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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第26話 夏の合同合宿3

夜更けの体育館。

円卓の上はまだ明るく、消灯の時刻が背中に張りついてくる。


女子が三人いなくなったぶん、机の上が急に広く見えた。

キーを叩く音が反響して、さっきより大きい。


画面には三つの見出し。

それが並んでいるだけで、胸の重さがいくらか引いた。


「だいぶ安定して動くようになった……」


駆がそう漏らすと、隣から軽い声が返る。


「最低ライン、クリアしちゃったね」


指が止まった。

最低ライン、という言葉が刺さる。


「最低ライン……」


「情報を入力する。判定が見える。理由と指針が出る。

 これ、もう“デモ”として成立してる」


横で見ていた雪杜が、思わず口を挟む。


「じゃあ、終わり?」


「終わり、って言いたいけどさ」


朝霧は椅子にもたれて、肩の力を抜いた。

笑い方は軽いのに、次を促す目だった。


「次、どこまで作り込む?

 ここからは“欲”の話になる」


駆の視線が、画面の文字をなぞる。

緊張とは別の熱が、ゆっくり入ってくる。


(最終目標は宮下先輩が使えるシステム……。

 そこが出発点だったはずだ)


「……使えるものにしたい」


「いいね。

 デモとしては十分だけど、システムとして使うには貧弱すぎる。

 でも無理はしなくていい。

 納得いくところまでで十分」


雪杜の眉が寄る。


「納得いくところ、ってどこ……」


朝霧がポケットを探り、小さなUSBメモリを机に置いた。

黒い棒がライトを拾って、短く光る。


「これ、貸してあげる」


「え、持ち込み禁止じゃ……」


「うん。持ち込みPCは禁止。

 事前に作ったものを持ち込むのも禁止」


朝霧はUSBを指で押さえたまま、言い切る。


「でもね。

 時間内に作ったデータなら、どこで作業してもセーフ」


駆が、そこで現実の線を確認する。


「……体育館のPCは持ち出せないのでは?」


「ノートPC、もって来てるんでしょ?

 宿泊所で続きをやりな。

 本当は寝ろって言いたいんだけど、毎年聞く耳持たずでね」


朝霧の口調が、わずかに呆れに寄る。


「どうしてこうクリエイターって連中は、夢中になると徹夜してでも作りたがる。

 ほんと、困った連中だよ。

 ただし、1時までだ。

 誰かが倒れたら、来年から許可が下りなくなる。

 見回りにいって強制的に寝かせるからな」


駆の目がUSBに落ちる。

軽いはずなのに、握る前から重い。


(続きを、宿泊所で。あと三時間)


「……やります」


「うん。そう来ると思った」


雪杜が慌てて前に出る。

声が上ずって、焦りがそのまま出た。


「え、でも僕、PC持ってないんだけど……!

 宿泊所で何もできないじゃん……!」


駆が一瞬、雪杜を見る。

言い方は素っ気ない。


「お前、資料と台本だろ」


「それはそうだけど!

 見てるだけなのは辛い」


朝霧が小さくうなずいた。

否定しないうなずきだった。


「分かる。だから、君は“声”を作るといい」


「声?」


「発表の言い回し。

 寸劇の後に一発で刺す一文。

 それを作れるのは君だけだよ」


雪杜が息を吐く。

逃げ道のない焦りが、作業の形に落ちていく。


「……じゃあ、僕は台本と発表の構成を詰める。

 紙とスマホだけでもできることをやる」


「その意気だ。

 画面は動いても、伝わらなきゃ意味がない」


駆がUSBを手に取った。

指先に、次の時間が乗る。


「……お借りします」


「うん。明日の朝を楽しみにしてるよ」


駆が画面に向き直る。

キー音が戻って、円卓がまた作業の音で満ちる。


夜が、もう一段深くなる。


―――


女子部屋へ続く廊下は人の気配が濃かった。

消灯前の時間帯らしく、あちこちで扉が開いては閉まる。


足音が早い。


「やばい、シャワー22時までだよね!

