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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第1章 小学生編
18/69

第14話 家族入りは突然に

6年生の生活は、意外なほど穏やかだった。

騒がしかった三学期とは違い、最近の御珠は学校という場所にようやく馴染んできたらしく、突拍子もない神ムーブで教室をひっくり返すようなことも減った。


“普通の小学生みたいな日常”が、ゆっくりと形になっていく。


その穏やかな空気の中で、咲良はプリントを揃えていた。

休み時間のざわめきがゆるく揺れ、紙のこすれる小さな音だけが彼女のまわりに落ちている。


そのとき、机の端にそっと影が差した。

莉子が、袖をぎゅっとつまんだまま近づいてきていた。

声は今にも消え入りそうなほど小さい。


「あの……咲良ちゃん……ちょっと、いい……?」


咲良は顔を上げ、プリントをまとめる手を止める。


「え?う、うん……どうしたの?」


莉子は視線を泳がせ、足先で床をちょんと蹴りながら言葉を続ける。


「……その……聞きたいことがあって……

 天野ファミリーって……私でも入れるのかなって……」


その瞬間、咲良の肩がびくっと跳ねた。

プリントの横で揃えた指がぴんと固まる。


「えっ!?あ、天野ファミリーに入りたいの!?」


胸の奥でざわっと不穏が動く。


(最近よく話しかけてくると思ったら……そういうこと……?)


莉子は小さくうなずいた。


「う、うん……なんか楽しそうで……

 あの……私が入っても迷惑じゃないかなって……」


咲良の心がひやりと冷える。


(御珠ちゃん……嫉妬しちゃうんじゃ……

 私の時あんなにバチバチだったのに……)


渋々といった調子で、咲良は小声で答えた。


「え、えっと……御珠ちゃんがOKすれば……かな……?」


それを聞いた瞬間、莉子の顔がぱぁっと明るくなる。


「ほんと!? よかった……!

 ねぇ、咲良ちゃん、紹介してよ。

 御珠ちゃん、なんか独特で……声かけるのちょっと勇気いる……」


その言葉に、咲良は深く深くうなずくしかなかった。


「……わかる」


(いやいや……私だっていまだに緊張するのに……!

 なんで私が……橋渡し……)


ため息のように、咲良は提案を絞り出す。


「じゃ、じゃあ……放課後、時間あったら……ね」


(たぶん……ダメだろうけど……

 御珠ちゃん、私の時はあんなに色々聞いてきたんだもの……)


莉子は満面の笑みで手を握りしめる。


「やった!さすがキューピッ……じゃなくて咲良ちゃん!」


「え!?キューピ?」


莉子は慌てて両手を振った。


「ち、違っ、なんでもないの!

 これから“なる”って意味で……!」


(……???

 なんか変なテンションなんだけど……)


咲良は胃のあたりをそっと押さえ、視線を落とした。


(ああああ……めんどうなことにならないといいんだけど……)


教室のざわめきが、二人のまわりだけほんの少し重く感じられた。


────


放課後の教室は、昼間のぬくもりがゆっくり冷えていく時間帯だった。

窓の外の光が斜めに差し込み、空いた席の影を長く伸ばしている。


その片隅で、御珠がひとり机に頬杖をついていた。

静かに揺れる髪が光を拾い、人間離れした存在感だけはどうしても隠しきれない。


咲良と莉子がそっと近づく。

咲良の足取りは“覚悟した人”のそれに近い。


「あ、あの……御珠ちゃん……」


咲良の呼び声に、御珠がゆっくり顔を上げた。


「ん?咲良よ。何か申したいのか?」


咲良は視線をそらしながら、言いにくそうに言葉を絞る。


「……紹介したい子がいるんだけど……」


「咲良の友か?」


「う、うん……その……莉子ちゃんっていうんだけど……

 天野ファミリーに入りたいって……言ってて……」


御珠は小さく瞬きをしてから、静かに頷いた。


「ふむ。一度会うてみるかの」


「え!?女の子でもいいの!?」


咲良の声が裏返り、御珠は不思議そうに眉を寄せる。


「そなた。妾をなんだと思うておる」


(雪杜ラブラブ神……)


咲良は心の中で小さくつぶやき、表情がひきつる。


御珠はわざとらしく深い息を吐いた。


「とてつもなく失礼なことを考えた顔をしておるが……まあよい。

 妾と咲良の仲じゃ。遠慮がなくなってきたのはむしろ良きことじゃ。

 そなたの紹介とあらば、なお更会わぬ理由などない」


(くっ……この神様ほんとなんでもお見通し……!)


