第27話 夏の合同合宿4
宿泊所の女子部屋には、カーテンの隙間から朝の光が差していた。
ベッドの影が床へ伸びている。
史は先に起きていた。
ノートを膝に乗せ、ペン先で昨日のメモの端を押さえる。
(朝のうちに、今日使う形にする)
手元を動かしたまま、史は隣のベッドへ視線を流す。
咲良と御珠が抱き合って眠っていた。
咲良の腕は御珠の背に回り、御珠の額は咲良の胸元へ寄っている。
史が小さく息を吐いた。
「……結局二人で寝てるのか」
史は視線を逸らし、ノートへ戻る。
御珠の寝息に混じって、声が転がった。
「……幸せなのじゃ」
寝言だった。
史は手を止めず、何かを思い出すようにページをめくった。
――昨夜
咲良たちが自販機でコーヒーを買い終え、部屋へ戻ってきたあと。
「私たちも寝よっか」と咲良が先にベッドへ入り、布団を肩まで引き上げた。
御珠は自分の寝床へ向かう途中で立ち止まる。
一歩、戻った。
「咲良」
「ん?どうしたの、御珠ちゃん」
「妾、修学旅行の夜が忘れられないのじゃ……」
咲良は枕の位置を直しながら、困ったように笑った。
「さっきも言ってたね……
もうしょうがないな。暑いから少しだけだよ?」
咲良がそっと布団を持ち上げる。
御珠が咲良の布団に潜りこむ。
「ん、やっぱあっつ!せっま!」
御珠は咲良の胸にぐりぐりと頭を押し付ける。
「っちょ、御珠ちゃんくすぐった」
御珠が咲良の背中に手を回し、さらに密着する。
「暑い。暑いって御珠ちゃん」
「咲良、安心するのじゃ……」
咲良が言い返そうとして、声を飲み込んだ。
腕が御珠の背へ回り、そのまま抱きしめる。
「……もう」
きょうの疲れもあって、二人はそのまま寝はじめた。
―――
史は視線を戻す。
目の前では、咲良と御珠がまだ同じ形のまま眠っている。
見つめていると、咲良の目がパチリと開いた。
「……ん……」
視線が上がって、史と目が合う。
「……おはようございま……す?」
史はノートの端を整えながら、淡々と返した。
「おはようございます。
ゆうべはおたのしみでしたね」
咲良は横で抱きついている御珠を見つける。
喉が詰まったまま、言葉が迷子になった。
「え、あの、これは……」
御珠は目を開けないまま、甘える声を落とす。
「咲良、大好きじゃぞ……」
咲良が布団をばさっとめくり、御珠の肩を揺らした。
「っちょ御珠ちゃん起きて起きて!朝だよ!
てかいま何時!?」
史が時計を見て、事実を置く。
「7時です」
咲良の顔が一気に青くなる。
「7時!?朝食7時半だよね。
うわ汗すっご。
髪もボサボサ」
史はドアの方へ視線を向けて、短く言った。
「シャワーは7時から使えるみたいですよ」
咲良はベッドの端を掴み、御珠を引き剥がすように立たせる。
「御珠ちゃん。ほらシャワーいくよ!早く早く」
御珠は半分寝たまま、抵抗の言い訳を探した。
「ん……妾、いらんのじゃが」
咲良は即答で押し切る。
「ダメ!絶対!」
咲良が御珠をひっぱって、バタバタと出ていく。
史はその背中に声を投げた。
「先に朝食いってますね」
―――
朝食会場では、皿の触れ合う音に小さな話し声が重なっていた。
駆が先に気づいて、頭を下げる。
「先輩。おはようございます」
史も同じ調子で返す。
「おはようございます」
雪杜は周囲を見回し、二人分の席を探した。
「あれ、御珠と咲良は?」
史は椅子に腰を下ろしながら、落ち着いて説明する。
「ちょっと寝坊したみたいです。
いまシャワーを浴びにいっています」
雪杜は自分の腕の匂いを嗅ぐまねをして、苦笑した。
「シャワーか。
駆、僕たちも後でいく?」
駆が短く頷く。
「そうだな。さすがに汗くさい」
そこへ、咲良と御珠が入ってくる。
咲良は髪を整え、制服を着ていた。
御珠はいつも以上につやつやしている。
咲良が息を整えながら、頭を下げた。
「おはよう……!
