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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第13話 噂の盾と、言えない理由

月曜の教室へ、登校の足音が途切れ途切れに流れ込む。

椅子が床を擦って、筆箱のファスナーが鳴り、挨拶の小声と笑い声が重なっていった。


視線はまだ残っている。

ただ、先週までの嗤い方とは違う。

見物の目が、別の方向へ傾いて貼り付いていた。


雪杜は自分の席に鞄を掛け、ノートを開いたまま隣を見た。

咲良が、いつもの調子で教科書とプリントの場所を整えている。


雪杜が、喉だけで小さく挨拶を落とす。


「……おはよ」


咲良は雪杜を見て、普段どおりに返した。


「おはよう。GW楽しみだね」


その平常が、朝から胸の奥を突く。

雪杜はペンを持つ指が一瞬止まって、遅れて返事が出る。


「う……うん」


背後から聞こえる小声は、笑いを含んだ高まりへ寄っていた。

囁きが弾み、抑えきれない速さで転がっていく。


近くの女子が、肩を寄せて囁く。


「ね、見た?あのスクショ」

「見た。あれ……普通に切ない」

「中学いっぱいなんでしょ?え、尊い……」


男子の方からは、興味を外す声がぶつかった。


「は?何それ」

「知らん。女子が勝手に盛り上がってる」


雪杜はノートの上でペンを握り直す。

書き始められないのに、指先の力だけが残った。


(……笑われてるのとは、違う。けど、見られてるのは同じか)


咲良が、雪杜のノート端に指を置き、ずれないように押さえる。

目線は前のまま、声だけが近かった。


「落とさないでね」


雪杜は押さえられた端を見てから、小さく返した。


「……ありがと」


教室の前の方。

御珠は席で本を開いている。

顔は上げず、ページの文字を追いながら、耳だけで飛び交う声を拾っていた。


前列の女子が、ためらいながら声をあげる。


「御珠さんのあれって本当?」

「本人が言ったみたいよ?」

「帰っちゃうんだ……」


御珠はページをめくった。

手元だけが動き、表情は平らなままだ。


(……広まっとるの。駆め。仕事が早い)


