第25話 夏の合同合宿2
ハッカソンが始まる。
円卓ごとに、同時に手が動き出した。
あちこちで椅子が鳴り、ノートが開き、支給PCの蓋が一斉に起きる。
さっきまで前を向いて聞いていた視線が、今度は机の上へ落ちていく。
体育館の静けさは残ったままなのに、音だけが増えていった。
朝霧はカードの紐を指で摘んでから、ふっと緩く笑う。
さっきの「彼女一筋」だの「ラッキー」だののノリを、朝霧はそこで畳んだ。
「よし。じゃ、仕事しよっか」
その一言で、雪杜の肩の力が抜けた。
この人、ちゃんと切り替えるタイプだ。
うざ絡みで荒らすだけの大学生ではない。
そう分かっただけで、場が回りやすくなる。
咲良も史も、さっきより目が前を向いている。
御珠も背筋を伸ばし直して、膝の上で手を揃えた。
朝霧が卓の端に肘を置き、軽い調子で手を叩く。
「それじゃ早速作る物を決めよっか。
ブレインストーミングってやつね。
まずは時間の制約とか技術的にとか気にしなくていい。
とにかくポンポンアイデアを出してみて」
「了解」
「うん」
「私、書記やります」
そう言うと、史は膝の上のノートを閉じ、支給ノートPCへ向き直った。
キーボードに指が置かれる。
画面の白さが、彼女の目の動きをわずかに明るく見せた。
「いいね。
そういう人、一人いるとめっちゃ助かる」
「はい。任せてください」
史は短く頷く。
自分の役割が机の上に置かれたようで、肩がわずかに下がった。
駆は何も言わずに、もう一台のノートを引き寄せる。
画面を開いた瞬間から、AIの入力欄へ指が走っていた。
「うーん。アイデアかぁ」
咲良が腕を組み、唇を尖らせる。
駆は視線を上げずに言った。
「AIに出させてみたけどダメだな。
ある程度方向性が定まらないと適当なことしか返さない」
AIあるあるである。
それから、五人は議論を繰り返す。
案を出す。
すぐ消える。
別の案が出る。
寸劇にすると弱い、と落ちる。
実装が重い、と落ちる。
AIの使いどころが薄い、と落ちる。
朝霧も時々、卓の端へ寄って短く口を挟む。
「テーマが弱すぎる」
「それは二日だと厳しい」
言葉が切られるたび、画面の箇条書きが増え、消され、また増える。
円卓の上が回り続けて、出口が遠のいていった。
完全に暗礁に乗り上げた状態だった。
咲良が体育館の掛け時計に目をやると、すでに一時間が経っていた。
「……え、もう一時間?」
「ほんとだ」
「……早いですね」
「まだ足りない」
駆の声は乾いていた。
集中が深いほど、言葉は短くなる。
咲良が息を吸う。
その瞬間。
「……っ」
腹が鳴る。
体育館に、妙に通る音。
「……」
「……」
「……」
「私じゃないよ」
御珠の即答が、妙に速い。
背筋は伸びたままなのに、声が先に逃げた。
「ぼっ、僕お腹すいたなー!」
雪杜が慌てて言う。
咲良の方を見ないようにしながら、わざとらしく腹を押さえる。
けれど音の方向は、全員の耳がもう捕まえていた。
「私だよ!!」
咲良が机に突っ伏す勢いで叫ぶ。
耳まで赤い。
隠すつもりがあるのかないのか、読めない勢いだった。
朝霧が口元を押さえ、肩を小さく揺らしてから言う。
「じゃ、昼にしよう。
学食、案外うまいよ」
咲良はこくこくと頷き、目を見開いた。
いまの件を忘れたい、という顔だった。
「うん。頭も一回冷やそう」
雪杜が言うと、駆がすぐ続ける。
「食べながら続きでいいか」
「それでいい。むしろそれが普通」
朝霧が即答する。
時間に追われるイベントのリズムが、そこでひとつ定まった。
史がノートPCを抱える。
抱え方が丁寧で、落とさないことを優先しているのが分かる。
「これは持ち出してもいいんですか?」
「あー、落としたり紛失したりしたら大変だから持ち出しは厳禁だ。
ごめんね」
「いえ。問題ないです。
ノートに記録しますので」
史は紙のノートを取り出し、端を押さえる。
指先に力がこもった。
(……この一時間、ずっと同じ円卓だった。悪くない)
御珠は背筋を伸ばしたまま立つ。
膝に置いていた手が、いまも丁寧に揃っている。
「学食楽しみじ……だわ」
最後の一音で、軌道修正が入る。
朝霧が眉を上げる。
「?」
御珠は何も言わず、咳払いもせず、すっと視線を前へ戻した。
