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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第23話 本気の入り口

終業式が終わる。

教室へ戻る廊下は、足音と話し声が増えていく。

「夏休み!」という単語が先に跳ねた。


「はい、席ついてー。

 一人ずつ通知表配るから、静かにね」


担任の声が落ちる。

名前が呼ばれて、通知表の入った封筒が渡される。

紙が重なる乾いた音が、教室のあちこちで続いた。


咲良が封筒を抱え、さっそく中身を引き出す。

雪杜へ視線が一瞬走ったが、すぐに通知表に戻る。


(うん。そこそこの成績。

 期末テストが効いたね。

 ……雪杜と同じ高校、近づけたかな)


雪杜も封筒を開け、中を確認する。

数字を追った瞬間、息が抜けた。


(すご!

 5がいっぱい!)


駆は開けるのが早い。

中の通知表を最後まで追い、一瞬「総合所見」で止めてから、封筒へ戻した。


(……やっぱ、書かれるか)


所見欄には、「協調性」「一人でかかえずに」といった文字が並んでいた。


御珠は封筒を受け取ると、机の上に置いたまま開けない。

視線を教室のあちこちへ流し、最後に雪杜で止める。


(帰ってから雪杜と見るのじゃ)


咲良が、隣の雪杜へ小声で言う。


「ねぇ……見せ合う?」


「……うん」


二人は通知表をわずかに寄せる。

肩は触れない距離。

でも、目線は同じ場所に落ちていった。


(えっ、何これ。

 私の彼氏ヤバ……)


机の向こうから、颯太の声が飛ぶ。


「おー雪杜ー。

 学年一位様の通知表見せろよー」


咲良が即座に返す。


「はい。これ」


「っちょ!勝手に見せないでよ!」


「うわ!おめーヤバすぎだろ!

 なんだよこれ!」


咲良が胸を張る。

声が誇らしく弾んだ。


「ふふん。私の彼氏すごいでしょ」


颯太も負けずに言い張った。


「俺の彼女だってすげーんだからな!」


咲良と颯太は、自分のことのように彼氏、彼女を自慢する。

雪杜と莉子は、揃って額に手を当てた。


「はい、そこー。

 もう帰りの会始めるよー」


担任の声に、教室がひとまず整う。

それでもざわめきは、夏休みへ向かって動き出していた。


(御珠とのデートにハッカソン。

 楽しみだな)


