プロローグ
~この物語は史実に基づきながらも筆者の願望をフィクションを交え進行します。時系列などはそのままに記載しますので、日本の大きなターニングポイントであったこの時代を読者の皆様に少しでもご興味を持っていただきご考察を深めていただけたらと思います~
昭和13年とある演習場では日本陸軍の陸大(陸軍大学校)51期生の卒業演習が行われていた。学生は51名は2つの軍に分かれそれぞれが軍司令官、参謀長、師団長などの役が与えられ、それまで学んできたことを最大限に発揮するため、状況をこなしていく。
その中の一人、伊坂英司は第2軍事、第二師団長の役を与えられていた。演習といっても実際に数万の兵が動く訳ではなく、殆どが机上演習で動かした部隊の効果を統裁部が判定し、状況に反映させる。伊坂のいる仮の第二師団司令部には師団長役の伊坂に加え参謀長役の同期、状況を逐次報告する複数の連絡員の他試験官のである教官が着いている。
演習も終盤に差し掛かり軍司令部より総攻撃の指示が下る。
「師団長、軍司令部より総攻撃の指示、わが師団は第2の地点へ攻勢を掛けよとの指示です。」
師団参謀長が軍司令部からの指示を復唱し指示を促す。
「これには第3連隊と第4連隊の同時攻撃でよろしいですね」
この参謀長役は同期ではあるが士官学校は3期先輩である。それだけに自分より立場が下の参謀長に着けられたのだから決して穏やかではないのだろう。
更には卒業間近ということで少しでも成績を上げるため主導権を取りに来る者もいる。
「はい、ではその通りに」
参謀長は威圧的だが、特に気になることもなかったので伊坂は同意する。
「3連隊は第2地点南西側から4連隊はそのまま前進して攻撃開始。」
参謀長はまるで自らが師団長のごとく通信員に対して号令を発する。第2地点を攻略すれば我が軍の勝利が確実なものとなる。先輩の参謀長も気分が良くなっているようで、ある意味伊坂は安心して机上の地図に目を落とした。参謀長の思惑通り第2地点を攻略出来れば我が軍の勝利という筋書きが机上の地図と演習駒の配置から見えている。
(?!あれ・・・これは、まずい!)
「参謀長っ!作戦を変更します。3連隊は進行を止めて防御、迎撃態勢に4連隊は攻撃目標をそのまま第3地点に変更」
敵の陣形と進行から、伊坂は何かに気付き、参謀長に計画の変更を指示するが参謀長は苦い顔をする。「今更何を言うのか」と参謀長は言い、試験官も渋い顔をする」
「そんな急に命令を変更したら両連隊とも混乱して逆にやられるぞっ」
参謀長は急な作戦変更指示に憤り、自らの役を忘れて反発する。
「今ならまだ間に合います」
これまでの伊坂とは違う雰囲気に参謀長は驚きながらも渋々指示を連絡官に伝達する。案の定、連絡官を通じ、連隊から批判の声が来る。しかし伊坂は多少気には留めながらも図上の駒を凝視する。変更指示から30分は経過しただろうか「第3連隊より報告、正面から敵の大攻勢!」連絡員からの報告に参謀長は驚き、言葉を失った。「防御に徹し、現地点を死守して下さい。」伊坂は決められた台詞を吐くように指示を出す。その後すぐ「第4連隊より第3地点突破を突破」「っ!?どういうことだ、3地点の防御は?」敵の守る陣地は全部で3カ所あり一つの地点を陥落させるのに連隊2つ掛かりで約4時間~反日は掛かると計算していた、そこで軍司令部も攻撃重点を第1、第2に絞り敵陣を攻略する方針だった。しかし、そこで想定外が2つ起こった。一つは師団長役の伊坂の突然の命令変更、続いて第3地点の早期陥落、状況を把握しようと参謀長は図上と手元資料を見比べる。
「第4連隊はそのまま第2地点後方へ前進して下さい。」
参謀長の思考が追いつかないまま伊坂が次の指示を出す。「第4連隊、第2地点後方へ前進せよ」連絡官はそのままの指示を伝えた。それが余裕のない参謀長を更に苛つかせる。
