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03. かがやく姫と、大広間の光

•リシェル・エルヴィナ・ローゼリア ‥ 王国の姫。深紅の髪と緑の瞳を持ち、虹色の魔力を宿す。

•カイ・アークライト ‥ 白銀の髪と瞳を持つ少年。勇者の証とされる光柱を示す。

•ジン・ファルク ‥ 茶髪の快活な少年。炎属性の魔力を持つ。

•ミア・クラウディア ‥ 淡い栗色の髪の少女。水属性の魔力を持ち、穏やかで礼儀正しい。

•ルーク・シュヴァルツ ‥ 青黒の髪の少年。土属性の魔力を持ち、寡黙で冷静。

•エミリア・ローレンス ‥ 王女付きの侍女であり、宮廷魔導士。常にリシェルを護り導く。

•セオドア・グランツ ‥ 学院長。公平な教育を重んじ、学院の全生徒を見守る。

 午後の陽射しが石畳を黄金色に染め、新入生たちの列がゆっくりと大広間へ向かっていた。磨き込まれた回廊の床に靴音が響き、緊張と期待が混ざり合った空気が流れる。


 リシェルは深紅の髪を肩に揺らしながら歩いていた。緑の瞳は落ち着きを失いかけているが、横に寄り添うエミリアがその気配を和らげていた。


「肩に力が入りすぎています、リシェル様」

「……うん」


 小さな返事をしても、胸の奥で高鳴る鼓動は止まらない。回廊の壁に並ぶ歴代の勇者の肖像画が、その緊張をさらに強めていた。


 勇ましく剣を掲げる姿。大きな魔法陣を描き出す姿。その中に、若き日の父――レオンハルトの姿もあった。白銀の髪をなびかせ、鋭い瞳で未来を見据えている。


 リシェルは思わず視線を止めた。


「わたしも……いつか、あんなふうに見られるのかな」


 ぽつりと漏れた声は自分でも驚くほど小さく、震えていた。だがエミリアは確かに聞き取っていた。


「リシェル様はリシェル様です。比べる必要はございません」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


 列はやがて大広間の前に到着する。巨大な扉は金の装飾を施され、長い歴史の重みを宿していた。教師が合図を送ると、扉が重々しく開き、軋む音が新入生たちの心を震わせる。


 その向こうに広がるのは荘厳な空間だった。高い天井から吊るされた大きなシャンデリア。赤い絨毯がまっすぐ壇上へと続き、その中央には巨大な水晶玉が鎮座している。光を受けて淡く脈動し、まるで生きているかのように感じられた。


「ここで……測るのね」


 緊張で震えそうな声を押し殺し、リシェルは胸に手を当てる。心の中で合言葉を呼んだ。――虹。七色の橋が心にかかり、張り詰めた息が少しだけ楽になる。


 大広間に足を踏み入れた瞬間、足音がやけに大きく響いた。数百の視線が集まる場にいるのだという現実が、彼女を強く意識させた。


 全員が大広間に揃うと、壇上に立つ学院長セオドア・グランツが静かに手を上げた。白い髭をたくわえたその顔は穏やかだが、青いローブの裾から漂う気配は確かな威厳を帯びている。


「――よく集まってくれました、新入生諸君」


 その声は柔らかく、けれど大広間の隅々まで届く不思議な力を持っていた。緊張で固まっていた空気が、少しだけ和らぐ。


「君たちは既に学んできた。初等教育では読み書きや生活魔法を学び、中等教育では基礎魔術と鍛錬を身につけた。そして今日からは、高等教育でさらに深く己を知り、磨くことになる」


 その言葉に、ざわめきが広がる。多くの生徒が、過ぎた日々を思い出しているのだろう。


 リシェルもまた、王宮での日々を思い返していた。皆と机を並べて学ぶことはなかった。けれど、書物を通じて知識を積み、王妃や家庭教師に導かれ、生活魔法も基礎だけは修めてきた。――それは同じ「学び」だと、ここに来てやっと思える。


