第22話 修学旅行 ― 美の在処 ―
夕方の光が障子越しに薄く差し込み、旅館の大広間には、味噌と出汁がまじった素朴な香りがゆっくり漂っていた。
畳の上にずらりと並んだ長机には、焼き魚と味噌汁、卵焼き、サラダ──昨日の豪華絢爛とはまるで別の世界みたいに、淡い色の夕食が規則正しく置かれている。
颯太が箸を持ったまま、皿をじっと見つめてつぶやいた。
「…………あれ?」
昨日の“肉の暴力”を知っている分、その落差は視界に入った瞬間に誰でも気づく。
駆が焼き魚の皿を見たまま、ゆっくり頷く。
「……昨日に比べると……」
莉子は箸を胸の前でぎゅっと寄せつつ、まるで祈るような声で呟いた。
「昨日の……あの……肉が……恋しい……」
雪杜はその空気に思わず苦笑し、肩をすくめる。
「まぁ……この後も予定があるからこれくらいがちょうどいいと思うよ。
エッグバーガーがまだ消化しきれてないし……」
咲良が箸を持ったまま笑う。
「昨日が豪華だったのはこのためか〜。ちゃんと帳尻合わせてるんだね」
御珠は焼き魚を凝視していた。油の光を追うように視線を動かし、首をかしげる。
「昨日の肉の祭りと比べると……これは……人の普段食というやつか?」
「普段食って言い方……。でもまあ、そう」
咲良が苦笑する。
御珠は箸を持ち替えながら、焼き魚を慎重にほぐしてひと口味わう。
焼き目の香ばしさにほんの少し目を細めると、今度は味噌汁に手を伸ばし、湯気をふっと吸い込んだ。
「……うむ。これはこれで悪くない。落ち着く味じゃ」
味噌の香りがふわりと広がるのを見て、雪杜は思わず声をかける。
「味噌汁、好きなんだ……」
御珠は小さくうなずき、湯気に頬を少しゆるめた。
「昨日の濃い肉の気を洗い流すような……優しい汁じゃ。
晴臣の味噌汁も良いが……これもまた違う趣きがあるのう」
咲良は笑いながらも、胸の奥でつい思う。
(御珠ちゃん……やっぱ和食似合うなぁ……)
その空気を一気に変えたのは颯太だ。
「そうだ!夜景から帰ってきたらお菓子パーティーやろうぜ。
ぜってーまた腹減るって!」
莉子はぱぁっと顔を明るくし、それから「あっ」と思い出したように肩を落とす。
「いいねそれ!!
って部屋別だった……。
咲良ちゃん。女子は女子でお菓子パーティーしよ?」
「うん!いいね!いまのうちにお菓子買い込んでおこう」
颯太はご機嫌なまま、口に運んだ箸を止めて叫んだ。
「よーし!食ったら夜景だな!!腹ごしらえしとけよみんな!!」
莉子は引き気味に呟く。
「もうちょっとゆっくり食べて……」
駆は変わらず淡々と、しかしどこか満足げに言う。
「……箸が進む音、いい」
六人は昨日とは打って変わって素朴な夕食を、騒がしく笑いながら、それでも心のどこかで“これからの夜”の気配を感じつつ食べ進めた。
御珠もまた、焼き魚を慎重にほぐしながら、どこか遠くの光を見ている。
「……夜景とは、人の灯りで作る光景……か。
雪杜……そなたと見るのが……楽しみじゃ」
「えっ、う、うん」
不意打ちの甘さに雪杜がわずかに赤くなる。
咲良はそのやり取りを見て、胸の奥がじわっと温かくなる。
(尊い……)
食事が終わる頃──外の光はゆっくりと夕方の色へ溶けはじめていた。
――――
バスを降りた瞬間、旅館とはまったく違う冷たさが肌を撫でた。
山の麓の空気は澄んでいて、夕方の温度がそのまま胸の奥へ静かに沈んでいく。
空は、昼の名残をかすかに混ぜながら、群青と橙がゆっくりと重なり始めていた。
「おおお!!やべー!空の色すご!!」
颯太が両腕を広げて空を仰ぎ、声が山肌に跳ね返る。
「……こんな風に変わるんだ……夕方って……」