いつもより口を動かした分、勝手に崩れそうになる。
それを押し戻すために、体ごと真っ直ぐにするしかなかった。
(御珠ちゃん頑張れ)
咲良の内心が、そっと添えられる。
一同、円卓を離れる。
養生テープに沿って歩き出すと、体育館の床の反響がだんだん薄くなっていった。
昼の匂いが、先に廊下から流れてくる。
―――
大学の学食は、昼時の波でぎっしりだった。
トレーがぶつかる音。
箸が器に当たる音。
椅子が床を擦る音。
音の層が重なって、会話は少し大きくなる。
「混んでるから、席取りだけは早めね」
「了解です!」
「慣れてる……」
御珠はメニュー表を見上げたまま動かない。
「……甘いものは」
「あとでコンビニ行こ」
雪杜の声の横で、駆は列の流れに合わせて進んでいた。
顔は前を向いているのに、指先が無意識に動く。
さっきの議論を頭の中で反芻している癖が、そのまま出ている。
「駆、食べるときくらい考えるのやめなよ」
「やめたら消える」
返事が短い。
止めた瞬間に手応えが抜ける種類の集中だった。
席を確保すると、史がまず紙のノートを取り出した。
さっきPCに打ち込んだ内容を、簡単な言葉へ縮めて書き直していく。
持ち出せないなら、持ち出せる形へ落とす。
その判断が早い。
(持ち出せないなら、残す。
残すなら、紙)
六人が席に座る。
トレーが机に並び、湯気が上がる。
「「「いただきます」」」
「いただくの……きます」
御珠の「いただきます」が少しずれた。
口だけ動かして、目はまだ別の場所にいる。
咲良が箸を動かしながら言う。
「さっきのアイデア出し、全然決まらなかったね……」
「候補はあるけど、決め手がないよね」
「それが普通。
即決するとだいたい浅くて死ぬ」
「こわ」
史は箸を置き、ノートを開く。
走り書きの文字と矢印が並んでいて、話した順番まで残っている。
「こういうとき、記録があると戻れますね」
「それ、めっちゃ大事。
開発の喧嘩って、だいたい記憶違いから始まる」
「やだ、こわい(二回目)」
笑ってるのに、咲良の箸がちょっと速い。
駆の視線が、史のノートに落ちる。
そこで初めて、駆の指先が止まった。
「……先輩、前に言ってましたよね。
記録を自動で整理するスクリプト」
史のペンが止まる。
書きかけの線が、そこで途切れる。
「……はい。
試験対策を優先したので進んでいませんが」
「……すいません」
「いえ……。
自動でテキスト化できるようになっただけでも助かってます」
史は言いながら、視線を上げない。
そこを見られると崩れそうだと、自分でも分かっている。
駆が、息を吸ってから続ける。
「自動整理なんですが、これってそのまま題材にできないですかね?」
「え、記録の整理?
地味じゃない?」
「さっき、『喧嘩は記憶違いから』って言ってましたよね。
テキスト化するところまではできてます。
でも、それだけじゃ足りない」
駆の言葉が、机の上に一個ずつ並ぶ。
早口にならない。
だから余計に、説得力だけが増える。
「整理して見やすくして、初めて価値が出る」
「いい視点だ。
“録る”のはもう世の中にある。
“使える形にする”のは、まだ伸びる」
咲良の目が一気に明るくなる。
「寸劇も作れそう。
『会議長くなって記録めんどくさー!』
『しかも整理しないといけない!』
『そんなとき!このシステムがあれば!』って感じ?」
咲良は言いながら、もう自分の中で配役まで決めている。
言った本人が一番納得して、うんうん頷いた。
「いけそう」
「寸劇で役者がすぐに決まるのは助かるね。
だいたい皆恥ずかしがって押し付け合いになる」
「私もおせいそに演じる!」
「……おせいそ?」
朝霧の眉が上がる。
御珠は胸を張ったまま、首をすくめて誤魔化した。
史はノートから目を上げられない。
指先が紙を押さえる。
押さえる力が、さっきより強い。
(私の記録が……使われる)
駆が、史へ視線を戻す。
「お願い」ではなく「一緒にやる」に寄せた声で言う。
「先輩。ログの形式を教えてください。
どう整理すれば“読める形”になるか考えましょう」
「……はい」
返事は小さいのに、断っていない。
史のペン先が、また動き始める。
「じゃぁ僕、寸劇のシナリオ作るよ」
「御珠ちゃんと私は役の練習!
