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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第14話 明日の番と、今日の留守番

教室の窓際に朝の光が差し込んでいる。

着席前の机がきしみ、椅子が引かれ、声が重なっていく。


「御珠ちゃん今日も静かだね」

「それがいいんだよ。尊い」

「分かる。動かないマスコット感」


御珠は席にいて、本を開いたまま指先だけを動かす。

ページをめくっても顔は上がらない。


(うーむ。これがマスコットとやらの役目か)


少し離れた席で、雪杜がそっと視線を送る。


「御珠、大丈夫かな」


咲良は周りに聞こえないくらいの声で答えた。


「大丈夫よきっと。昨日いっぱい練習したし。

 じっとしてればすごくかわいいし」


さっきの女子たちが、また小さく盛り上がる。


「なんか昨日PC室ではしゃいでたらしいよ」

「えっ何それ見たい」

「PC部入ろうかな……」


雪杜の眉がわずかに寄る。

咲良も口元を引き結び、御珠のほうを見た。


「本当に大丈夫かな。

 キャラが独り歩きしてる気配が……」


「うーん。ちょっと心配になってきた……」


それでも先週までと違い、悪意のある目はなくなり、過ごしやすくはなっていた。


―――


放課後のPC教室は、昼間の喧騒が引き、機械のファンの音がやけに目立つ。

扉が開いて、御珠が史と並んで入ってくる。


「やっほ。きょうも来たよ」


史は一瞬、足が止まりかけた。

御珠の口からその軽い挨拶が出たことが、まだ耳に馴染まない。


「や、やっほ?」


教室の奥で、雪杜の眉が跳ねたのが見えた。


咲良が顔を上げ、いつもの調子で笑う。


「御珠ちゃん。きょうも来たのね。

 何して遊ぶ?」


御珠は小走りで、パタパタと咲良のところへ駆け寄る。

部員たちの視線が一斉に流れ、口元がゆるむ者が何人もいた。

史はその動きを横目で追いながら、自分の席に向かう。


「先輩はいつものですか?」


「はい。またお願いしても良いでしょうか?」


駆が椅子を引き、落ち着いた声で返す。


「かまいませんよ。

 自動化スクリプトも今週中には出来ると思います」


史は画面を見つめたまま、喉の奥に小さな引っかかりを残す。

スクリプトが完成したら、お願いする口実が消える。

それを想像して、胸の奥に重さが残った。


「すいません。何から何まで……」


「お気になさらずに。

 好きでやってますから」


駆はキーボードから手を離し、ふと、拾い上げるように言った。


「この記録って、先輩自身のことは書いてないんですか?」


史のまぶたが跳ねる。

目を見開き、指先が一瞬止まった。


「……書いていません」


駆の表情が硬くなる。

踏んだ地雷を自覚したのだろうか、視線が泳いだ。


「すいません。変なこと聞きました。

 中身はなるべく見ないようにします」


史は小さく息を吸い直す。


「い、いえ……ただの記録ですので……」


「……そうですか」


その短い言葉のあとに残ったものを、咲良の笑い声が押し流す。


「え……えと御珠ちゃん、今日はオンラインゲームで一緒に冒険しよっか」


「うん!」


史は、咲良の手元を見た。

漫画の話をする指が、今日は一度も動いていない。

そのうち顧問に突かれる未来が、視界の端でちらついた。


―――


雪杜の部屋は静かだった。

雪杜は敷いた布団の端に腰を下ろし、御珠は机の椅子をくるりと回して背もたれに寄りかかっている。


そのとき、雪杜のスマホが震えて音を立てた。


「咲良からだ」


画面には短いメッセージ。


咲良:GWのデートだけどどこに行くか決めた?


「うーん。どうしよう……」


御珠が口元だけで笑う。


「なんじゃ。どこでも好きな所に行けばよかろう。

 咲良ならどこでも喜ぶじゃろ」


「そうは言っても……」


雪杜は指で打つ。


雪杜:どこか行きたいところある?


御珠が覗き込むでもなく、言葉だけを投げる。


「男ならちゃんと段取りせぬか。

 相変わらずへたれじゃのぅ」


「っちょ、勝手に見ないでよ!」


「見ておらぬ。

 そなたが声に出しておるだけじゃ」


すぐに返事が来た。


咲良:電話していい?