遅れてごめん!」
御珠も同じ方向へ視線を向ける。
「おはようなのじゃ」
雪杜が笑って返す。
「おはよう」
(……ちゃんと制服着てる。
えらいなぁ)
雪杜たちはジャージのままだった。
駆が箸を動かしながら、要点を並べる。
「全員揃ったな。保存機能も目途が立った。
今日は検索を作る」
史はメモを思い出すように、顎を引いた。
「昨夜のうちに、試験用データを用意しました。
分類がぶれる入力は避ける形にしました。
今日、検索を入れるなら十分です」
咲良が指を立てて、役割を確認する。
「私たちは寸劇の練習だね」
御珠が胸を張り、控えめを宣言する。
「妾は……さーや様をやる。
控えめに、じゃ」
咲良が吹き出しそうになって、口元を押さえる。
「ふふ……できなそう」
御珠がむっとして、視線を鋭くした。
「むむ!妾もやる時はやるのじゃ」
雪杜が紙束を机に置く。
紙の端が揃う音が、妙に頼もしく聞こえた。
「まず劇のシナリオを仕上げる。
あと“刺す一文”を作る。
寸劇のあと、そこに全部つなげる」
史が箸を置いて、静かに言う。
「……きょうも頑張りましょう」
咲良が頷く。
「うん。きょうも頑張ろう」
御珠も頷いて、言い切った。
「うむ。頑張るのじゃ」
二日目が始まる。
―――
体育館の円卓。
二日目の作業が続いている。
昨日の疲れが身体に貼りついているのに、手だけは止まらない。
紙が増える。
付箋が増える。
ペンの色が入れ替わる。
史はノートを開き、入力を作っていく。
判定と理由と次の行動。
咲良は雪杜と寸劇の台本をすり合わせ、御珠は「さーや様」を繰り返す。
控えめと言いながら、目は本気だった。
駆は画面の端に検索欄を作り、ひたすら確かめている。
時間だけが進む。
午後を長く取るため、昼休憩を早めに取った。
口に入れたのは、糖分と水だけだった。
―――
午後になると、駆以外の四人の手が止まり始める。
史はノートを閉じ、咲良は台本を抱え、御珠は小さく唇を動かして「さーや様」を転がす。
雪杜は紙束の角を揃え直した。
検索は、まだ未完成だった。
けれど、発表のデモだけなら成立する。
結果はダミーでもいい。
それでも駆は止まらない。
未完成のまま出すことと、完成させて出すことは、彼の中ではまったく別だった。
雪杜が小さく言う。
「……もう、いけるよ」
駆は画面から目を離さない。
「……まだだ」
円卓の上で、ペットボトルが増えていく。
針が、14時へ寄っていく。
駆が息を吸う。
指が速くなる。
最後の入力を送る。
画面が切り替わる。
検索欄に文字を入れる。
一覧が出る。
スクロールしても崩れない。
駆が、短く落とした。
「……できた」
雪杜が顔を上げる。
「え」
史が一瞬だけ瞬きをする。
咲良が声を跳ねさせた。
「え、できた!?」
駆は言葉を切り分けて、確認のように言う。
「検索。完成」
駆が椅子にもたれる。
そこで初めて、肩が落ちた。
「……間に合った」
史が小さく頷く。
「……間に合いましたね」
咲良が両手を握りしめた。
息が弾む。
「すごい!最強!完成!いける!」
御珠が胸を張る。
「うむ」
雪杜が紙束をまとめる。
机の上で、角が揃う音がした。
「じゃあ、リハーサルしよう。
開始から寸劇、デモまで。
通して、崩れるところを潰す」
咲良が立ち上がる。
御珠も一歩前へ出る。
史はノートを閉じたまま、観客の目になる。
駆は画面を開いたまま待つ。
そこへ、朝霧が卓の近くまで来て、指を立てた。
