第8話 神さまと委員長のルール
体育館の空気は、さっきまでの試合の熱を残してほんのり揺れていた。
床に落ちたボールの跳ね返りがまだ耳に残っている中、中央で石田がパン、と手を叩いた。
「はい次のチーム!並べー!」
声は体育館全体に響き、わらわらと子どもたちが動き出す。
その中で、御珠と咲良の名前が呼ばれた瞬間――
列の中のひとりがすっと立ち上がった。
眼鏡を押し上げる仕草が、いつもの数倍鋭い。
「……来たわね。御珠さん」
言葉の角が、体育館の冷えた空気に刺さる。
御珠は呼ばれたこと自体を不思議がるように首を傾け、ふんわりとした調子で返した。
「む?宣戦布告か?ぬしは誰じゃ?」
その無邪気さがむしろ彼女の神経を逆撫でする。
彼女は背筋を伸ばし、真っ向から名乗りをあげた。
「私は如月 澄香。学級委員長よ。
あなたみたいな“不純物”が学校で好き勝手するなんて……委員長として見過ごせないわ」
“不純物”。
その言葉が、体育館のラインの上に冷たく落ちる。
御珠は一拍遅れて目を細めた。
「妾が?不純?何を言っておるのじゃ、ぬしは」
その返しに、澄香の頬が一瞬で赤く染まった。
怒りとも羞恥とも判別できない赤だ。
「“伴侶”とか“契り”とか!!
そんな言葉を!学校で!口にすることよ!
この……不潔!!」
御珠は眉をわずかに寄せ、困惑と真剣が混じる表情で言葉を返す。
「妾と雪杜の関係になにか問題が?」
「ある!!大ありよ!!
ここは学び舎!公序良俗の砦!
あなたみたいな存在が秩序を乱すの!!」
“秩序”という言葉がぴん、と張られた糸みたいに響く。
御珠はその糸を不思議そうに見つめながら、小さく呟いた。
「……おぬし、妾を嫌っておるの」
「当たり前でしょ!!」
その瞬間、空気をやんわり切り裂くように飄々とした声が滑り込む。
「はーい、澄香。今日の“秩序の守護神”モード、もうちょい落ち着こうね」
声の主は、副委員長の真壁 透だった。
肩の力が抜けた声で澄香の腕をそっと押さえる。
「透は黙ってて!!」
「いやいや、黙れって言われてもさ。
君、今ほぼ“個人的な感情”で怒ってるよ?」
「こ、個人的じゃない!!私は委員長として……!」
「はいはい。委員長として、ね?」
軽く肩に触れる透。
その柔らかい制止で、澄香がこれ以上前へ飛び出さないようにしている。
石田が呆れたように声を飛ばした。
「いいからコート入れ!」
二つのチームはようやく動き出した。
体育館の木の床が、彼女たちの足音を乾いた音で返す。
雪杜はその背中を見送りながら、胸の奥にざわつきが生まれるのを抑えきれなかった。
(……なんか……ヤバい組み合わせになってる……)
しかしコート中央では、すでに御珠と澄香が真っ向から向き合っていた。
互いの存在を測るような沈黙。
澄香はキッと眉を上げ、宣戦布告を落とす。
「……この試合で証明してあげる。
あなたみたいな異物が……学校にいる場所なんてないってこと」
御珠は静かに、しかし揺らぎのない声で返した。
「妾は雪杜のそばにおれば十分じゃ。
おぬしの許可などいらぬ」
斜め後ろで透が小さく肩を落とす。
「……あーあ。始まっちゃったなこれ……」
そして、笛が鳴った。
試合が始まる。
───
ジャンプボールが床に落ち、コートの空気が一瞬だけ凍りついた。
ついさっきまで普通の体育だった空間が、いまは別の気配をまといはじめている。
最初にボールを拾ったのは、澄香チームの男子だった。
軽く息を吐き、勢いよく声を上げる。
「いくぞー!」
その声を合図に、御珠チームが散開した。
御珠はスッ、と無駄のない動きで構える。
動き出した瞬間に“重さが消える”ような、異質な軽さだった。
澄香はその姿を鋭い視線で射抜く。
(……来なさい。あなたの“本性”を見せてみなさい……)
その心の声に重ねるように、横から小さなひそひそ声。
「澄香、顔がちょっと怖い」
透だ。
目線だけで「落ち着け」と伝えるようにしている。
「黙ってて!」
澄香は一蹴した。
けれどその頬は、透に図星を突かれた羞恥で赤くなっていた。
男子がドリブルで前へ進む。
体育館の木の床にポン、ポンとボールの音が跳ねるたび、御珠はそれに合わせて軽くステップを踏んだ。
音もなく、影のように距離を詰める。
後ろで咲良が息を呑む。
(わ……御珠ちゃん、足速い……)
観察する瞳は、ただの驚きと、少しの不安。
「……動きが読めるのぅ」
御珠が静かに呟いた瞬間だった。
男子は「え?」と反応する間もなく、御珠の手が鋭く伸びた。
スパッ――
ボールが床に叩かれる音が響き、思わず男子が目を丸くする。
転がったボールは、御珠の味方の男子がすぐ拾い上げた。
「ナイス!御珠さん!」
「うむ」
御珠は軽く頷く。
その姿はどこまでも落ち着いていて、自分の力を当然と受け入れているように見えた。
澄香は歯を強く食いしばる。
(……あれは小学生の動きじゃない……!
