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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第24話 夏の合同合宿1

キャンパス内の体育館へ入ると、床には養生テープで通路が引かれ、円卓がいくつも並んでいた。

机の中央にはチーム番号の札が置かれ、椅子は六つずつ。

壁際には段ボール箱が積まれ、支給PCのラベルが目に入る。


雪杜たちは自分たちの札を探して歩く。

足音が妙に響き、話し声が少ない。


「……体育館なのに、静かだね」


咲良の声が落ちる。

雪杜は周りを見回してから、短く返した。


「みんな、緊張してるのかな」


駆はもう机の番号を見つけていた。

椅子を引く動きが早く、荷物を床に置いて、卓上にノートを出す。


(まずはルールを聞く。しっかりノートに書いておこう)


史は椅子に浅く座り、周囲を一度見てから視線を落とした。

ペン先は、まだ紙に触れていない。


(……10チームくらい)


咲良は円卓の周りを見渡す。

女子の姿が目に入りにくくて、肩が固くなる。


(うちだけ女子が三人もいる)


近くの円卓から、ひそひそ声が漏れた。


「あっち女子多くね。いいなぁ」

「リア充爆発しろ」


咲良は息を飲み、視線をいったん机の札へ落とす。


(うぅ……なんか浮いてる)


御珠は背筋を伸ばして座った。

手は膝の上で揃い、目線は前方に固定されている。


雪杜はその横顔を見て、息をひとつ飲み込む。

言葉が出てこないぶん、姿勢が主張していた。


(会場では、こうするって決めてるんだな)


咲良が身を寄せ、声を落とす。


「御珠ちゃん、静かだね」


返事も同じ高さで戻ってきた。


「……今はおせいそなのじ……なの」


「……うん。頑張って」


前方にスタッフが集まり始めた。

マイクのチェック音が短く鳴り、体育館の輪郭が張り直される。

雑談がさらに減り、椅子の軋みと紙の擦れる音が目立っていった。


主催者が前に立つ。

マイクを持ち、全体を見渡して言った。


「それでは、始めます」


―――


大きめの教室型ホール。

前方にスクリーンがあり、椅子が並んでいる。

10チームが固まって座り、さっきまでの体育館より音が吸われていた。


主催者がマイクを持って前に立つ。

視線が揃うのに、時間がかかった。


「皆さんおはようございます。

 きょうはハッカソンに参加していただきありがとうございます。

 参加者はだいたい40名で、全10チームいます。

 皆さん、中学生ということで若々しいですね~」


軽口が飛ぶ。

笑っていいのか迷う空気が、数人の小さな息でほどけた。

緊張を落とそうとしているのが分かる。


「えー、では今回のテーマです。

 テーマは至ってシンプル。AIを使って、何かを作ってください」


駆の目が、スクリーンに吸い付いた。

姿勢がさらに前へ寄る。


「……やっぱり、そうか」


「先生の予想どおりだね」


「アプリでもWebサイトでも何でもOK。

 ただし“AIを使った価値”が分かる形にしてください」


続けて、主催者の声が少し硬くなる。


「次にルールの説明です。

 各チームにはノートPCを2台づつ支給します」


会場がざわついた。

椅子が鳴り、誰かが隣へ顔を寄せる。


「持ち込みPCは禁止です。

 あと事前に作ったものも持ち込んではいけません。

 このイベントの趣旨に反します」


ざわつきが、別の種類に変わった。

驚きが混じる。


「無の状態から、いかに工夫して時間内に物を仕上げるか。

 持久力とチームワークが試されます」


駆の指先が止まる。

一度だけ目を閉じ、短く息を吐いた。


(慣れた環境は、使えない)


雪杜が、隣へ顔を寄せて小声を落とす。


「駆、持ってきてたの?」


「……一応」


「え、禁止なのに!?」


「今知った」


史が小さく頷いた。

視線はスクリーンのまま、声だけが落ちる。


「……二台なら、役割分担できます。

 片方を資料と調査、片方を実装、みたいに」


駆が、短くうなずく。

もう切り替えている。


「……うん。そうしよう」


主催者がスライドを切り替える。

スクリーンの文字量が増えて、会場の姿勢がわずかに前のめりになる。


「それでは二日間の流れです。

 まずAI利用の座学。

 終わったらアドバイザーと軽く交流していただきます」


ノートに走る音が増える。

駆はすでにペンを動かしていて、行間に小さく印を足していく。


「午前中にアイデア出しができれば御の字ですね。

 作る物が決まったところから順次開発に入ってください」


「お昼は適宜取っていただいて大丈夫です。

 学食が安くて美味しいそうですよ」


笑いが起きるほどではない。

けれど、硬さは抜けた。


「18時から夕食。食堂に集まってください。

 22時に消灯となります。宿泊所に帰って休んでください」


その数字が出たあたりで、咲良の目が一度、大きくなる。


「シャワー施設も22時までの利用なので、それまでに済ませてください。

 翌朝は7時30分に朝食。

 朝食が終わったチームから順次開発に戻ってください」


咲良の指先が、膝の上で落ち着きなく動く。

雪杜はそれを横目で見て、視線をスクリーンへ戻した。


「そして、2日目15時から発表会。

 15時までに物を完成させてください」


一気に、遠足が終わった、と体が理解した。

会場の空気が、予定表の枠に押し込まれる。


咲良が息を飲んで、声が小さく漏れる。


「短い……。二日で完成……」


(思った以上に時間が足りないかもしれない)