「ちょっと待て、まずは状況を確認してから、もし敵の罠だったら・・・」「第3連隊より報告、正面の敵が後退!」すぐさま次の報告が来る。演習とはいえ、戦場に一つの流れが出来つつある「第3連隊は至急攻撃態勢へ転換」その一つ一つをまるで伊坂が組み上げていくように指示を出す。「第3連隊より報告、第1連隊が正面に参戦、後退する敵を追撃!」「バカな、第1師団は第1地点を攻略中だろ!」状況に着いていけず参謀長は更に混乱する。軍司令部からの連絡も無くいきなり目の前に第1連隊が現れ加勢に入った。「軍司令部より通達!」そこへ連絡官からの報告が入る。
「第2師団はこのまま第1連隊を指揮下に加え敵に攻勢をかけよ」
まさかの連隊が増強された。そこで状況が止まった。「統裁部より通達、敵陣が戦場より後退、現時点を持って状況を終了とする。」
演習の全てが終了し、参加者一同は演習場の仮宿舎へ帰る、しかし、伊坂は一人教官室へ呼び出され、机の前に立たされている。目の前には演習の主任教官が資料を見ながら怪訝な顔をしている。今回の演習において軍は、伊坂の指揮した師団を中心に敵の行動を押さえこみ、勝利を収めたが、最後とはいえ、その時の行動はあまり見過ごせるものではなかった。
「それで、あの時たまたま軍司令官が増援を指示したが、それがなければ、どうするつもりだった?」
大佐の階級を持つ主任教官は伊坂を飛び出しはしたが特に叱るような様子も無く問いかける。伊坂自身もその様子を理解しているようで特に緊張する様子もなかった。
「はい、敵は我々の4連隊正面に強い攻勢をかける態勢でしたので、4連隊の防御陣形で時間を稼いでから、軍司令部へ増援を要請しようと考えていました。しかし、」「先に増援が来た、と」主任教官は伊坂の言葉を遮り話す。「では、もし軍司令部が増援を出さなければどうしてた?」「敵軍は第3地点からの中央突破に集中していたと見たので時間だけでも稼げれば自然と我が軍が包囲できる算段でした。」主任教官の質問に伊坂は淡々と答える。演習とはいえ軍の方針から外れたことは見逃すことは出来ない、しかし実のところ試験監督側もあのまま状況が、進行していれば第1軍の勝利が濃厚と思っていた。そこに伊坂の奇策が入り状況が、一変した。試験官の中には伊坂の行動を見過ごすことは出来ないと言う者もいる。
「確かに、君の言う事も一理ある、しかし現実はそうも行かない。」主任教官は見ていた資料を置いて伊坂を見上げた。
「実際の戦場では必ず人が絡む、上級部隊であったり参謀、当然相手もだ」
一つため息をつく。「お前はまず現場へ行ったらその事をしっかり学べ」
そう言われ退出を許可され部屋を出た。
学生室へ戻る廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。
「よう伊坂」
同じ学生で同期の瀬島大尉だった。瀬島大尉は演習の時に伊坂の師団が所属する軍司令官役を勤めていた。「やはり、絞られたか?」笑顔で話しかけてはきたが、その奥ではい伊坂を心配する様子が見えた。「まあ、多少小言を言われましたが」それを聞いて瀬島は「はは」と安心したように笑った。「だが正直、あの時はお前に助けられた、私は敵の本当の目的を見逃していた。」瀬島は真剣な顔になって言った。演習の際、伊坂の師団から要請を受ける前に軍を動かし、思わぬ勝利を掴んだ。それは偶然ではなく伊坂が道を開き、それに気付けた彼の才能だけではなく、伊坂への信頼もあった。
「あと少しで我々も卒業だ、これからは益々国に尽くそう」
3週間後、彼ら陸軍大学校51期生は卒業を迎え、瀬島は首席、伊坂は優等という成績を収めた。そしてその後すぐ伊坂は異動が決まった。行き先は関東軍第23師団司令部参謀、満州だった。