咲良は観念したように莉子へ視線を向けた。


「じゃぁ……莉子ちゃん。どうぞ」


莉子が緊張した面持ちで一歩前に進む。

頬は赤く、指先はきゅっと揃っていた。


「えっと……森川もりかわ 莉子りこです……

 よろしくお願いします……」


「そう、かしこまらずともよい。

 そなたに問おう。

 なぜ、家族になりたいのじゃ?」


御珠は莉子の瞳を真っ直ぐに覗き込む。

その目は、相手の心をまるごと透かすような静けさを帯びていた。


莉子はたどたどしさを抱えたまま、真剣に言葉を紡ぐ。


「えっと……なんか……楽しそうで……

 その……みんな仲良しで……

 私も……混ざりたいなって……」


御珠の表情がゆっくりと変わる。

無表情に見えて、その奥では“何か”を測っているようだった。


咲良は思わず息を止める。


「……ふむ。

 そなたの心の色……なるほど、そういう理か」


低く落ちた声に、莉子は固まり、咲良の背筋がぞわっと粟立つ。


そして――

御珠の表情がふっと柔らいだ。


「よい。そなたを家族として迎えよう」


「え!?いいの!?

 なんか……いろいろ……その……聞いたりしないの!?

 私、けっこう質問されたよ!?」


「え!?咲良ちゃんそんなのしてたの!?

 面接!?な、なにそれ……!」


「あわあわ……ち、違う違う!

 そんな大げさなものじゃなくて!

 ただ……ちょっとややこしいこと聞かれただけで……!」


咲良の慌てぶりを、御珠はどこか楽しそうに見ていた。


そのとき、廊下のほうから元気な声が響いてきた。


「おーい!何してんだよ二人ともー!

 一緒に帰ろーぜー!」


颯太の声に、咲良はびくっと肩を揺らす。


「咲良、御珠……なに話してたの?」


雪杜がひょこっと顔をのぞかせる。

その柔らかい気配だけで、空気が少しほぐれた。


御珠は当然のように宣言した。


「今日から莉子が家族となった。

 よしなに」


「えっ!?ファミリー増えんの!?やった!!」


颯太は全力で喜び、雪杜は絶句する。


「えっ……お、女の子……!?」


雪杜の肩が小さく震える。


「え?天野くんって……女の子苦手な感じ?

 ちょっと意外……(御珠ちゃんとは、あんなに仲良さそうなのに……)」


莉子が首を傾げると、雪杜は困ったような笑みで返した。


「え、えっと……まあ……少し……」


その袖を、御珠がそっとつまむ。


「なに、雪杜。心配は要らぬ。

 妾がついておる」


雪杜はほっと息を漏らした。


(……あれ……?

 御珠ちゃん、私の時はあんなに刺々しかったのに……

 莉子ちゃんには……ぜんぜん……)


咲良の胸にちくりと小さな違和感が走る。

しかし莉子の視線がふと動いたとき、咲良は気づいた。


莉子は、ちらちらと颯太の方を見ていた。


(……そういうことね。

 “天野ファミリーに入りたい”って……颯太くんの近くにいたいってことか……

 あー……なるほど……それでキューピット……)