やっぱりこの子は“普通”じゃない!)
隣で透が腕を組み、静かに分析するように呟いた。
「……速すぎる。
反応じゃなくて予知に近い動きだね……」
澄香の視線が透へ向く。
「透、あなたもおかしいと思う?」
「まぁね。
あれは……“人の癖を読む”ってレベルじゃないよ。
なんて言うか……うん“違和感の塊”って感じ?」
その言葉が、澄香の胸に鋭く刺さった。
「……っ!」
怒りが混ざり、澄香の睨みが御珠へ向けられる。
「……こんな化け物みたいな……!」
その瞬間――
御珠の足がぴたりと止まり、ゆっくりと振り返る。
静かだった瞳に、深い藍色の光がゆらりと宿った。
「……ぬし、今……なんと申した?」
“聞き逃さない”という圧が、空気をびりっと震わせる。
「ひっ……!」
澄香の喉が跳ねる。
空気が一段冷えたように感じられて、周囲の子どもたちが自然と距離を取った。
コート脇で雪杜が身を乗り出す。
「御珠……!」
胸がざわつく――
嫌な予感が走る。
と、その前に透が澄香の前へそっと一歩出た。
「はい澄香。言い過ぎ」
「で、でも……!」
「でもじゃないよ。
化け物と言われて喜ぶ人がいると思う?」
澄香は一瞬、息を飲む。
「……っな、何よ……透もあの子の味方なの!?」
「僕は敵でも味方でもないよ。
ただ言い過ぎたのは事実でしょ?」
「っ!!!!!」
澄香は苦悶の表情を浮かべ御珠を睨んだ。
「た、確かに言い過ぎたわ。そこは謝る……ごめんなさい……」
「うん、これでおしまい。もういいでしょ」
透は軽く肩をぽんと叩いて、火を弱めようとする。
御珠は二人のやり取りを静かに見つめていた。
その表情には怒りの影もあるが――それ以上に“理解できない”という戸惑いが強い。
「……おぬしたち、人の言い争いはようわからぬ。
けれど雪杜のことで声を荒げるのなら……妾も黙ってはおれぬぞ」
「御珠、やめて!
澄香さんはもう謝ったから……これ以上はいいんだ」
雪杜の声が走る。
咲良も慌てて手を振った。
「御珠ちゃん落ち着いてー!」
その叫びに重なるように、石田の怒声が体育館を裂いた。
「おいコラ!お前らバスケしろ!!」
怒号に、広い体育館が一瞬ビクリと揺れた。
みんなの視線がちらちらとコートへ戻る。
しかし――火は完全には消えていない。
次の瞬間、澄香が勢いよく走り出した。
「うるさい!!
ここは学校よ!
あなたみたいな異物に好き勝手させない!!」
御珠もまた、一歩踏み出して応じる。
「ほぅ……ならば——受けて立つ」
二人の距離が、まるで弾けるように縮む。
御珠は読んでいた。
澄香が“ボールに触れる前に動く”癖を。
澄香もまた悟っていた。
御珠が己より圧倒的に素早いことを。
二人の少女の足音が、体育館に鋭く響く。
透が小さく息を吐いた。
「……もう誰も止められないね、これ」
───
体育館の空気が張りつめ、試合の音よりも二人の気配のほうが強くなる。
御珠がボールを軽く弾いた瞬間、その音に澄香の表情がきゅっと固く引き締まった。
「……やっぱり“普通”じゃないわね、あなた」
その刺々しさを受けても、御珠はただ首を傾げるだけだった。
「む?なにが普通で、なにが普通でないのじゃ?」
素朴な問いが、逆に澄香の神経を逆なでする。
「その態度よ!!
