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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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【閑話】第13.5話 思い出を胸に

「全部食べられちゃいそうだからあげない」

「咲良!?そなた調子に乗るなと申したではないか!!」


トラピスチヌ修道院の一角でのやりとり。

天野ファミリーの班だけが別世界みたいに賑やかだった。

春原さんが笑って、天野くんが困った顔をして、御珠ちゃんがさらっと場を回している。


楽しそうだな、と目が吸い寄せられる。

それに比べてこっちは、背中に板を貼られたみたいに固い。


「次はあっち。時間決まってるから。キビキビ動く」


口が勝手に「はーい」って言った。

声だけ先に従って、胸の奥が置いていかれる。


……はぁ、息苦しい。

あっち、ずるい。


反抗したいわけじゃない。

反抗すると、もっと面倒になるのを知ってるだけ。


―――


宿に着いた直後から、何かがずっと引っかかっていた。

それが何かを言葉にする前に、声が先に炸裂した。


「嫌じゃ!!妾は雪杜の部屋が良いぃぃぃぃ!!

 一緒じゃないと眠れないのじゃーー!!」


えっ!?一緒に寝てるの!?

ちょっと、こいつらヤバすぎない!?


「ふ、不潔!不潔!不潔!!」


ほら。委員長壊れちゃったじゃない。


「貴様。今日という今日は許さない。

 その性根、叩きなおしてくれる!」


ひぇ。怖!


風呂場でも、落ち着く暇はなかった。

湯気の向こうから、あっけらかんと名前が飛ぶ。


「雪杜ーー!!湯加減はどうじゃーーー!!」


えっ!?何なのこの子!?

恥とかないの!?


「公共の浴場でなんて大声出してるのよ!

 あなたほんとに何なのよ!!」


どんだけ澄香を煽るのよ。

勘弁して。


風呂上がりの部屋。

乾ききらない髪の匂いが残る中で、ついに澄香が爆発した。


「御珠さん!!あなた!!」


あー、案の定バトルが始まっちゃった……

御珠ちゃん、しょぼーんってしちゃったじゃない。


布団を敷き終えて、電気を消す。

暗くなっても、頭の中がうるさいままだった。


初日の夜はバトルしかなかった。くすん。

でもお肉は美味しかった。


―――


二日目の夜。

函館山の夜景が綺麗で、やっと修学旅行っぽいことが少しできた気がした。


このまま穏やかに終わってくれればいいのに。

でもまた委員長と御珠ちゃん、バトル始めたらどうしよう……と、頭の片隅が勝手に身構える。


「妾は行く!雪杜のもとへ!!」


え!?なに、今の宣言。

胸の奥がひゅっと跳ねて、同時に笑いがこみ上げそうになる。


「男子の部屋だよ!?ほんとに止まってってば!!」

「ま、まって〜」

「御珠さんを野放しにしたら責任問題よ!?私も行くわ!!」


廊下のほうが、急に生き物みたいにざわめいた。

誰かのスリッパの擦れる音がして、部屋の空気までそっちへ引っ張られる。


隣の子と顔を見合わせる。

言葉にしなくても、もう同じ顔をしてる。


「どうしよう……」

「いや残ってても絶対つまんないじゃん。行こうよ」


行ったら怒られるかもしれない。

でも行かなかったら……たぶん一生、後悔する。


「……うん、なんか面白そうだし!」


勢いに任せて立ち上がって、出口のほうへ身体が勝手に向かう。

背中のあたりが軽くなっていくのが分かった。


「まって〜(棒)」


そう言いながら、足はちゃんと急いでる。

私、いま、すごくワクワクしてる。


男子部屋の前まで来ると、襖の向こうから声が漏れていた。

誰かが笑って、誰かが慌てている。


「雪杜ぉ!会いに来たのじゃーー!!」

「み、御珠!?どうして……っ!」


わー。御珠ちゃん大胆過ぎでしょ。


「こ、こんばんわー?」


私もしれっと混ざってみる。

怒られる未来が見えるのに、足だけは引き返さない。


「……1ゲームだけだからね」


え!?委員長が折れた!?

マジ!?


気づいたら、男子部屋で謎の十二人トランプ大会が始まっていた。

これこれ!こういうのを待ってた!

楽しー。こんな修学旅行ある……?