あと差し入れ係!」
「うん!
雪杜の疲れを癒す役」
(いや一番疲れそうなの俺なんだが)
駆の内心が、遅れて刺さる。
それでも駆の口元は、ほんのわずかだけ緩んでいる。
「なんか盛り上がってきたね。
ご飯食べて正解だったね」
学食の喧騒の中で、六人の卓だけが、静かに決まり始めていた。
―――
体育館の円卓へ戻ると、椅子の脚が床を擦る音がまた増えた。
学食の喧騒から切り替わった静けさが、逆に集中を刺してくる。
支給PCの前に座り直すと、駆はもう画面を開いていた。
「やることを決める。
最小で動く形を作って、そこから増やす」
「うん」
駆の手が走り出す前に、朝霧が指を立てて止めた。
声の調子は軽いのに、内容は鋭い。
「待った。まずゴールを決めよう。
これ系は凝り出すとキリがない。
時間をかければいいものが出来るのは当たり前なんだ。
限られた時間の中でどこまで作れるか、どこまで形にして見せるのか。
最悪、仕様の羅列だけでいい場合もある。
ものは作らなくてもビジョンは見せられる。
ただ、デモ用に最低限は作らないといけない」
朝霧は卓上の空いているところを指先で区切る。
話を止めるのではなく、枠を作って収めていく手つきだった。
「なのでこう分ける。
最低限やらなければならないこと。
次に可能ならやりたいこと。
最後に絶対無理なので、ビジョンだけ見せるもの」
「ありがとうございます。
暴走して突っ走るところでした」
駆の声が、わずかにやわらぐ。
アドバイザーへの見え方が切り替わったのが、その言い方で分かる。
このイベントに参加して良かった、という実感が背中を押した。
「じゃぁいま言った通り三つに分けようか」
駆がノートに三本線を引く。
上から順に、短い見出しを書いていく。
「最低限は、テキストエリアに貼ったテキストが、“読める形”で出てくる。
データベースに保存までやれたら最高だけど、まずは画面に出力だ」
(((テキストエリア?データベース?)))
雪杜、咲良、史の目が揃って止まる。
分かったふりをしようとして、そこでやめた。
「えっと見た目はシンプルにお願い。
ごちゃごちゃすると寸劇で説明できないし」
咲良が先に現実へ寄せる。
話を発表に落とす視点が、ここでは強い。
「えっと“読める形”って?
先輩、記録の整理ってどうしてるんですか?」
雪杜が史へ向ける。
質問の形は柔らかいのに、芯を突いていた。
史が紙ノートを開く。
期末の試験対策の記録と、今日の打ち合わせが同じページに並んでいる。
線の種類も文字の癖も同じで、並んでいるだけで続きだと分かる。
「……私は、こう分けます」
史は指先で三つの見出しを示す。
「決定、保留、却下。
まずこの三つのどれかを選びます。
その上で、なぜそうなったかの理由と、次に起こす行動を書きます」
駆がすぐ頷く。
「なるほど。
決定、保留、却下。
その三つ、AIに選ばせましょう」
史は目を瞬かせる。
「……AIが、ですか」
「はい。
文章を読ませて、まずどれに当たるかを判定させる。
その上で、“なぜそう判断したか”と、“次に起こす行動”まで出す」
駆がノートに矢印を引く。
動線が、そのまま仕様になる。
「入力された文章 → 判定 → 理由 → 次の行動。
人は確認する」
「……それなら、迷いませんね」
「そうです。
迷う前に、形が出る。
人は“考える”じゃなくて“見る”側になる」
「いい切り口だね。
“考えなくていい”じゃなくて、“考える入口を作る”」
朝霧の言葉で、駆の説明がわずかに人へ寄る。
機械の話が、人の手順へ落ちる瞬時だった。
「人がゼロから整理するのは重いです。
でも、叩き台があれば修正できる」
史はノートに目を落とし、小さく頷く。
「……私も、最初は分類だけしてから考えます。
順番が決まってると、楽なので」
「それを、そのままシステムにします」
駆がキーボードに指を置く。
もう始めたい、という圧が見える。
