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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第6話 それぞれの放課後

早朝の爆弾発言から、まだ半日も経っていない。

けれど教室の空気は、思っていたよりも早く、落ち着きを取り戻していた。


完全に元通り、というわけではない。

ただ、刺すような視線や、露骨な好奇心は、ひとまず鳴りを潜めていた。


小学校から一緒だった顔ぶれが、いつも通りの調子で話している。


「あいつら、昔からあんな感じだよな」


その一言に、周囲がわずかに頷く。


「雪杜、いいやつだし」


続いた声は、少し大きめだった。

それをきっかけに、同じような言葉が、あちこちで拾われていく。


誰かが壇上に立って説明したわけじゃない。

けれど「まあ、そういうものか」という納得が、静かに共有されていった。


元篠見南小組が作った下地の上で、それを言葉にして前へ出た者がいた。


小学校時代の破茶滅茶な記憶と、雪杜自身の人当たりの良さ。

その二つが、奇妙な緩衝材になっていた。


おかげで、教室の空気は、思ったより早く落ち着きを取り戻していた。


もちろん、視線がすべて消えたわけではない。

けれど今のそれは、噛みつくためのものではなく、少し距離を取って眺めるためのものだった。


―――


放課後、担任の声が教室をまとめる。


「きょうから部活動の見学が解禁されています。

 興味のある人は見学に行ってください。

 それでは、きょうはこれで終わります」


終礼が終わると、教室は一気に日常の音を取り戻す。


「部活どうするー?」

「めんどくせー」


そんな他愛ない声が、あちこちで弾んだ。


その流れの中で、自然に声がかかる。


「雪杜は、部活動どうするの?」


少し考えるように、視線を宙に泳がせてから、曖昧に答える。


「うーん。どうしようかなぁ。

 やってみたいような、めんどくさいような。

 とりあえず、見学は行こうかな」


その言葉を聞いて、ほんの一瞬、ためらう気配。

それから、小さく踏み出す。


「い……一緒に行こうよ」


言った直後、自分でも驚いたのか、視線がわずかに揺れる。

少し間を置いて、理由を付け足すように。


「……彼女だし」


空気が、ほんの少し跳ねる。


「えっ。う、うん」


戸惑いながらも、否定はされない。

それだけで、胸の奥が、わずかに軽くなる。


その少し離れた位置で、静かに様子を見ていた存在があった。


(妾も、付いて行きたいのじゃ。

 でも、我慢するのじゃ。

 思ったより、寂しいのじゃ。

 家で、雪杜にいっぱい甘えるのじゃ)


御珠は胸の内の沢山の「のじゃ」でそう整理してから、ひとり、教室を出る。


廊下に出たところで、声がかかる。


「おーう。一人かー」


続けて、もう一つ。


「一緒に帰る?」


呼び止められて、足を止める。

振り返って、二人の顔を見てから、軽く頷く。


「……二人とも」


声をかけられた方は、どこか興奮気味だった。


「今朝は凄かったな!