なんであなたはそんなに堂々としてるの!?
ここ、学校よ!!」
声の鋭さに体育館の温度が一段冷える。
「堂々としてはならぬ理由があるのか?」
御珠の返しはあまりにも自然で、悪意がない。
その無自覚さが澄香の苛立ちをさらに刺激した。
「あるに決まってるでしょ!!
“伴侶”とか“契り”とか!!
そんな不謹慎ワードを教室で叫んでおいて、よくもまあ平気な顔してコートに立てるわね!!」
御珠は胸にボールを抱えたまま、淡々と告げた。
「妾は雪杜の伴侶じゃが……?」
その素直すぎる言葉が火に油を注いだ。
「それが不潔だって言ってるの!!
学校は学び舎!!
公序良俗を守りなさいって言ってるの!!」
澄香の声は、体育館全体に響く勢いだった。
透が小声でつぶやく。
「うわぁ……委員長モード200%だ……」
咲良も小さく肩をすくめる。
(ひぃ……キレてる……)
御珠は澄香の怒りを真正面から受け止め、ぽかんと瞬きをした。
「そなた……ずっと妾のこと怒っておったのか?」
その問いに、澄香は即答する。
「怒ってるに決まってるでしょ!!
あなた、私に“人生最大の恥”を与えた相手なんだから!!」
「恥……?」
御珠が首を傾けた瞬間、澄香の頬が真っ赤になる。
「う、うるさい!!
忘れなさい!!あれは黒歴史よ!!」
透が冷静に突っ込む。
「……でも忘れられないって顔してるよ」
「透は黙れ!!」
怒りの矛先を向けながらも、体がわずかに震えている。
御珠はそのやり取りを静かに見つめていた。
「……妾は、ぬしを怒らせるつもりなど無かったのじゃが」
だが澄香は止まらない。
「問題なのは“つもり”じゃないの!!!
あなたは自覚がなさすぎるの!!
規律を乱す自覚が!!」
御珠は一度まばたきをし、ぽつりとその言葉を繰り返す。
「規律……?」
「そう!!秩序!!
委員長としてはっきり言ってるのよ!!
“学校にふさわしくない存在は、排除すべき”だって!!」
その瞬間、体育館の空気がざわりと揺れた。
言葉の鋭さが、周囲の子どもたちの背筋にまで届く。
御珠は胸に抱いたままのボールをぎゅっと引き寄せ、震えるような小さな声で呟いた。
「妾が……学校にふさわしくない……?」
「当然でしょう!!
あなたの言動全部が非常識なんだから!!」
御珠の指がわずかに強張る。
胸の奥に刺さる痛みを、じんわり押し殺すように目を伏せた。
「……妾は……雪杜と一緒にいたいだけじゃ」
澄香の返しは容赦なかった。
「それが!!不適切だと言ってるの!!
“距離感”とか“言葉の選び方”とか!!
なんで全部ズレてるのよあなた!!」
「ズレておる……?」
御珠の声は小さく揺れていた。
「そうよ!!アンタは全部ズレてる!!」
透がぼそっと呟く。
「……言い方ぁ~……」
「透!!関係ない!!」
怒鳴る澄香の声は、もう自分でも抑えが効いていない。
御珠はその勢いを受け、ほんの一瞬だけ寂しげにまなざしを落とした。
「……妾、そんなに迷惑かの……?」
澄香は勢いよく指差した。
「迷惑よ!!!
学校で“妾は伴侶じゃ”とか堂々と言える時点で、あなたは“秩序の敵”なの!!
委員長としてはっきり言うわ!!
あなたは……“異物”よ!!!」
「異物……」
御珠の胸の奥がぎゅっと縮む。
そのひと言は、どんな攻撃より痛かった。
コート脇で雪杜が息を飲む。
(御珠……!)
体育館の温度が沈み、空気が重くなる。
御珠は震える声で呟いた。
「……妾、そんなに嫌われておるのか」
「嫌いに決まってるでしょ!!!
私は正しいのよ!!
