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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第20話 勝利の納品

天野塾は、気づけば週末に集まるのが定例になっていた。

週に一度、放課後に机を寄せて、プリントを広げて、誰かが笑って、誰かが真面目に怒る。

それが当たり前の景色として積み上がっていく。


その積み重ねの先に、テスト直前の週末が来る。

今日は、机の上にプリントの束がある。

駆が無言で並べていき、角を揃え、配る準備だけを淡々と終わらせた。


「できた。模擬試験」


颯太が覗き込み、束を持ち上げかけて止まる。

紙の厚みが、やけに現実を連れてきた。


「うお、ガチじゃん。製本されてんだけど」


「……中身も凄い。本物の試験さながら」


莉子のページをめくる指が速い。


「宮下先輩の記録と、教科書のデータを元に山を張った。

 これだけ覚えれば、点数の底上げができるはずだ」


史の記録。

それが、この部屋の机の上で、プリントになっている。

史は表情を崩さないまま、紙の角を見ていた。


「ほう。駆は、策士じゃな」


御珠の声が落ちる。

いつもの調子なのに、褒め言葉だけが妙に重い。


「おい褒められてるぞ駆!」


「うむ。褒めて遣わそう」


駆は視線を上げず、肩だけをすくめた。

照れを隠すときの癖が、もう皆に知られている。


「凄いのは先輩の記録とAIだ。

 俺はデータを使っただけだ」


「それが凄いんだって」


雪杜が言うと、駆の手が一瞬だけ止まる。

それから、紙束を持ち直すように動かして、話題ごと整え直した。


「……終わらなそうなんで、この話はやめにしよう」


咲良が顔を上げる。

手元のプリントを押さえて、少しだけ前に乗り出した。


「ねぇ、これさ。明日、みんなでどっかに集まってやらない?」


「……やめとこ」


「えっ」


颯太が即答する。


「図書館とかでできそうだけど、休みの日に六人で集まったら……俺、絶対集中できねえ」


「……まぁ確かに颯太ならそうかもね」


莉子が小さく言い、目だけを颯太に向ける。

颯太の視線が、一瞬だけ莉子に吸い寄せられる。

それを見て、雪杜はプリントの上に視線を落とした。


(あ。本当の理由、そっちか)


「じゃぁ、各自でやるってことで」


「それでいいと思う」


駆が短く頷く。

決めごとを早く終わらせたい人の声だ。


「妾は……雪杜と共にやる」


御珠が言い切ると、咲良の指先がプリントの端を強く押さえた。

それから、顔は上げたまま、声だけを落とす。


「……私も、行っていい?」


「うん。僕の家で……三人でやろう」


雪杜が言った瞬間、御珠の口元がわずかに尖る。

御珠は咲良へ目を向けてから、すぐに視線を戻した。


「おっけ。俺と莉子は……図書館でも行く?」


「……うん」


莉子が、小さくうなずく。

その動きだけで、もう予定が固まった。


「ふふ。図書館デートだね」


「っちょ!はっきり言うなよ!

 照れるだろ!」


颯太が騒ぎ、咲良が笑う。

雪杜も息を漏らし、御珠が「よいの」と満足げに頷く。

史も自然に笑った。


週に一度の集まりだった。

それでも、一緒に過ごす回数が増えるほど、距離は縮まっていく。

史の笑い方が、最初の頃より柔らかくなっていた。


駆が史の方へ、束の端を一冊だけ差し出す。

受け取る側が迷う余地を残さない渡し方だった。


「先輩、記録ありがとうございました。

 先輩にも一部差し上げます。

 成果物の納品ってことで」


「あ、ありがとうございます?」


史は、自分には不要だと思っていた。

だから受け取った手が一度だけ止まり、それから表紙をめくる。

数ページめくったところで、視線が止まる。


(凄い。私の記録がこんな形になるなんて)


「皆さん頑張ってください」


「先輩も2年生のテストありますよね?