 俺、感激しちまったよ」


「うん。私も。

 咲良ちゃんの告白に、ちょっと手を貸したけど……本当によかったのかなって悩んでたの。

 でもね、三人の関係は全面的に応援するから」


その言葉を、真正面から受け止める。


「ありがとう。

 あと三年だけど、よろしくね」


「おう!」


「うん……」


短い返事の中に、ほんのわずかな引っかかり。

「あと三年」という言葉が、まだ先のはずの別れを、ふと意識させた。


歩きながら、問いかける。


「部活動の見学は、いいの?」


「俺らはもう決まってるし!」


「私たち、バスケやることにしたの。

 颯太くん、バスケ好きだし。

 マネージャーにしようかなとも思ったけど、女子バスケで頑張ってみることにしたの」


「そうなのね」


少し首を傾げる。


「でも、決まってるなら、部活行かなくていいの?」


「なんか、明日からでいいってさ。

 他も見学してこいって。

 めんどくせーし、いっかなーって」


「うん。だから、今帰るとこだったの。

 一緒に帰る?」


一瞬だけ、間を置いてから、柔らかく笑う。


「ふふ。私がお邪魔しても、いいのかな?」


二人の表情が、同時に跳ねる。


「もう。バレバレだよ。

 お幸せに」


「なんか照れるな。

 今度、改めてお礼させてくれよ。

 雪杜にも報告したいしさ」


「うん。

 私も咲良にお礼言いたい。

 まあ、付き合ったその日に伝えてるんだけどね」


軽いやり取りのあと、それぞれ手を振る。


「じゃなー」


「ばいばい」


「ばいばい」


二人の背中が遠ざかっていくのを見送りながら、ひとり、歩き出す。


「妾も、帰るかの……」


誰に聞かせるでもない呟き。


「……一人の帰り道は、やはり少し長いのじゃ」


夕方の空は、まだ明るい。

けれど、その距離だけは、確かに伸びていた。


―――


グラウンドの運動部から見ようと外へ向かう途中、スマホが短く震えた。


画面を覗くと、簡素な通知。


「先に帰る」


それだけだった。


理由も、感情も、説明はない。


「……」


返事を打とうとして、指が止まる。

今は、何を書いても違う気がした。


少し迷ってから、「わかった」とだけ返してスマホをしまうと、すぐ隣で咲良が振り返る。


「どうかした?」


「……いや。

 御珠から、先に帰るって」


「そっか」


それ以上、何も言われない。

だからこそ、この時間は“許されたもの”だと分かる。


雪杜は、軽く息を吐いて、歩き出した。


放課後の校舎は、昼間とは少し違う顔をしていた。

廊下のあちこちから、声や音が溢れてくる。

掛け声、ボールの弾む音、楽器のチューニング。

「学校が生き物みたいだな」と、ふと思う。


二人で、順番に部活を覗いて回った。


グラウンドでは、白いボールが勢いよく飛び交い、隣では、息を切らしながら走り続ける集団がいる。

体育館では、床を叩く音と、短い指示の声が跳ね返っていた。


行く先々で、視線が集まる。


「彼女同伴か?」

「いいなー、カップル」


そんな声が、冗談めかして飛んでくる。

悪意はない。

むしろ、軽い冷やかしと、少しの羨望が混じったものだった。


「……男女で回ってる人、あんまりいないみたいだね」


少し気まずそうに、そんなことを口にする。


「入学したばっかりだし、今後増えるよ、きっと」


あっさりと言われて、少しだけ救われる。

この距離が、特別すぎるものではないのだと、言われた気がした。


運動部を一通り見終えたところで、自然と足が止まる。


「運動部は、熱量がすごいね。

 道具を揃えるのも大変そうだし……

 おじいちゃんにも迷惑かかっちゃいそうだし、僕には無理かも」


正直な感想だった。

憧れがないわけじゃない。

けれど、現実を思い浮かべると、どうしても腰が引ける。


「そうだね。

 文化部のほうも、見てみようよ」


その提案に、ほっとする。

無理に背伸びしなくていい、と許された気がした。


廊下の奥、少し静かな場所に、見覚えのある姿があった。


「……あれ?」


声をかけるより先に、向こうが気づく。


「おう。

 俺、PC部に入ることにした」