胸の重さがすっと軽くなる。

咲良の表情も、ほんのり明るくなった。


「莉子ちゃん。……メンバーになれてよかったね」


「うん……!咲良ちゃんのおかげだよ。

 よろしくお願いします……!」


莉子の照れた笑顔に、咲良の胸があたたかくふくらんだ。


教室を出て、五人で歩き出す。

颯太はいつも通り元気で、雪杜はそわそわ。

莉子はひそかに颯太を見つめ、咲良はその様子に複雑だけど満足げな表情を浮かべる。

そして御珠は、その全部を静かに見守っていた。


今日の帰り道は――五人で並んで歩く、ほんのり春色の下校だった。


――――


夜の空気は、雪杜の部屋の隅々にまでしんと染み込んでいた。

机の上には工場見学の資料が開いたまま置かれ、ページの白さだけが薄明かりを拾っている。

布団の中、二人は肩を寄せ合い、指先をそっと絡めながら仰向けに横になっていた。

眠りへ落ちる前の静かな時間――息遣いだけが互いの存在を確かめている。


雪杜が、少しためらってから声を落とす。


「ねぇ……御珠。

 森川さん……あっさり家族にしちゃったけど……

 本当に良かったの?」


繋いだ手のぬくもりが揺れる。

御珠はゆっくり顔を上げ、その瞳に灯った光は“見通す神”そのものだった。


「なに。心配はいらぬ。

 あやつの心は、そなたへ向いてはおらぬ」


「そうなの……?」


雪杜がこちらへ向き、御珠も同じように身を寄せてくる。

距離はほんのわずか。声が触れあうほど近い。


「そなたの不安は分かる。

 じゃが、うぬぼれるでないぞ。

 呪いの影響が消えた今、“誰しもがそなたに惚れる”などという現象は起こらぬ。

 ようやく、周囲にも普通の“いちゃいちゃ”が戻ってきただけのことじゃ」


「い、いちゃいちゃ……」


雪杜の顔が一瞬で赤くなる。

御珠はその反応にくすりと笑い、指先で絡めた手をそっと揺らした。


「そうじゃ。

 これが人の世の本来の姿よ。

 嗜好も関心も、そなたとは関わりなく揺れ動くものじゃ」


言葉の通り、雪杜の肩から緊張がゆるりと流れ落ちた。


御珠はそこで、少し声の色を変える。


「それにな……

 これはそなたらにも利がある」


「利……?」


御珠は雪杜の手を指先でつつき、小さく弧を描くように撫でた。


「今は仲良し組として見られておるが……

 それも長く見積もってあと一年じゃ。

 そなたらはまもなく思春期を迎える。

 男女が不自然に近くにおれば……世間は必ず噂を立てるようになる」


雪杜は驚いたように目を見開く。


御珠は表情ひとつ変えず、淡々と続けた。


「雪杜よ。

 そなた気づいておるか?

 世間ではおのこ一人に女子おなごが二人以上群れる状況を何と呼ぶのか」


「え……は、ハーレム……」


「そう。ハレムよ。

 このまま妾と咲良が常にそなたの傍におれば、世間は必ずそう呼ぶようになる。

 そして妾が声高に『正妻じゃ』と名乗れば名乗るほど、咲良は好奇の目に晒されよう」


雪杜は息を吸い損ねたように固まる。


御珠の声は冷静――なのに、その奥にかすかな優しさが滲んでいた。


「妾とそなたが伴侶であるなら、『颯太と咲良もできておる』とはやす者も現れる。

 世間とはまこと……男女のことには敏感なものじゃ。

 ゆえに家族の人数が多ければ多いほど、我ら三人の“隠れ蓑”となる。

 ……それがどこまで通じるかは分からぬがの」


そこで御珠は、わずかに視線を落とす。


「咲良には、余計な噂で傷ついてほしくないのじゃ……

 まして、その噂とて真実を外しておらぬゆえにな。

 咲良が、自らの人生を選べるようになるまでは……

 我らが保護せねばならぬのじゃ」


雪杜の胸に、温かくて苦しいものが広がった。


「御珠……

 そんなふうに……そこまで考えてくれてたなんて……」


御珠はそっと雪杜の髪に触れ、優しく梳く。


「当然じゃ。

 妾は……そなたの一生を預かっておる身よ」


「……ありがとう、御珠」


雪杜の微笑みに、御珠は一瞬だけ息を飲むように目を揺らし、それから照れ隠しのようにそっぽを向いた。


「礼などいらぬ。

 妾はそなたのために動いておるだけじゃ」


静寂が落ちる。

手を繋いだままの温度が、布団の中にふわりと満ちていく。


その沈黙のあと――御珠がぽつりと言葉を落とした。


「のう雪杜よ。

 妾がひと息で、世の価値観ごと“書き換えて”しまう方が早いとは思わぬか?」


「………」


返事はない。

御珠は、繋いだ手から伝わる温度に気づいて小さく笑った。


「なんじゃ。寝てしもうたか。

 ……ふふ。まぁよい。

 この続きはいずれまた語ろう」


御珠は雪杜の頬にそっと触れ、指先で一度だけ撫でてから目を閉じる。

二人の手は離れず、そのまま静かに眠りへ落ちていった。


────


教室はざわざわと浮き立った空気に包まれていた。

黒板には大きく「遠足 班決め(6人1組)」と書かれ、その文字を見るだけでクラス中が色めき立つ。


石田がチョークを置きながら声を張る。


「来週の遠足の班を決めるぞー。

 とりあえず好きなもの同士で組めー。

 6人1組。男女3人ずつなー」


その瞬間、颯太が椅子を蹴る勢いで立ち上がった。


「おーし!ファミリーは当然一緒だよな!!

 雪杜!御珠!咲良!莉子!来いよ!」


あまりに一直線な宣言に、咲良が目を丸くする。


「ちょっ、ちょっと颯太くん……ペース早……」


莉子はそわそわと手を胸の前で組み、声を縮めた。


「い、いいのかな……私も……天野ファミリーで……」


咲良は柔らかく笑ってうなずく。


「莉子ちゃんはもう正式メンバーでしょ?

 御珠ちゃんも“いい”って言ったんだし……」


御珠はいつも通り堂々だ。


「うむ。家族は多いほど面白いのじゃ」


雪杜は、小さく目を伏せながら心でつぶやく。


(……家族増やすって言ってたけど本気なんだね……)


その横で咲良も密かに驚いていた。


(え……まだ増やそうとしてる?)