「さあ、これより入学の儀として、魔力の測定を行う。己の力を知り、互いを知るための第一歩だ」


 セオドアが言い終えると、壇上横の教師が巻物を開いた。


「ジン・ファルク」


 呼ばれた名に、茶髪の少年が大股で壇上に歩み出る。快活な笑顔を浮かべてはいるが、その指先はわずかに震えていた。


 水晶玉に手を置くと、赤い光が勢いよく広がった。炎のように燃え上がる光は、会場全体を照らし、歓声とどよめきを呼ぶ。


「おお……!」


 仲間たちの声が響き、ジンは照れたように頭をかいた。


「ジンらしいな」

「うん、まさに炎だ」


 そんな声があちこちから聞こえる。


 次に呼ばれたのは、淡い栗色の髪の少女。


「ミア・クラウディア」


 裾を揺らし、落ち着いた足取りで壇上へ。水晶玉に指先を添えた瞬間、澄んだ青の光が水面のように静かに広がっていく。透明な波紋が重なり、やがて全体を包み込むと、観衆は思わず息を呑んだ。


「……綺麗」


 誰かが小さく呟き、周囲が頷く。気品を感じさせるその輝きは、彼女の立ち振る舞いとぴたりと重なっていた。


 続いて名前が響く。


「ルーク・シュヴァルツ」


 青黒の髪をした少年が、無言で壇上に上がる。その歩みは静かで、余計な動きはひとつもない。水晶玉に触れた瞬間、重厚な茶色の光がじわりと広がった。硬質な輝きが結晶のように形を取り、安定した力を示す。


 教師たちが小さく頷き合う。


「……揺らぎがない」

「堅牢な力だな」


 観衆のざわめきとは対照的に、ルークは表情ひとつ変えず壇上を降りていく。その背に、仲間たちは自然と信頼の色を見出していた。


 リシェルは列の中でその光景を見つめていた。炎の赤、水の青、土の茶。――どれも美しく、強い。自分はどんな色を見せるのだろう。胸の奥が高鳴り、不安と期待が入り混じった。