チャイム前。

颯太が教室に入ってきて、いつもの勢いで声を出しかける。

けれど、端々に貼りつく視線を嗅ぎ取って、途中で音量を落とした。


「……よ。雪杜」


雪杜は顔を上げて、短く返す。


「……おはよ」


颯太は机の列の間を抜けながら、雪杜の表情を一度だけ確かめた。

声は小さいのに、妙に真面目だ。


「なんか今日、変じゃね?悪い意味の変じゃなくて」


雪杜は、視線をノートへ戻しきれないまま答える。


「……うん。よく分かんない」


そこへ、駆が静かに入ってくる。

鞄を置く音も小さく、席に着く動きが無駄なく淡々としていた。


「おはよう」


颯太が、いつもの調子を崩さないように返す。


「おっす」


駆は目線だけで雪杜を一瞬見た。

何も言わない。

視線だけが「分かってる」を置いて、すぐ机上へ戻った。


―――


昼休みになった。

給食を食べ終えた教室は、椅子の音がいったん引き、残った声だけが薄く漂っている。

御珠は机に本を開き、ページの端を揃えるように指を置いていた。


雪杜と咲良は、少し離れた位置で座っている。

視線だけで互いの状態を確認する距離。


そこへ、女子が勢いよく声をかける。


「御珠さん!」


御珠は顔を上げ、短く返す。

驚きは見せない。


「なに?」


女子が三人、御珠の机の周りに集まる。

悪意ではなく、昂りと探りが前に出ていた。


最初の女子が、単刀直入に聞く。


「スクショのやつ……ほんと?」


「すくしょ?」


「そう、これ」


女子がスマホを差し出す。

画面の文字を追った御珠は、言い訳も笑いも入れずに頷いた。


「うん」


別の女子が、息を吸って続ける。


「え、帰っちゃうの?」


御珠は視線を外さず、淡々と言う。


「卒業したら帰る予定」


別の女子が、言いにくそうに言葉を探してから踏み込む。


「じゃあ……天野くんと別れたのって……」


御珠の返事は短い。

理由の説明はしない。

ただ、事実だけを置く。


「必要だったから」


女子が、さらに確かめるように眉を上げる。


「自分から引いたの?」


御珠は同じ調子で肯定する。


「そう」


笑わない。

弁明もしない。

その平らさが、逆に“物語”の形を整えていく。


女子の声が落ちる。

さっきまでの勢いが、喉で止まった。


「……辛くなかった?」


教室のざわめきが一段遠のく。

その問いだけが、まっすぐ残る。


「辛いよ」


女子たちの呼吸が止まる。

そのまま、目の前で“物語”が形になっていく。


「え、ちょ……春原さんのため?」


御珠は、そこで初めて矢印を増やす。

咲良だけに寄せないように。


「咲良だけじゃないよ。

 雪杜にも幸せになって欲しい」


「……やば……」

「え、待って、何この3人。ドラマ見てるみたい」

「私、見守りたい」


女子の視線が、雪杜の方へ向く。

雪杜は反射で目線を逸らす。

見られるのを止められないのに、踏み込まれる前に視線を切った。


(御珠、認めちゃうんだ……)


咲良が雪杜の袖を軽く引く。

表情は崩さず、声だけを落とす。


「いまは、変に前に出ないほうがいい」


雪杜は、短く頷く。


「……うん」


御珠は雪杜を見ない。

見ないまま、女子にだけ向けて言葉を置く。

声が静かなぶん、教室のこの一角だけが硬く締まった。


「……噂で遊ぶなら、私で遊んで。

 咲良と雪杜は、そっとしておいて」


女子が慌てて首を振る。


「そんな、遊ぶなんて……」

「なんかごめんなさい……」


女子たちは、散っていくときの足取りまで慎重になっていた。

さっきまでの熱が、別の形に変わっていく。

自分たちが“見守る側”に回る、と決めた顔のまま。


―――


放課後のPC室。

起動音が控えめに鳴り、椅子を引く音が規則的に重なる。

窓からの光が机の角を白く切って、画面の黒が際立った。


駆が、いつもの無表情のまま雪杜の隣へ来て、画面を見せる。


「これ」


雪杜は画面に視線を落とし、眉がわずかに寄る。


「……学年のやつ?」


駆が短く肯定する。


「うん。オプチャ。今の流れ」


咲良も身を寄せて、スクロールの先を追う。


「また増えてる……」


雪杜は、書き込みの文面を追いながら、声が低くなる。


「……帰る話がここまで」


駆はキーボードに触れないまま、状況だけを整理する。


「女子の視線の向きが、見守るほうにだいぶ偏ってきてる。

 こうなると男子も絡みにくくなる」


咲良が、画面から目を離さずに言う。


「……御珠ちゃんが“健気かわいい”って枠になりつつあるね」


雪杜は唇を噛み、心配が先に出る。


「うーん。

 御珠大丈夫かな……」


(ボロを出さないといいんだけど……。

 あとで設定をしっかり作りこんでおこう)


