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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第7話 AIすげぇと、静かな居場所

朝の教室。


机を引く音、鞄の金具が鳴る音が、断続的に重なっている。

昨日までのざわつきは影を潜め、代わりに、どこか様子見の視線が薄く漂っていた。


雪杜は席に着くと、ノートを開いたまま手を止めた。

閉じもせず書きもせず、ページの端だけを指先で折りかけて戻す。


「……決めた」


唇がほとんど動かない声が落ちて、喉の奥が乾いた。


隣の席がすぐ動く。

咲良はペンを持ったまま、机越しにこちらへ顔を向ける。


「部活?」


「うん。PC部にする」


雪杜はノートの端をなぞりながら、言葉を継いだ。


「文芸部門があるらしくて、小説書いてみたい」


「へぇ。意外」


咲良が首を傾げる。

肩と髪だけが揺れて、動きが小さく収まる。


「そうかな」


雪杜は目を逸らした。

窓へ行きかけた視線を引き戻し、机の木目へ落とす。


「でも……雪杜っぽい」


小さく笑われて、雪杜の肩がわずかに固くなる。

目は戻せないまま、指先だけがページの角をいじり続けた。


「運動部は、なんか違ったし……」


言い訳の形で続ける。

昨日のグラウンドの掛け声が、耳の奥に引っかかって戻る。


「昨日見てて、熱量がすごすぎて」


雪杜は短く息を吸った。

言葉を探して、視線がノートの余白を滑る。


「それに……御珠なら、変な話知ってそうだし……

 それを書きだしてみたら、面白いかなって」


照れを隠すように、声が早くなる。

耳の裏が熱いのが分かって、そのまま勢いで続けた。


「僕自身も、異世界物のラノベとか書いてみたいし」


咲良は否定も茶化しもせず、小さく頷いた。


「いいと思う」


それから視線を落とす。

ペン先が机の上で止まり、動かない。


「雪杜がそうするなら、私もPC部にしようかな」


雪杜は思わず顔を上げる。

視線がぶつかりそうになって、ぎりぎりで止めた。


「え?」


「漫画、描いてみたいなって」


何でもないことのように言ったのに、咲良の目が一瞬だけ横へ逃げる。

ペン先が机を軽く叩き、乾いた音が跳ねた。


「最近は、パソコンで漫画描くんだって」


咲良は声を少し落として付け足す。

周りの話し声に紛れる手前で、届く音量だった。


「雪杜の書いたラノベを、私が漫画にしてみたり……」


言葉の終わりが、後ろの席の笑い声に押されて細くなる。

咲良はペンを握り直し、顔を作り直した。


「……大変そうだけど」


雪杜がそう返すと、咲良は迷いなく言った。


「やってみたいの」


その声は、机の上で真っ直ぐ止まった。



少し離れた席で、御珠は机に肘をつき、頬に指を当てている。

表情は穏やかなまま、視線だけが雪杜に向いていた。


(……昨夜の話)


布団の中で聞いた言葉が、短く頭に戻る。


『すごい変な人に会った』

『女の人でさ』

『淡々としてて……』


御珠の眉が、ほんの少しだけ動く。


(変な娘、か)


教室を軽く見渡す。

探すというより、位置を確かめる視線だった。


(……まあ)


内心で、小さく肩をすくめる。


(懸想しておらねば、それでよいの)


もう一度、雪杜を見る。

ノートの端を触る指先の癖まで、目に入る。


(しておるなら……)


思考が、そこで止まる。

指先が頬から離れないまま、表情も崩さない。


(その時、考えるかの)



「放課後、部活行く?」


咲良の声で、雪杜の視線がようやく戻る。


「うん。行こう」


雪杜の返事を聞きながら、御珠は別の予定を心に決める。

頬から指を離し、机の上で指先を揃えた。


(妾は……別の用事じゃな。

 どんな娘か、顔を見てくる)


チャイムが鳴り、教師が教室に入ってくる。

会話はその音に押されて、切れた。


御珠は前を向いたまま、心の中で付け足す。


(……雪杜は無自覚じゃが、呪いがなくとも、人を引き寄せるでの)