あなたが間違ってるの!!!」
透が小さく息を吐く。
(……澄香の“絶対正義”だ……)
そんな中、石田の怒声が体育館に響き渡った。
「おいそこ!試合中に討論会すんな!!バスケしろ!!」
その声に、御珠はゆっくり顔を上げた。
怒りではない。
ただ――分からないまま傷ついた目だった。
「……分からぬ。
妾には、人の“正しさ”というものが……よく分からぬ」
その素直さに澄香はさらに声を荒げる。
「そこが問題なのよ!!!
分からないなら!!
せめて!!せめて、静かにしてなさい!!」
笛が鋭く鳴り響き、空気を断ち切る。
試合が再開した。
───
再開の笛が鋭く鳴り、張りつめていた空気が一気に動き出した。
御珠チームの男子がパスを受け取り、コート上の全員がいっせいに動く。
さっきまで止まりかけていた体育館の空気が、再び熱を帯びはじめた。
御珠は床を滑るような足取りでコート中央へ走る。
その動きは相変わらず静かで、そして不自然なほど軽く速い。
(……ずるい……
なんでそんなに……軽いの……?
どうしてそんな“素で特別”みたいな顔して走れるの……?)
澄香の胸の中で、さっきまでの怒りとは少し違う種類のざわめきが広がる。
「澄香、集中。怒鳴り合いは後でね」
透が横から静かに釘を刺す。
「分かってる!!」
言葉は強気なのに、その声はわずかに震えていた。
御珠がパスを受け取った瞬間、澄香は真正面からぶつかるように踏み込んだ。
「止まりなさい!!“規律違反”!!」
「なぜ妾が止まらねばならぬ?」
御珠の問いは、本気で分かっていない者のそれだった。
「その“なぜ”が問題なのよ!!
あなたは自分が学校のルールを乱してるって自覚がないの!!
その態度がもう異常なの!!」
「……妾は、ただ雪杜と……」
「それ!!その“雪杜”!!
全部そこに戻るのが不適切だと言ってるの!!!
学校はあなたの“恋愛アピール会場”じゃないの!!」
「恋愛……?」
御珠が小さく首をかしげる。
その無垢な仕草が、澄香の神経をさらにかき乱した。
「うわぁぁ!!そういうところよ!!!
分かってない顔して!!
“伴侶”とか“契り”とか平気で言うから、周りが困ってるの!!」
「なぜ困るのじゃ?」
「小学生だからよ!!!!!」
その叫びが体育館に鋭く響き、空気がひやりと揺れた。
咲良は肩をびくりと震わせ、思わず息を呑む。
(……“伴侶”とか“契り”とか、気になるのは分かるけど……)
張りつめた静けさの中で、澄香の胸だけが大きく上下していた。
「……妾は……
雪杜と仲良くしては……いかぬのか……?」
その問いは、ただの言い訳ではなく、純粋な疑問だった。
「仲良くするにしても!!
度を越えた距離感と発言と態度を改めるべきだって言ってるの!!
委員長として注意してるの!!」
御珠は立ち止まり、ボールを抱えたまま、視線を落とす。
「……妾には、人間の“正しい距離”が分からぬ……
どこがいかんのか……どこまでがよいのか……」
「分かろうとしなさいよ!!!
アンタのその“分かりませぬ顔”がみんなを混乱させるの!!!
普通にしなさいよ!!!」
御珠のまぶたがびくりと震える。
「……普通……?」
「そう!!普通!!
あなたの言動は“普通じゃない”の!!
普通からズレてるのよ!!
それが“異物”って意味よ!!」
「……妾は、普通になれぬ……」
その呟きは、さっきまでのどんな声より小さかった。
澄香は息を呑む。
言葉の上では“勝利した”ように思えるのに、胸の奥がひりひりと痛む。
「……っ……だからこそ……
学校では謙虚にしてなさいって……
派手なことしないで……
大人しく……“普通の子”みたいに……」
「……妾は……普通の子ではない」
突きつけられた現実を、自分で肯定するように言った。
「……っ!!だからそれよ!!
自分で言っちゃうところが問題なの!!
