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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第21話 冷輝姫と、恋の飛び火

期末テストが終わり、夏休みの匂いが校舎に混ざり始めた朝。


昇降口では靴箱の扉が次々に開き、金具の音と足音が重なっている。

御珠が自分の靴箱を開けた瞬間、白い封筒がひらりと落ちた。


「これは。恋文?」


拾い上げるより先に、御珠は封筒を指先でつまみ、視線も落とさず近くのゴミ箱へ放り込んだ。


「え、いいの?」


「いい。

 どうせ放課後、どこどこに来てとかそんなヤツでしょ。

 かまってやる義理はないわ」


雪杜は一瞬だけ口を開けて、閉じた。


(強い……)


翌日も、同じように靴箱から封筒が落ちた。

御珠は眉も動かさず、手のひらで受け止める。


「しつこい」


言い終わる前に、封筒はゴミ箱へ消える。

雪杜の視線だけが、落ちた紙の白さを追った。


(何も起きないといいんだけど……)


三日目。

靴箱を開けても、何も落ちなかった。

御珠は何事もなかったように靴を入れ替え、扉を閉める音だけが乾いて残ったままだった。


―――


昼休みの教室は、椅子の脚が鳴る音と笑い声で満ちていた。

廊下側がやけに騒がしい。


近くにいた女子が、御珠へ身を乗り出す。


「御珠ちゃーん。1組の子が呼んでるよー」


御珠は一瞬だけ廊下へ目をやって、すぐ本へ視線を戻した。

ページをめくる指が止まらない。


女子は廊下へ出て、困った顔で説明する。


「なんか忙しいみたいね……」


次の瞬間、我慢できなかった足音が教室へ入ってきた。

背の高い男子が、廊下の境目を越えてくる。


「無視とは酷いね」


周囲の首が同じ方向へ向く。

小声が連鎖して、背後でざわめきが膨らんだ。


「おい。あれって」

「1組の佐々木じゃね?」

「サッカー部のホープだろ?」


御珠はようやく顔を上げた。

目は冷えたまま、声だけが平らに落ちる。


「何か用?」


「用があるから呼んだんだけど」


「そう。私はないわ」


颯太が机の横から、指で口笛の形を作る。


「ひゅー。御珠かっけー」


佐々木は一度だけ眉を寄せ、言葉を続けた。


「そもそも手紙も読まないとか失礼すぎない?」


「あー、あれ。あなただったの」


教室のあちこちで息が止まった。

誰かが小さく「まじか」と漏らす。


「で。何か用?」


「ここだと何なので、あっちにいかない?」


佐々木の視線が廊下へ滑る。

御珠は動かない。


「やだ」


即答だった。

佐々木の足が半歩分だけ止まり、言葉が詰まる。


「そこを何とか」


「え。もしかして告白?」

「御珠ちゃんかわいいもんね」


御珠は本を閉じた。

パタン、と乾いた音が教室に落ちる。


「そもそも手紙でこそこそ呼び出すとかやり方が姑息なのよ。

 私、春原さんのような皆の前で正々堂々と言える人が好き」


佐々木が一度だけ息を吸う。

決めた顔で、声を張った。


「分かった。

 じゃあこの場で告白するよ。

 俺と付き合ってください」


「「「キャー!」」」


反射的な歓声が上がる。

御珠は表情を変えない。


「やだ。

 誰とも付き合う気はない」


一刀両断だった。


「酷くない!?

 天野とは別れてるよね!?」


「だとしてもあなたと付き合う理由にはならないわ。

 雪杜は関係ない」


佐々木の声が焦って上ずる。


「お高く止まってるけど、結局天野にぞっこんじゃねーか。

 別れたとか適当なこと言ってんじゃねーぞ!」


御珠の瞳が、ほんの少しだけ細くなる。

言葉の温度は上げない。


「……そうやって、誰かの気持ちを決めつけて踏みにじる人は嫌い。

 それが事実でも、嘘でも、どちらでも関係ない」


背中側から、押し返す声が続けて飛ぶ。


「はい出た、天野の名前でマウント取るやつ」

「それ言ったら終わりって、分かんないの?」

「空気読めよ。今お前が一番ダサい」


御珠は椅子に座ったまま、視線だけを佐々木へ戻す。


「……もういい?私の昼休みを返して」


佐々木は何か言い返しかけて、飲み込んだ。

見られているのは御珠じゃなく、自分だと遅れて気づく。


「……くそ」


教室を出ていく足音が遠ざかる。

廊下のざわめきが戻ってきて、数秒遅れて息を吸う音が広がった。


「強……」

「御珠攻略の難易度たけー」

「SNSなし、昼休み外出なし、放課後は忽然と消える。手紙も即ゴミ箱」

「強行突破も即斬り」

「……詰んでる」


御珠は何事もなかったように本を開く。

だが、耳だけが少し赤い。


雪杜が思わず立ち上がりかける。

咲良が袖を掴んで首を振った。


雪杜が口を開きかけたところで、御珠が小さく視線を送る。


(だめ。皆、見てる)