背後の扉が開く。

入ってきた二人の気配で、部室の重さが一瞬だけ変わった。


雪杜が振り返り、思わず名前を呼ぶ。


「あ、御珠」


御珠は足を止め、室内を見回してから、控えめに言う。


「……みんな、いたのね」


その横にいる史が、雪杜をまっすぐ見る。


「あなたが雪杜……さん?」


一瞬なんと呼ぶか迷ってからさん付で呼ぶ。

雪杜は慌てて椅子から立ちあがり丁寧に頭を下げる。


「あ……えと。

 自己紹介が遅れました。

 天野 雪杜です。

 御珠がお世話になっています」


史が小さく呟く。

言葉の意味だけを噛んだような声だった。


「……お世話」


それ以上は言わず、史の視線は画面へ移る。


「オープンチャット、見てたんですね」


駆が淡々と返す。


「見てないと火が消えないので……」


史が頷く。


「火消し。なるほど」


駆が視線だけで返すように言う。


「2年生でも1年のオプチャ、見るんですか?」


史は即答する。


「学年は関係ありません。

 ずっと観測してました。

 投稿速度と、語尾の傾向と、誰が反応してるか」


咲良が、少し引いた声で聞く。


「……それ、分かるの?」


史は肩をすくめる。


「なんとなく。

 パターンがあるので」


駆は何か言いたげに口を開きかけるが、閉じる。

言わないまま、机の上に視線を落とした。


御珠は史の横に立って、画面を覗く。

距離は近いのに、雪杜の方は見ない。

視線の置き方だけで、線引きを守っている。


「……まだ燃えてる?」


史が、画面を見たまま答える。


「燃えてます。形が変わってるだけで」


咲良が聞き返す。


「形?」


史が言語化する。


「悪意が沈んで、“保護”が上に来てます。

 御珠さんが、“健気でかわいい”という枠に固定される方向です」


御珠が、自分を指さすように眉を上げる。


「私が?健気?かわいい?」


史は迷いなく頷く。


「そうです。マスコットになりつつあります。

 本人が望んでいるかは分かりませんが」


雪杜が思わず声を上げる。


「マスコット!?」


雪杜は「そう来たか」と、遅れて理解が刺さる。

咲良も同じ言葉を反芻するように呟く。


「マスコット……」


駆が、短く結論を置く。


「なるほど。うまい例えだ」


御珠が、聞き慣れない単語を口の中で転がす。


「ますこっと?」


首をかしげる仕草が、無自覚に“枠”を補強した。

その場の全員が「確かに」と納得してしまう。


駆が史の方を見る。

いつもの調子のまま、当然のように手伝いを申し出た。


「きょうもいつもの作業ですか?

 手伝いますよ?」


「本当ですか?」


史の返事は早い。

声が出た瞬間、自分でも驚いた顔になる。


「……助かります。

 やり方を教えてもらいましたが、慣れなくて……」


駆が、当然のように言う。


「自動化するスクリプトでも作りましょうか?」


史が、少しだけ遠慮を混ぜる。


「えっと……

 佐藤くんの負担にならないのなら……」


駆は首を振る。


「気にしなくていいですよ。

 部活動の一環なんで」


雪杜が、話題を“これから”へ逃がすように言う。


「……僕たちも部活始めよっか。

 御珠も何かする?」


御珠が、言葉を探して視線を泳がせる。


「え……えっと私は……」


駆が確認するように言う。


「ここなら、変に避ける必要はないと思うぞ。

 ……でも、雪杜に絡みすぎないようにな」


口調は落ち着いていて、場を整えるための一言だった。


咲良が、軽い調子で補強する。

彼女として、親友として、両方の立ち位置で。


「そうだよ?