コツ……

   コツ……

      コツ……。


廊下で足音。

カードを持った手が止まって、目だけが泳ぐ。


あ、ヤバイ。


「…………………………お前ら」


「「「違うんですーーーーーー!!!」」」


「……如月、お前までここにいるのか」


「……ええ。

 私が責任を持って……この場を見張るわ」


「……分かった。

 なら――今回は見逃す」


えーーーーーー!何か見逃してもらえた!!?

先生ちょろすぎない!?


「……ほんに甘い教師よの」


っちょ!せっかくいい感じでやり過ごせそうだったのに。

こいつは何を言ってるんだ!?


「……お前らに“あの時の修学旅行、最高だったな”って……

 未来で思ってほしいだけだよ」


は!?何そのセリフ!!?

かっこよ……って、声に出す前に飲み込んだ。


その後、場は最高潮を迎える。

カードが飛び、笑い声が転がって、誰かの悔しがる声が混ざる。


「まじ青春……」

「一生忘れない……今日……」


最高の思い出をありがとう。

御珠ちゃん。暴走してくれてありがとう。

天野ファミリー。素敵だなぁ……


―――


部屋に戻る。

布団にもぐる。

心臓がまだ速い。


同じ班の子が囁く。


「やばかったね」

「うん。やばかった」


声が笑ってる。

笑いながら、まだ体のどこかが落ち着けないまま残っている。


電気が消えてしばらく経った頃。

布団の擦れる小さな音がして、目だけが開く。


御珠ちゃん、また春原さんの布団に潜りこんでる。

ほんとやりたい放題。

でもこの二人、何か尊いんだよなぁ。


「ねぇ。御珠さん。

 ルールって何だろうね」


え、あなたがそれを聞くの!?


「私、きょう初めて自分を曲げてルールを破ったの。

 ルールを破ったのに皆が喜んでくれた。

 ルールって何なんだろ……」


そっか。委員長も委員長でいろいろ悩んでるんだね。

私は布団の中で、手を握る。

澄香への認識が少し変わった夜だった。


―――


学校。

いつもの教室。


班活動の話が出る。

誰かが言う。


「ここ、こうしたほうがよくない?」


私は反射で、澄香の顔を見る。

いつもなら「それはダメ」って返ってくるはずだ。


澄香は一度、口を閉じる。

視線だけでプリントを追って、それから言った。


「……やってみよっか」


私はペンを落としそうになる。

同じ班の子も目を丸くする。


変わった。澄香、変わった。


休み時間。

御珠ちゃんが天野くんの席に近づく。


前より距離がある。

騒がない。


「ここ、分からない」

「ここはね……」

「うん。ありがとう」


それだけ。

それだけなのに、周りが静かに見てる。


御珠ちゃんも……大人しくなった。

あの夜の人と、同じ人なのに。


―――


卒業式が終わると、石田先生が号泣していた。

大人でも、こんなふうに泣くんだって思う。


『……お前らに“あの時の修学旅行、最高だったな”って……

 未来で思ってほしいだけだよ』


あの言葉を思い出す。

あの時は、かっこよ……って笑いそうになったのに。


私も喉が熱くなる。

視界がにじむ。


「お前ら……っ

 中学行っても……ちゃんと……」


言葉が続かない。

言葉にならない声で、何かを伝えようとしている。


私は、ちゃんと泣く。

隣の子も泣く。

澄香も目元を押さえてる。


こうして私の小学校は終わった。

“最高だったな”は、ちゃんと未来に残った。


―――


体育館。

新品の上履きがキュッキュと鳴る。

制服の襟がまだ硬い。


卒業式の石田先生の顔が一瞬よぎって、私は首を振る。

今日は入学式だ。


式が終わって、クラスごとに並んで教室へ戻る。

廊下が妙に広い。

人の数だけ匂いが変わる。


天野くんが前のほうを歩いてる。

隣に春原さんがいる。

その後ろに、御珠ちゃんもいる。


……え。

御珠ちゃん、静かすぎない?

小学校の頃の、あの「妾は雪杜の伴侶じゃ!」みたいな勢いが、今日はない。


御珠ちゃんは、天野くんの横じゃなくて、少し後ろ。

距離がある。

でも目は、ちゃんと天野くんを見てる。


ホームルームが終わってさぁ帰ろっかと思ったら、春原さんが何か始めた。


「天野くん」

「……え?」

「付き合ってください!!」

「さ、さくら……?

 え、ちょ、ま――」


え!?え!?

何が起きてるの!?

天野くんて、御珠ちゃんと伴侶じゃなかった!?