莉子は思わず立ち止まり、色のグラデーションに瞳を奪われていた。
「写真……どのタイミングで撮れば……」
駆は空へ向けたスマホの角度を何度も微調整している。
その少し後ろで、咲良は一段深い呼吸をそっと吸い込んだ。
胸の奥が、自然と静かに落ち着いていく。
(……さっきまでの“日常っぽさ”と違う……
空気が変わると、なんか胸の奥が静かになる……
夜景って、こんな前から雰囲気あるんだ……)
夕暮れの風は、これから訪れる夜をゆっくり連れてくるようだった。
その横では──
御珠が、まるで空に呼ばれたように目を丸くしていた。
風の色を、光の温度を、一つひとつ確かめるみたいに。
「……雪杜。空の“理”が変わり始めておる」
「色のこと……?」
雪杜が隣で小さく首を傾げる。
「うむ。
昼の光が沈み、夜が手を伸ばしておる……
この境目……妾は好きじゃ」
その声は“見ているもの”が人間とは違う深さを持っていて、けれど怖くはなく、不思議とやわらかい。
「……なんかわかる気がする」
雪杜がぽつりと答えると、御珠は風と一緒に目元を緩めた。
咲良は二人の横顔を見つめ、胸の奥で小さな疼きを覚える。
(御珠ちゃんの“好き”って、本当に世界そのものに向いてるんだな……
その隣にいる雪杜くんも……特別なんだろうな)
空はゆっくり深くなり、これから始まる夜を待っていた。
――――
ガラス張りの建物へ近づくほど、ざわめきとアナウンスが空気を押し広げてくる。
人の動きが絶えず、光が反射し、期待だけが先に胸へ入り込んでくるようだった。
『まもなく18時40分発のロープウェイが運行いたします──』
スピーカーから流れる声が、夜への入口を静かに示す。
「うおお!でっか!速そう!!」
颯太が走り出しそうな勢いでロープウェイを見上げる。
「……ロープの太さ……工事すごかったんだろうな」
駆は完全に技術の世界へ旅立っている。
「すごいね……なんかドキドキする……」
莉子は胸の前で手をそっと握り、緊張と期待が混ざったような表情を浮かべた。
御珠は、巨大なケーブルを真剣に見つめたまま雪杜に問う。
「雪杜。この箱……空を飛ぶのか?」
「飛ぶ……というか、吊られてるというか……」
「落ちぬのか?」
「落ちないよ!?たぶん……いや落ちない落ちない!」
「不安にさせるなよ雪杜!!」
颯太が即座にツッコミを入れる。
咲良はそのやり取りを聞きながら、御珠の袖のつまみ方に目を留める。
(御珠ちゃん、電車もちょっと怖がってたのに……
空中移動とか絶対もっと怖いじゃん……
でも雪杜くんがいれば落ち着くんだろうな……
ほんとにわかりやすい子……)
御珠は雪杜の袖をきゅっとつまんだまま、一向に離す気配がない。
「雪杜。妾、そなたのそばなら空も怖くないぞ」
「僕にプレッシャー与えないで……」
二人の距離感は、周囲のざわめきより目立っていた。
「……仲良し……」
莉子がぽつり。
「……はい、今日も特別」
駆が静かに写真を撮る。
「はいはいカップルカップル〜!」
颯太が騒ぎ、空気が一気に軽くなる。
咲良は隅で肩をすくめつつ、ぽつりと呟く。
「当事者じゃなくて“こっち側”で見てるのは……もう慣れたよ……」
夕暮れの空はさらに深く、夜景の始まりを告げる色へ移り変わっていった。
――――
──夕景の光に包まれる箱の中で、心が少し静かになる──
ロープウェイのゴンドラは想像より広かった。
けれど、夕暮れの時間帯ということもあって、観光客でぎゅっと押し込まれる形になり、小さな箱の中に人の温度がゆっくり溜まっていく。
ゴォォ……
軋むような低い音を立てながら、ゴンドラがゆるやかに地面を離れた。
「っ……浮いた……!!