 親友の私もいるし一緒に遊ぼ?」


咲良は部活を遊びだと思っているようだ。

漫画を描いているだけなので、あながち間違いでもなさそうだった。


御珠の顔がぱっと明るくなる。


「うん!うん!一緒に遊ぶ!!」


学校で抑えていた分だけ、喜びが分かりやすかった。


御珠は咲良の隣へ、パタパタと駆け寄る。

机の間を抜けただけなのに、この部屋だけ花が咲いたように華やいだ。


駆が画面に視線を戻し、ぼそりと言う。


「……また燃え方が変わりそうだな」


雪杜は、頷いてから返す。

怖さよりも、必要な変化だと受け止める声だった。


「……うん。でも悪いことじゃないと思う」


“マスコット御珠”が誕生した瞬間だった。

本人は何も知らない。


―――


夕方、雪杜の家のリビング。

低い卓にノートとペンが置かれ、三人が自然にその周りへ集まった。

雪杜はノートを開き、ペン先で紙を軽く叩いてから、少しだけ胸を張って宣言する。


「外国に帰る設定だけど、このままだとボロが出そうだからQ&Aを作っておこうと思う。

 ……AIに聞いたら、やたら手際よく返してきた。……AI、すげぇ」


御珠が、単語をそのまま音にして首をかしげる。


「きゅうええ?」


咲良が笑いを噛んで、手をひらひらさせる。


「Q&A。よくある質問コーナーだよ」


御珠はまだ納得しきれていない顔で、もう一度確認する。


「きゅうええ……」


雪杜は返事の代わりに、ノートへ大きく書いた。


Q&A


咲良が指を立てる。

小気味よく、司会者のように。


「まず“どこ?”って絶対聞かれると思うの」


雪杜は頷いて、ペンを走らせる。


「うん。莉子の時はうまく誤魔化せたけど、きちんと考えておこう」


雪杜が一行空けて、質問を書き始める。


「Q:外国ってどこ?」


御珠が小さく復唱する。

言葉にすると、余計に困った顔になる。


「……どこ」


咲良がすぐに突っ込む。

御珠の頬を指で示すように。


「御珠ちゃん、そこ本気で困ってる顔をしない。

 演技演技」


雪杜が真顔で“答え”を書く。


「A:太平洋にある島国。小さいから地図に載ってない」


咲良がペン先を追って、目を丸くする。


「地図に載ってない国なんてあるの?」


雪杜は即答する。


「ある……ことにする」


その言い切りに、咲良の肩が小さく跳ねる。

御珠は「そういう世界」として受け止めた顔で頷いた。


雪杜はノートの端に、別枠を作る。

“演技指導用”のメモ欄だ。


「御珠の演技指導用に回答テンプレも考えた」


雪杜は読み上げる。

口調は普段のまま、だけど“台詞”に寄せていく。


「『太平洋にある島国だよ』」


続けて。


「『小さい国だから、言っても分からないと思う』」


雪杜はペンを止めずに言う。


「これで大体の人は質問してこなくなると思う。

 それでもしつこく聞いてくる人がいると思うから、こう答える」


また読み上げる。


「『国名はあまり言いたくないの。家の都合だから』」


咲良が腕を組んで、口角を上げる。


「ますます興味もたれない?」


雪杜はすぐ次を足す。


「なので、さらにこう続ける。

 『名前を言うと戻る理由まで説明しないといけないから。今は言えないの』」


御珠が、テンプレの言い回しを味見するように呟く。


「……ふむ。逃げ方としてうまいの」


雪杜は軽くうなずくと、次の項目へ移る。


「Q:何で帰るの?」


雪杜がペンを止め、咲良のほうを見て言う。

さっきまでの“ノリ”を保ちながらも、芯だけ立てる言い方。


「ここからが本題」


咲良が、さっきの言葉を引っ掛ける。


「さっき戻る理由は説明しないって言ってなかった?」


雪杜は頷いてから、ちゃんと“作戦”として説明する。


「それでも設定は用意しておいたほうがいいと思う。

 詮索されそうになったら、こちらから噂を流すと信憑性が増す」


雪杜が答えを書きながら言う。


「A:祭の祭事を務める役目」


雪杜は御珠をちらっと見て、自然に繋げる。


「これは、小学校でいつも巫女服を着ていたから、御珠の設定にもピッタリだと思う」


御珠が胸を張る。

堂々と、でも真顔で。


「うむ。妾は巫女服が正装じゃ」


雪杜は頷き、次の欄へ。


「テンプレも用意しておいた」


読み上げる。


「『島の名家の生まれで“姫”の役目があるの』」


御珠が単語に反応して、目を瞬かせる。