「まずは、AIが三択を出すところから」
駆がノートに丸をつける。
「次に判断理由と、次の行動をテキストで出力。
ここまでが最低ライン」
駆は線を引き、次の段へ落とす。
「次に可能なら、データベース保存。
さらに踏み込むなら検索できるようにする。
それと、議事録向けの文章以外でも動くようにする。
ここまで作れると最強だ」
朝霧が椅子にもたれ、顎に手を当てて訊く。
「で、“絶対無理だけど見せたいビジョン”は?」
駆はノートの三段目を指で叩いて、さらっと言う。
「画像や音声から勝手に記録が起きて、DBに分類付きで保存されます。
ノートのスキャンだけじゃなく、適当に撮った写真でも、AIが分析して文章にします」
朝霧が目を丸くして笑った。
「そ、そこまで見えてるとか凄いね。
君、本当に中学生?」
(駆すげー。絶対スカウト来るだろ)
雪杜が自分のノートを引き寄せて、急いでメモを取りながら言う。
「えっと“将来こうしたい”は僕が資料作るよ。
駆、後で詳細教えて。
んで、DBって何?」
咲良が同時に手を挙げる。
「言い方大事だね。
『ここまで作れると最強』ってやつ!
あとDBって何?」
(DB……)
(妾、もうおせいそやめていいかの)
史と咲良が同時に首を傾けて、御珠は内心で一線を引き直す。
体育館の静けさの中で、役割分担が自然に浮かぶ。
話がまとまったところで、担当が割れた。
最低限の動作を作るのは駆と史になる。
ビジョン資料と発表シナリオは雪杜が受け持ち、寸劇は咲良と御珠が回す。
「可能ならやりたいことは時間が余ったらだ。
まずは、それぞれの役目を頑張ろう」
「おー」
返事が揃う。
そこで雪杜が、ノートの見出しを指で叩いた。
「……ねえ。名前欲しくない?
発表で『これ』って言いづらい」
咲良が即座に身を乗り出す。
「それは欲しい!
『そんなとき!○○があれば!』って叫ぶもん!」
駆がペンを指先で回してから、短く言う。
「……仮でいいなら」
雪杜が頷き、さっき書いた三段の仕様を指でなぞる。
「いまの説明を、そのまま名前にすればよくない?
半自動で、事象を、記録する」
咲良が肩を落として突っ込む。
「固いなぁ」
雪杜が指を折りながら続ける。
「じゃぁよくあるあれは?
英語にして頭文字とるやつ」
駆が画面を見たまま即答する。
「Semi-automatically records events だって」
雪杜が口の中で転がして、首を傾げた。
「なるほど。日本語だと Semi Auto Events Recoder ってのがしっくりくるね。
SAER サアァ?なんかダサ」
そのとき、御珠が膝の上で手を揃えたまま、ぽつりと落とす。
「さーやちゃん」
御珠の一言が、机の上の重さをほどく。
咲良が顔を上げて、即座に乗った。
「かわいい!さーやちゃん!!」
朝霧が笑って頷く。
「いいんじゃない?
仮称ってことで」
駆がキーボードへ視線を戻し、短く区切った。
「じゃ、仮称それで」
史がノートの端に、丁寧に書く。
丸文字ではないのに、線が崩れない。
(さーやちゃん)
「先輩。じゃ、三択を出すところ。
そこを作りましょう」
「……はい」
駆がキーボードに指を置く。
史は紙ノートを横に置いて、画面の文字を追う。
体育館の静けさが、今度は味方になる。
ハッカソンが、やっと開発の形になる。
時刻は15時を回っていた。
―――
体育館の円卓。
昼から夕方までの時間が、紙とキー音で潰れていく。
ノートに線が増え、消され、また増える。
同じ卓に座ったまま、キー音とペンの擦れる音が形を変えていった。
雪杜は発表用の資料を作る。
咲良と御珠は寸劇の台本を考えては、声に出して修正してを繰り返す。
朝霧は席を離れたり戻ったりして、画面の前で立ち止まるたび短い助言を落とす。
夕方。
食堂に集まって、夕食を取る。
咲良がトレーを置いた瞬間から、眉が下がったままだった。
「時間足りなくない……?