雪杜:いいよ


雪杜は画面を見せるように持ち上げる。


「咲良、電話したいって」


「うむ。

 妾、邪魔かの……?」


「え……えっと……」


迷ううちに、着信音が鳴った。

雪杜の肩が跳ねる。


「あ。もう来た。もしもし」


『もしもし。こんばんは』


「こ……こんばんは」


『電話するの初めてだね』


「うん……なんか慣れない」


『私、水族館に行きたい』


「水族館か……僕、行ったことない。

 いいね。行ってみたい!」


『ほんと?じゃあ水族館にしよ。

 待ち合わせとかどうする?』


「えっと何時からやってるんだっけ……」


調べる指先、短い相槌、画面をスクロールする音。

そうして、GW初日の10時に駅集合になった。


「じゃあ10時に駅集合で」


『うん。楽しみにしてるね。

 こないだ買った服、着てきてね』


「うん。もちろん。

 じゃあね。おやすみ」


『おやすみ。御珠ちゃんにもよろしくね』


通話を切る。

スマホを置いた雪杜は、耳の熱をごまかすように首筋を掻いた。


「御珠にもよろしくだって」


「うむ。ほぼ聞こえておった」


「なんか恥ずかしいな……

 今後も電話の度にこうなるのかなぁ」


御珠はわざとらしく胸を張る。


「そこは妾、無作法な神ではないので、ちゃんと部屋を出ていくか、榊にひっこむぞ?」


雪杜は眉を下げる。


「それも何か申し訳ないな……」


「相変わらずどっちつかずじゃのぅ。

 それより雪杜よ。妾たちはどうするのじゃ?」


「あ、そうだね。

 どうしよっか。

 御珠も水族館にする?」


「妾はそれでも良いが、そなたが退屈するのではないか?」


「まぁ二連続はそうなるよね……

 そうだ。映画とかどう?

 御珠よくYouTube見てるし、SFとか好きそう。

 僕も映画館行ったことないし」


御珠の目がぱっと開く。


「おお!良いではないか!

 妾、楽しみじゃ」


「じゃぁ何の映画がいいか探しておくね。

 御珠もリクエスト合ったら言ってね」


こうして二組分のデート予定が出来上がるのであった。


―――


朝の玄関。

靴が並び、きっちり揃えられている。

雪杜は紐を結び直し、立ち上がった。


スマホに届いた『今から出るよ』を確認する。

胸の奥を落ち着かせるように息を吸って、玄関の扉へ手を伸ばす。


背後で床が小さく鳴る。

御珠が立っていた。

学校の顔ではない。

家の声で、少しだけ甘い。


「……行くのか?」


「うん。お留守番お願いね」


御珠は何も言わずに近づいて、雪杜の襟元に指先を添えた。

皺を拾って、布をならして、整える。

最後にもう一度だけ指先を置いてから、そっと離した。


「新しい服。似合っておるぞ」


「……ありがとう」


御珠の視線が、雪杜のスマホへ一瞬だけ落ちる。

そこに映る咲良の名前。

次の瞬間には、何事もなかったかのように雪杜へ戻っていた。


「雪杜と一日離れるのは初めてじゃの……」


声が、いつもより細い。


「不安?」


御珠は、否定する代わりに笑おうとして、口元だけが先に動く。


「なに。明日は妾の番じゃ。

 しっかり楽しんで来るのじゃぞ」


雪杜はうなずく。

うなずきながら、御珠の指先が行き場を失って宙に残るのを見てしまう。


御珠は一歩引いて、急に張りのある声を作った。


「よし!行け!行ってこい!」


自分に言い聞かせるように言う。

その勢いのまま手を伸ばしかけて、指が宙で止まる。

触れたら、引き止めてしまう。

そう分かっていて、手は小さく引っ込んだ。


「行ってくる」


雪杜は、その動きを見なかったふりをした。

未練を断ち切るように扉を開け、外の冷たい空気へ踏み出す。

背中に、見送る気配だけが残る。


扉が閉まり、鍵の音がひとつ。


御珠が呟く。


「分かっておる。

 分かっておるが……辛いのう……」


玄関に残るのは、御珠ひとり。

御珠は向きを変え、廊下を少しだけ歩いた。


リビングの方から、湯を沸かす音が聞こえる。

御珠は足をそちらへ向け、戸口のところで立ち止まった。


「晴臣と茶でも飲むかの」


台所に目をやると、晴臣が湯気の向こうにいた。


「きょうは一人か。めずらしいの」


「うむ。妾もたまには一人になりたいのじゃ」


言い切った直後、御珠は視線を逸らす。


「そうか。ところで書いて欲しい書類があるのじゃがの」


「ふむ。何であろ?」


晴臣は一枚の書類を取り出した。

そこに並ぶ文字を見た瞬間、御珠の目が止まる。


「こ……これは……」


湯が沸く音だけが、やけに大きい。

湯気の白さの向こうで、庭の若葉が揺れていた。

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