「姫!」


咲良が身を乗り出す。

声が弾んだ。


「“姫”ってワード、女の子が好きそう」


雪杜はそのまま続ける。


「『15歳になると“姫”を務めないとならないの』」


御珠が数字を復唱する。

妙に重く響く。


「十五……」


雪杜が逃げ道も同時に用意する。


「『“姫”は形式上そう呼ばれてるだけだよ』」


御珠が言葉を繰り返す。

覚えるモード。


「形式……」


雪杜が最後の盾を置く。


「『家のしきたりなの』」


雪杜はペン先でその行を二回なぞってから言った。


「これ以上なにか聞かれても『しきたりだから』で逃げれる」


御珠が納得して頷く。


「うむ。便利な言葉じゃの」


咲良が肩をすくめて言う。


「何かアニメの設定みたいだね……」


雪杜はペン先を止めずに返す。


「つまり、ありそうってことだよ」


雪杜は息を吸って、次の問いを書く。

紙の上で、ペンの走りが少し速い。


「Q:何で天野家に居候?」


咲良が顔をしかめる。

でも否定しきれない。


「そこ聞く?

 聞くか……一番気になるよね……」


雪杜は即答する。

それが一番リアルだと分かっている。


「聞く。絶対聞く」


御珠が、当然の顔で訂正する。

その当然が、いまは危険。


「居候ではない。

 伴侶として、同居しておる」


咲良が両手を合わせて、制止する。


「そこは今は飲み込んで」


雪杜が答えを書き始める。

“いまの世界”に合わせた言葉を選ぶ。


「A:島の家の都合で日本で“研修”。住まいは家から紹介された」


御珠が短く復唱する。


「研修」


咲良が笑う。


「社会人みたい」


雪杜はテンプレ欄へ移る。

読み上げながら、御珠の耳に入れる。


「『親同士のつながりで、天野家に“預けられてる”だけだよ』」


御珠が真面目に繰り返す。


「預けられてる」


雪杜が続ける。


「『寮は合わないから、家の許可でホームステイにしたの』」


御珠が発音を確認するように言う。


「ほーむすてい」


咲良が説明を挟む。

御珠にだけ向けた、優しい速度。


「留学生が、現地のおうちにお世話になることだよ」


雪杜はノートの端を押さえ、ひと息ついた。


「これで大体の質問は撃退できると思う」


御珠が少し眉を寄せる。

覚える量を想像した顔だ。


「む……覚えるの大変そうじゃな……」


雪杜は最後に大きく“最終手段”と書いた。

逃げの一言を、太く。


「最後に困ったらだいたいこれで逃げれる。

 『ごめん、今は言えないの』」


咲良が御珠のほうを見て、指を一本立てる。


「御珠ちゃん、これだけでも最初に覚えておこ?」


御珠が力強く頷く。


「うむ。これが最強じゃな」


咲良も同意する。


「最強だね」


雪杜は、そこでペンを止めた。

紙から視線を上げられないまま、声だけが少し落ちる。


「……でもさ」


咲良が首を傾ける。

さっきまでのノリを残したまま。


「ん?」


雪杜が言う。

短く、でも重い。


「本当の理由、言えないの、僕まだ慣れないな……」


御珠の返事が少し遅れる。

目線が机の端へ落ちる。

指先が、ノートの角をなぞった。


「そなたは優しすぎるからの。

 慣れなくてよい。

 ……慣れたら、そなたはそなたでなくなってしまう。

 これは妾の役目じゃ」


雪杜は顔を上げて、御珠を見る。

さっきのテンプレよりも、小さな声が出た。


「……ごめんね。

 御珠にばっかり負担かけて……」


御珠は首を振る。


「よい。

 妾が選んだ道じゃ。

 わがままを通すには責任が伴うと前にも申したではないか」


迷いのない声が、雪杜の胸の奥を押さえつけた。


咲良が、すぐ隣から乗る。

冗談ではなく、きちんと“役割”として。


「そうだよ。私も眷属として支えるからね」


雪杜が少し笑って、肩の力を落とす。


「なんか久しぶりに聞いたなその言葉」


御珠が、ちょっとだけ気まずそうに目を逸らす。


「うむ。妾も忘れておったわ」


咲良が即座に反応する。

怒ったふりの勢いで、場の輪郭を戻す。


「もう!ひどくない!?」


リビングに笑いが落ちる。

軽い音が床に転がって、さっきの重さを包んだ。


この後、咲良による御珠の演技指導が始まるのであった。

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