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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第2章 中学生編 ― 距離の再編 ―
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第5話 爆弾は増えていく

「私のこと……

 どう思ってる?」


咲良の問いが、畳の上に落ちる。


雪杜は、すぐには答えられなかった。


視線が、自然と下に落ちる。

湯呑みの縁をなぞる指先が、わずかに震えている。


言葉を選んでいる、というより、どこまで言っていいのかを測っていた。


「……嫌いじゃ、ないよ」


やっと出た声は、思っていたよりも静かだった。


咲良の表情が、ほんの一瞬だけ揺れる。

雪杜は、その揺れから目を逸らさなかった。


「僕の、初めての友達だ」


ゆっくりと、言葉を重ねる。

あの春の日の遠足。


『普通の友達として接してるだけだよ』


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で固まっていたものが、ほどけた気がした。


「初めて、友達として接してくれた時は……

 嬉しかった」


五年生の秋、御珠がいなくなった日のことも、脳裏をかすめる。

誰に話しかけても、どこか一歩引いてしまっていた、あの頃。


「御珠がいなくなった時も、ずっと支えてくれた」


無理に元気づけることはしなかった。

ただ、隣にいてくれた。


「咲良がいなかったら……

 たぶん、僕はここにいない」


言い切る。


「それくらい、大切で……

 くしたくないと思ってる」


逃げてはいない。

けれど、踏み込んでもいない。

その距離を、雪杜自身が守っていた。


「……そっか」


咲良は、小さく笑った。

それは諦めの笑みではなく、受け取ったという合図だった。


「じゃあさ」


咲良は顔を上げた。


「私、雪杜に好きになってもらえるように頑張るね」


「……え」


雪杜の口から、間の抜けた声が漏れる。


否定は、できなかった。

肯定も、していない。


ただ、その場に立ち尽くす。


「よくぞ言った!」


御珠の声が、空気を切る。


「えっ」


「うむ。

 待っておるだけでは、何も動かぬからの」


満足げに頷いてから、続ける。


「妾も、咲良に力を貸そう」


「……御珠ちゃん!?」


「何、妾は“裏方”じゃ。

 表に立つのは、咲良よ」


その言葉に、咲良の目が見開かれる。


「ちょ、ちょっと待って!

 なんで、そうなるの!?」


雪杜が声を上げる。


「安心せい」


御珠は、落ち着いたままだった。


「そなたの意思は、尊重する」


「ほんとに!?」


「ただし」


空気が、ぴんと張る。


「この話から、逃げることは、許さぬ」


命令ではない。

だが、拒否権のない宣告だった。


「……ですよね」


雪杜は、肩を落とす。

頭を抱えたまま、深くため息を吐いた。


(……明日から、絶対めんどくさいことになる)