「駆にピッタリだね。

 いいと思うよ」


即答だった。

納得しかない選択だ。


「パソコンかぁ。

 私も、使ってみたいな」


興味深そうに、室内を覗き込む。


「今朝の宣言、立派だった。

 俺も、微力ながら応援するよ」


淡々とした言い方なのに、内容はまっすぐだった。


「……もう。

 からかわないで」


そう言いながらも、表情は完全には隠しきれていない。

照れと嬉しさが、同時に浮かんでいる。


三人で、短く笑い合う。

それだけで、場の空気が少し和らいだ。


その後も、いくつか部室を覗いた。


紙の匂いがする場所。

ペン先の音だけが響く部屋。


どれも正式な部ではないらしく、

どこか、学校の隙間に挟まったような空気をしている。


「いろいろあるんだね」


「うん。

 まだ、決めなくてもいいし」


歩きながら、並ぶ影が、少しだけ近づいている。

恋人らしい距離、と言うほどではない。

けれど、偶然とも言い切れない近さ。


校舎の外では、夕方の光が、ゆっくりと傾き始めていた。


―――


校舎の奥へ進むにつれて、足音が減っていく。

人の気配が薄れ、さっきまで聞こえていた掛け声や笑い声も、いつの間にか遠くなっていた。


立ち止まって、扉を見上げる。


「……ここ、何部だろ」


小さく呟きながら、周囲を見回す。


「部室っぽくはあるけど」


表札はない。

鍵もかかっていない。

二人で顔を見合わせてから、軽くノックをして、扉を開ける。


中は、思ったよりも静かだった。


机の上には、開いたままのノート。

壁には、線や円、数字のようなものが雑多に描かれている。

意味が分かるものは、ひとつもない。


椅子に腰掛けた少女が一人、こちらを見ていた。


雪杜は、一歩だけ前に出る。


「……あの、ここ何部ですか」


少女は姿勢を変えず、即座に答える。


「部じゃない」


思わず、咲良が聞き返す。


「え?」


「勝手に使ってるだけ」


あまりにも淡々としていて、言葉に詰まる。


雪杜が、慎重に続ける。


「……怒られない?」


少女は、机の端に指を置いたまま言う。


「バレたら、怒られると思う」


「じゃあダメじゃん」


咲良の即ツッコミにも、反応は薄い。


「バレなきゃ、問題にならない」


咲良は思わず、腰に手を当てる。


「開き直りすぎでしょ」


少女は、視線をノートに落としたまま、声の調子も変えずに言った。


「問題は、観測された時点で発生するから」


雪杜は意味を掴めず、瞬きをする。


「……え?」


その横で、咲良が小さく息を吐く。

半分呆れたように、半分納得したように。


「量子論だ」


その言葉に、少女の視線が、初めて咲良のほうへ向く。

ほんの一瞬だけ。


「……知ってるんだ」


「詳しくはないけど。

 猫の話とか、有名だし」


咲良は肩をすくめる。


「そう」


短く返して、少女はまた視線を机へ戻す。


しばらく、言葉のない時間が流れる。

居心地が悪いわけではない。

ただ、空気の温度が、少し違う。


少女のほうから、唐突に口を開く。


「……あなた、名前は?」


「春原、咲良」


「……春原さん」


苗字で呼ばれただけなのに、距離がはっきりする。


「私は二年の、宮下 ふみ


名乗り終えてから、机の上のノートに軽く触れる。


雪杜が、少しだけ姿勢を正す。


「オカルト研究……してるんですか?」


史は、首を横に振る。


「してるというか。

 記録してるだけ」


「記録?」


咲良が首を傾げる。


「変なことが起きたら、書く。

 それだけ」


「……それって、楽しいの?」


咲良の問いに、史は一切迷わず答える。


「分からない」


即答だった。


「でも、やめる理由もない」


その言葉は、淡々としているのに、妙に重い。


史はふと視線を上げる。


「……また、来ることはある?」


「え?」


「暇だったら、また来てね」


誘いなのか、確認なのか、判断がつかない。


「あ、はい」


「……はい」


二人の返事が重なり、少しだけ間が生まれる。


―――


部室を出た瞬間、廊下の音が一気に戻ってくる。