御珠ちゃんが短く言う。


「別れた」


え!?別れた!?マジで!?


「……私じゃ、ダメかな……」


ぐは。破壊力すご。

これで落ちない男なんかいないっしょ。


「……はい……

 よろしく、お願いします……」


あー。なんか流れでそうなっちゃったー。

どうすんのこれ。


金田くんと森川さんが声を揃える。


「「やったー!!」」


え。

あの二人、春原さんに協力してる?


まばらな拍手が起きる。

天野くんは魂が半分、抜けたような顔をしてた。


御珠ちゃんが小さく視線を落とす。

唇の端が、ほんの少しだけ動いた。

笑ったのか、噛んだのか、分からない。


御珠ちゃん……あんなに好き好き言ってたのに……

別れたって、ほんと?どうしたの?


―――


入学式から二日経った。

案の定、三人の噂が立ち上がる。

人の輪が勝手にできて、勝手に広がっていく。


「昨日、三人で一緒に帰ってたらしいよ……」

「えっ?別れたって言ってなかった……?」

「ねー。あれ、結局どっちが本命なの?」


輪の端。

御珠ちゃんが、すっと立ち上がる。


あ、御珠ちゃん立ち上がった。

何かする気だ。


「私と春原さんは、とても深い信頼関係で結ばれています。

 その上で――

 天野くんと、三人でいることを選びました」


ええ!?

三人で!?

そんな選び方、ある!?


「三人で在ることを、今は選んでおる。

 それだけじゃ。

 以上です」


誰かが口を開けたまま固まってる。

私もたぶん同じ顔。


春原さんが、まっすぐ前を見て言った。


「今の御珠さんの話は本当です。

 私と御珠さんは親友です。

 雪杜のそばに、二人でいると決めました」


え!?春原さんまで!!?

何なのこの三人!?