自覚しなさいよ!!」
「自覚は……ある。
妾は普通の子ではない。
雪杜のそばにいるとき……特に、そう思う」
(御珠……)
雪杜はコートの外側から二人を見つめながら、胸の奥で小さく名前を呼んだ。
(これ……澄香を泣かせる展開になるかも……)
透は試合そっちのけで状況を観察しながら、静かにそう予感していた。
「……なら……“普通じゃない子”らしく……
ルールを守りなさいよ……
周りに合わせなさいよ……
合わせる努力くらいしなさい……!!」
御珠は一瞬だけ目を閉じる。
「努力とは……どうすればよいのじゃ……?」
その声は、迷子になった子どもみたいに弱々しかった。
澄香は思わず息を詰まらせる。
怒りの勢いが一瞬だけ途切れた。
(……なんで……そんな顔するのよ……
こっちが悪者みたいじゃない……)
「妾は……
雪杜と居たい。
それだけは……守りたい。
それ以外は……分からぬのじゃ……」
「……っ……!」
言葉の重さに、澄香の視線が揺れる。
「澄香……やめなよ。
これ以上は“論破”じゃなくて“中傷”だよ」
透が横からそっと線を引く。
「う、うるさい……!
私は……委員長として……正しいことを……」
その瞬間――
御珠は胸に抱えていたボールを、そっと床へ落とした。
ぽん……
ぽん……
静かな弾みの音が、なぜかやけに大きく響く。
「……澄香。
妾は、そなたの言い分……聞く」
「……え?」
澄香が思わず目を見開く。
「妾は……普通になれぬ。
じゃが……
“学校では静かにせよ”と言うのなら……
できるかぎり……気をつける」
澄香の喉がひくりと震えた。
「……な、なによ……
急にそんな……しおらしい顔して……
ずるい……そういうの……」
「ずるい……?」
御珠は、言葉の意味を確かめるように繰り返す。
「そうよ!!
反省するなら……最初からそうしなさいよ!!
最初から!!最初から!!」
「……妾は……
どうすればよかった……?」
「そんなの……!
私はただ……学校を……
“普通でいてほしくて”……!」
御珠は、迷いながらも一歩だけ澄香に近づいた。
「……妾も……
“普通”が分からないまま……
努力するゆえ……
そなたも……妾を嫌わぬ努力を……してくれぬか……?」
「なっ……!?」
澄香の中に、ガツンと何かが入り込む感覚が走る。
怒りも羞恥も正義感も、全部まとめてぐちゃぐちゃにかき回される。
「な、なによそれ……
なんで……そんなこと……
言われなきゃいけないのよ……!」
「妾とそなた……
敵同士ではないのじゃろう……?」
「ばっ……バカ言わないで!!
敵よ!!
大っ嫌いよ!!!
アンタなんか、異物で……
規律破りで……
破廉恥で……
……でも……」
声がだんだん小さくなっていく。
「……でも……
そんなふうに言われたら……
……返す言葉が……なくなるじゃない……」
「澄香、顔真っ赤だよ」
透の一言が、さらに追い打ちをかける。
「うるさい!!!!!」
その瞬間、笛が体育館に鳴り響いた。
「はい試合終了ーー!!
お前ら!何のドラマ撮ってんだよ!!」
石田の半分悲鳴みたいな声が体育館に響き、 張りつめていた空気がふっとほどけた。
どよ……っと、安堵にも似た息があちこちで漏れる。
澄香は顔を真っ赤にしたまま、涙目で叫ぶ。
「次は勝つから!!
本気で勝負するから!!!
覚悟しなさいよ!!!!!」
「……うむ。
そなたの正義……妾も覚えたぞ」
透はその様子を眺めながら、小さく肩をすくめる。
「……二人とも……仲良くなれるといいねぇ」
「だ、だから誰が……!」
澄香が噛みつこうとした瞬間、御珠の声が素直に重なった。
「……澄香。
妾はそなた……嫌いではないぞ」
「~~~~~~~~~~~ッッ!!!!!」
体育館の反響が揺れ、澄香は耳まで真っ赤にしてコートから走り去っていった。
「な、なんか……すごい試合だったね……」
咲良がぽつりと漏らす。
(御珠……
“普通になれぬ”って……そんな顔、僕……初めて見た……)
雪杜は胸の奥でそっと呟きながら、御珠の横顔を見つめていた。
御珠はその視線に気づくと、ほんの少しだけ“子どもらしい笑顔”を浮かべる。
「雪杜……
妾、がんばったぞ……」
「……うん……すごかったよ……」
雪杜の言葉を受けて、御珠は誇らしげに胸を張った。
「妾、普通の子……目指すのじゃ!!」
(それは……たぶん無理だと思う……)
雪杜は心の中でそっとツッコミを入れる。
(……がんばれ御珠ちゃん……!)
咲良もまた、胸の中でエールを送っていた。