 お互い頑張りましょう」


「はい」


紙の束が、それぞれの手に収まっていく。

最後の週末は、笑いと一緒に、約束の形も配られた。


―――


雪杜の家のリビング。

ちゃぶ台の上には三人分のプリントが広がっている。

鉛筆の走る音だけが途切れず、時計の針が進んでいく。


「ねぇ、ここなんだけど……」


咲良が身を寄せて、プリントを雪杜の目の前に差し出す。

紙を押さえる指が重なり、雪杜の手に触れたまま離れない。

雪杜は視線だけを問題に戻そうとして、肩が固まった。


「そこは妾が教える」


反対側から、御珠も同じ箇所を覗き込む。

顔が近い。

咲良の髪が雪杜の腕に触れ、御珠の袖がプリントの端にかかった。


「……御珠ちゃん、理科いけるの?」


咲良の声は柔らかいのに、探る形が混ざっている。

御珠は顔色ひとつ変えず、堂々と言った。


「神は理を読む」


「神、さっき漢字で詰まってたよ」


雪杜が即座に刺す。

御珠は瞬きもせず、言い返した。


「国語は例外が多すぎるのじゃ」


「ふふ……」


咲良が笑う。

笑っているのに、距離は詰まったままだ。

雪杜はプリントの線を追いながら、自分の腕の置き場だけ迷っていた。


「……」


御珠が無言で、雪杜の消しゴムを取り上げる。

指先で端を揃えるようにして、角をきっちり整えた。


「え、なに」


「角が丸い。集中が落ちる」


「え、迷信?」


咲良が首をかしげる。

御珠はしれっと頷く。


「神託じゃ」


「便利な言葉だな……」


雪杜はため息まじりに呟き、消しゴムを受け取る。

角が立ったそれを見て、逆に緊張が増していく。


しばらくして。

咲良が赤ペンを走らせ、プリントに丸をつける。

丸が増えるたび、雪杜の背中が少しだけ軽くなった。


「はい、雪杜ここ満点。えらい」


咲良がさらっと褒める。

その直後、御珠も同じくらい真顔で重ねた。


「妾も褒めて遣わそう。雪杜、えらい」


(両方から褒められるの、照れるんだけど)


雪杜が視線を逸らしたとき、咲良が赤ペンを置く。

顔は笑ったまま、声だけを落として御珠を呼んだ。


「……ねぇ、御珠ちゃん」


「何じゃ」


咲良は雪杜ではなく、御珠の目を見た。

笑顔のままなのに、言葉の刃だけが細い。


「私が彼女だから。

 雪杜を褒めるのは私の役目」


御珠は返す言葉を喉で止める。

表情は変えないまま、視線だけがわずかに揺れた。


「……妾は、伴侶じゃ。

 家で褒めるのは妾の役目じゃ」


ちゃぶ台の上で、赤ペンと消しゴムとプリントが、ぴたりと止まる。

雪杜は限界だった。


「二人とも、勉強して!!」


「……はーい」

「……うむ」


二人の返事が重なる。

声のトーンは違うのに、同じくらい素直だった。


―――


そして、期末本番を迎える。


教室に入ると、窓の外は明るいままなのに、室内だけが別の場所へ切り替わったように張りつめていた。

答案が配られ、紙が擦れる音が妙に大きく響く。


答案が机に落ちる。

紙をめくる指先が、揃って早い。


(あっ、これ駆ゼミでやったところだ!)