―――


放課後のPC室。


電源が入る起動音と、椅子を引く音が、控えめに響いている。

窓際の光が机の角で細く切れ、席の背もたれが揃っていない。


まだ人数は少ない。

目線が入口に集まっては散り、各自が荷物の位置を決めている。


雪杜は入口で一度立ち止まり、室内を見回す。

空いている席の方が多く、足音が床に響いて返った。


「……思ったより静かだね」


隣で鞄を下ろしながら、咲良が小さく頷く。


「文化部だしね」


その会話の直後、扉が開いた。

入ってきた駆は、いつも通りの無表情のまま、軽く手を挙げる。


「二人もPC部にしたの?」


「あ、駆。

 うん。小説書いてみたくて」


雪杜が言い終える前に、駆はもう席を探している。


「そっか。

 俺はプログラミング部門」


そう言いながら、迷いなく席に着く。

椅子を引く音と同時に、PCの電源を入れている。


「なにするの?」


雪杜が覗き込むと、駆はすでに画面をこちらに向けていた。


「とりあえず、これ」


短く言って、画面を示す。


「AI」


雪杜と咲良が、同時に身を寄せる。

肩が触れそうな距離で、画面の文字を追う。


「……もう動いてる」


「コード、ほぼ書いてないけど」


咲良が眉を上げる。


「え?」


駆は淡々とキーボードを叩く。

打鍵の音が、室内の音を押し分けて前に出た。


「やりたいことを指示するだけ」


次の瞬間、画面に文字列が流れ始める。

コードが、自動で組み上がっていく。


「うわ……」


「すげ……」


「AIが書いてる」


駆の口元が、ほんの少しだけ緩む。


「デバッグもしてくれる」


「人、いらなくない?」


雪杜が思わず言うと、即座に返ってくる。


「いる。

 指示出す人」


真顔だった。


雪杜と咲良は顔を見合わせる。

それだけで、二人の視線が同じところに落ちる。


「僕たちも」


「私たちも」


そう言って、それぞれ自分の席に向かう。

PCを起動し、キーボードに手を置く。


部室に、キーを叩く音が増えていく。

画面の光が、三人の頬に青く乗った。


―――


小一時間ほど経った頃。


雪杜が、自分の画面から目を離さずに言う。

指は止めず、声だけが先に出る。


「小説、書かせてみた」


咲良が、すぐに椅子ごと寄ってくる。

キャスターが小さく鳴って、距離が詰まる。


「え、もう?」


「設定だけ投げた」


「どんな話?」


「異世界。剣と魔法」


画面に表示された文章を、二人で読む。

スクロールする指が、途中で一度止まった。


「……ちゃんとそれっぽい」


少し遅れて、駆も視線を向ける。

椅子を半回転させただけで、表情はほとんど変わらない。


「起承転結あるな。

 名前もそれっぽい。

 文体、安定してる」


褒め言葉が並ぶのに、雪杜の口元が動かない。

視線は画面に貼りついたまま、指先だけがマウスをいじっている。


「……僕、なにしてるんだろ」


考えが形になる前に、駆が返す。


「指示出してる。

 それ大事」


雪杜は、もう一度画面を見る。

文章の続きをスクロールして、また止めた。


少しして、今度は咲良が声を上げた。

ペンを置く音が、小さく響く。


「じゃあさ」


自分のPCを二人に向ける。


「これ」


画面を覗き込む。

雪杜が椅子を寄せ、駆も視線だけを移す。


「漫画、描かせてみた」


「え?」


「コマ割りと構図、指定しただけ」


表示されているのは、ラフ調の漫画。

コマも、背景も、人物の表情も成立している。


「……すご」


「背景もある。

 表情、ちゃんとついてる」


咲良は画面を見つめたまま、ぽつりと言う。

指先がタッチパッドの上で、少し迷った。


「私、線一本も引いてないんだけど……」


三人とも、自分の画面に視線を落としたまま動かない。

起動音も打鍵も止み、椅子のキャスター音すら聞こえなくなる。


「……AI、すげぇ」


ほぼ同時だった。


「これじゃAI部だね」


雪杜が言うと、駆が即座に返す。


「一応PC部」


「……だよね」


小さな笑いが、机の上を転がっていく。

さっきまで硬かった肩が、少しだけ下りた。


画面に映る文字と絵を見つめながら、雪杜は思う。

指先がキーボードの上で、打つでも戻すでもなく止まった。


(創るって……

 思ってたのと、違うけど)