「三人で一緒にいることを選んだんだね。

 応援するよ」


誰かがそう言った。

私は……私はどうしたいんだろう。


修学旅行の夜を思い出す。


男子部屋。

石田先生の声。

皆でトランプで盛り上がった夜。

一緒の布団で抱き合って眠っていた二人。


尊い……


私は、最高の思い出を作ってくれたこの三人の行く末を見守りたい。

そう、強く思った。


―――


御珠ちゃんの宣言のあと。

教室のざわつきが、そのままスマホに移った。


「ねえ、これ入って」


隣の子が、私の机にスマホを滑らせる。

画面には『篠見中 1年 雑談』。


「うわ、こういうのもう出来てんの」

「早いよね。てか既に燃えてる」


とりあえず入ってみた。

通知が一気に流れて、目が追いつかない。


《さっきの宣言やばくね?》

《結局どっちが本命?》

《てか“深い信頼関係”って何?w》

《天野、ハーレムじゃんw》


うわー。予想通り燃えてるなぁ。


《スクショある》

《これ見て》


画像が貼られる。

御珠ちゃんの宣言の切り抜き。

春原さんの追認の切り抜き。


本人たちは、ここ見てないだろうな。

見てたら……卒倒しそう。


私は「本人が見たら傷つくよ」って打ちかけて、やめる。

正論で殴ったら、燃料になる。


まず読む。まず形を知る。


―――


《結局さ、どっちとヤってんの?w》

《三人でいる=そういうことだろw》


うわ。

一気に下品に寄った。

こういうのは言い返すほど喜ぶタイプだな。


私は短く打つ。


《それ、断定できる材料ある?》


すぐ返事が来る。


《はい綺麗事w》

《本人乙w》


来た来た。

胸の奥が熱くなる前に、指だけ動かす。


私は怒らない。

長文で説明しない。

短く返す。


《スクショ残るよ。やめとこ》


燃やしたい人に言葉を渡しちゃだめ。

画面はまた勝手に流れる。


《つまんな》

《じゃあ何が正解?》


正解探しには乗らない。

正解を出すと、殴り合いのリングができる。


私は、もう一個だけ。


《本人たち困るやつはやめよ》


それで止める。

止めたまま、画面を見続ける。


温度、落ちろ。


―――


少しだけ、流れが変わる。

下品な投稿が流れても、拾わず流す人が増えてきた。


その隙間に、別の投稿が挟まる。


《三人で帰ってたのは見た。普通に仲良さそうだった》


こういうの。これが効く。


私は乗っかる。

盛らない。

見た範囲だけ。


《私も見た。揉めてる感じはなかったよ》


《いやでも普通じゃないじゃんw》

《さっき誰かつっかかっていってたw》


あちゃー。

ついに物理的に動くヤツが出てきちゃったか。


《そういえばあいつら同居してるとか言ってなかった?》

《それな!》

《別れたのに同居?妙だな……》

《名探偵きたw》


まずい。

新しい燃料が投下された。

あの三人、材料が多すぎる。


《※補足…

 あいつの家は“離れ”がある。

 居候してるのはそこ。

 同居って言い方は違う》


この言い方……前にも見たことある。

殴らない。言葉の強度だけ落とすやり方。


誰だろ。

でも、いる。

殴らずに、流れだけを変える人が。


《田舎の家あるある。

 本宅と別棟。玄関も風呂も別のとこ多い。

 あいつのとこ、そういう感じ》


《それならまあ》

《離れなら同居って言うの微妙か》

《てか、別れてるって言ってたよな》


すごい。

この人、一気に“同居”を“離れ”にもっていった。


そっか私だけじゃないんだ。

味方がいる。

そう思うだけで、私の心は軽くなった。


《中学校限定の関係らしいよ。

 あの子は卒業と同時に外国に帰るんだって》


新情報が飛び込んで来る。

真偽は分からない。

でも、下品に燃えるより、まだマシな形に寄せられる。


《何その関係、尊い》


私は“らしい”を付けたまま、同じ話を何度も繰り返すことにした。

中学校限定、外国に帰る、関係が尊い。

その並びが一人歩きし始める。


乗るしかない、このビッグウェーブに!


―――


翌週。

目論見通り、噂が拡散する。


「ね、見た?あのスクショ」

「見た。あれ……普通に切ない」

「中学いっぱいなんでしょ?え、尊い……」


よし。関係が尊い方向に流れている。

この流れを確定させてしまいたい。


私は思い切って行動に出ることにした。

仲間を集めて御珠さんの席に突撃する。

真相を確かめるためだ。


「御珠さん!」


うわ。めっちゃドキドキする。

てかこの子、静かだとこんなにかわいい。


「なに?」


う……頑張れ私。


「スクショのやつ……ほんと?」


「うん」


「え、帰っちゃうの?」


「卒業したら帰る予定」


「じゃあ……天野くんと別れたのって……」


「必要だったから」


「自分から引いたの?」


「そう」


やば。新情報が雪崩れてくる。

きょうの御珠さんは、なぜか協力的だ。

土日で何かあった?

でももう一押し。

もうひとつ材料が欲しい。


私は勇気を出して聞きづらいことを聞いた。


「……辛くなかった?」


御珠さんの顔が変わる。

踏み込み過ぎたか……


「辛いよ」


呼吸が止まる。


そりゃ辛いよね……

なんでこんな当たり前のこと聞いちゃったんだろ。


隣の子がさらに踏み込む。


「え、ちょ……春原さんのため?」


え?それも聞いちゃうの?

とっくに御珠さんのライフはゼロよ!


「咲良だけじゃないよ。

 雪杜にも幸せになって欲しい」


「……やば……」


もう泣きそう。

なんなのこの人。


思わず天野くんの方を向く。

あ、目そらしやがった。このへたれ。


「……噂で遊ぶなら、私で遊んで。

 咲良と雪杜は、そっとしておいて」


ひーごめんなさい。

私はあなたの味方です。

もう関わりません。


「なんかごめんなさい……」


私はこの新情報を早速回す。


《御珠さんは健気かわいい。

 別れたのは外国に帰るからで自分から身を引いた》


《私も聞いてた。めっちゃ健気》

《うんうん。健気かわいい》

《尊い》


分かってる。

これは御珠ちゃんを「健気でかわいい」に固定する言葉だ。

固定することでまた別の問題が起きるかもしれない。

でも今は、盾になる。


勇気を出して教室で突撃してよかった。

めっちゃ恥ずかしかったけど、味方が沢山できた。


このまま健気かわいいが定着すれば、あの三人も少しは居心地がよくなるかな。

ちょっとは恩返しできただろうか。


修学旅行の夜が頭から消えない。


御珠ちゃんが男子部屋に突っ込んだ夜。

先生が見逃した夜。

「未来で思ってほしいだけだよ」って言った夜。


私は心の中で言う。

あの夜を、良い思い出のまま残したい。

だから、今日も私は回す。

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