駆は顔を上げない。

焦りは拾わず、文字に変える速さが増えた。


史は淡々と、要点を拾って記録している。

ページの端を揃える指が、妙に落ち着いていた。


御珠は、背筋を保ったまま、目の焦点が少しずれていく。

首がゆっくり前に倒れかけて、そこで持ち直す。

もう一度、同じ動きが来た。


主催者がさらにスライドを進める。

数字と箇条書きが出てきて、会場の視線が一斉に上へ揃う。


「次に、発表の持ち時間は、1チーム8分」


8分。

誰かが息を吸い、ノートに丸をつける音が続いた。


「それと……発表には必ず、寸劇を入れてください」


「「すんげき?」」


会場の声が重なって、すぐに引っ込む。

笑いに寄せる者と、固まる者が同時に出た。


「そう寸劇です。

 1分くらいで十分です。

 問題に悩んでるシーンや利用シーン、利用後の効果なんかを演じてください」


主催者はさらっと言う。

やることが増えたのに、軽い。


「これがないと、ぶっちゃけ飽きちゃうんで」


苦笑いが、会場を薄く流れた。

隣同士で目が合い、すぐ逸れる。


「コツは堂々と演じることです。

 恥ずかしがると役になりきれずに、余計に恥ずかしくなります」


咲良の目が、ぱっと明るくなる。

さっきまでの焦りが、別の方向へ切り替わった。


「これは私の出番だね。

 シンデレラ役やったことあるし」


雪杜が小さく笑いそうになって、声を落とす。


「そういえば僕も王子やってた」


主催者は間髪入れずに追い打ちをかけた。


「シナリオ作成と練習も時間内で行ってください」


咲良の口元が固まる。

勢いが現実へ戻った。


「時間足りない……」


駆がノートから顔を上げる。

言葉は短く、処理だけが速い。


「寸劇は最小でいい。

 うちは五人もいるのが強みだ。

 寸劇チームと開発チームで分けることができる。

 演技経験者もいる」


咲良が、駆の横顔を見てから息を吐く。

目の前の詰みが、少し崩れた。


「……それなら、いける……かも」


御珠は、背筋を保ったまま爆睡している。

首が落ちそうで落ちない角度で止まり、呼吸だけが規則正しい。


(御珠さん。爆睡っと。よだれ足れそう)


史はペンを動かしながら、なぜかその一行を端に足した。

書いたあとで、指先を止めて、何もなかったように本筋へ戻る。


主催者が最後のスライドへ切り替える。

会場の空気が、ゆるむ。


「最後に、一応採点して最優秀賞を決めます。

 最優秀賞を獲ったチームにはなんと!」


会場が息を飲んだ。

何人かが前のめりになり、椅子が小さく鳴る。


「こちらの八戸のお土産セットを人数分差し上げます!」


想像より現実的な景品で、あちこちから苦笑いが漏れた。


「景品はおまけだな。

 最優秀賞という名誉が一番のご褒美だ」


駆の声は淡々としているのに、妙に芯がある。

雪杜は小さく頷いて返した。


「いいこと言う」


主催者が手早く続ける。


「分からないことは、各チーム担当のアドバイザーに聞いてください。遠慮しないで」


「それでは早速座学を始めましょう。

 先生よろしくお願いします」


前の方から顧問が出てくる。

マイクを持つ手つきが、いつもの学校より固い。


「えー。ただいまご紹介にあずかりました――」


咲良が反射で声を出しかけて、すぐ抑えた。


「え!顧問の先生だ!」


駆が一瞬だけ視線を横へずらす。


「だから先にテーマ知ってたのか」


顧問の話が始まる。


「AIの歴史は意外に古く――」


―――


座学でAIの基礎と使い方を学んだ。

スクリーンには「アドバイザーとの交流」の字が出ている。


「だいたい知ってた」


(時間もったいなかった)


咲良が駆を見て、眉を上げる。


「え。私すごい役に立ったんだけど」


史も小さく頷いて言う。


「私もためになりました。

 AI、使ってみたいです」


雪杜は二人と駆の間を見て、まとめるように返した。


「まぁそこら辺は人それぞれってことで」


座学がひと段落したところで、スタッフカードをぶら下げたラフな服装の男が近づいてくる。

眠そうなのに目は鋭い。

近づくほどに、会場の温度と違うノリが混ざった。


「やぁやぁ。僕、大学3年の朝霧です。

 このチームのアドバイザー担当になりました。よろしく」


「「よろしくお願いします」」


四人の声が揃う。

遅れて、御珠が喉を鳴らした。


「んぐ」


声に驚いて目を開き、首が持ち上がる。


「うん。元気だね。

 かわいい子多いしこのチームの担当になれてラッキーだよ。

 やること多いけど、完成目指して頑張ろう」


咲良と史の顔が、同じ角度で引く。

御珠は無傷で瞬きを一つしただけだった。


「あ!ごめんごめん!普通に褒めただけだから!

 僕、彼女いるし。彼女一筋。絶対」


“一筋”の言葉が耳に残って、雪杜の胸に小さな棘が立つ。

顔には出さない。

でも、息が一回だけ浅くなる。


駆が話をそこで断ち切って、事務的に言う。


「さっそく質問なんですが、支給PCは、開発環境を変えられますか?

 必要なツールのインストール制限は?」


「ある。けど、必要なら通すよ。

 何を入れるか、理由もセットで言ってくれれば確認する」


「分かりました」


史が少しだけ手を上げる。


「……AIって有料版ですか?

 さっき、無料は制限があるって」


「大丈夫。1チームに1アカウントずつ、有料版を用意した。

 バンバン使っていい」


朝霧は最後に、笑わずに言葉を落とした。


「あと、困ったら早めに聞いて。

 二日って短いから、詰まると一気に終わる」


その一言で、空気がまた締まる。

ノートが開き、椅子が鳴り、視線が机へ落ちていく。


ハッカソンが始まる。

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