雪杜!妾、今……宙にいる!!」
御珠の声が、驚きとも興奮ともつかない揺れを孕む。
雪杜は慌てて袖を引かれながら、なだめるように答えた。
「大丈夫、大丈夫……ロープに支えられてるから……」
ほんの少し揺れただけで、御珠の指先は“そっ”ではなく“ぎゅっ”という確かな強さで雪杜の袖を掴んだ。
「雪杜ぉ……」
「声が震えてるって……」
密集した車内の中で、小さく繋がる二人の距離感が目立つ。
けれどその必死さは、どこか微笑ましくて、怖がっている姿すら愛おしいようだった。
窓際では莉子が、落ちそうなくらいに身を乗り出して景色を覗いている。
街の光が少しずつ粒のように灯り始めていた。
「……綺麗……まだ夜じゃないのに……」
「夕景から夜へのグラデーションだ……最高……」
駆は淡々としながらも心底楽しそうだった。
「なんか映画みたいだな!!」
颯太の明るい声が車内の温度をさらに上げる。
咲良はそんな賑やかさとは少し離れたところで、窓に反射する御珠の横顔をじっと見つめていた。
揺れる光に照らされた御珠は、人ならざる気配を持ちながら、今だけは普通の女の子のように目を丸くしている。
(……御珠ちゃんって、神様で、特別で……
それなのに、雪杜くんの隣にいると、本当に“生きてる”って感じがする……
この二人をこうして見ていられるのが……
なんか誇らしいな……)
咲良の胸には、静かで満ちるような温度が広がっていた。
高度が上がるにつれ、視界は一気に開けた。
函館の街がひとつの絵のように広がり、夕景の奥へ向かって光の粒が点々と伸びていく。
御珠も揺れに慣れたのか、袖から手を放し、その手を窓へ添えるようにして街を見渡した。
「……これが……
そなたら人の“灯り”の世界か……」
その声は、驚きではなく、受け止めるような静けさを帯びていた。
御珠が“ここにいる理由”が一瞬だけ透けて見えるような、そんな気配。
「うん……これからもっと綺麗になるよ」
雪杜がそっと寄り添うように言う。
「雪杜。
妾は……そなたと見るこの景色が……楽しみじゃ」
「……僕も」
その小さな交換が、夕景の中でそっと響いた瞬間──
「はい出ましたー!ほら御珠ちゃんの告白タイム!!」
颯太が空気をぶち破る。
「しーっ……!今のは邪魔しちゃダメ!」
莉子が慌てて押しとどめる。
「……今日いちばんいい写真……ここだな」
駆は横から淡々とシャッターを切った。
「ほんとだよ……邪魔しないの」
咲良が肩をすくめながら小声で言う。
ゴンドラは海の上をすべるように進み、陽の名残と街の灯りが入り混じる時間を抜けながら、ゆっくりと山頂駅へ近づいていった。
――――
──夕景と風と沈む光。神は世界を初めて“美しい”と呟く──
ロープウェイの扉が開いた瞬間、ひんやりと澄んだ空気が、肌の表面をすべっていった。
街中のざわめきが遠ざかり、音がぐっと減る。
代わりに広がるのは、大きく深い空と、そこに触れるような風だけだった。
「うわっ……風つめてぇ!でも気持ちいい!」
颯太は両腕を広げて風を受け、すぐに跳ねるようなテンションになる。
「……なんか……空が近い……」
莉子は思わず顔を上へ向け、そのまま吸い込まれるように立ち尽くした。
「すでに綺麗……まだ日が沈んでないのに……」
駆はレンズ越しに夕景を捉え、目の奥が静かに輝く。
展望台の端から見おろす街は、オレンジから群青へ変わりゆく空に包まれて、その境目のゆらぎが、ただ立っているだけで胸に沁みるほどだった。
咲良は息を呑んだ。
目の前に広がるのは、写真では一生伝わらない種類の“圧”。
風の温度、光の揺れ、街から上がるわずかな匂い──
その全部がひとつになっている。
(……こんなの……反則……
写真じゃ絶対に伝わらない……
来てよかった……ほんとに……)
そんな中で──
御珠だけは風の方向を確かめるように足を止め、ゆっくりと顔を上げた。
夕陽が御珠の頬に触れる。
その光は、御珠の瞳の奥に黄金色の揺れを作り、まるで“日の沈み”自体に話しかけるような静けさをまとわせていた。
「……雪杜」
「ん?」
御珠はわずかに眉を寄せ、けれど穏やかに言った。
「世界が……燃えておるようじゃ……
なのに……静かじゃのう……」
「夕日って、こんな感じだから……」