 走る!」


咲良が先に出て、肩紐の位置を直しながら廊下を急ぐ。

史も鞄を抱え直し、歩幅を合わせた。


「急ぎましょう」


「一日くらいならよくないかの?」


「もう!普通の女の子はそんなこと言わない!」


部屋の前に、別の学校の女子が二人立っていた。

首にタオルをかけ、視線がこちらへ向く。


「こんばんは。

 そちらはいま戻り?」


「おつかれ。シャワー、間に合う?」


「ええ。いまからです!」


咲良がそう言って扉を開ける。

荷物を押し込むようにして、先に入った。


中にはもう一人、ベッドに腰を下ろしてくつろいでいる子がいる。


「あら。こんばんは」


「え、えぇ。こんばんは……!」


咲良が周りを見渡し、すぐ動いた。


「ほら。まずはジャージに着替えるよ。

 学校指定のジャージ持ってきたでしょ」


御珠へ目線で促しながら、自分も手早く服を替え始める。


「ほら。早く早く」


「そうせかすでない」


他校の女子たちが、御珠の言い回しに小さく首を傾げた。

咲良はそれに気づいたが、拾う余裕がない。


「先輩も早くいこ」


「分かりました」


三人がばたばたと部屋を出ていく。


――シャワーを終えて戻ると、髪に残っていた熱がようやく引く。


「ふー。生き返った」


「ですね」


「あ、おかえり」


ドライヤーの音と手元の忙しさが重なり、三人はやっと息を整えた。

咲良がドライヤーを置き、髪を指で梳く。


「疲れた……眠い」


史はノートを取り出す。

ベッドの上に広げ、今日の出来事を整理し始めた。


(今日の分だけは、今日のうちに整える)


向かいのベッドから、他校の女子が咲良へ声をかける。


「ねぇ。そっちのチーム、どうして参加したの?」


咲良がその子へ向き直る。


「友達に誘われたのと……

 AIって何ができるか、見てみたくて」


別の子が笑って頷いた。


「ふふ。同じだね。

 “AIで何か作る”って、もっと工作みたいなの想像してた。

 紙コップにセンサー貼るとか。

 工作キットか何か用意されてるものだと思ってたら、PCポンと渡されて何か作れってひどくない?

 まさかこんなガチのヤツだと思わなかった」


さらにもう一人が、布団を引き寄せたまま続ける。


「わかる。うちの男子共は『よっしゃ合宿!夏の思い出!』とかはしゃいでたよ。

 今頃まだ涙目で作業してるんだろうな」


咲良は笑いそうになり、口を押さえた。

喉の奥に漏れそうな音を飲み込み、肩が小さく震えた。


他校の女子が天井を見て息を吐く。


「林間学校みたいなノリを期待してたのに……

 はぁ……」


御珠が、咲良の隣で小さく呟いた。


「……ねむい」


「あ、座学で爆睡してた子だ」


御珠が咲良へ寄る。


「咲良……一緒に眠るのじゃ」


他校の女子が目を丸くする。


「え?え?

 ……あなた達、そういう関係!?」


「ち、違うから!」


御珠は平然と続けた。


「修学旅行の夜が忘れられないのじゃ……」


「もう!あとで抱っこしてあげるから黙ってて!」


他校の女子が、視線を逸らして手を振った。


「……うん。何も見てないし聞いてない。

 いいと思う」


咲良は弁明を諦め、枕を一つ引き寄せる。


(なんか最近こんな役ばっかり……)


「えっと、私たち先に寝るから。ごゆるりと。あんまうるさくしないでね」

「えっと、おやすみ」

「……ごくり」


三人がベッドにもぐり込む。

布団が擦れる音が、部屋の熱を少し落ち着かせた。


「はぁ……御珠ちゃんのせいで変な誤解されちゃったじゃない……」


咲良が小声で愚痴ると、史が顔を上げる。

声のトーンが妙に真面目だった。


「あの……皆さんの連絡先を教えてもらえますか」


「あー!先輩!ごめんないさい!いま教えます!」


咲良がスマホを取り出し、史の方へ寄せる。

連絡先を共有する。


「男子、まだやってるよね……」


「大丈夫です。

 “最低限”は動きました」


「でもなんかまだやる気だったよね」


史はノートを押さえたまま、視線を落とす。


(私にいまできることは……

 そうだ。データを沢山用意しよう。

 AIの精度も上がるし、検索のテストにもなる。

 佐藤くんならきっと検索まで視野に入れてるはず。

 ノートは沢山あるし、スマホに打ち込んでおこう)


史はスマホにポチポチデータを打ち始めた。


「御珠ちゃん。私たちはどうする?」


ピンポン


咲良のスマホが震えて、画面が光る。


「あ、雪杜からだ」


雪杜:そっちどう?

