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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第28話 夏の合同合宿5

体育館の前方に発表スペースが設けられている。

照明が当たり、視線が自然とそこへ集まる。


「それでは、次のチームです。

 準備はよろしいですか?」


「はい」


「ではお願いします。

 『半自動事象記録システム さーや様』です」


雪杜が一歩下がり、咲良が前に出る。

客席を見て、息を吸った。


「みなさん、突然なんですけど」

「学校の中って、決めること多すぎませんか?」


小さな笑いが起きる。

咲良は勢いを落とさない。


「クラスの係」

「行事の段取り」

「部活の準備」

「先生に言われたこと」

「友達に頼まれたこと」


咲良が一つ言うたび、指を折っていく。


「……全部、頭の中だけで回すのって無理です」


咲良が胸の前でノートを抱える仕草をする。


「しかも、こういうのって」

「“決めた”はずなのに、後で揉めたり」

「“保留”のまま消えたり」

「誰が何をするか、曖昧なまま終わったりします」


言葉を切る。

視線が客席をなぞった。


「その結果――

 一番損するのは、真面目な人です」


史が観客側に立って、軽く頭を下げる。

「真面目な人」の象徴になる位置だった。


咲良が続ける。


「そういう人ほど、記録して、整理して、頑張るのに」

「それが“作業”として重くて、続かない」


両手を広げる。


「だから、私たちは考えました」

「“記録”を、支えにできないかって」


そこで、御珠が一歩前に出る。

表情が変わり、声が落ち着いた。


「よい」


視線が集まる。


「我が名は、さーや」

「そなたの迷いを、整えよう」


咲良がせいいっぱい声を張る。


「さーや様!」


御珠は咲良を見下ろす。

控えめのはずが、背筋が伸びている。


「状況を述べよ」


咲良が早口になる。


「はい、さーや様!

 今、やることが多すぎて、何から手を付けたらいいか分かりません!

