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神愛 ─ 永遠の刹那 ─  作者: 神愛
第1章 小学生編
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第13話 春の初めに

春休みの午後。

まだ少し冷たい風が吹く道を、三人は並んで歩いていた。

新学期を前に、近所の文房具屋へ向かうだけなのに、どこか胸がそわそわする。


雪杜は手元のメモを見つめながら小さく呟く。


「えっと……新学期で必要なのは……ノートと鉛筆……」


横を歩く咲良は、春色のスカートを揺らしながらにこっと笑った。


「だね! 6年生だし、表紙かわいいの選ぼ?」


御珠はというと、店の看板を指差しながら首を傾げていた。


「む?この“ぶんぼうぐ屋”……防具を売る店か?」


「ちがうよ御珠……」


雪杜は固まりつつ、ツッコミとしては最大限やさしい声で言う。


店に入ると、文房具特有のインクの匂いと、カラフルな棚が広がる。

御珠は一歩踏み入れただけで“異界に来た”みたいな顔になった。


そのまま棚へ吸い寄せられ、ひとつのシャーペンを手に取る。


「これは……美しき金属の杖……?

 人間の子はこれで魔力を……?」


「シャーペンは魔法道具じゃないよ!?」


咲良が反射的に叫ぶ。


雪杜は必死に説明しながら、カチッとノック部分を押してみせた。


「御珠、シャーペン使うときは“カチッ”ってするんだよ」


御珠は恐る恐る指をかけ、カチッ、カチッと押してみる。

芯が出るたびに目を見開いた。


「……おお……芯が伸びる……なんと面妖な」


そのまま御珠は“未知の道具コーナー”に魅了され、ふらふらとカラーペン売り場へ進んでいった。


その隙に、雪杜は並んだ筆ペンの棚が目に入り、


(……御珠には筆のほうが書きやすいかも……)


と、小さな筆ペンを一本そっと手に取った。


「雪杜!見よ!!

 この“水色”“桃色”……全部買うぞ!!」


「ま、待って!?そんなにいらない……!」


雪杜が慌てて止めようとすると、咲良も手を伸ばして必死にブレーキをかける。


「御珠ちゃん、買う前に“使うかどうか”考えて!!

 それ全部買ったらお金足りないよ!!」


御珠は胸を張り、やけに自信満々に言い放つ。


「金のことなら心配いらぬ」


雪杜の脳裏に、何とも言えない不安が浮かぶ。


(……どういう意味だろう……)


結局、二人が全力で止めに入り、ペンは必要な分だけに落ち着いた。


店を出る頃には、それぞれが小さな紙袋を手に提げていた。

春の空気はいつの間にかほんのり温かくなっていて、帰り道を照らす光も柔らかかった。


雪杜は袋の中を覗きながら、小さく笑う。


「……6年生になるの、楽しみだね……」


咲良は元気よく頷いた。


「うんっ!新しい文房具ってワクワクするよね!」


御珠は二人の横顔を見つめ、静かに目を細めた。


「妾も楽しみじゃぞ。

 そなたと迎える“新しい年”……嬉しいものじゃ」


雪杜は照れくさそうに目をそらしながら、でもはっきりと返す。


「……うん……」


春の風はまだ少し冷たいのに、三人の距離だけは、ほんの少し近かった。


────


夜の気配がゆっくり沈んでいく。

雪杜の部屋には小さな灯りだけがともり、カーテンの布越しに春の夜気がやわらかく伝わっていた。


御珠は布団の上にちょこんと座り、雪杜は横向きに枕へ身を預けている。

ふたりだけの声が、静かに響いた。


「……あのさ……御珠って、身長伸びないの?」


雪杜の問いに、御珠は不思議そうに目を瞬かせる。


「む?妾か?