咲良:シャワー浴びれたよ

雪杜:よかった

雪杜:こっち三年生が全員PCもってきてて作業継続してるから地獄


咲良の口元が引きつり、笑いと同じくらい心配が混じる。


「あっち、大変みたい」


咲良:宮下先輩がスマホでデータ作ってる

雪杜:駆に伝えておくよ

雪杜:自販機にコーヒー買い出しにいくことになった


咲良が画面を見たまま、御珠の袖を引いた。


「御珠ちゃん!食堂に行こう!」


「うむ。雪杜の気配を感じる。行くのじゃ!」


史は指を止めず、机の上の缶を思い浮かべるように言う。


「私は作業を続けます。缶コーヒーをお願いします」


咲良と御珠は返事を目で交わし、音を立てないように部屋を抜け出した。


―――


雪杜と駆が宿泊所の男子部屋へ向かう。

体育館は“消灯”になったが、宿泊所の部屋からは明かりが漏れていた。


部屋に入ると、すでに三年生の四人が机を占領している。

ノートPCが四台。

画面の明るさが顔の下を白く照らし、部屋に熱を足していた。


「好きな言葉で会話できると没入感がやばいな。

 毎秒“好き”って書いちゃう」


「返答、リアルだな……。

 やべぇ。AIにガチ恋しそう」


「好感度上がると、表情変わるの気持ちいい。

 目の動き、もう少し滑らかにする?」


「台詞のトーン、統一しよう。

 優しいモードと、塩モードと、照れモード。

 差が見えればゲームになる」


雪杜は立ち止まって、その会話を聞いた。

机の上の光が、寝る前の空気を追い立てる。


(恋愛ゲームか……

 しかも、その場でAIが返す。

 これ、普通に面白そう)


視線に気づいたのか、三年生の一人が振り返る。


「そっちは何作ってるんだ?」


ふいに三年生が聞いてくる。


「えっとえっと、半自動事象記録システム?」


「なんかすごそうだな」


「お前らも大変だな。

 こんなんだとは思わなかったろ?」


雪杜が、少し考えてから答える。


「まぁ大変だけど、勉強にはなったかも。

 これを乗り越えたら一皮剥けるっていうか、達成感やばそう」


「おー話が分かるじゃないか。

 ま、無理しすぎるなよ」


駆はベッド脇の小机の上に、持ってきたPCをセットした。

電源が入る音が小さく鳴って、画面が立ち上がる。


「……続き、やるか」


「うん。僕も、発表の組み立て詰める」


雪杜は返事をしながら、三年生側の机へ目を戻す。

四台。

自分は紙とスマホしかない。


(僕、肩身が狭いな……)


咲良にLINEを送る。


雪杜:そっちどう?

咲良:シャワー浴びれたよ

咲良:宮下先輩がスマホでデータ作ってる


雪杜はスマホを駆へ傾けて見せた。


「駆。宮下先輩、データを沢山作ってるって」


「そうか。助かる」


駆は画面から目を離さない。

指先が、さっきより速い。


(データを沢山……検索機能をなんとしても実装したい。

 そのためにはまずデータの保存。

 HTML、CSS、SQL、覚えることが山ほどある。

 今日一日でどれだけの知識を吸収したんだ)


雪杜が立ち上がる。

声は明るく作る。


「あの……買い出し行ってきます!

