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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第3章 中学生編 ― その瞬間を抱きしめて ―
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第2話 言い過ぎた代償

朝の教室は、ざわめきが薄く渦巻いていた。

机を動かす音や笑い声がぶつかり合い、始業前の気配が漂っている。


その中で、女子の小声がひそりと重なった。


「ねえ、坂本さんさ」

「なに?」

「なんか御珠ちゃんに逆恨みしたあげく、佐々木に振られたらしいよ」

「ダサ」

「でしょ。告白して玉砕とか、まじウケる」


軽い笑いとざわめきが、そのまま教室の中心へ散っていく。

視線が一瞬、席に座る華蓮へ向かった。


(……うるせぇ)


華蓮は机に肘をつき、視線を動かさずにその流れを受け流した。

だが、痛みより先に苛立ちが胸に滲む。


少し離れた席で、御珠が静かに本を閉じた。

ページが重なる音が、やけに大きく聞こえる。


(妾の責か……)


御珠は指先を本の上に置いたまま、短く息をひそめる。


(……一度だけじゃ)


次の瞬間、御珠は席を立った。

椅子の脚が床を擦り、教室のざわめきがすっと引く。


「勇気をもって告白した人を貶すのは、見ていられない」


御珠の声は静かで、しかし通る。


「貶したいなら、自分も告白して玉砕してからにしなさい。

 人の覚悟を、娯楽にするな」


教室が冷えたように静まり返る。

さっきまで騒いでいた女子たちが、言葉を失って俯いた。


教室の端から、数人の手がぱち、ぱちと鳴る。

その拍手はまばらでも、確かに場を揺らした。

流れに押されるように、他の生徒の視線が御珠へ集まる。


雪杜は御珠の背に吸い寄せられるように視線を落とした。


(……御珠が、クラスに口を出すなんて)


咲良もちらりと目を細める。


(まさか眷属増やそうとしてないよね……?)


担任がドアを開けて入ってくる。

その動きに、教室の張りつめた緊張がようやくほどけた。


「はいはい席ついてー。ホームルーム始めるよー」


椅子が次々と引かれ、ざわめきが緩やかに戻ってくる。

華蓮は視線を伏せたまま、動かなかった。


―――


休み時間の教室は、ついさっきまでのざわめきが嘘のように静まり返っていた。

人の気配が抜けた廊下から、乾いた風がそっと入り込んでくる。


教室の外れ。

華蓮が腕を組み、壁のように立ちふさがった。


「……ちょっと来い」


机に向かっていた御珠が、顔だけをゆるくこちらへ向ける。

その動きに感情の揺れは一つもない。


「やだ」


「はぁ?来いって言ってんの」


「ここで言えば」


切りつけるみたいな声音に、華蓮の眉がぐっと寄った。

苛立ちを噛み砕くように、歯が小さく鳴る。


「……なんで庇った」


「別に庇ってない」


「は?あれが庇ったんじゃなかったら何なんだよ」


御珠は視線すら動かさない。

淡々と、しかし芯だけはぶれない声で返した。


「事実を言っただけ」


その冷たさに、華蓮の息が一瞬だけ揺れる。


「……あたしのこと嫌いじゃなかったのかよ」


「嫌いとは言ってない」


「はぁ?じゃあ、なんなんだよ」


そこで、御珠のまつげがほんのわずか震えた。

押し隠された言葉を探すように、短い沈黙が落ちる。


「……あなたを焚きつけたのは私だから」


「は?」


思わず声が濁る。

御珠は、その反応すら受け止めたまま、静かに続けた。


「責任を取っただけ」


「責任って……」


「あなたが告白したのは、私があの日言ったからでしょ?