雪杜は封筒を鞄に入れながら、頭の中で予定を立てる。

封筒の角が、鞄の内側に当たって小さく鳴った。


―――


夕方。

西日が障子のさんを濃くして、畳に四角い影を落としていた。

居間のちゃぶ台には、プリントが一枚置かれている。

紙の端が、扇風機の風でわずかに浮いて戻った。


雪杜はその前に座り、喉の奥で一度だけ息を整えた。

居間の奥では、晴臣がテレビの音を小さくしている。


「おじいちゃん。

 PC部で泊まりのイベントがあって……

 参加費が欲しいんだけど……」


晴臣は顔を上げ、短く頷く。


「うむ。

 勉強じゃな」


それ以上は聞かない。

晴臣は立ち上がり、棚の引き出しを開ける。

木が擦れる音。

財布の革が鳴って、すぐ戻ってくる。


「いくらだ」


「御珠の分もだから六千円」


「ほれ」


六千円が机の上に置かれる。

紙幣が畳まれたまま滑って止まり、軽い音が残った。


「……いいの?」


「いいに決まっとる。

 気をつけて行ってこい」


雪杜は指先で札をそっと揃えてから、顔を上げた。

目の奥の熱がほどけて、声がわずかに柔らかくなる。


「ありがとう。

 あとこれ通知表」


通知表を差し出すと、晴臣は受け取りながら眉を動かした。


「妾のもあるのじゃ」


御珠は横に座ったまま、封筒から通知表を出し、机にそっと置いた。


「うむ。雪杜は凄いの。

 神様はまぁ……こんなもんじゃろ」


雪杜は反射で、御珠の通知表へ視線を落とす。

数字が並ぶ。

1、2、3が多く、社会だけが一つ強い。


「うん。

 御珠、頑張ってるよ。

 この調子で二学期も頑張ろう」


御珠は小さく頷いてから、言葉の順番を確かめるように口を開いた。


「うんなのじゃ。

 妾、期末、頑張ったのじゃ。

 雪杜とのデートを所望する」


雪杜は思わず笑いそうになって、口元を手で押さえた。

笑いを飲み込んでも、声の端が上がる。


「うん。約束覚えてるよ。

 明日でいい?」


御珠の目が一気に明るくなる。

背筋が伸びて、頬がほどけた。


「うむ!」


ちゃぶ台の上で、プリントがまた少しだけ揺れた。

夏休みの予定が、一つ、机の上に確定した。


―――


夏休み初日。

朝の光が強く、カーテンの隙間から白い筋が床へ落ちていた。


雪杜は鏡の前で髪を整える。

鞄の中を確かめ、財布の隅の硬い角に指が触れた。


廊下から足音が近づく。

御珠がひょいと顔を出した。

服は前回と同じだった。

派手さはないのに、顔の白さが際立つ。


「準備はできたか」


「うん。

 今日は抹茶だっけ」


「うむ。

 渋と甘の均衡じゃ」


「ふふ。楽しみだね」


御珠が胸を張る。

背筋がぴん、と伸びて、目がまっすぐこちらを見た。


「今日も、待ち合わせをするのじゃ」


「また?

 まぁいいけど」


「儀式じゃ。

 儀式は大事じゃ」


「はいはい」


雪杜は先に靴を履き、扉を開ける。

朝のぬるい風が一気に入ってきて、頬が少しだけ張った。


「じゃ、駅前ね」


扉が閉まる音がして、雪杜の足音が家の外へ消えた。

御珠は少し遅れて外へ出た。


駅前。

ロータリーの車がゆっくり回り、改札へ吸い込まれる足音が途切れず続く。

雪杜は柱の横で待っていた。

ポケットからスマホを出しては戻し、表示を見ては消す。

待っているだけなのに、指先が落ち着かない。


(まだかな)


そう思ったとたん。

背後から視界がふいに塞がれた。

小さな手のひらが、目を覆う。

指先がまぶたの上でくすぐったくて、雪杜は息を飲む。


「だーれじゃ」


「御珠」


「む。

 即答はずるい」


雪杜は笑いを噛み殺しながら、肩をすくめた。


「声が御珠だし」


「……なら、よい」


手が離れて、光が戻る。

御珠がすぐ隣に立っている。

頬は平気なふりをしているのに、耳の先がほんのり赤い。


二人は並んで歩き出す。

雪杜の足取りは軽い。

御珠は半歩遅れた位置から、同じ歩幅に揃えてくる。

歩道の白線をまたぐたびに、靴音が二つ、同じテンポで重なっていった。


―――


雪杜と御珠は駅近くの和風カフェの前に立っていた。


格子戸をくぐると、木の匂いが先に来た。

奥で氷が当たる音がして、涼しい響きが耳に残る。


店内は小さく、席と席の距離も近い。

それでも声は尖らない。

会話が壁と天井に当たって、丸くなって戻ってくる。


二人は窓際の席に座った。

テーブルは艶のある木目で、指先を置くとひんやりする。


御珠がメニューを開く。

視線は迷わず、指先がすっと止まった。


「抹茶。

 あと、白玉」


「白玉もいいかもしれないけど、僕のおすすめはこれだよ」


雪杜は別の写真を指で押さえる。

和風ケーキ。

小さく盛られたクリームと、抹茶の層が見える。


「ふむ。雪杜が勧めるならそれにするかの」


注文を終えると、外の蝉の声が近づいた。

冷たいおしぼりの湿り気が、掌の熱を吸っていく。


やがて、盆が運ばれてくる。

抹茶の深い緑と、白い皿。

器が置かれるたびに、木が小さく鳴った。


御珠は先に菓子楊枝を取って、ケーキへ入れた。

一口食べる。

次の瞬間、目が丸くなる。


「な……なんじゃこれは!

