表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第1章 小学生編
4/69

第3話 きたるべき不穏

初詣を終えて境内を出ると、夕暮れの光はもう薄く、雪の白さだけが道を照らしていた。

雪道を並んで歩くのは、雪杜と御珠の二人だけだった。


吐く息が白く揺れ、雪を踏む音が、冬の静けさを縫うように続いていく。


沈黙を切ったのは、雪杜だった。


「ねぇ……本当によかったの?」


御珠は横目で雪杜を見る。

けれどその横顔は、答える前からすでに照れを滲ませていた。


「何がじゃ?」


雪杜は少しだけ笑って言う。


「咲良への“ライバル宣言”。

 嫉妬するんじゃなかったの?

 ほら……御珠、言ってたじゃん」


雪杜はほんの少し声色を変え、御珠の真似をする。


『妾……嫉妬深いぞ……?

 咲良にも、嫉妬しちゃうぞ?』


御珠はぶわっと顔を赤くした。


「な──なななな……そ、そなた!

 神をからかうでない!!」


言いながら雪道で足を滑らせそうになるほど動揺し、袖をぱたぱたさせて抗議する御珠。

その姿があまりに必死で、雪杜は慌てて笑いを噛み殺す。


しばらく続いたバタバタが落ち着くと、御珠はふっと息を吐き、少しだけ視線を落とした。


そして、ぽつりと──

先ほどの大騒ぎとはまるで別の温度で言った。


「……よいのじゃ。

 咲良が……好きなのじゃ」


歩きながら、御珠の横顔がかすかに揺れる。


「あれほどの娘、そうおらぬ。

 正直……嫉妬もしておる。

 ぬしらはまだ子供じゃ。

 あれほど素直に好意をぶつけられては、明日にでもコロっと咲良に惚れてしまうのではという恐怖もある」


雪杜は驚いたように目を瞬いた。

御珠は続ける。


「それでも……それでもじゃ。

 咲良もすでに妾の加護下におる。

 大切に思っておる娘じゃ」


吐く息が白く溶ける。


「そなたにはまだ分からぬかもしれぬが……

 同じ“人”である咲良にしかできぬことがあるのじゃ」


御珠の声が、冬の風より細く震える。


「その時のことを思うと……胸が張り裂けそうになる。

 じゃが……そなたのことを思えばこそ、咲良にはそばにいてほしいのじゃ」


雪杜は静かに呟く。


「それって……子供ができないって言ってたやつだよね」


御珠は目を見開いたまま、雪杜を見つめた。


「……そなた……

 あの時の言葉を、しかと胸に留めておったか」


雪杜はゆっくり頷く。

ただのからかいの延長ではない、本気のまなざしだった。


「だって……あの時の御珠……すごく悲しそうだったから」


御珠の喉が、ひゅっと震える。

肩がわずかに揺れた。胸の奥に刺さっていた棘に、そっと触れられたみたいに。


「……妾は、そなたに“奪う覚悟”を問うたのじゃ。

 そなたの未来、家族、人としての道……全部じゃ。

 それが怖くて……妾は……」


雪杜は言葉を挟んだ。


「でも……御珠はさっき“咲良にもそばにいて欲しい”って言った。

 それって、僕がいつか“家族を欲しがる”って、そう思ってるからだよね?」


御珠の心が一瞬で揺れた。

わかりやすく、痛いほどに。


「……そなた……ほんまに子どもか?

 そんなところまで……見抜くでない……」


声は震えていた。

怒っているわけじゃない。

ただ、触れられたくない傷口をなぞられたような震え。


「妾は……そなたが好きじゃ。

 妾だけを見てほしいとも思う。

 じゃが……そなたの一生を縛るのは……怖い。

 子も……家も……人の幸せを……妾は与えてやれぬ」


雪杜は横を歩く御珠の袖をつまんだ。


「でも、離したくないんだよね?」


御珠は立ち止まった。

雪杜の顔を見るのが怖いように、視線が定まらなかった。


「……離せるわけなかろう!

 そなたは妾の“伴侶”じゃ。

 咲良に譲る気も、ほかの誰にも渡す気もない」


その言葉は、とても神様のものとは思えないほどわがままで、それでいて、ひどく弱かった。


「……じゃが……」


雪杜が続きを待つ。


御珠は小さく吐息を漏らして言った。


「……そなたが大人になった時。

 妾では届かぬ場所が必ずある。

 家族を持つこと、人としての営み……

 妾はそれを……奪った。

 その罪は……どれほど時が経とうと消えぬ」


雪杜は少しだけ笑って答えた。


「……大人になった僕がどうなるかなんて、まだわかんないよ。

 でもね──」


雪道を見つめながら、小さく息を吸う。


「大人になっても、きっと僕は御珠が好きだよ」


その言葉は、子どもの無邪気さゆえか──

しかし、神の心臓を一撃で貫くほど残酷でやさしい“永遠”だった。


御珠は息を呑む。

手が震え、胸の奥に張りつめた何かが崩れかける。


「……そ……そなた……

 そのような……ことを……さらりと言うでない……」


声は怒っているようで、泣いているようで、震えが隠せていなかった。


雪杜は歩き出した。

家へと続く道、冬の夕暮れがほんのりと赤い。


その背中に、御珠は小さく呟いた。


「……そなたが“人の幸せ”へ手を伸ばすその日……

 妾は……どうすればよい……?」


答えられる言葉など、雪杜にはまだない。

だからこそ、その沈黙は雪のように積もり、二人の未来に静かなしこりを残していく。


二人の影は淡く伸び、雪の上で一度交わり、やがて別々の形へほどけていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