雪杜が少しだけ照れたように言うと、御珠は首を横に振った。
「違う。妾にとって夕は繰り返しの理。
されど……そなたと歩む今の夕は、理を外れて特別に見える。
妾の記憶には、こういう色は残っておらなんだ」
その言葉は、風より静かで、夕陽より温かかった。
「っ……!」
雪杜の肩が小さく跳ねる。
咲良はそのやり取りを見て、胸の奥がふわりと熱を帯びる。
(……御珠ちゃん……
それ、破壊力強すぎ……
でも今日の御珠ちゃんは、神様じゃなくて……“誰かを想う存在”なんだって思う)
颯太が遠くから手を振る。
「おーい!!こっちで写真撮ろーぜー!!」
「ちょ、颯太くん大声……!」
莉子が急いで制止する。
「……逆光……いい……」
駆の視線はもう芸術モードに入っていた。
御珠は風に揺れる髪を押さえながら、そっと雪杜の袖をつまんだ。
「雪杜。
妾、ひとつ……わかったことがある」
「な、なに……?」
御珠は目を細め、遠くの街を見つめる。
「この景色は……
“永遠に生きる妾のため”には作られなかった。
そなたら“時間を持つ者”のための美じゃ」
「……そうかもしれない」
その声は、神性の高さではなく“誰かの一生に寄り添おうとする深さ”を含んでいた。
「ゆえに妾は……
そなたと見る夕を、
そなたの“人生の一部”に刻みたいのじゃ」
「…………御珠……」
その言葉は、夕日に溶けるように落ちていった。
そこへまたしても颯太の声。
「おーい天野ー!
そんなとこでイチャイチャしてねーで、集合写真撮るぞー!!」
「颯太くん!邪魔しちゃダメ!」
莉子がぷんすか怒る。
「……風……アングル変わる……」
駆はすでにアングル調整中だった。
「い、イチャイチャじゃないってば……!」
雪杜が慌てて返すが、説得力は皆無だった。
御珠はふわりと微笑み、袖を離さずに言う。
「雪杜。
妾らの“今”を……記録してもらうとしようか」
「……うん」
六人は風を浴びながら、展望台の広場へ歩き出す。
街の灯りがまだ完全には点ききらないまま、
じわり、じわりと滲むように広がっていった。
夜景は、これからだ。
――――
街の灯りが、まるで合図でもあったかのように一斉に強さを整え、函館の街が“夜の形”へと変わる。
その刹那、山頂を包む空気がすっと変わった。
光の量は増えているのに、不思議と世界が少し静かに感じられる。
遠くのざわめきはゆるく溶け、風だけが耳のあたりをそっと撫でていく。
「……やっべ……
これ……マジで……やべぇ……」
颯太は息を漏らすようにつぶやき、語彙力がどこかへ消えたまま夜景を見上げていた。
「……こんなの……写真じゃ無理だよ……」
莉子は胸の前で手を重ねるようにしながら、息が吸えてないみたいな顔で光の海を見つめる。
「生の光量……人の技術……全部のせ……すご……」
駆はスマホを持ったまま、撮るべきか撮らないべきか迷い続けている。
咲良は胸の奥に、じわじわと熱が広がるのを感じていた。
それは恋じゃなくて、この二人の味方でいたいって思う、自分だけの誇りの熱。
そのすぐ隣で──
御珠は、完成した夜景を前に、まるで息をするのも忘れたように立ち尽くしていた。
そして静かに、本当に静かに口を開く。
「……雪杜。
これは……妾が知る“夜”とは違う。
闇に抗う光……
人が作る、美じゃな」
「うん……
そんな風に見えるんだね、御珠には」
御珠は胸の前で指を組み、そっと雪杜へ視線を寄せる。
その横顔は光を受けてやわらかく揺れ、どこか儚い。
「そなたと見ておるから……
妾には、余計に……美しい」
「……っ」
雪杜の息が短く跳ねる。
照れと、喜びと、胸に刺さる特別さが混ざって、声が出ない。
その静けさを殺すように、後ろから先生の声が飛んだ。
「天野班!お前らだけ別行動してるんじゃない!
集合写真撮るぞー!!
人混み抜けてこっちこーい!」
「よっしゃきたァ!!
夜景バックとか一生モンだぞ!!」
颯太が一気にテンションを戻し、六人の時間は再び賑やかに動き出す。
――――
展望スペースには、六年二組の子どもたちがわちゃわちゃと並び始めていた。
その前でカメラマンが三脚を立て、大型ストロボの角度を入念に調整している。
夜景の光が彼のレンズに細かく跳ね、まるで星が散ったみたいだった。
「はーい、六年二組の皆さん、こちらに整列お願いしまーす!