 あと、決めたことが後で揉めます!」


御珠が頷く。


「ならば、まず分類じゃ」


指を三つ立てる。


「決定」

「保留」

「却下」


「そして、理由を述べる。

 短く、逃げられない言葉で」


咲良が呟く。


「理由……」


御珠が続ける。


「次に、行動を示す。

 次に何をするかが分かれば、人は動ける」


咲良の声が弾む。


「なるほど……!」


雪杜が一歩前に出て、説明を補強する。


「僕たちのシステムは、入力した内容をAIが読み取って」

「いま言った三つに分類します」

「そして、理由と次の行動まで、セットで返します」


咲良が目を丸くする。


「え、じゃあ私は、悩みを書くだけでいいの!?」


御珠が即座に遮る。


「悩みではない。

 事実を書くのじゃ」


咲良が引きつる。


「えっ、厳しい!?」


「甘えるでない」


笑いが少し起きる。


雪杜が畳みかける。


「さらに」

「その記録が増えても、後から検索できます」

「“あの時決めたこと”を、引き出せます」


咲良が客席へ向けて、手を握る。


「これがあれば」

「真面目な人が、一人で抱えなくてよくなる」


御珠が一歩下がる。

声が落ち着く。


「記録は、迷わない形になる」


咲良が繰り返す。


「迷わない形……」


御珠が言い切る。


「迷う者が多いなら妾が導こう」


その言葉で、会場の視線が御珠に集まる。

雪杜が一歩、前へ出た。


紙束の一番上を指で押さえる。

指先に力が入る。


「決めたことを――忘れられるのが、一番つらい」


息を吸う。


「だから、残します」

「誰でも引き出せる形にします」


「――記録は、道標になる」


それは、かつて御珠が口にした言葉だった。


雪杜が顔を上げる。


「僕たちはそれを“使える形”にしました」

「ここからは、実際に動くところを見せます」

「――デモ、いきます」


雪杜の声が落ちる。

駆がすぐに頷いて、ノートPCに手を置いた。


ブラウザが開く。

スクリーンに画面が映り、カーソルが点滅する。

客席の視線が、そこへ吸い寄せられていく。


「入力は、短く」

「事実だけ」


駆の声は淡々としていた。

咲良が客席へ向けて、軽く手を広げる。


「こういうの、ありますよね」

「“決めたはずなのに、後で揉めるやつ”」


駆が入力欄に、用意されたテキストを貼る。

文化祭の音響に関する議事録。

一行ずつ、固い言葉が並ぶ。


送信。


画面が切り替わる。


「判定:保留」

「理由:音響の担当が未決定。必要条件が不足」

「次の行動:候補者を列挙し、希望と時間を確認して決定」


前列がぐっと身を乗り出す。

「判定」の三文字より先に、「次の行動」に視線が集まった。


雪杜がその反応を拾って、言葉を重ねる。


「判定だけじゃなくて」

「“理由”と、“次に何をするか”まで返します」


史が視線を上げる。

声は小さいのに、言い切りが強い。


「記録として残すときに」

「次の行動があると、止まりません」


駆が次のテキストを貼る。

文化祭の買い出しに関するグループチャット。

短文が続き、勢いが透ける。


送信。


「判定:決定」

「理由:必要物が明確。期限が近い」

「次の行動:担当と予算を確定し、リストを共有」


咲良が頷いて、ぐっと拳を握る。


「こういうのは決めちゃえばいいんです」

「決めたら、動けるから!」


御珠は一歩引いた位置で、落ち着いた声を置く。


「迷いは、分類できる」


雪杜が手を上げて、客席を前へ引っ張る。


「そして、ここからが本題です」

「記録は、増えると重くなる」

「だから、引き出せる形にしました」


駆が画面の上部を指す。

検索欄。

ここが光るところだと、全員が分かる。


「検索します」


駆がキーワードを打つ。


『買い出し』


エンター。


一覧が出る。

関連する記録が、日付と判定つきで並び替わる。

クリックすると詳細が開き、理由と次の行動が、崩れずに残っている。


会場がざわつく。

小声が波のように広がる。


「うお、便利そう」

「探せるの強い」


駆がさらに打つ。


『役割』


一覧が更新される。

“保留”だったものが出てくる。

決定に変わった履歴まで、追いかけられる。


雪杜が、そこで言い切る。


「決めたことが、迷子にならない」

「忘れられない形にできます」


客席が静まり、次に声が重なる。


「おぉ……」

「すげぇ」

「このまま学校で使えそう」


体育館全体が前のめりになる。

咲良が息を吸って、客席へ向ける。


「これがあれば」

「真面目な人が、一人で抱えなくてよくなる」


雪杜が頷いて、締めに入る。

声の硬さがほどけた。


「最後に、将来の構想の話をします」


「いまは手入力ですが」

「次は“入力の手間”を消します」


「音声を取り込んで、会話から決定と次の行動を残す」

「画像を取り込んで、紙のメモやホワイトボードも検索できるようにする」

「一つの会議の中で複数の議題があがった場合に自動的に切り分ける」


「記録が勝手に溜まって、必要なときに引き出せる」

「――それが、僕たちの目指す“迷わない形”です」


一度、言葉を区切ってから、雪杜が頭を下げる。


「以上です」

「ありがとうございました」


拍手が起きる。

司会者の声が、その拍手を受け取って次へ流す。


「ありがとうございました!

 それでは次のチーム、準備をお願いします」


雪杜たちは一礼して、舞台を降りる。

駆は最後まで画面を閉じず、カーソルが消えるのを見届けてから、ようやく手を離した。


―――


入れ替わりの流れが途切れず続き、三年生チームの番が来る。

呼ばれた瞬間、観客席のどこかから「来たぞ」とでも言うようなざわめきが走った。


司会者がマイクを上げる。


「それでは次のチーム、どうぞ!」


四人が揃って前に出る。

スクリーンに映ったのは、キャラクターの顔と入力欄。

そして、表情が変わるUI。


先頭の三年生が胸を張る。


「俺たちは――」

「彼女が欲しい!」


観客が笑う。

最初の一発で掴みに来た。


別の三年生がすかさず重ねる。


「でも現実にはいない!」


笑いが増える。


三年生が続ける。


「だから作った!」


最後の一人が一歩前に出て、拳を握る。


「俺たちは彼女が欲しいんだー!」


叫び声が体育館に響く。

全国の男子中学生を代表するような魂の叫びだった。


拍手と笑いが一気に起きる。

寸劇はそれで終わり、間髪入れずにデモへ入った。


好きな言葉を打つと、返答が返る。

好感度が上がると表情が変わる。

照れモードに切り替わる。


「うわ、リアル」

「それはそれで怖い」


笑いが残ったまま、発表は終わる。


拍手。

入れ替わり。

次、また次。

最後のチームまで流れていって、ようやく“終わりの段取り”が見えた。


司会者が前へ出る。

マイクを持ち直す。


「みなさん、本当にありがとうございました!