声は落としているが、止める意思ははっきりしている。
「まだ頑張ってるチームもいるから静かにね。
なんだったら外でやるといいよ。ネタバレ防止にもなるし」
咲良が周囲を見回し、口をつぐむ。
雪杜も朝霧を見て、頷いた。
「……分かりました。外でやります」
朝霧は軽く手を振る。
「あと少しだ。頑張って」
駆が小さく手を上げて、言葉を挟む。
「俺はここに残るよ。
外に行ってもPC操作できないし」
一度だけ画面を見て、視線を戻す。
「デモの流れだけ、教えてくれ」
雪杜が頷く。
「分かった。操作は駆に任せる」
史がノートの端を押さえたまま言う。
「では私も残って、流れを読み上げます。
佐藤くんはその合図で動けば大丈夫です」
咲良が台本を抱え直す。
「外で通すのは、寸劇と刺す一文までだね」
御珠が胸を張る。
「うむ。さーや様は外でも完璧じゃ」
雪杜たちは資料と台本を抱えて外へ向かう。
円卓から離れる足音が、通路の養生テープの上で小さく鳴った。
体育館を出て、出入口へ向かう。
外履きに履き替えて外へ出ると、夏の暑さが襲ってきた。
木陰を見つけ、立ち止まる。
荷物を足元に寄せて、小さく円を作る。
雪杜が紙の一番上を指で押さえる。
「じゃ、始める。
……本番だと思って」
声が落ちると、輪の中が引き締まった。
雪杜たちは時間が許す限り、通し練習を繰り返した。
―――
体育館へ戻ると、マイクの音が響いた。
「みなさん、お疲れ様でした!
まだ作業中のチームは、手を止めてください。
――時間切れです」
あちこちでキーボードの音が止まる。
ため息が落ち、誰かの短い笑いが混じった。
椅子が引かれ、床が鳴る。
「それでは、これより発表会を始めたいと思います」
スクリーンが点灯する。
照明が少し落とされ、前方だけが明るくなった。
「発表時間は、1チーム8分。
途中で寸劇を挟んでいただきます。
それでは、1番目のチームから順に前へ」
最初のチームが呼ばれる。
拍手。
足音。
マイクの高さが直される。
雪杜たちは円卓に座ったまま、様子を見る。
咲良が小さく言った。
「……始まったね」
御珠が頷く。
「うむ。戦の時間じゃ」
駆は視線を前に固定したまま、息を整える。
「……あとは、出すだけだ」
前のチームが発表を始める。
スライドが切り替わり、説明が続く。
ところどころで笑いが起きた。
司会者の合いの手。
残り時間を示すカード。
慣れた手つきで、場が流れていく。
咲良は前に立つ人たちを見つめている。
さっきまでの疲れは、もう表に出ていなかった。
(ちゃんと立ててる。
私も、立つ)
御珠が咲良の背中にそっと手を置く。
「控えめに、じゃろ?」
咲良は頷く。
目は逸らさない。
「……うん。でも、叫ぶよ」
御珠が短く返す。
「それでよい」
史が紙を一枚取り出す。
折り目の付いた、短いメモ。
「順番、三つ後です」
雪杜が頷く。
紙束を胸に抱え直す。
「寸劇、90秒。
一文、忘れない。
デモ、検索を見せる」
駆が即答する。
「分かってる」
次のチームが呼ばれる。
拍手。
入れ替わり。
体育館のざわめきが、少しずつ引き締まっていく。
「――続いてのチーム、準備をお願いします」
雪杜たちの番が来る。
咲良が深呼吸する。
御珠は静かに前を見る。
史はメモをしまう。
駆が一歩、前へ出た。
雪杜が言った。
「……行こう」
円卓を離れる。
足音が前へ向かう。
最後の大仕事が始まる。