さっきまでの静けさが、嘘みたいだった。


人の声。

足音。

どこかで笑う声。


校舎の中は、いつも通りの放課後に戻っていた。


昇降口へ向かう途中、並んで歩く。

距離は、さっきより少し近い。


「……きょうは、楽しかった」


前を向いたまま、ぽつりと落とされる。


「え?」


不意を突かれて、間の抜けた声が出る。


「部活も、変な部屋も。

 全部ひっくるめて、ね」


歩幅を合わせながら、付け足す。


「……そ、そうだね」


視線を逸らし、耳のあたりが熱くなる。

自分でも分かるくらい、反応が分かりやすい。


「ふふ」


それを見て、小さく笑われる。


「そんな顔すると思った」


「してないよ」


即座に否定するが、説得力はない。


校舎を出ると、夕方の空気が肌に触れる。

昼より少し冷えていて、ちょうどいい。


「……また、放課後こういうの、したいな」


「!!」


一瞬、言葉の意味を考えてから、胸の奥が、遅れて跳ねる。


返事を探して、視線が泳ぐ。

けれど、否定の言葉は出てこなかった。


並んだ影が、校門の方へ伸びていく。

恋人、と呼ぶにはまだ曖昧で、友達、と言うには少し近い。


その距離のまま、家路についた。


―――


夜の部屋は、昼間よりも静かだった。

灯りを落とした天井の下で、時間がゆっくり流れている。


雪杜は、布団に腰を下ろしながら口を開いた。


「きょう、咲良と一緒に部活回ってね。

 すごい変な人に会ったよ」


向かいで、御珠がこちらを見る。


「ふむ。変な人とな」


それだけ返して、続きを促すように視線を向ける。


雪杜は、空き部室のこと、ノートと壁の図、淡々とした口調の少女のことを、順に話していく。


御珠は相槌を打ちながら聞いているが、その距離は、少しずつ近づいていた。

話の内容より、雪杜が話しているという事実のほうに、意識が引っ張られているのが分かる。


「……なるほどの。

 妙な縁を引き当てたようじゃな」


そう言いながら、腕に軽く触れる。


「のう、雪杜……

 咲良との“でーと”は、どうじゃった?」


「デ、デートって!

 そんなつもりじゃ!」


即座に否定すると、御珠は不満そうに唇を尖らせる。


「二人で何かをすれば、それはもう“でーと”じゃと

 “ゆーちゅーばー”が申しておった」


一拍置いて、声が少しだけ落ちる。


「妾、家で寂しかった……」


その言葉に、雪杜は一瞬、言葉を失う。


(……この神にスマホ渡したの、やっぱりまずかったんじゃ……?)


そんな考えが頭をよぎるより先に、“寂しかった”の言葉に胸の奥がきゅっと掴まれる。


「み……みたま……」


視線を逸らしながら、言葉を選ぶ。


「その……久しぶりに、挑戦してみない?

 アレに……」


御珠の目が、ぱっと明るくなる。


「あれとな。

 うむ!挑戦するのじゃ!」


勢いよく身を乗り出してから、ぐっと距離を詰める。


「いくぞ、雪杜よ……」


「……」


返事をする前に、腕が回される。


二人は、そのまま抱き合った。


前よりも、少しだけ長く。

息が乱れる前に離れなければならなかった頃より、ほんのわずかに、余裕がある。


雪杜は、その変化に気づいていた。

御珠も、たぶん。


しばらく、言葉がない。


「……」


「……」


耐えきれなくなったように、御珠が声を上げる。


「……もう無理じゃー!ゆきとー!」


勢いのまま、上から覆い被さる。


「……はぁ、はぁ……

 ゆきと!胸が高鳴るのじゃ」


「……く、くるし……

 みたま……離れ……」


その声に、はっとして身を引く。


「は!!」


がばっと距離が開く。


「……もっと、触れとう……」


名残惜しそうに呟く。


雪杜は、少し苦しそうに笑った。


「きょうは、ちょっとだけ長かったよ?

 今度、攻略法考えよ?」


「……うん、なのじゃ……」


そのまま、並んで横になる。

指先が触れ合い、自然に手を繋ぐ。


離れないことを選んだ距離で、二人は眠りに向かっていった。

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