 では、最優秀賞の発表です!」


ざわめきが引く。

さっきまでの笑いが一段落ち、息を飲む音が混じる。


「最優秀賞は――」


司会者が短く区切り、紙に視線を落とす。

息を吸って、読み上げた。


「『半自動事象記録システム さーや様』です!」


一瞬遅れて、雪杜チームの席が爆発する。


「えっ……!?」

「やった!!」


咲良が立ち上がる勢いで叫ぶ。

御珠が胸を張る。


「うむ!勝ったのじゃ!」


雪杜は紙束を胸に抱えたまま立ち上がって、息を呑んだ。


「……ほんとに?」


隣で駆が頷く。

言葉が短い。


「……勝った」


史は両手で口元を押さえる。

声が出ない。

それでも、身体が立ち上がる。


周囲から拍手が集まる。

円卓が揺れる。

背中を叩かれて、肩がわずかに跳ねた。


司会者が前方へ促す。


「前へどうぞ!」


五人が前へ出る。

拍手が近い。

ライトが眩しくて、視界が白くなる瞬間がある。


審査員がマイクを取った。


「素晴らしかったです。

 まず、完成度が高い。

 この短期間で、ここまで“使える形”に持ってきたチームは、これまで見たことがありません」


会場が小さく揺れる。

雪杜は何度も頭を下げる。

咲良は涙をこらえたまま、頷いている。


御珠は誇らしげに、背筋を伸ばしていた。


審査員の声が続く。


「AIを単なる飾りにせず、分類、理由、次の行動という“人が動く形”に落とし込んでいた。

 さらに検索まで実装して、記録が増えるほど強くなる設計になっている。

 AIの可能性を、現実の課題に接続できていました」


咲良の目が潤んでいく。

雪杜はまた頭を下げる。

御珠は小さく頷く。


審査員が視線を上げて、締めの評価に入った。


「そして、発表が良かった。

 寸劇で課題を掴み、すぐにデモで証明する。

 演技も素晴らしかった。特に“さーや様”」


客席のどこかで、くすっと笑いが漏れる。


「存在感が強いのに、やりすぎていない。

 威厳があるのに、説明の邪魔をしない。

 短い時間の中で、ちゃんと役作りしてきたのが伝わりました」


御珠が小さく頷いて、素で言う。


「うむ。妾、褒められた」


(……控えめに、がちゃんと届いてた)


雪杜の胸の奥で、ようやく何かがほどける。

駆も息を吐いた。

肩に乗っていた重みが、そこでやっと降りた。


その横で、史がそっと涙を流していた。


駆が、それを見る。


(嬉しいから、泣いてる……?

 ……違う)


史は声を出さない。

口元も崩さない。

涙が、頬に細い筋を残す。


拍手に包まれているのに、史の視線は客席の外を見ていた。

舞台でも、賞でもない。

もっと遠く。

もっと暗いところを、確かめるように見ている。


(この涙は、喜びだけじゃない)


拍手が続く。

フラッシュが光る。

光るたびに、涙の筋が白く浮いた。


史の涙は、落ちた。

けれど、拭われなかった。

誰にも見つけて欲しくないのに、見つけて欲しいとも願っている。


駆は、強く知りたいと思った。

この人が、何を抱えてきたのか。

どうして“残す”ことに、そこまで賭けるのか。


―――


体育館を出ると、夕方の光が建物の角に張りついていた。

参加者の列はほどけながら散っていく。


顧問が五人の前に立つ。

いつもより声が大きい。


「よくやった!