 そなたが望めば、どんな姿にでもなれるぞ?」


さらりと言われた言葉が、夜の空気の中で妙に響いて、雪杜は思わず息を詰めた。


「え、でも……大晦日の夜に“変わらぬ姿でそばにいるのが怖くないか?”って……言ってたよ?」


その場面を思い出したのか、御珠の瞳が瞬きの途中で止まる。


「そなた……よく覚えておるの」


「だって……僕だけ大きくなって、御珠がずっと今のままだったら……

 その……絶対いろいろ言われるじゃん……

 変なふうに……」


恥ずかしさを隠すように雪杜が枕に顔を少し押しつけると、御珠は小さく息をこぼし、視線を落とした。


「ちと誤解があるようじゃの。

 あれはの……

 妾が“そなたらと同じようには成長せぬ”という意味じゃ」


「成長……?」


「背丈ではないぞ。

 心の成長じゃ。

 そなたらはやがて大人になり、考え方も変わる。

 好き嫌いも、生き方も、見える景色も変わっていく」


御珠は言葉を探すように、指先で布団の縁をなぞった。


「妾だけはの……その変化が訪れぬ。

 どれほど時が経とうとも“今の妾”のまま。

 そなたらが変わり、妾だけ変わらぬ時……

 いつか雪杜は、妾を“異物”のように感じるのではと……

 それが怖かったのじゃ」


雪杜の胸の奥が、きゅっと縮む。

御珠がこんなふうに怯える姿を、いつか想像したことがあっただろうか。


「……怖くなんて、思わないよ」


御珠がゆっくり顔を上げる。

灯りに照らされた表情は、かすかに緊張していた。


「変わらないのは……

 御珠が僕をずっと好きでいてくれるってことでしょ。

 それなら、むしろ安心するよ」


ふっと、御珠の肩が揺れる。

息が震えたのが分かった。


「……そなた、そういうことを平然と言うでない。

 ……照れるではないか」


その反応が、逆に雪杜の胸の奥を温かくしていく。


「それにしても、どんな姿にもか……」


「明日から6年生じゃからな。

 ちと背を伸ばしておこうかの」


御珠は軽く言ってのけるが、雪杜の喉がごくりと鳴る。


(……お、お姉さんの御珠……ちょっと見てみたい……)


その一瞬の妄想を、御珠は逃さなかった。

そっと雪杜の顔を覗き込む。


「ふむ……そなた、何かよからぬことを考えておらんかの?」


「何も望んでないよ!ちょっとだけ!ちょっと気になっただけ!」


慌てふためく雪杜に、御珠はくすっと笑う。

月明かりが髪に揺れ、小さな影を作った。


「妾、まだ何も言うとらんのじゃが。

 まあ、そのうちの。

 ただ――」


途端に声色が柔らかくなる。


「妾は“そなたがいちばん安心できる姿”でいたいのじゃ。

 子どもの姿が良いのか、大人が良いのか……

 そなたが望む姿で、妾がおれば、それでよい」


雪杜の胸に、じわりと熱が広がる。


(そんな……選べるわけない……

 どっちの御珠も好きに決まってる……)


「……そのままでいいよ。

 今の御珠が、いちばん落ち着くから」


御珠は満足そうに目を細めた。


「そうか。

 なら、しばらくはこの姿でおるとしよう」


(……なんだよそれ……

 言い方がなんか……ずるい……)


雪杜の照れは、御珠の耳には全部届いていた。


「ふふ。そなたの反応はいつ見ても可愛いのぅ」


「可愛くない……!」


「可愛い」


「……っ」


言い返せない沈黙が二人の間を満たすと、御珠はそっと布団に滑り込み、横たわる雪杜の隣へ体を寄せた。


「秘密じゃぞ、雪杜。

 妾が何に姿を変えるか決められるのは……

 世界でそなた一人だけじゃ」


耳元で落とされた声は、驚くほど静かで、雪杜の心臓の鼓動だけが大きく響いた。


(……キュンて……こういうときに使うんだ……)


夜の部屋に、小さな幸福感が静かに満ちていく──

はずだった。


寄り添った御珠の体温が、急にぽうっと熱を帯びる。


「……ん?」


御珠の呼吸が浅くなり、雪杜のシャツをつまむ指先がかすかに震えた。


「雪杜……そなた……

 さっきから……近い……近いのじゃ……」


「いや、近づいてきたの御珠だからね!?」


御珠の頬がゆっくり赤く染まり、胸の奥から甘い気配が滲み広がる。


次の瞬間──


「う……っく……苦し……」


御珠の体がびくんと強張った。


「まずい……ちと興奮しすぎて……

 呪いの“逆流”が……」


「み、た……ま……っ!」


名残惜しそうにしながらも、御珠は慌てて雪杜から距離を取った。


布団の隅で小さく丸まり、しゅんと肩を落とす。


「……そなたに触れると……

 やっぱりまだ暴走してしまうのじゃ……」


「御珠……」


御珠は顔だけをひょこっと布団から出し、寂しげに雪杜を見つめる。


「……明日こそは耐えられるように、鍛えておくのじゃぞ?」


「え、頑張るの僕なの!?