 飲み物とか、甘いものとか。

 先輩たちの分も買ってきますよ」


三年生の一人が即座に顔を上げた。

言葉が短い。


「ダメだ」


「え」


「深夜の外出は補導されるぞ。

 気遣いは嬉しいけど、やめろ」


雪杜が口を開きかけて、喉で止まる。

眠気の話を、言いかけた。


「でも、眠気が……」


「変わりに食堂の前に自販機あるから、コーヒー買ってきてくれるか」


「……分かりました。

 じゃ、自販機行ってきます」


「頼んだ」


雪杜が財布を持って部屋を出る。


雪杜:自販機にコーヒー買い出しにいくことになった

咲良:私も行く!


廊下は静かだ。

でも灯りは落ちていない。

“消灯”という言葉が、体育館だけのものだと分かる。


(ルールって、こうやって抜け道ができるんだな)


角を曲がると、自販機コーナーの青白い光が床に落ちている。

ボタンの列が整列していて、機械の音が小さく鳴る。

小銭を入れようとした瞬間、反対側の廊下から足音が近づいた。


「雪杜ー!」

「雪杜」


呼び方で、二人だと分かる。

雪杜が振り返ると、御珠と咲良が並んでいた。


「えっ御珠も。

 よしよし」


雪杜が御珠の頭に手を置く。

御珠の頬が少しだけほどける。


「雪杜に撫でられた。

 えいちぴーが回復するのじゃ」


(夜になると甘えるのかわいい)


雪杜もHPが回復した。


「そっち大変そうだね」


咲良の声は小さい。

廊下の静けさを壊さないように落ちる。


「うん。僕だけPC持ってないから、肩身が狭くて」


「そっか。

 こんなガチ合宿と思わなかったよね」


「うん。

 駆が参加したそうだったから、気軽にOKしちゃったけど。

 まぁでも悪くないよ。皆で一つの目標に向かって進むのってすごい燃える」


咲良が頷く。

背筋が少し伸びた。


「うん。私たちは私たちの役目を全うしよう」


雪杜が思い出したように言う。


「そうだ。

 朝霧さんを誤魔化すために、御珠がさーや様って役をやるって言っちゃったんだ。

 急遽シナリオ変更してる。

 明日は覚悟して」


「え!?何それ!?」


咲良の声が一段上がって、すぐ口を押さえる。


「ん?妾このまま出ればよいのかの?」


「すごいよ雪杜!それはまり役だよ!」


「そう?

 御珠、本気で演じると本物の神様に見えちゃうから、ちょっと控えめでね?」


「うむー。おせいそとどっちが難しいかのぅ」


「よし!明日も頑張ろう!

 私、ちゃんと叫ぶから」


「さーやちゃん?」


「違う。さーや様!」


咲良が少し大きい声を出す。


「ふむ。呼んだかの」


御珠がノリノリで返事を返す。


笑いが小さく弾けて、廊下の静けさに薄く滲んだ。

青白い光の下で、肩の力がふっと抜けた。


雪杜が自販機のボタンを押す。

缶が落ちる音が一つ、廊下に響いた。


雪杜は続けて小銭を足し、同じボタンを何度も押す。

二本、三本、四本。

落ちる音が規則的に続いて、足元に缶が転がってくる。


「……六人分。よし」


「うわ、ちゃんと人数ぶん……

 そうだ。こっちも先輩の分を買わないと」


咲良も小銭を入れてボタンを指で叩いた。


「さて……コーヒーも買ったし、そろそろ戻ろうかな」


「うん……おやすみ……」


「おやすみじゃ雪杜。無理するでないぞ」


「うん」


三人は小さく手を振り合い、缶を抱えてそれぞれの部屋へ戻った。


雪杜は男子部屋へ戻る。

ドアの向こうから、キー音が途切れずに聞こえる。


夜は、まだ終わらない。


―――


宿泊所の男子部屋。


机の上に、USBが置かれている。

小さな黒い棒。

それが、今夜の延長戦の合図になっている。


駆は画面を睨み続けていた。

さっきの「通った」は、もう遠い。

崩れない形にする作業が、静かに続く。


(……DBに保存。

 なかなか難しいな。

 テーブルの設計、SQL……)