颯太は一問目の問を見た瞬間、息が戻った。

心臓だけが先走っていたのが、やっと「手」に降りてくる。


(凄い。駆の山、ほぼ当たってる)


雪杜は問題文を追いながら、脳内で模擬試験の束をめくっていく。

見覚えがある。

覚えた、というより、辿り方が体に残っている。


(落ち着け。丸暗記じゃなくて“考え方”……)


咲良はペン先を止めない。

一度だけ深く息を入れて、式の形を整える。

手が震えないように、紙の端を指で押さえた。


(ほう。この設問、素直じゃな)


御珠は、いつもの首かしげを封印していた。

問題を見て頷き、淡々と書く。

昨日の負け惜しみは、今日は喉の奥にしまってきた。


(……これ、山じゃなくて“道”になってる)


莉子はページをめくりながら、目だけで全体を測る。

当てに行った形跡がない。

ただ、通れる道が作られていて、そこを歩けば解ける。


(……よし。外してない)


駆は自分の答案ではなく、問題の並びを見ている。

ずれがないことを確認してから、ようやくペンを走らせた。

心の中で、納品の最終チェックをしている顔だった。


チャイムが鳴り、答案が回収されていく。

椅子が軋み、教室のあちこちで息がほどけた。


紙が手から離れた瞬間、教室の硬さが少しだけ抜ける。


「終わったァァ……」


颯太の声が、廊下へ逃げていった。


―――


返却の日。

廊下の掲示板に紙が貼られる。

白い紙の列に、名前と順位がきっちり並んだ。


人の流れがそこへ吸い寄せられ、足音が重なる。

覗き込む背中が増えるほど、声が細かく弾んでいく。


「……上がってる(18位)」


咲良が、数字を見たまま小さく呟く。

嬉しさより先に驚きが漏れる声だった。

指先が紙の端をなぞり、確かめるように止まる。


「……上がりすぎ(6位)」


莉子は淡々と言う。

淡々としているのに、目だけがきらっとしていた。


「俺、50位くらい上がったんだけど!(32位)」


颯太の声が、廊下に響く。

廊下にいる面々へ成績表を見せて回り、足取りが忙しい。

嬉しさが先に走って、体が追いついていない。


「僕1位なんだけど……

 駆の“勝ち確”宣言、本当だったね」


雪杜が言った瞬間、周囲の視線が一斉に集まる。

本人だけが「え?」と目を瞬かせ、状況の重さに遅れて気づく。


「……俺もビックリなんだが(10位)」


駆が低い声で返す。

驚いているのに、表に出すのが下手だ。

けれど口元の力だけは、ほんの少し緩んでいた。


「駆ぅぅ!!」


颯太が勢いのまま駆に突っ込む。

抱きついた。

喜びが身体でしか表現できないやつだ。


「重い。離れろ」


駆は言いながら、肩を押す。

押しているのに、笑いが漏れそうな気配が隠せない。

嫌がっている形だけ残して、結局受け止めている。


「私も上がったよ(70位)」


御珠が、さらっと言う。

言い方だけはいつも通りなのに、その一言が妙に刺さった。

やった、と自分で言わないからこそ、頑張ったのが伝わる。


「御珠ちゃんも頑張ったね!」


咲良がすぐに言う。

声が明るくて、目の奥が確かに温かい。


そこへ、別方向から声が飛んできた。


「ちょっと!天野くん!