こうして五人は自然と一かたまりになり、あとは一人。


颯太が腕を組み、教室をぐるりと見渡す。


「よし!あと一人!六人で一班だからな!

 誰にすっかなー……」


その時、教室の端。

机に肘をつき、静かに自分の世界に沈んでいる男子――佐藤 かけるが目に留まる。

声をかけられても無表情で返しそうな、そのマイペースさ。


颯太が全力で手を振った。


「おっ、駆ーー!!おーい!!」


駆は顔だけ上げ、瞬きを一つ。


「……ん?」


「うちの班入らないか?あと一人枠あんだよ!」


駆は少し考える素振りを見せて、淡々と答えた。


「え……俺……?

 あー……うん……別にいいけど……」


咲良の頭の中に衝撃が走る。


(え、颯太くん……コミュ力高っ!!

 ためらいゼロで声かけるの!?

 いやいや……普通あの距離で話しかけないでしょ……!)


雪杜は胸を撫で下ろすように小さくつぶやく。


「よかった……優しそうな人で……」


颯太はさっそく駆の袖をつまみ、ずるずると引っ張ってくる。


「はい駆ー!今日から天野ファミリーな!」


駆は表情をほとんど変えず、ぽつり。


「……ん。よろしく……」


「えっ、もう家族入り!?」


雪杜が声を上げる。


「早っ!」


咲良も同じテンションで返す。


御珠は腕を組み、なぜか誇らしげにうなずいた。


「咲良よ、名前を呼ばれた瞬間にもう家族じゃ」


(そんな即時加入システム聞いてない……!!

 私一人だけ、めっちゃハードル高かったじゃん!!)


咲良は心の中で机を叩いた。


駆は周囲を見回し、淡々と受け入れる。


「まあ……居心地悪くなければいいや」


「駆くん、優しい……」


雪杜がほっと微笑む。


黒板前では石田が班の進行を確認していた。


「はい、班決め終わってるなー?

 六人揃ってるとこから前に来てメンバー書いてけ」


颯太が誰より早く手を上げる。


「先生ーー!!天野ファミリー完成しましたーー!!」


「……お前らのその“ファミリー”ってなんなんだ……?

 まあいい、六人揃ってるならそのまま班番号1な」


(石田先生つっこんで……!!

 だれか一回止めて……!!)


咲良の心の悲鳴は誰にも届かない。


自然と並んだ班の並びはこうなった。


颯太 — 雪杜 — 御珠 — 咲良 — 莉子 — 駆


颯太が満足げに胸を張る。


「よし!完璧なラインナップ!!」


駆がぼそりとつぶやく。


「……なんか濃いなこの班……」


「わかる!!!」


咲良が即答する。


雪杜はおろおろと目を瞬かせた。


「え、濃い……?ぼ、僕そんな……?」


御珠が胸を張って言い切る。


「雪杜は可愛いからの。濃くて当然じゃ」


「か……かわ……

 御珠……大きい声で言わないで……!」


雪杜の頬が真っ赤に染まる。


その横で莉子はそっと颯太へ視線を向け、咲良は小さく達成感をにじませ、駆は淡々とその空気を受け入れ、御珠は全体を眺めて満足げにうなずいた。


こうして――

天野ファミリー六人班が、完成した。


班番号を書き終え、紙を提出し終えた六人が席へ戻っていく。

教室はまだざわざわしていて、あちこちで「誰と組む?」「あと一人!」と声が上がっていた。


その喧騒の中で、雪杜はふと立ち止まる。

胸の奥で、じわっと温かいものが湧き上がってきた。


(……去年と違って、こんなにスムーズに班が決まるなんて……)


思い返せば、名前を呼ばれることもなく、誰の輪にも入れず、ただ静かに時間が過ぎるのを待っていた春。


あのときの“痛い静けさ”はここには無い。

今の雪杜の周りには、

颯太の大声、

咲良のあたふた、

御珠の堂々たる存在感、

莉子のそわそわ、

駆のゆるい相槌が、

当たり前のように重なっている。


(……なんか……すごいな……)


胸の奥がふわっと膨らむ。

期待とも不安とも違う“この先を見てみたい”と思える感覚だった。


(遠足……楽しみだな……)


雪杜は自然と口元を緩めた。

それに気づいた御珠が横目で小さく微笑み、咲良は気づかないふりをしながら嬉しそうにちらりと見て、颯太は「なにニヤついてんだよ!」と背中を叩いてきた。


教室の真ん中で、遠足前の小さな期待が、そっと芽を伸ばし始めていた。

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