 これは菓子ではない。ひとつの祈りじゃ。

 甘みと渋みを、争わせずに並べおった……

 人はいつのまに、味をここまで操れるようになったのじゃ!」


雪杜は笑いながら、自分もケーキを口に入れた。


「本当だ。美味しい~。

 抹茶と合う~」


抹茶の苦味が舌の奥でほどけて、甘さが後から追いかけてくる。

御珠はもう一口、今度はゆっくり口の中で転がした。

舌が動くたび、満足が目に溜まっていく。


「また来るのじゃ」


「うん。気に入ってくれたみたいで良かった」


御珠は菓子楊枝を置き、背筋を伸ばした。

膝の上で手を揃える。

店の音が、その動きでわずかに遠くなる。


「のう雪杜」


「ん?」


「最近、離れることが多くなったのじゃ」


雪杜は抹茶椀を持ったまま、頷く。


「うん。

 夜……とか、咲良と二人で出かけている時だよね。

 学校でも男女別の授業があったりするし」


御珠は黙って頷く。

視線を落とし、鞄へ手を入れる。


小さな布袋が出てきた。

指先で袋の口を解く動きが、妙に慎重だ。


「これを、渡す」


布袋から、小さな勾玉が現れる。

白っぽい石に光が走り、反射が小さく跳ねた。


「え……これって……」


小学時代の記憶が蘇る。

首元で触れていた、あの小さな重み。

そして、割れたときの乾いた音。

破片の前で、御珠との永遠を誓った夜。


「離れていても、これがあればそなたと繋がっておれるのじゃ。

 何かあればこれを強く握れ。

 そなたの居場所が、妾に伝わる」


雪杜は両手で受け取ったまま、言葉が出ない。


御珠は真剣な目で続ける。


「これは妾の魂の欠片じゃ。

 ゆえに、いくつも作れぬ」


雪杜の指が、勾玉の縁をそっとなぞる。

ひやりとした感触が、逆に胸を熱くする。

喉が詰まって、ようやく息が落ちる。


「……大事にする。

 絶対、なくさない」


「うむ。

 今は雪杜に預ける。

 ……いずれ、咲良にも渡すつもりでおる」


その言葉の重みに、雪杜は短く息を飲んだ。


「咲良にも……

 本気なんだね」


御珠はそっと頷いてから続けた。


「ただし」


「ただし?」


御珠は視線を逸らす。

店の窓の外へ目をやって、声だけが落ちた。


「夜に寝る前ははずすのじゃ……

 その、そなたのアレが伝わると、なんじゃ……

 恥ずかしかろう……」


「……」


(小学生のとき肌身離さず持ってたんだよな……

 全部伝わってた……)


雪杜は目を逸らす。

一瞬「ストーカー」という言葉が出かけたが、勾玉を握り直した。

言葉が遅れて、ようやく声になる。


「……寝る前は、忘れずにはずすね」


「……うむ」


御珠は抹茶をもう一口飲む。

唇が椀に触れる。

さっきより、わずかに落ち着いた顔になっていた。


でも耳の先はまだ、赤いままだった。


―――


集合日の朝は早かった。

駅前はまだひんやりして、息を吐くと細くほどけた。

シャッターの閉まった店が並び、改札の表示が先に起きている。


結局、PC部からは雪杜チームと、三年生のチーム四名が参加することになった。

二年生は史のみ。

ホームへ向かう人の波に混じりながら、皆、大きめのリュックを背負っている。


咲良が肩紐を直しながら言う。


「なんか修学旅行思い出すね」


「うん。楽しみ」


雪杜の声は軽い。

けれど、横の駆は落ち着かない。


駅の掲示板、改札、時計、ホームの端。

見る場所が次々と変わる。


(何を作ろうか。

 いまの自分がどのレベルなのかも確認できるし楽しみだ)