主に駆の……」
駆は箸を止めずに言う。
「プログラマーが俺一人だからな。
負担がかかるのは最初から覚悟していた。
問題ない」
「説得力ないよそれ!」
咲良が即座に突っ込む。
史は食べながらも、ノートに短く書く。
ノートには短い単語が羅列されていく。
夜。
また体育館に戻る。
時計の針が、ゆっくり21時へ寄っていく。
駆は画面を睨み続けている。
手が止まるたび、史がノートを見て一言だけ足す。
「……今の入力だと、分類がぶれます」
「……理由の行だけ、短くした方が出やすいです」
「うん」
朝霧が背後から画面を覗き込み、指先で入力欄のあたりを軽く叩く。
「焦らない。まず“通る”を作ろう。
通ったら、直すのは早い」
駆が頷く。
指が動く。
画面が切り替わる。
「……来い」
一瞬、静かになる。
キー音が止まる。
画面に、三つの見出しが並ぶ。
「判定:~」
「理由:~」
「次の行動:~」
「……え」
「出た」
史が息を止めているのが分かる。
肩が動かない。
指先がノートの端を押さえている。
「……通った」
「結果出たね」
御珠が画面に顔を寄せる。
「理が進んだのじゃ」
(おせいそやめたんだ)
咲良が笑いそうになって、喉を鳴らす。
雪杜は画面から目を離さず、声を落とす。
「……おぉ」
史は言葉が出ない。
ノートを開いたまま、画面を見ている。
(出た。私の分類で。“読める形”が)
息が止まって、次の呼吸が遅れて戻ってきた。
駆が一度だけ史を見る。
何か言いかけて、飲み込む。
咲良が時計を見る。
「やば。もう21時じゃん!
戻らないとシャワー浴びる時間なくなるよ!」
「妾、浴びなくても平気じゃが」
「御珠ちゃん!女の子は清潔が大事なの!」
雪杜が周りを見て、区切りの言葉を探す。
ここは、誰かがまとめないと進まない。
「咲良、御珠、宮下先輩。先に戻ってください。
続きは僕たちでなんとかしますので」
「……私も残ります」
「えっ!でも……」
駆が史へ向けて、淡々と言い切る。
「先輩。戻ってください。
あと一時間でできることは少ない。
女の子は清潔が大事と咲良も言ってます」
「妾も戻る。
……雪杜、無理はするな」
御珠も本当は残りたかった。
けれど、いまは場を壊さない方を選んだ。
「……そうですね。
では先に戻らせていただきます……
そうだ連絡先。
戻ってからでも出来ることありますよね?」
「えっ、あ、そうだね。
連絡先交換しよう」
雪杜はあわててスマホを取り出そうとした。
「私が後で教えるから。いまは急ご。
戻って着替えたりしてたら、一時間とかあっという間だよ」
「分かりました。では……」
女子三人が荷物をまとめる。
三人が立ちあがり、足音が遠ざかる。
円卓に残るのは、駆、雪杜、朝霧。
時計の針が、また進む。
「男子組、ここからだね」
「……シャワー、どうする?」
「後回し。明日の朝でいい」
残った男子三人の前で、画面がまだ光っている。
三つの見出しが、そこにある。
通った証拠が、机の上に残っている。
駆はキーボードに指を戻す。
「……もう一回通す。
入力を変えても崩れないようにする」
「いいね。ここからはブラッシュアップの時間だ」
朝霧が軽い調子で返す。
雪杜は自分のノートを引き寄せ、資料の構成を指で追いながら言う。
「見せたいビジョンの資料はだいたい形になってきたよ。
発表のシナリオとセリフを考えるね」
朝霧がふと視線を上げ、雪杜へ軽く顎をしゃくる。
「ところで御珠さんは役の練習かい?
妾とか言ってたけど」
雪杜が一瞬だけ固まる。
「そ、そうです!
……さーや様!さーや様として寸劇に出てきます!」
朝霧が笑って頷く。
「そうか。面白そうだね。
楽しみにしているよ」
(劇のシナリオ変えなくちゃ)
夜は、まだ終わらない。




