表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第1章 小学生編
30/70

【閑話】第25.1話 神様は抱き合いたい

天野家の夜は、ようやく旅の熱が落ち着きはじめたころだった。

夕食も風呂も終わり、ほんのり湿った湯気の匂いがまだ家の中に残っている。

リビングには柔らかな灯りが落ち、雪杜と御珠、晴臣の三人がくつろぐ影が揺れていた。


御珠が胸を張って、手のひらサイズの木彫りをテーブルへぽんっと置いた。

軽いはずなのに、やたらと存在感だけはある金色の熊だ。


「見よ晴臣!これが妾の選んだ土産じゃ!」


金ピカに輝く木彫りクマが、湯飲みを掲げてこちらを見据えている。

函館の海風すら跳ね返しそうな圧だ。


晴臣は手を伸ばしかけて止まり、思わず声が裏返った。


「おぉ……こ、これは……木彫りの金の熊が……湯呑み??」


戸惑いがそのまま表情に出ている。

夕食後で気力がほどよく抜けているだけに、余計に驚きが鮮やかだ。


御珠は満足げに顎を上げた。


「うむ!“家族”たる晴臣に相応しいと思うてな!」


晴臣はさらに困惑し、しかし神様の贈り物だと思えば断る理由もない。


「相応しい……?そ、そうか……ありがとうな神様。

 神様からの賜り物じゃ。大事にせねば」


雪杜は横からそっと身を乗り出し、苦笑いを浮かべた。


「御珠……それ、すごい主張強くない……?」


御珠は迷いもなく返す。


「強い方が良いのじゃ。晴臣の家はこれくらい賑やかでよい」


晴臣は肩を揺らして笑った。

御珠の差し出した土産と、二人の弾んだ声を聞くだけで、旅の気配がふわりと胸に広がった。


「はは……いいもん貰っちまったな。

 二人とも、楽しかったんだな」


その問いかけに、雪杜の顔がぱっと明るくなる。

修学旅行の余韻が胸の奥からそのまま声になったようだった。


「……うん。すごく楽しかった!」


そして、旅の思い出を語り始める。

もう瞼は重く、単語の切れ目で呼吸がふわっと揺れるほどの眠気があるのに、それでも話したいという気持ちが勝っていた。


「でね。僕、新幹線に乗り遅れちゃって……」

「御珠ったら風呂で大声で話かけてきてね……」

「函館山の夜景がすごく綺麗で……」


話すたび、こっくり、こっくりと頭が揺れる。

旅の三日間がそのまま重さになって、雪杜の肩をやさしく引き下ろしているようだった。


晴臣はその様子を穏やかに見守り、声をかけた。


「お、眠そうだな。そろそろ寝るか?」


「……ん……」


返事はすでに半分夢の音だった。

御珠はすかさず雪杜の手をつかみ、当然のように立ち上がる。


「妾も行くぞ雪杜!」


ふらふらと揺れる雪杜の腕を引きながら、廊下へ続く柔らかな影が伸びていく。

旅から帰った家の静けさが、三人のあとをそっと包み込んだ。


そのまま二人は寝室へ向かっていった。


――――


寝室の灯りは柔らかく落とされ、旅の三日間がようやく終わった夜の静けさが満ちていた。

雪杜が布団を広げると、いつものシーツの匂いがふわりと立った。

帰ってきた家の安心が、空気ごと体に染み込んでくるようだった。


その隣で、御珠が小さく息を吸い込み、手を胸の前で軽く合わせる。

次の瞬間、ぱっと藍の光が弾け、神技のきらめきとともに衣がふわりと寝巻へと変わった。


その光の切れ間――

ほんの一瞬、白いパンツが視界の端にひらりと現れた。


「……あれ!?パ、パンツ履いてる!!」


雪杜は、以前“見ていたこと”が御珠にバレて以来、なるべく目を逸らすようにしていた。

だが、眠気でぼんやりした視界に突然飛び込んできたその刺激的な姿は、反射より先に声を奪った。


みるみる顔が熱くなり、耳の先まで真っ赤になる。


御珠は何の気負いもなく、当たり前という風に首を傾げた。


「む?そうじゃが?」


「え、だって御珠いつも……」


“裸だったじゃないか”と言いかけて言葉が喉でつかえる。

御珠はむしろ誇らしげに告げた。


「人の理ではこれを常に身につけるのじゃろ?