 御珠も頑張ってよ!」


「妾は頑張っておる。

 そなたに触れぬ間はちゃんと自制できとる。

 ちょっと気を抜くと……もっていかれるのじゃぞ?」

 

そんなやりとりを最後に、二人は泣き笑いのような気持ちで布団の端と端に落ち着いた。


ほどよい距離ができた夜、部屋の灯りだけが静かに揺れた。


(……なんか……甘く終わるはずだったのに……

 いや、でも……こういうのも悪くないか……)


雪杜の胸に残るのは“危なっかしいけど確かにそこにある距離”だった。


────


新年度の朝の空気は、まだ春になりきれない冷たさを抱えていて、そのくせ胸の奥だけは妙にそわそわして落ち着かない。


校舎の前で靴ひもを整えていた雪杜は、玄関から聞こえる新しいざわめきに、そっと深呼吸をした。


(……今日から6年生か……

 クラス替え、あるはずなんだよな……

 また一から人間関係つくるって……ちょっと怖い……)


そんな不安の影が胸に差し込んだ瞬間、ぱたたっと軽い足音が近づく。


「雪杜くん!聞いた!?

 今年は――クラス替えないんだって!」


咲良が息を切らしながら駆け寄ってくる。

その笑顔だけで、雪杜の胸の奥に光が走った。


「え……そ、そっか……。そっか、変わらないんだ……」


声はいつも通り控えめなのに、内側からふわっと力が抜けていく。


(……よかった……

 また一からじゃない……

 “いつもの”ままでいられる……)


春風の中、ひょいと御珠が姿を見せた。


「ほう。クラス替えが無いとな。

 ならば妾、教室の理を覚え直さずに済むわ」


雪杜は思わず眉を寄せる。


(ありがたいけど……なんか嫌な予感が……)


三人で教室に入ると、黒板の前に貼られた席順表には見覚えのある並びがあった。


「席もさ、ほぼ去年と同じだよ。

 あ、御珠ちゃん、また雪杜くんの隣でよかったね」


咲良がほっとした声を出すと、御珠は当然のように胸を張る。


「当然じゃ。

 雪杜のそばになるよう少しばかり“調整”しとるからの」


雪杜は額に手を当てた。


(やっぱりチート使ってる……

 いや、どうやってんのか聞くの怖い……

 ていうか、これ学校的に許されるの……?)


そんな雪杜の心配などどこ吹く風、御珠は満足げに雪杜の隣へ腰を下ろしていた。


机に荷物を置くと、雪杜はふと隣にいる二人に向き直った。

その顔つきが急に大人びて見えて、咲良は息を呑む。


「……あのさ。

 僕……初めて、一年間ちゃんと学校に通えたんだ。

 それって、きっと……

 御珠と咲良がいたからだと思う」


その言葉を聞いた瞬間、咲良の胸がキュンとした。


返事をしようとしたのに、うまく息が吸えない。

こんなふうに名前を出して、まっすぐ感謝されるなんて思っていなかった。


「ゆ、雪杜くん……」


声が震える。


御珠は目をそらしながら、珍しくゆっくりと息を吐いた。


「……そなた……

 そんな大事なことを、さらりと言うでない。

 照れるじゃろうが」


窓から差し込む春の光が、御珠の髪をやわらかく照らしていた。


咲良はその空気ごと抱きしめるように笑った。


「でも嬉しいよ。

 6年生もまた一緒にいられるなんて」


御珠もうんと頷く。


「うむ。

 雪杜と迎える“新たな春”、悪くないぞ」


雪杜は机の端をそっとなぞりながら、小さく微笑んだ。


「うん……

 二人がいるなら……

 6年生、ちょっと楽しみかもしれない」


そこへ、教室の後ろの方から、勢いよく声が飛び込んでくる。


「っちょ!俺もいるだろ!忘れんなよ!」


颯太が勢いよく手を振って駆け寄ってきて、教室の空気が一気に軽くなる。


その瞬間――

窓から差し込む春の光と、

自然にこぼれた笑い声が重なって、

“新しい一年の始まり”がゆっくり動き始めた。


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