畳の部屋は、何も変わっていない。

けれど、三人の位置だけが、確かに動いていた。


―――


夜の部屋は、昼間よりも静かだった。

灯りを落とした天井の下で、二人の影だけが、ゆっくりと重なっている。


「……御珠、よかったの?」


雪杜の声は、ほとんど囁きだった。


今日は、手を繋いでいる。

指先に、いつもより少しだけ力がこもっているのは、無意識だったのかもしれない。


「何のことじゃ」


御珠は、すぐにはこちらを見ない。


「咲良のこと。

 力を貸すって……」


言葉を選びながら、雪杜は天井を仰ぐ。


「よい。ちと妬けるがの」


御珠の声は、穏やかだった。


「咲良は、妾の一部だと申したではないか」


その言い方に、冗談と本気が、同じ重さで混ざっている。


「……でもさ」


雪杜は、続きを探して視線を落とした。

枕に映る影が、少し揺れる。


「……僕、これでいいのかな」


問いは短く、けれど、重かった。


「……」


御珠は、すぐには答えない。

代わりに、繋いだ手をきゅっと握り返す。


逃がさない、というより、一人にしないという力だった。


「……よいも悪いも、まだ決まっておらぬ」


「え……」


「そなたは、岐路に立たされておる」


御珠の声は、少し低くなる。


「それを忘れて、笑えとは言わぬ」


「……御珠」


「妾は神じゃ」


一度、言い切ってから、少しだけ間を置く。


「答えを、先に知ってしまうこともある」


声が、わずかに落ちる。


「だが、人の心は、答えが出るまで揺れるものじゃ」


その言葉は、雪杜だけに向けられているようで、どこか自分自身にも向いていた。


「その揺れごと、そなたは生きてよい」


しばらくの静寂。


「……咲良は、明日からどうするつもりなのかな」


不安を隠しきれない声だった。


「そなたを本気で落としに来るじゃろうな」


「……え」


「覚悟を決めた目をしておった」


御珠は、少しだけ楽しそうに言う。


「妾も、あの子を甘く見るつもりはない」


「……明日から、どうなるんだろ」


「さての……

 少なくとも、静かではあるまい」


「……やっぱり?」


「案ずるな」


御珠は、繋いだ手をほどいた。

指先が離れる、その直前まで、わずかに迷う。


代わりに、雪杜の肩に、そっと額を預ける。

吐息が、首元にかかるほど近い。


距離は近い。

けれど、抱きしめることはしない。


「妾が、そなたの盾じゃ」


低く、確かな声。


「御珠は、どっちの味方なの!?」


思わず声が大きくなる。

逃げるような問いだった。


「妾は、両方の味方じゃ」


即答。

迷いはない。


「そなたらが好きじゃ」


一瞬だけ言葉が止まる。


「……大好きじゃ」


声が、少しだけ落ちる。

感情を抑えきれず、零れたみたいに。


「三人で、仲よう暮らしたい……」


願いというより、告白だった。


雪杜は、すぐに返事ができない。

胸の奥が、妙にざわつく。


「……そうなれるといいね」


ようやく出た言葉は、逃げだった。


「なれるとも」


御珠は、ためらいなく言う。


「後は、そなたの覚悟次第じゃ」


額が、わずかに離れる。

離れた分だけ、空気が冷える。


「……善処する」


間の抜けた返事。


御珠が、小さく息を漏らした。


「最近、それ流行っておるのかの?」


「知らない!」


雪杜は、勢いよく布団に潜り込んだ。

その背中を見ながら、御珠は何も言わず、灯りを落とす。


闇が、部屋を包む。


それぞれの思惑を抱えたまま、夜は、静かに更けていった。


―――


朝の教室は、落ち着きのない空気に満ちていた。


登校してくる生徒たちの声はいつも通りなのに、視線だけが、ひそひそと同じ場所を行き来している。


「昨日、三人で一緒に帰ってたらしいよ……」

「えっ?別れたって言ってなかった……?」

「ねー。あれ、結局どっちが本命なの?」


言葉は小さい。

けれど、耳に入るには十分だった。


雪杜は、自分の席に座ったまま、何も言わない。

否定も、説明も、追いつかない。

そもそも、何を否定すればいいのかが分からなかった。


背後で、颯太が舌打ちする。


(くそ。あの三人はそんなちんけな関係じゃないのに。

 御珠、このままでいいのかよ)


少し離れた席では、莉子が視線を落としていた。


(咲良ちゃん……御珠ちゃん……。

 私、悪いことしちゃったのかな……)


その中心で。

御珠は、静かに息を吐いた。


深く、長い溜め息だった。


(遅かれ早かれ、このような噂は立てられたであろうな。

 前に出ぬとは申したが……仕方あるまい)


椅子が、わずかに音を立てる。

御珠が立ち上がった。


教室の空気が、目に見えて張り詰める。


「おはようございます」


清楚な声。

学校で使う、距離を保つための声だった。


「少しだけ、誤解が生じているようなので……」


ざわめきが、すっと引く。


小学校からの付き合いの者たちは、息を呑んだ。

――あいつが、何も考えずに立つはずがない。


全員の視線が、彼女に集まった。


「私と春原さんは、とても深い信頼関係で結ばれています」


小さなどよめき。


「その上で――

 天野くんと、三人でいることを選びました」


一瞬、理解が追いつかない間が生まれる。


「……え?」


「それって……」


「三角関係?」


「二股?」


「百合?」


「ハーレム?」


言葉が、好き勝手に転がる。


「み、御珠ちゃん!?」


咲良の声が上ずる。


「ちょっと待って……ちが――」


その声は、最後まで届かなかった。


御珠の雰囲気が、わずかに変わる。


「違わぬ!」


教室中の視線が、一斉に集まる。


「三人で在ることを、今は選んでおる。

 それだけじゃ」


にこりと、微笑む。

突き放すでも、守るでもない表情。


「以上です。

 各自、好きに解釈してください」


その言葉を合図に、せき止められていた空気が爆発した。


「神宣言キター!

 御珠はこうでなくちゃ!!」


颯太の声が、空気を破った。

懐かしさすら混じった笑いが、周囲に伝染する。


隣で駆が、震える手で小さくガッツポーズを作っている。


(さすが御珠!

 おれたちにできない事を平然と――)


咲良は、胸の奥が焼けるような熱さを感じていた。


(御珠ちゃん……私たちのために……。

 ほんと……好き。

 私も、頑張らなくちゃ)


椅子が、もう一度音を立てる。

今度は、咲良だった。

一瞬だけ、視線が揺れる。


「今の御珠さんの話は本当です」


声は、少し震えている。

それでも、目は逸らさない。


「昨日、三人で話し合いました。

 私と御珠さんは親友です。

 雪杜のそばに、二人でいると決めました」


「さ、咲良まで!?」


雪杜の悲鳴に近い声が、教室に響く。


「三人で一緒にいることを選んだんだね。

 応援するよ」


莉子の言葉が、優しく落ちる。


「うぉー!どうなってんだよ!!?」


「令和の価値観、爆速で進みすぎだろ!」


「天野の野郎、前世でどんな徳を積んだんだよ!?」


教室は、完全にお祭り騒ぎだった。


その中で、御珠は何も言わない。

ただ、ほんのわずかに口元を緩めていた。


喧騒の中、澄香は何も言わなかった。

ただ、咲良の横顔を見て、その拳が、強く握られていることに気づく。


(……簡単じゃないよね)


小さく、息を吐いてから、そっと目を伏せた。


透は、教室全体を一度だけ見渡した。


三人。

視線。

ざわめき。


「……なるほど」


それ以上、何も言わなかった。


「騒がしいですよ!」


教室の扉が開く。


「何があったか知りませんが、きょうから普通の授業が始まります。

 静かにしてください!」


ざわめきは、収まらない。

視線は、まだ三人を追い続けている。


かつての御珠を知る者たちは、久しぶりに“特大級の爆弾”が落ちた光景に、どこか懐かしさすら覚えていた。


雪杜は、頭を抱えたまま天を仰いだ。


(……爆発物、増えてる。

 ……しかも、全部まだ導火線つきだ)


――なお、まだ一時間目も始まっていない。

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