 咲良が丁寧に教えてくれたわ」


雪杜は目を伏せ、心の奥で黒い感情がほんのり顔を出した。


(咲良……余計なことを……!)


しかしこの時の雪杜はまだ知らない。

“動画の件”や“際どいパンツ”の話が、御珠の無自覚なおしゃべりによって咲良にあっさり伝わってしまっていることを──。


「さぁ、雪杜……妾の隣に来るのじゃ。

 今夜は……離れとうない」


胸の奥がどくん、と跳ねた。

こんな甘い言葉で誘われるのは初めてで、息がうまく吸えなくなる。


御珠が当然のように背を向けて布団に潜る。

その小さな背中が、さっきの言葉の続きを無言で誘ってくるように見えた。


雪杜は頬の熱を自覚しながら、「う、うん……」と布団に入った。


雪杜が布団に潜り込むと、御珠の髪の先がそっと肩に触れた。

その柔らかさに胸がくすぐったくなる。


「……咲良と抱き合って寝たのじゃ。あれは、よかった」


「え……」


唐突に落とされた告白に、雪杜はまばたきを忘れる。


御珠は枕に頬を押し付けながら、とろんとした声音で続けた。


「妾、そなたとも抱き合って眠りたいのじゃ」


「だ、だめだよ……!

 呪いが逆流しちゃうんじゃないの?」


逆流――それは御珠が雪杜へ近づけない枷となっている現象だ。

御珠の雪杜への思いが“溢れる”ことで、御珠の内にある神気と、雪杜由来の呪いが回線を逆走し、人である雪杜の身体を圧迫してしまう。


御珠は布団の中でもぞっと動いて、雪杜の真正面に滑り寄る。


「……十息だけじゃ。

 それくらいなら、妾も抑えられる……はずじゃ」


その声は、甘える子どもと恋する神のあいだのようだった。


雪杜は迷いながらも、ゆっくりと腕を伸ばす。


「……十息?

 十秒……だけ、ね……?」


二人の腕がふわりと絡む。

体温が触れた瞬間、御珠の呼吸が小さく跳ねた。


雪杜は逆流に備えて息を吸い込む。

御珠は興奮を押し込めようと、瞼を閉じて呟く。


「う……うむ……心頭滅却……心頭滅却……」


その言葉とは裏腹に、胸元がかすかに震え、雪杜の襟元をそっとつまむ。

息を重ねるごとに、御珠の瞳の奥に熱が灯り、潤みが広がっていく。


「む、無理じゃ……溢れる……!」


瞬間、御珠ががばっと抱きついた。


「雪杜ぉ!すんすんすん!」


御珠の顔が胸に埋まり、鼻先がすり寄る。

雪杜は息を詰める。


「わっ……!ちょ、ちょっと……!

 っく……胸が……」


御珠の抱擁は神の力が混じっている分、やさしいのに重い。

雪杜の喉から苦しげな声が漏れた。


御珠ははっとして、慌てて身を離す。

肩で息をしながら、胸に手を当てた。


「ふー……ふー……今はこれが限界じゃ。

 ……寂しいのじゃ……。

 妾、もっと雪杜に触れとう……」


その表情は子どもの駄々ではなく“永遠の存在が有限の温もりを欲する痛み”のようだった。


そして突然、御珠が指をぴんと立てる。


「……咲良を呼ぶのじゃ!妾……あれがないともう眠れぬ」


「咲良は抱き枕じゃないよ!?呼ばないよ!?」


御珠は布団にもぐりながら、悔しげに唸る。


「ぬぬぬぬ……」


雪杜は肩をゆるめ、優しく笑った。


「明日、抱き枕買いに行こうね……」


御珠はぱっと顔を上げ、目を輝かせた。


「うむ……では今夜は……これで我慢するのじゃ……」


ふたりはそっと手を繋ぐ。

その繋いだ手の温もりだけで、十分に満たされるようだった。


雪杜は穏やかな声で囁く。


「……おやすみ、御珠」


御珠はその言葉を確かめるように、指を少し強く握った。


「おやすみじゃ……雪杜……」


やがて、寝室には静かな寝息と、修学旅行の名残の温もりだけがそっと残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