キー音が途切れない。


雪杜はベッドの上で、紙を広げている。

シャーペンの芯が短くなる。

書いて、消して、また書く。


(さーや様。

 御珠の活躍。

 咲良とのやりとり。

 そして寸劇のあとの刺す一文)


隣の机では、三年生の四人がまだ画面に吸い込まれている。

椅子の背がきしみ、誰かが笑いを噛み殺す。


「やばい。返答、今の“間”がリアルすぎ」

「こっちが照れると、向こうも照れるの反則だろ」

「NSFWモデル……」

「触るな。そこは桃源郷だ。行ったが最後、現実に戻れなくなる」


(派手さじゃ勝てなそうにないない。伝え方で勝たなくちゃ。

 てか寸劇考えてないんだよな、あの人たち)


駆が真剣な顔でPCと向き合う。


(保存はなんとか形になったか。

 検索は明日か……間に合うだろうか)


雪杜が駆の画面を覗く。

画面の文字列が速く変わって、追いきれない。


「……すごいな。

 僕、PCなくて、紙しか触れないのに」


駆は手を止めずに答える。


「お前は紙でいい。

 発表は、お前が主役だ」


「え、僕!?てっきり宮下先輩かと……」


「お前がシナリオを考えたならお前しかいない」


「うーん。明日皆で相談しよう」


雪杜が息を吐く。

紙に、短い言葉を書いては、線で消す。


時計を見る。

スマホの表示が、00:58。


「……もうすぐ1時」


「分かってる」


「分かってるのに、やめないんだ」


「やめたら、負ける気がする」


その瞬間。


廊下の遠くから足音が近づいてくる。

ゆっくり。

でも迷いがない。


ドアの向こうに影が落ちた。


(来た)


ノックが二回。


「……起きてるな」


ドアが開く。


朝霧が立っている。

ジャージ姿。

片手に懐中電灯。


「1時だ」


部屋の中の光が、一斉に朝霧へ向く。


「え、まだ……」

「今いいところ……」

「あと少しだけ……」

「……お願い」


朝霧が眉も動かさずに言う。


「お願い、じゃない」


朝霧が一歩入る。

声は静かだ。

でも逃げ道がない。


「さぁ寝ろ!」


一瞬、誰も動けない。


「続けたくなるのは分かる。

 でも、倒れたら終わりだ。

 明日、動くために寝ろ」


駆がUSBにデータを保存し、USBを抜く。

ゆっくり。

名残惜しさを、指先に押し込める。


「……保存は終わってます」


「よし」


雪杜は紙を閉じる。

まだ答えは出ていない。

でも、書いた痕が残っている。


「……分かりました」


朝霧が部屋の明かりを見上げる。


「消すぞ」


スイッチの音。


明るさが落ちる。

机の白さが消える。

キー音が止まる。


暗くなった部屋で、誰かが小さく笑った。


「……ほんと、修行だな」


「修行なら、寝るのも修行だ」


朝霧がドアの外へ出る。


「明日、勝て。

 そして、ちゃんと終わらせろ」


ドアが閉まる。


暗くなった部屋で、寝息が増えていく。

布団が擦れる音。

誰かが寝返りを打つ。


雪杜のまぶたが重くなり、意識がまどろみに沈みかけた頃。


「なぁ、雪杜」


「え、寝ないの!?

 こっから恋バナでもする気!?」


「そんなんじゃない」


駆が、少し置いて言った。


「……すまなかったな。

 こんなのに巻き込んで」


雪杜が一瞬だけ黙る。

暗闇の中で、駆の方を向く気配がする。


「……何、水臭いこと言ってるのさ。

 僕も、OKしたし」


「でも、プログラマ志望でもないのに大変だろ。

 貴重な夏休み、二日も潰してさ」


「僕、いますごく充実してるよ。

 物作りってこんなに楽しいんだって実感してる。

 まだ終わってないけど、参加してよかったって思ってるよ」


「……そうか。ならよかった」


駆が息を吐く。


「……明日。勝とう」


「うん。ちゃんと終わらせよう」


寝息がまた一つ増える。

部屋の熱がゆっくり引いていく。


寝息の底で、ようやく長い一日が終わりを告げた。


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