夜景バックなので、動かずにお願いしますねー!」
カメラマンの声が響く。
石田先生がすぐ前に出て仕切る。
「はい前列はしゃがんで。後列は段差を使って。
男子ふざけてないで。時間ないから。
……御珠くん。天野くんにくっつき過ぎて不自然なので少し離れて」
「離さぬ!ここが妾の定位置じゃ!」
「……こういう時ぐらい落ち着いて……」
天野班は自然と横並びになる。
御珠はいつもどおり雪杜の袖をしっかり掴んで離さない。
周囲のクラスメイトは夜景とテンションで大騒ぎだ。
「御珠ちゃんすご……なんか光に負けてない……」
「夜景よすぎ!やば!」
「こっち詰めろってば!」
颯太はなぜかカメラの真正面を死守し、
「うおー!俺ここ!顔めっちゃ映るやつ!!」
駆は風の流れを背中で読みながら、
「……風……光、揺れる……」
莉子は慌てて前髪を直し、
「ちょ、髪……誰か押さえて……!」
咲良は横からそっと手を伸ばす。
「莉子ちゃん大丈夫、私がいるよ」
先生の声は相変わらずだ。
「はーい、最後列はもっと右に寄って。
前の子しゃがみすぎなのでもうちょっと膝を伸ばして。
御珠くんは動かないんだな!?もういいや……」
「うむ。妾は動かぬ」
「開き直ってる……」
カメラマンの声が上がる。
「はい、全員静止ー!夜景入ってますよー!
ストロボいきまーす!」
パッ!!
強い光が展望台を一瞬だけ真昼のように照らす。
その白光のあと、夜景の青と金が強く浮かび上がり、空気が一段澄んだ気がした。
「もう一枚いきまーす!
笑顔くださーい!はい──」
パシャッ。
シャッター音が、函館の夜へ吸い込まれるように溶けていった。
――――
その後の六年二組の撤収は驚くほど早かった。
夜景の余韻がまだ肌に残る中、先生が手元のタブレットを確認する。
「よし!全員写ってるな!
撤収準備しろー!バスに集合ー!」
どうやらカメラマンが先生に渡した簡易プレビューで、写りを確認できたらしい。
「「はーい!!」」
クラスがいっせいに動き出す。
「俺の顔どう!?いけてた!?
全員の中でも主役級じゃね!?」
颯太がむちゃくちゃ近い距離感で駆に迫る。
「……いけてた。たぶん」
駆は風の音くらいの淡々さで返す。
莉子は前髪をそっと押さえながら、不安そうに咲良のほうを見た。
「私、髪やばくなってなかったかな……?」
咲良はその隣で柔らかく笑う。
「むしろ綺麗だったよ、莉子ちゃん」
御珠は胸を張り、当然のように夜景を背負った表情で言った。
「妾……夜空の中でも輝いておったじゃろ。
雪杜の隣ゆえじゃな」
「僕は御珠を光らせる乾電池か何か?」
雪杜は困ったように笑うが、否定の力は弱い。
先生の声が再び響く。
「はーい!移動するぞー!
帰りはバスで直行だから、全員早くバスにのれー!」
「「はーーい!!!」」
人の流れがざわざわと動き出すなか、御珠だけが一瞬、夜景へ視線を戻した。
闇の中の灯りが、まるで目に見える温度を持つように揺れている。
御珠は雪杜の袖をそっと引く。
「……雪杜。
そなたとこの夜に立てたこと……
妾の永遠の中でも、深い光として残るじゃろう」
「……なんか照れるんだけど……」
雪杜は耳の先まで赤くなり、視線をそらす。
「おーい天野ー!甘々してねーでバス乗れー!!」
颯太の声が、夜の風に混ざって飛んでくる。
「二人……ここに置いていってもいいのでは」
莉子が小声で言い、
「……名案」
駆がすぐに乗る。
咲良は少し後ろから二人の背中を見つめ、胸の中でそっと息をついた。
(うん……
これでいい。このクラスの中で、二人がどんなふうに並んで立っているのかを、ちゃんと目に焼きつけられた……
眷属として、この瞬間を胸に刻んでおこう……)
街の光が遠くへ沈んでいき、六年二組はそれぞれの思いを胸に、バスの灯りへと吸い込まれるように宿へ帰っていった。