マウスを一度だけ動かして、また止める。


(でも、ちょっと楽しい)


―――


放課後の廊下は、人影がまばらだった。

遠くで誰かの声が反響しているが、この辺りまでは届かない。

湿りのない廊下に、足音だけが先に伸びる。


扉が、ほんの少しだけ開く。


「……こんにちは。

 入っていいかしら」


扉の向こうで、紙を擦る音が止まる。


「どうぞ」


御珠は静かに中へ入る。

扉が閉まり、ラッチの小さな金属音が鳴った。


机が一つ。

その上に、いくつかのノート。

壁には紙が貼られ、文字や線が無秩序に並んでいる。


机に向かって、少女が座っていた。

視線は手元に落ちたまま、ペンが一定の速度で動いている。


「ここは部室?」


問いかけに、ペンは止まらない。


「いいえ。

 勝手に使ってます」


「怒られないの?」


「今のところは」


「ふーん」


御珠は室内を、ゆっくりと見回す。

壁の紙に近づきすぎない距離で、目だけを動かした。


「静かね」


「そうですね」


返事は短い。

ペンはまだ動いている。


御珠は空いている椅子に腰を下ろす。

脚が床を鳴らし、その音が思ったより大きく返ってきた。


「私、御珠」


ペンの動きが、わずかに止まる。


「……宮下です」


それ以上、言葉は続かない。

史は視線を上げず、また手元へ戻る。


御珠の視線が、自然とノートに向く。


「書き物?」


「メモです」


「日記?」


「違います」


「備忘録?」


「それに近いです」


御珠は少し考えてから、ぽつりと置く。


「大変?」


「慣れれば、そうでもないです」


顔は上がらない。

淡々と、事実だけが返ってくる。


御珠は椅子の背に預けず、軽く背筋を伸ばす。

机の上のノートの角で、光が小さく反射していた。


「昨日、雪杜が話してた」


ペンの先が、一瞬止まる。


「……雪杜?」


「変な人に会ったって。

 淡々としてたって」


御珠はどこか楽しそうに言って、首を少し傾ける。


史が、小さく頷く気配だけを見せる。


「よく言われます」


御珠はその横顔を、ちらりと見る。

目線は手元から外れないままだった。


(……雪杜のほうは向いておらぬな)