 正直、ここまで仕上げてくるとは思ってなかった」


顧問は視線をずらし、三年生のほうへ向けた。


「三年もだ」


三年生たちが、照れたように笑う。


「発想が振り切れてた。

 お前らのようなやつらが次の時代を切り開くんだ。誇りをもっていいぞ。

 俺だったら恥ずかしくてできないけどな」


三年生の一人が声を上げる。


「えー、そりゃひどくないすか」


もう一人が言い直すように返す。


「……ありがとうございます?」


顧問は笑いを飲み込んで、改めて雪杜たちを見る。


「そして、お前たち。

 短い時間で、使えるところまで持っていった。

 地味だけど、一番大事な仕事だ」


咲良が反射で笑って、勢いよく頭を下げる。


「ありがとうございます!」


駆は短く頭を下げる。

雪杜は何度も頷く。

御珠は胸を張ったまま、得意げに立っている。


史はわずかに遅れて、深く礼をした。


顧問の声が落ち着く。

視線が史に止まる。


「……特に、記録のまとめ。

 目立たないが、ああいうのが最後に効く。

 よく気がついたな」


史はまっすぐ返した。


「……はい」


声は落ち着いている。

目の縁にまだ赤みが残っていた。


少し離れたところで、朝霧が待っている。

スタッフ札を揺らしながら、軽く手を上げた。


「おつかれ。

 いいものを見せてもらったよ」


雪杜が一歩前に出て礼をする。


「朝霧さん。短い間ですがありがとうございました」


「俺も、ありがとうございました。

 沢山のことを教えてもらいました」


朝霧は肩をすくめる。


「君がこのまま成長したらと思うと末恐ろしいよ。

 それじゃ気をつけて帰ってね」


朝霧は人波へ溶けていく。

背中が見えなくなると、会場のざわめきが戻ってきた。


その中で、他校の女子が咲良に近づいた。


「ねぇ」


咲良が振り向く。


「ん?」


「少ししか話できなかったけど、楽しかったよ」


咲良は驚いてから、笑って頷く。


「……うん。私も」


別の子が肩をすくめる。


「最初はさ、とんでもないところに来ちゃったと思った」


咲良が即座に同意する。


「それ、分かる……」


「でも、みんなで協力して、一つのものを作ってるのって、思ったよりずっと楽しいんだね」


咲良が笑う。


「うん。

 ちょっとしんどかったけど」


二人で小さく笑う。


「いい思い出になった。

 また、どこかで会えるといいね」


咲良は言葉を探してから、頷いた。


「……うん。また会えたらいいね。

 今度は余裕あるときに」


「それな」


別の子が、にやっとして割り込む。


「ふひひ。二人の関係は秘密にしておくね」


咲良が慌てて手を振る。


「っちょ!それ誤解だから!

 仲いいだけだからー!」


「はいはい。そういうことにしておくね」


その子が御珠に手を振る。


「さーや様もまたねー」


御珠が堂々と返す。


「うむ。さらばじゃ」


「まだロールプレイしてるし!」


笑いながら、他校の女子たちは自分たちの顧問の方へ戻っていった。


―――


駅に着くと、改札へ吸い込まれる人の流れが戻り、音が増える。

現実がゆっくり追いついてくる。


改札を出ると、五人は帰ってきた実感で足が止まった。


咲良が息を吐く。


「……終わったね」


雪杜が頷く。


「終わったな」


御珠が胸を張る。


「うむ。よき戦いであった」


駆が深く息を吐く。


「五人でやれて、よかった」


その言葉に、咲良が大きく頷く。


「うん。ほんとに、五人でよかった」


雪杜が史を見る。

史はうつむいたまま、指先で何かを確かめるように黙っている。


「……宮下先輩?」


史が顔を上げた。


「大丈夫です。

 ちゃんと、残りましたから」


(残る?)


雪杜の中で、その言葉が引っかかる。

全員の足が止まり、誰も言葉を継がないまま、史を待った。


駆は史を見る。

発表会の後から続く、あの違和感が胸に残る。


史は出口の方へ一歩進み、振り返る。


「また、やりましょう。

 次は……もっと、迷わない形で」


咲良が笑って頷く。


「うん!」


雪杜も頷く。


「次も、五人で」


御珠が胸を張る。


「当然じゃ」


咲良が急に手を叩く。

音が乾いて、駅前のざわめきに紛れた。


「ねーねー。打ち上げ、やろうよ」


雪杜が目を丸くする。


「今から?」


「今日は無理!

 もう限界!」


駆が短く同意する。


「……それはそう」


咲良が指を折るように続ける。


「だから、また日を改めて。

 ちゃんと集まって。

 今度は、疲れてない状態で」


「宴か。よいの」


史が言葉を選ぶように視線を落としてから、口を開いた。


「……私も。

 都合、合わせます」


咲良が両手を上げる。


「よし!決定!」


雪杜が笑う。


「それ、ちゃんと記録しとく?」


「しといて!

 忘れたら意味ないでしょ!」


駆の口元がわずかに緩む。


「……迷わない形でな」


五人が同時に笑うと、周りのざわめきまで少しやわらいだ。


駅前のロータリーで、バスが止まる音がした。

誰かのキャリーケースが段差を跳ねて、また人の流れが動き出す。


地獄のような二日間も、終わってみれば楽しい思い出に変わっていた。


ハッカソンは終わったが、次の約束はもう決まった。


夏休みは、まだ続く。

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