用紙を見つめ――

そのまま不意に雪杜へ体ごと向き直った。


「……雪杜、できぬ。教えてほしいのじゃ……

 手……取っても、よいか……?」


教室の熱が止まる。


「えっ!?手!?いや、手はとらなくても……!」


咲良が机を揺らすほどの勢いで心の中で叫ぶ。


(めっちゃ甘えてる……!)


華蓮は冷静に切り込む。


「お前、雪杜に構ってもらうためにわざとミスってね?」


「し、失敬な!!妾は真剣なのじゃ!」


莉子が御珠の答案をのぞきながら、小首をかしげる。


「答案の○印がハートっぽい形なの何?」


「!?!?!?」


御珠の肩が跳ねあがり、机が小さく震えた。


勉強会は笑いとツッコミに包まれたまま進んでいく。

夕日が差し込み、机の影が長く伸びていた。


―――


夕方のスーパーは、晩ご飯の買い物客でほどよく賑わっていた。

自動ドアが開くと同時に、雪杜・御珠・晴臣の三人が店内へ入っていく。

買い物かごを受け取りながら、雪杜がメモを確認した。


「えっと……まず、今日の晩ご飯は味噌汁と肉じゃが…でいいよね」


晴臣はゆっくり頷き、笑う。


「なんでもええぞ。腹に溜まるものならのう」


御珠はというと、まっすぐ惣菜コーナーへ引き寄せられていた。

揚げ油と醤油の匂いに足が止まる。


「妾は……あれが食べたいのじゃ!」


ぴたっと立ち止まり、ガラスケースの前に張りつく。


「お惣菜か……」


雪杜が苦笑すると、御珠は揚げたてに目を輝かせた。


「夕餉にしてもよいじゃろ?揚げたてじゃぞ!」


晴臣はその様子を見て、柔らかく肩を揺らす。


「まぁ、楽じゃしええじゃろ」


雪杜はメモを手に取り直し、通路へ向かう。


「じゃあ、あと野菜と豆腐……御珠、カート押せる?」


「まかせるのじゃ!」


自信満々にカートを押した御珠は、予想通り勢い余って棚にゴンとぶつけた。

金属音が鳴り、近くの店員がちらりと振り向く。


「む!?こやつ……言うことを聞かぬ……!」


「いや御珠が強く押しすぎ……」


晴臣がのんびりと笑う。


「ふぉっふぉっ、怪力は隠せんのう」


三人の笑い声が、通路のすみへ小さく散った。


―――


紙おむつ売り場に差しかかったときだった。


「……あれ?雪杜?」


咲良の声が飛び、雪杜は振り返った。

そこには、カートを押す咲良と、澪の腕に抱かれた陽向。

その後ろには、気まずそうに歩く父の姿があった。


「偶然すぎるー!買い物?」


「う、うん。晩ご飯の……」


澪が静かに会釈し、その視線を一瞬、御珠へ移す。


「……御珠ちゃん、こんばんは」


御珠も丁寧に頭を下げた。

その仕草には、普段より強い緊張がにじんでいた。


「……お晩なのじゃ。

 いつぞやは……世話になったの」


澪は短く返し、言葉を切る。

通路の音が、急に耳についた。


咲良はその変化を敏感に受け取り、慌てて話題を変えた。


「みてみて!これが陽向ちゃんだよ!」


澪から陽向を受け取った咲良が、抱っこし直して雪杜たちへ見せる。

すやすや眠る赤子の頬に、白い息がかかる。


雪杜は目を細めて見つめた。


「ち、ちっちゃい……。かわいい……」


御珠もそっと覗き込む。


「……よう、眠っておるな」


その声は優しかった。

だが澪は、咲良の腕を軽く引き、陽向を胸側へ寄せる。

御珠との間に、半歩ぶんの距離ができた。


「え?お母さん?」


澪の瞳には、静かな防衛の色があった。

御珠はそれを読み取り、同じだけ足を引く。


(……妾が触れてよい領域ではないのじゃ)


咲良が胸の奥で息を呑む。


(……お母さん、御珠ちゃんのこと認めてないんだよね……

 雪杜を見る目も、どこか警戒してるし……

 ほんとは仲良くしてほしいのに……)