 1位ってどういうことよ!(2位)」


澄香が掲示板の前で腕を組み、雪杜を睨む。

刺すような目つきなのに、唇がきゅっと結ばれている。


「え……たまたま……」


雪杜が逃げる。

逃げる声が、弱い。


「たまたまで1位ってありえないでしょ!」


「まぁまぁ。負けたからってつっかからない。

 今度勉強方法教えてもらおうよ(3位)」


透が、澄香の肩の横から顔を出して、軽く笑う。

その笑い方が、熱を逃がす方向に働くやつだった。


「むぐぐ。次は負けない」


澄香が唇を噛む。

宣言だけ残して、視線はまだ雪杜から外れない。


やっかいなのに目をつけられた。

雪杜はそう思い、喉の奥で息を押し戻してから、掲示板の前で小さく吐いた。


―――


放課後。

空き部室。

窓の光が斜めに差し込み、机の角だけが明るい。


史は一人でノートを閉じようとしていた。

ペンを置いて、端を揃えて、鞄へ戻す手前で動きが止まる。


扉が開く音。

足音が重なる。

六人が一斉に入ってきた。


「……皆さん、勢揃いでどうしました?」


史が顔を上げる。

驚きは抑えているのに、視線だけが全員を数えるように動いた。


「先輩!勝ちました!」


颯太が、勢いだけで前に出る。

手には答案の返却プリント。

握りしめすぎて、紙の端が少しよれていた。


「そうですか。おめでとうございます」


史は落ち着いた声で返す。

祝福の言葉は添えている。

ただ、声色は平らで外へ漏れにくい。


「宮下先輩。この前の記録、ありがとうございました」


雪杜が一歩だけ前へ出て、頭を下げる。

視線を合わせるより先に、礼を形にした。


「私も上がりました。ほんとに……助かりました」


咲良も続く。

言い切ったあと、胸の前で指先が一度だけ握られる。

嬉しいのに、まだ信じきれていない手つきだ。


「ありがとうございます」


莉子は短く言う。

余計な飾りがなくて、だから重い。


「妾からも礼を言う。史の記録は、武器になった」


御珠が真顔で言う。

褒め言葉のつもりで、まっすぐ投げた一言だった。


史の眉が、ほんの少しだけ動く。

それから、言葉を探すように一度だけ息を落とした。


「……武器、って言い方は、あまり好きではないですね。

 ただの記録です」


語尾は丁寧なのに、そこだけは譲らない線がある。

御珠は一瞬だけ口を閉じ、雪杜と咲良へ目を向けてから、ゆっくり頷いた。


「すまぬ……。では言い直そう。

 そなたの記録は、道標みちしるべだった」


その言葉で、史の目がわずかに開く。

驚きが遅れて表に出て、すぐに引っ込む。


(道標。……迷わないための)


胸の奥が、きゅっと縮む。

返したい言葉があるのに、喉のところで引っかかる。

史は小さく口を開いて、閉じた。


「……うん」


短い返事だけ落ちる。

それでも、さっきより音が柔らかい。


史は視線を落とし、ノートの端を指でなぞった。

それから、顔を上げ直して言う。


「……結果が出たなら、よかったです」


「先輩、もっと喜んでよ!」


颯太が食い下がる。

距離が縮まった分、遠慮が減った言い方だ。


「……喜んでいます」


史は同じトーンで返す。

表情は変わらない。

でも、目だけが一度だけ揺れて、すぐ戻る。


(……素直じゃないな)


莉子が心の中でだけ言って、肩を落としそうになるのを堪えた。


史は一冊のプリントを指先で軽く押さえ、釘を刺すように続ける。


「でも、記録を使うのは今回限りです。

 次はきちんと努力してください」


「「「はい」」」


返事が重なる。

咲良は真面目に、颯太は勢いで、雪杜は少し照れながら。


「おざなりになってましたが、次は自動整理スクリプトですね」


駆が話題を切り替える。

その言い方が、仕事の確認のように淡々としていて、逆に安心する。


「はい……その……よろしくお願いします」


史が頷く。

息が浅くなり、視線が一度だけ駆へ走って、すぐノートへ逃げた。


咲良は史の耳の赤みを見て、口元を引き締めた。

うなずくだけで、何も言わなかった。


「じゃぁ今日は解散だな。莉子、部活行くぞ」


「うん」


颯太が先に扉へ向かい、莉子が並ぶ。

二人の足音が廊下へ抜けていく。


「僕らもPC教室いこっか?」


「うん」


「ああ」


雪杜が鞄を持ち上げ、咲良、駆がそれに合わせて立つ。


御珠だけが机の端に残り、史の方を見た。


「妾はもう少し史とここにおるぞ」


「はい。お好きにどうぞ」


史は淡々と返す。

淡々としているのに、拒んでいない。


それぞれが、それぞれの場所へ戻っていく。

空き部室の光だけが、少しずつ角度を変えていった。

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