雪杜は座り直すしかない。

教室中の視線が、まだ御珠の机に刺さっていた。


「……尊い……」


誰かの声が、吐息に近い熱で落ちた。


それから。

御珠には連絡手段がない、と噂が定着していった。

公の場での告白もこっぴどく振られる、と話が広がっていく。


そして呼び名だけが、冗談から始まって、いつの間にか固まった。


「……こないだまで巫女装束着てたし、冷徹姫だわ」

「冷徹でもかわいいよ?」

「告白、即お断り」

「外国に帰る……これってかぐや姫に似てない?」

「冷徹なかぐや姫……」


『冷輝姫』


誰かが繰り返して、別の誰かが真似をする。

言葉だけが整列して、御珠の周りへ札のように貼り付いていった。


―――


同じ日の放課後。

教室のざわめきが引いて、机を引く音が少しずつまばらになっていく。


咲良が鞄を閉じかけたところで、女子が二人、そっと近づいてきた。

声が小さく、目だけがやけに真剣だった。


「春原さんに折り入って相談があるんだけど……」


そう言った女子の頬が赤い。

耳まで熱が回っていて、視線が定まらない。


早川はやかわさん……と三上さん?

 えと、私でよければ……」


「……あの、ここだと何なのであっちで……」


早川が小声で言い、廊下の方を指さした。


咲良はうなずいて、二人の後ろにつく。

人の流れから外れた廊下の端へ移動する。

窓の外が夕方へ寄り、ガラスに薄い橙が滲んでいた。


早川が息を整える。

咲良の方を見て、言葉を絞り出した。


「あの、皆の前で告白ってどうやったらできるかな」


「え!?皆の前で!?

 やめたほうがいいよ!?」


思わず声が上ずって、咲良は口を押さえる。

早川はさらに顔を赤くしたまま、早口になる。


「御珠ちゃんのあの言葉、なんか、心にきたっていうか……

 入学式の日の春原さん、すごかったんだなって……」


「皆の前で堂々とってやつ?

 私のあれは……勝てる見込みもあったし、皆が協力してくれたからで……」


横にいた三上が、肘で軽くつつく。


「ほら。言ったじゃない。

 段取りが大事だって」


「そうそう。告白は最終確認だよ。

 それまでの積み上げが大事なんだから」


「最終確認……」


「まぁ勝算は高いんだけどね。

 ほんともどかしいのよ」


三上が早川をちらりと見た。


「え?そうなの?

 だとしたら普通の告白でいいと思うけど……」


「でも……」


咲良は早川の視線の揺れを見て、言葉を選ぶ。

声を落として、真正面から聞いた。


「皆の前で告白したい理由でもあるの?」


「……逃げたくないから。

 御珠ちゃんも言ってた。

 手紙みたいにこそこそした手段は姑息だって」


咲良の眉が、ほんの少しだけ寄る。

胸の奥が忙しくなって、息が一度だけ浅くなる。


(御珠ちゃんのあれ……どう考えてもただの告白よけだよね。

 どうすんのよこれ!

 てか皆、夏休み前だからって焦り過ぎじゃない!?)


咲良は窓の外へ目を逃がし、すぐ戻す。

頭の中で、学校の動線が何本も引かれていく。


「……だったら“皆の前”じゃなくて“皆の近く”にしよ」


言いながら、咲良は自分でも苦笑いになる。

出てきたのは、きれいに白黒つかない答えだった。


「皆の近く?」


「そう。教室で見世物になるんじゃなくて、目撃者がいるくらいの場所。

 相手が困ったら逃げられる距離で。

 それでも十分正々堂々だと思う」


三上がうなずく。


「なるほど。

 周りの目はあるけど、見世物にならない場所か」


「うん。

 昇降口の手前、掲示板のところがいい。

 他のクラスは素通りだし、失敗しても噂になりにくいと思う」


咲良は指先で、もう一つ数える。


「あと、相手の名前は呼ばない。

 告白も短く“付き合ってください”だけでいい」


早川の目が揺れる。

三上が、背中を小さく叩いた。


「ほら、言ったじゃない。

 春原さん、こういうの強いんだよ」


「強くないよ……。

 ちょっと自分が特殊な状況にいるから、自分だったらどうするかなって考えただけ」


早川は一度だけ深く息を吸って、うなずいた。


「……分かった。

 明日の朝、やる」


「うん。応援してる」


二人が去っていく足音が、廊下の奥へ薄くなっていく。

咲良はその背中を見送ってから、肩の力を抜いた。


(ふぅ。適当なこと言っちゃったけど大丈夫かな。

 勝算高いって言ってたし大丈夫だよね)


夜。

咲良はスマホを握って御珠に電話をかける。


『咲良か?』


「もう!御珠ちゃんの放った一言のせいで大変なんだからね!」


『えー。妾、何かしちゃったかの?』


「何なのよ!正々堂々が好きって!