そのとき、晴臣がゆっくりと合流した。


「おお、春原さんところの。今日は家族みんなでか?」


澪が微笑む。


「はい。日用品を少し……」


晴臣も笑みを返す。

そのやり取りを見ていた咲良は、母の視線の向きで扱いが変わるのを見てしまい、胸の奥がきゅっと痛んだ。


父がそっと澪の肩へ手を置いた。


「……そろそろ行こっか」


「ええ。咲良、戻るわよ」


咲良は明るい声で手を振った。


「じゃ、また学校でねー!」


咲良一家の四人は通路の向こうへ歩き去っていく。


御珠はその背中を静かに見送った。

澪の姿を――遠い灯りを眺めるように。


(……妾が踏み込めぬ領域。

 その“端”を歩くのが、今の妾なのじゃ)


雪杜がその横顔を見て、小さく呟く。


「……咲良のお母さん、なんか緊張してたね」


御珠はゆっくり頷いた。


「うむ。あれは妾に向けたものじゃ。

 母として、当然の反応よ」


晴臣が穏やかな声で言う。


「ふむ……まぁ、いろいろあるんじゃろ。

 気に病むことでもないわい」


雪杜は小さく笑った。


「うん……咲良とはちゃんと仲良くできてるから」


三人が出口へ向かうと、自動ドアが開き、夜の冷気が流れ込む。

三人は静かに店を出ていった。


―――


夜がゆっくり落ち着いていく時間帯。

リビングでは三人がテレビを囲み、相撲中継の熱に包まれていた。


「いけー!そこなのじゃ!!」


御珠が前のめりになって叫ぶ。

画面の中、力士の身体がぶつかり合い、勝負が決まる。


「大の山!寄り切りったー!

 大の山!初優勝です!!」


「やったのじゃー!大の山優勝なのじゃー!」


御珠が満面の笑みで跳ねると、晴臣も穏やかに目を細めた。


「よい力士が出てきたのぅ」


「うむ。相撲は面白いのじゃ」


雪杜はその二人を見ながら、あたたかい声で言う。


「御珠がいつも見てるから、一緒に見始めたけど面白いね」


「さて、相撲も終わったし風呂にでも入るかの」


晴臣はタオルを肩にかけ、ゆっくり立ち上がった。

立つだけの動きに、年齢の重みがわずかに出る。


「晩御飯の支度しとくよ」


雪杜の声に頷きながら、晴臣は廊下へ消えていく。


家の音が続く。

タオルの擦れる布音、スリッパのパタッという軽い響き。


「……寒うなってきたのう。もうすぐ雪が降る頃合いか」


脱衣所に満ちる冷気が、晴臣の肌をかすめる。

さっきまでテレビの前にいた温もりが、すっと引いていく。


「脱衣所にもストーブ置いたほうがええかの……」


自分に言い聞かせるような苦笑が漏れる。

衣服を脱ぐたび、肌にふれる空気がいっそう冷えていった。


「早う湯に浸からんと、冷えてしまうわい」


がらん、と風呂蓋を開ける音。

その瞬間だけ、湯気がふわりと逃げ、冷気と混ざり合う。


「ふ〜……生き返るのぅ」


湯気の中に落ちたその声は、静かに溶けて消えた。


―――


こたつに入った二人は、表彰式をBGMにのんびりしていた。

部屋の暖かさが、肩の力を抜かせる。


「……もうすぐ、御珠と会って三年だね」


雪杜がなんとなく言うと、御珠は目を細めた。


「妾も驚いておるわ。

 そなたとおった時間は、すぐ過ぎてしまうのじゃ」


(御珠……今日、ちょっと興奮してて可愛い……

 ……あの契りから二年か……)


(雪杜……横顔がよい……

 ……口づけ、したいのじゃ……)


二人とも、完全に色ボケである。


こたつに沈みながら、二人はまだ相撲の優勝インタビューを眺めていた。

部屋はあたたかく、外の冷え込みとは無縁のように思えた。


雪杜と御珠がぼんやりテレビを見ているその横で、棚の上には、修学旅行で買った“金ピカ木彫りクマ”が湯飲みを掲げて鎮座している。


どこか場違いなほど眩しくて、そして、妙に誇らしげだった。


御珠はちらりとそれを見て、小さく笑う。


(……雪杜の身の回りは、こうして少しずつ増えていくのじゃな)


雪杜はその変化に気づかず、のんきにこたつへ潜り込む。


夜は静かで、こたつは温かい。

その差が、この家の未来に訪れる“冬”の気配をまだ隠していた。

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