指先が肩紐を握り直し、ほどけないように確かめていた。


少し遅れて、史が現れる。

制服のまま、リュックは小ぶり。

息も乱れていない。


「おはようございます」


咲良が一歩出る。

声がいつもより丁寧だ。


「先輩、来てくれてありがとうございます」


「お役に立てるか分かりませんが、可能な限り頑張ります」


駆が一瞬だけ史を見る。

視線が合いそうで、合わない。


「……助かります」


言い終えて、駆は口を閉じる。

短いのに、言葉がきちんと置かれた。


御珠がリュックの肩紐を摘まみながら呟く。


「妾、今日はどっちで行こうかの」


雪杜は周囲を見回す。

三年生と顧問の先生の姿が見える。


「他の学校の人も来るって言ってたし……

 今日は、おせいそかな」


「そう。

 おせいそね。

 疲れるわ……」


咲良が笑いをこらえきれず、肩をすくめる。

雪杜もつられて口元が緩む。

御珠は真顔のままでも、目の端がわずかに柔らかい。


遠くから顧問の声が飛んでくる。


「じゃあ、行くぞ。

 電車に乗り遅れるなよ」


ホームへ流れる足音。


車内に入ると、リュックが網棚へ上がる。

膝に抱える者もいれば、足元に置く者もいた。

窓の外が流れ、駅がいくつも後ろへ消えた。


電車からバスへ乗り継ぐと、揺れが変わって、車窓に緑が増える。

やがて、大学のキャンパスが見えてきた。


建物が広い。

道が太い。


雪杜は周囲を見回した。

見慣れない色のネクタイ、違う校章。

知らない目が混じる。


名札を下げた大人が、手際よく誘導している。


「参加者の方はこちらで受付お願いしまーす」


声が軽い。

それが逆に、現場の段取りの固さを際立たせた。


受付で名前を書く。

ペン先が紙に触れる音が、妙に大きい。

名札を受け取って首にかけると、胸元が少し重くなる。


まずは宿泊所に案内される。

廊下が長く、部屋番号が続いている。

照明は明るいのに、窓が少なくて外の気配が遠い。


「男子はこっち。

 女子は向こうの棟になります」


咲良が一瞬だけ口を開ける。


「……別なんだ」


「まぁそうだろうね」


雪杜が言ってから、横を見る。

御珠が小さく雪杜の袖を掴みかけて、途中で止めていた。


「雪杜……」


声が低い。

視線が上がってくる。

校外の景色の中で、御珠の目がわずかに揺れていた。


咲良、御珠、史は女子参加者の列に並ぶ。

他校の制服が混じり、列の匂いが変わる。


(他の学校の子と一緒の部屋か。

 え!?女子こんだけ!?)


総勢六名。

つまり半数が咲良たちの学校だった。


(知らぬ人間の巣か……

 おせいそ、つらぬけるかの)


御珠は胸の前で肩紐を握り、指先を動かさない。

目線で周囲を数えている。


(割とガチ目のイベントなのかな。

 ピクニック感覚で来ちゃったけど大丈夫かな……)


咲良は肩紐を握り直す。

笑いの余韻が、口元から引いていった。


「では、後ほど」


史が先に言う。

視線は咲良と御珠へも向けるが、近づきすぎない。


「はい」


駆の返事は短い。

その短さが、またきちんとしている。


女子の列が曲がり角の向こうへ消えていった。



男子側の部屋。

扉を開けると、短いカーペットが敷かれていた。

空気に消毒の匂いが混じる。

奥と左右には二段ベッドが一台ずつ並び、六人分の寝床が詰め込まれていた。


リュックを下ろす音が重なる。

床に当たる鈍い音が、これからの一日を先に決める。


「ここに一泊するのか。

 本当に寝るだけって感じだね」


「宿とは違うし、こんなもんだろ」


駆は淡々と答えながら、角のコンセント位置を確認している。

脳内で延長コードの距離を測っている顔だ。


同じ部屋の三年生が、荷物を床に置く。


「一緒の部屋だな。

 よろしく」


「あ。先輩。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


挨拶が揃った瞬間、三年生は笑うでもなく、さらりと言った。


「俺たちは去年も参加してるからな。

 ……ここで寝れるといいな」


「え?消灯は22時じゃないんですか?」


「そうだな。

 体育館で作業できるのは22時までだ」


三年生の声が、軽く笑う。

その笑いが、やけに乾いて聞こえた。


「そのあと部屋に戻って寝るわけだが……

 ここで何をするかまでは、誰も見てない」


「……」

「……」


雪杜の手が、思わず胸元へ伸びる。

勾玉の冷たさを思い出し、握り込む。

石の輪郭が、はっきり伝わってくる。


駆は何も言わない。

ただ、口元が少し引き締まる。

視線が床へ落ちて、すぐ戻った。


「まあ、無理はするなよ。

 倒れたら元も子もない」


雪杜は短く息を吐く。

背中の軽さが、ゆっくり剥がれていく。

さっきまで“遠足”だった足音が、靴底の重さを思い出す。


(あ、これ。

 思ってたより、本気だ)


廊下の先で誰かが笑っている。

別の部屋では、椅子が擦れる音がする。

その全部が、これからの時間の長さを告げていた。


地獄の扉が開かれようとしている。

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