 絶対適当なこと言ったでしょ!」


『あれは……今後の面倒も避けたかったのじゃ』


「やっぱり……

 おかげでこっちに飛び火した」


咲良は息を吸って、今日のことを一気に吐き出した。


『うむー。まさか真似する輩が出てくるとはのぅ。

 人の子は面白いのう』


「もう想定しといてよぉ……」


『御珠~?誰かと電話してるの~?』


遠くから雪杜の声が入ってくる。


『雪杜が戻ってきたのじゃ。またの』


「えっ、ちょっ、まだ文句言い足りないんだけど!」


ぷつ、と通話が切れる。

咲良は頬を膨らませて、枕に顔を押しつけた。


―――


翌朝。


昇降口の手前。

掲示板の前は、登校の波が一度ほどける場所だった。

靴音が途切れ、誰かの話し声が遠のいて、流れが細くなる瞬間がある。


そこに、女子が一人立っている。

背筋を伸ばしているのに、指先だけが落ち着かない。

息を吸って、吐く。


胸の上下が少し速い。


少し離れたところに、もう一人。

壁際に寄り、視線だけを前へ向けている。


さらにその奥で、咲良も目立たない位置に立った。

声は出さず、目だけで頷く。


相手の男子が来る。

掲示板の前の人影に気づいて、足を止めた。


「……え、なに?

 朝からどうしたの?」


早川は一歩近づく。

喉が鳴って、言葉が一度だけ引っかかる。

それでも、足は止まらない。


「……話がある」


「ここで?」


「うん」


男子が目を丸くする。

早川の肩がほんの少しだけ上がり、すぐ落ちる。


「好きです。

 ……付き合ってください」


言った。

胸が焼ける。

でも、言った。


人の流れが一瞬だけ遅くなる。

誰も近づかない。

通り過ぎる足が、距離を残して避けていく。


見ているだけの視線が、そこへ集まった。


男子の頬が赤くなる。

視線が揺れて、手元へ落ち、戻る。

一歩下がりかけて、止まった。


「……僕も、好きです」


早川が息を吸い直す。

肩の力が抜けそうになって、まだ抜けない。


「昨日から、ずっと言おうと思ってた。

 こそこそするの、嫌だったし」


「……え、そうなの!?」


声が上ずって、早川は自分でも驚いた顔になる。

男子は小さく頷いた。


「その……

 よろしくお願いします……」


早川の目が潤む。

それでも視線は落とさず、頷いて笑った。


少し離れた場所で見ていた三上が、拳を小さく握る。


咲良は一歩だけ後ろに下がった。

自分が前に出ないように、影に戻るために。


(……よかった)


その一言を、咲良は胸の奥にだけ落とした。


―――


教室に入った瞬間、咲良は自分の席へ一直線に向かった。

背中に視線が刺さる前に、鞄を机の横へ落とす。


朝のざわめきの中で、女子の声が弾む。


「聞いた?あの二人、付き合ったって」

「え、まじ!?」


肩を寄せた笑いが、机の列を渡った。


「なんか春原さんに相談してたっぽいよ」

「春原さん、また!?」

「他のカップルも、春原さんが繋いだって話あるよね」

「小学校の頃かららしいよ」


誰かが机を軽く叩いて、勢いをつけた。


「その上、自分も彼氏持ちとかすごくね?」

「それな。まじキューピット」

「私も相談しよっかなぁ」


咲良は机の端を指で押さえたまま、目だけをノートへ落とした。

書くものは何もないのに、手元だけが忙しい。


(え、“まじキューピット”って何!?

 勘弁して!)


廊下の向こうでも、声が薄く流れてくる。

笑い混じりなのに、やけに要点だけは残る。


「春原に相談すればいける」

「告白は最終確認」

「積み上げが大事」


咲良は椅子の背にもたれたまま、声を絞る。


「やめてぇ……」


そのまま机へ突っ伏した。

前髪がばさっと落ちて、頬が机に触れる。

耳が赤い。


(御珠ちゃんはマスコット。

 私は何になろうとしてるの)


誰かが笑って、誰かが「すげー」と言って、また椅子が鳴る。

咲良は動かず、ため息だけを机の木目に吸わせた。


この成功を皮切りに、御珠が告白を避けるために放った一言は、皮肉にも公然告白の流行を呼ぶのであった。

ただし、冷輝姫に挑む二人目は現れなかった。

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