 水晶玉の前に立つ生徒の数は残り少なくなってきた。大広間に漂う空気は熱を帯び、測定を終えた者たちの表情には安堵や誇らしさが刻まれている。


 そして、ついにその名が呼ばれた。


「リシェル・エルヴィナ・ローゼリア」


 響き渡った瞬間、場がざわめいた。


 王女の名。貴族の子弟は遠巻きに「やはり」と頷き、平民の子どもたちは「本当に姫だったのか」と驚きに目を見張った。


 リシェルの心臓が跳ねる。緊張に足が止まりかけたが、後ろからそっと背を押す手があった。エミリアの支えだ。


「大丈夫です、リシェル様」


 短い言葉が力になる。リシェルは深呼吸をし、赤い絨毯を一歩一歩進んだ。


 壇上に立つと、視線が一斉に集まる。その重みに飲み込まれそうになりながらも、水晶玉にそっと手を触れた。ひんやりとした感触が指先を包み、次の瞬間――


 白い光が生まれ、すぐに赤、青、緑、黄と重なり合い、七色の輝きとなって溢れ出した。


 虹が広間全体に広がり、天井のステンドグラスを鮮やかに染め上げる。


「……虹だ」


 誰かが呟いた声を皮切りに、ざわめきが広がる。見たことのない光景に、生徒たちは息を呑み、教師たちも表情を引き締めて見守った。


 虹の光はやがて穏やかに広間を満たし、荘厳な雰囲気を作り出す。その中心で、リシェルはただ必死に耐えていた。胸の鼓動が早くなり、緑の瞳が揺れる。


「黒は……出ていない……」


 心の中でつぶやき、必死に自分を落ち着かせる。


 壇上の端で見守っていた教師たちは、互いに視線を交わした。


「王家の血にふさわしい虹」


 そう受け止めるように頷き合い、「学院の一員」として彼女を受け入れる意思を示した。


 ざわめきは消えずとも、次第に「美しい」「さすが姫様だ」といった声に変わっていく。


 リシェルは胸に手を当て、そっと合言葉を心で呼んだ。――虹。七色の橋が心にかかり、張り詰めていた心がほんの少し和らいでいく。


 壇上から降りるとき、エミリアがすぐに迎えに来ていた。


「見事でした、リシェル様」


 小さな声で告げられたその言葉に、頬がかすかに赤くなる。緊張の中で、ようやく自分が受け入れられたのだと実感できた。


 リシェルが列に戻ると、すぐに次の名が響いた。


「カイ・アークライト」


 その名が呼ばれた瞬間、空気がわずかに変わった。


 列から一歩進み出たのは、白銀の髪を無造作に束ねた少年。光を受けて淡く揺れるその髪は、どこか人ならぬ印象を与える。瞳もまた銀に輝き、歩みは迷いのないものだった。


 ざわめきが起こる。白銀――それは勇者の証。平民出身だと聞かされていた生徒たちは、信じられないと目を見開いた。


 カイは周囲の反応を気にした様子もなく、水晶玉の前に立つ。手を置いた瞬間――


 閃光が爆ぜた。


 白金の光が水晶玉から立ち上り、柱となって天井を突き抜けた。大広間全体が震え、空気が凍りつく。


「……!」


 誰もが息を呑み、目を見開く。時間が止まったかのような静寂。


 リシェルの胸が強く打ち、体の奥から熱がこみ上げる。指先が淡く光り、まるでカイの光と呼応しているかのようだった。


「……共鳴してる……?」


 小さく漏れた声は、隣にいたエミリアにしか届かなかった。


「落ち着いて、リシェル様。大丈夫です」


 その声に我に返り、リシェルは必死に合言葉を呼んだ。――虹。七色の橋が胸にかかり、荒れ狂う鼓動を少しずつ鎮めていく。


 光柱はなおも天へ伸び続け、大広間の天井を突き抜けて見えるかのようだった。光はやがて静まり、広間に静かな余韻を残す。


 次の瞬間、割れんばかりの歓声と拍手が響いた。


「勇者だ!」

「やっぱり……!」


 熱狂に包まれる中、カイは特別な表情を見せることなく、静かに壇上を降りた。その背は揺るがず、強さと孤高さを同時に映していた。


 リシェルは息を呑んだまま、その背中を見つめる。胸に湧き上がるのは恐れか、憧れか、自分でも分からない。


 光柱の余韻が消えた大広間に、まだざわめきが残っていた。勇者の証を見たばかりの生徒たちは興奮を隠せず、互いに言葉を交わしている。


 そのざわめきを学院長セオドア・グランツが静かに手を掲げて制した。


「――よく見届けたでしょう」


 彼の声は低く穏やかだったが、不思議と誰もが耳を傾けた。


「忘れるな。力は示すためにあるのではなく、学び、制御するためにある。今日ここで示された輝きは、それぞれがこの国の未来を支える礎となるだろう。そして――この日こそが、この国の歴史を新たに刻むものとなるだろう」


 広間に沈黙が落ちた。セオドアは一人一人を見渡し、確かな眼差しで生徒たちを受け止めた。


 壇上から降りたリシェルは、足の震えを隠しながら列へ戻る。エミリアが静かに寄り添い、小さな声で告げた。


「堂々としておられました、リシェル様」

「……そう、見えた?」

「はい。誰もが姫様の虹を美しいと感じておりました」


 リシェルの頬に、ほんの少し笑みが戻る。


 ――けれど、その奥にはまだ、別の影が残っていた。


 ◇


 入学式の準備が始まる数日前、学院長セオドアのもとには国王からの書簡が届いていた。封蝋に刻まれた白銀の紋章を割り、広げられた羊皮紙には、簡潔でありながら重い言葉が記されていた。


 ――「リシェルの測定において、稀に黒が滲むことがある。闇の兆候と見られかねぬ。それが国に混乱を招かぬよう、内密に扱われたい」――


 セオドアはその文を読んだ時、しばし目を閉じた。老いた瞳には憂いが浮かびながらも、答えは決まっていた。


「……どの子も学院の生徒。守るべきものは変わらん」


 彼はそう呟き、文を丁寧にたたんで懐に収めた。


 ◇


 リシェルは知らない。けれど彼女を見つめる学院長の眼差しは、すでに覚悟を宿していた。どのような光を抱えていようとも、彼女は学院の一員として迎えられる――その決意とともに。


 入学の儀は終わりを告げ、重厚な扉が再び開かれる。生徒たちは新たな日々を胸に抱きながら、大広間を後にした。


 リシェルもまた、虹の合言葉を胸に刻みつけながら、学院生活の第一歩を踏み出した。

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