 『立ちたいなら、自分で立ちなさい』って」


華蓮の表情が止まる。

喉まで出かかった言葉が、そこで凍りついた。


御珠は少しだけ視線を落とし、声の温度をわずかに変える。


「だから、あなたが勇気を出した結果を嘲笑われるのは、見ていられなかった」


「……」


逃げ場のない沈黙の中で、華蓮はゆっくり目を伏せた。


御珠は息を整え、淡々と結ぶ。


「一度だけよ。次は自分で何とかしなさい」


「……なんだよそれ」


「そのままの意味」


少し間を置いて、華蓮は顔を上げた。

悔しさとも照れともつかない声が胸の奥から漏れる。


「……ありがとな」


「礼を言われることはしてない」


「うるせー。黙って受け取っとけ」


吐き捨てるように言い、華蓮は踵を返した。

けれど、歩き出した背中には、来たときよりわずかに重さが抜けていた。


―――


夜更けの部屋は静かで、雪杜の寝室の照明は落ち着いた琥珀色を灯していた。

布団の向こうで、風が障子をかすかに揺らす。

その音が、寝室の時間をゆっくり進めていた。


雪杜は横になりながら、御珠のほうへ身体を向ける。


「今朝のあれ、どうしたの?」


御珠は枕に頬を押しつけたまま、視線で返した。


「なんじゃ。そなたまで」


「え、咲良も何か言ってた?」


「うむ。眷属を増やす気か、との」


「え!?そうなの!!?」


御珠はわずかに眉をひそめる。

照明の光が、藍色の髪をゆるく縁取った。


「なぜそうなるのじゃ。

 眷属なぞ、そう易々と増やすものではない」


「……じゃあ、どうしてあんな言い方したの?」


雪杜が問うと、御珠は布団の端を指先で摘んだ。

その仕草には、気まずさが滲んでいた。


「言い過ぎたでの。収めに行ったまでじゃ」


「言い過ぎた?」


「こないだ少しの。

 あまりに理不尽な要求をよこすでの。

 つい煽ってしまったのじゃ」


雪杜は喉の奥で笑う。

その笑いは、呆れと親しさが混じった柔らかい音だった。


「ふふ。珍しいね。

 澄香の時も最後は理解しようとしてたのに」


「うむー。妾に『佐々木と付き合え』などと申す。

 あげくに『自分は佐々木が好きじゃ』と零す」


御珠は肩をすくめ、翠の瞳をわずかに細めた。


「ぬしはどうしたいのじゃと理解に苦しむ。

 人の色恋とはまこと不思議よの」


御珠は布団の端を指先でなぞり、言葉の落としどころを探すように息を整えた。


「ただ……」


雪杜が顔を上げて問い返す。


「ただ?」


御珠は一息つき、天井を仰いだ。

その表情はなぜか満足げで、どこか誇らしげですらある。


「あっぱれよの」


御珠は静かに息を吐いた。

責めるでもなく、持ち上げるでもなく──ただ相手の覚悟を見つめ直すような眼差しだった。


「妾に煽られたとて、袖にされるのを分かった上で交際を申し込む。

 その上で、すっきりしたと申すではないか。

 それをわざわざ、皆の前で報告する」


雪杜は御珠の横顔を見つめる。

御珠の声は淡々としているのに、その奥にかすかな熱が灯っていた。


「これをあっぱれと言わずして、何という」


雪杜は御珠の横顔を見ながら、思わず苦笑をこぼす。


「……御珠ってさ、割と気が強い人好きだよね。

 咲良にもビンタされたのに“気に入った”って言ってたし」


御珠の肩がぴくりと跳ねる。

光の加減で、ほんの少し耳が赤い。


(……これ、図星だ)


雪杜は続ける。


「そっか。気に入ったんだね」


御珠はがばっと身を起こし、布団を波のように押しのけた。


「気に入った?妾が?あやつを?」


「だってそうでしょ。

 いくら責任感じたからって、普通そこまでしないよ。

 煽ったのは御珠かもしれないけど、決めたのは本人だもの」


御珠は言葉を探すように、一度目を伏せた。


「妾はただ……あのままあやつが……」


「心配だった?」


「そうかもしれぬ……」


御珠は喉元へ手を当て、迷うように続けた。


「あのままあやつの心が折れてしまえば、妾は――いや」


御珠は言いかけて口を閉じた。

胸の内側に浮かんだ“個としての情”を、神としての理性がそっと押し戻していく。

そのわずかな葛藤が、照明の陰で一瞬揺れた。


「人に干渉し、人の心を折るなど、あってはならぬ」


雪杜は苦笑して、枕にもたれた。


「え!?そっち!?友達として心配とかじゃないの!?」


「友達ではない」


「素直じゃないなぁ」


「……知らぬ」


その言い方が妙に可愛らしくて、雪杜はつい口元を緩めてしまう。

くす、と小さな笑いが漏れた。


御珠はその音に気づき、頬をふくらませる。


「笑うでない」


「ごめんごめん」


照明の下で、御珠は布団を引き寄せながらうつむいた。

その胸の奥で、小さな言葉が静かに落ちる。


(友……か……)


寝室を満たす静寂は穏やかで、夜はそのまま深く流れていった。

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