内心だけで結論を出し、顔には出さない。


再び、静けさが戻る。

壁に貼られた紙に、御珠の視線が滑る。


「ここ、落ち着くね」


「そうですか」


「人が少ない」


「はい」


「騒がしくない」


「はい」


短い肯定が、一定の間隔で返る。

ペン先が紙を擦る音と、その返事が交互に並ぶ。


御珠は椅子から立ち上がる。

椅子の脚が床を擦り、音が一つだけ残る。


「今日は、あなたの顔を見に来ただけなの」


「そうですか」


御珠は扉へ向かい、手をかける。

取っ手の上で指先が止まり、金属が冷たく光った。


振り返る。


「……また、来てもいい?」


史のペンが止まり、ノートの上に先端が置かれる。

紙が沈み、わずかに鳴る。


「好きにどうぞ」


御珠は満足そうに頷く。


「うん。好きにするね」


扉を開ける。


「じゃあ、また」


「はい」


扉が閉まる。

廊下の反響が戻っても、机の上の紙は動かない。


一人になった部室。

史はペンを持ち直し、ノートに一言だけ書く。


「変な人」


その文字を一度見つめてから、線を引く。


「……害はなさそう」


ペンが止まり、紙の白さだけが残った。


―――


PC室には、キーボードの音がまばらに響いていた。

誰かが打ち、誰かが止まり、また別の誰かが打つ。

音は途切れながら続き、笑い声は上がらない。


雪杜は自分の画面を見つめたまま、息を吐く。


「……やっぱ、すげぇな」


さっきから壊れたレコードのようにすげぇを繰り返す。


その時、後ろの方の扉が開いた。


静かに入ってきたのは、ノートを抱えた少女だった。

足を止め、室内を一度だけ見回す。

扉は閉めきらず、少しだけ開いたままになっている。


咲良が、ふと顔を上げる。

視線がその相手に固定され、動かない。


「あ、昨日の」


その声に、少女がわずかに立ち止まる。


「……どうも」


軽く会釈する。

ノートを抱える腕が、少しだけ上がる。


雪杜も気づいて、椅子ごと振り返る。

キャスターが床を擦り、音が小さく残った。


「あ、空き部室の」


「はい」


短く頷く。


「あなたたちも、PC部に入ったのですね」


「はい」

「はい」


二人の返事が重なる。

咲良の視線が雪杜に一瞬触れて、また戻る。


駆が、少しだけ前に出る。

椅子から立ち上がらず、上体だけを起こした。


「先輩ですね。

 初めまして。昨日からPC部に入った佐藤です」


名乗りながら、軽く頭を下げる。

声の抑揚は少ないのに、動きだけが丁寧だ。


「宮下です」


少女はノートを少し持ち上げる。


「記録を、電子データに書き起こしに来ました」


「……記録?」


雪杜が聞き返す。

眉がわずかに上がって、そのまま止まる。


「ノートだと、管理が大変なので」


駆が、そのノートに視線を落とす。

ページの厚みを測るみたいに、目が一度だけ端を追った。


「量、多いですね」


「はい」


「全部、手書きですか?」


「ええ」


史は少しだけ考え、ノートの角を指先で押さえる。


「……スキャンですか?」


「いえ。打ち直します」


「……全部?」


「全部です」


一瞬、手が止まる。

三人の視線がノートに集まってから、互いに戻る。


「……え、大変そう」


雪杜が、思わず本音を漏らす。

言ったあとで、少しだけ口を閉じる。


「……それは、大変そうですね」


駆は、ほんの少し首を傾げる。

視線がノートから画面へ移り、そのまま戻った。


「AI、使えば?」


史の顔が上がる。

視線が、駆の画面とノートを行き来する。


「えー、あい?」


「文字起こしと整理に。

 ちょっと貸ります」


駆は手を差し出す。

史がノートを渡すと、受け取る手元が迷いなく動いた。


「こうしてスキャン。

 取り込んだ画像をAIに食わせる。

 テキストデータに起こしてくれる」


駆は画面を操作しながら言う。

クリック音が二回、短く鳴った。


「すご!」


咲良の声が弾む。

覗き込む距離が、さっきより近い。


「私のいままでの苦労は……」


史の声が少しだけ低くなる。

ノートが手元から離れているのを、今さら見下ろした。


駆が肩をすくめる。


「まぁ、キーボードが早く打てるようになったってことで……」


史は、画面に表示された文字列を一度追う。

スクロールの速度が、目の動きに合わせて一定だ。


「……でも、これでさらに記録できる時間が増える」


雪杜が画面を少しだけ史の方に向ける。

指先で端を押さえ、見えやすい角度にする。


「小説、書かせてみてるんです」


咲良も続けて、自分の画面を示す。


「漫画も」


駆も短く添える。


「プログラムも」


史は、三つの画面を一瞬ずつ見る。

順番に視線を移して、最後に小さく頷いた。


「……便利ですね」


「すげぇよね」

「すげぇ」

「すごい」


また、三人同時だった。

駆の口元だけが、ほんの少しだけ緩む。


史は、取り込まれたテキストを整理し始める。

キーボードを叩く音が、さっきより一定になった。


「では、私は私の作業を」


「どうぞ」

「どうぞ」

「どうぞ」


声が、ぴたりと揃う。


机の上の光が揺れ、椅子の背もたれが小さく鳴った。

キーボードの音が、少しだけ増えた。


画面を見つめながら、史は内心でまとめる。

指先は止めず、視線だけが一度だけ三人に戻る。


(……変な部活)


そう思いながら、口元が、ほんのわずかに緩んだ。

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