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#9「逃げ切った先は港町――新しい世界が待っていた」

耳まで茹だったポンコツ蒸気機関みたいなチャピが――


「……っ……っ……」


と何か言いかけては口を閉じ、じわじわと距離を詰めてくる。


(やべぇ……このままじゃ何されるかわかったもんじゃねぇ)


そこで俺は、耳元に手を当て、低く呟いた。


「……ああ、聞こえるか? こちら“灰色の操舵士”だ」


チャピがぴたりと足を止める。

俺はさらに視線を宙に泳がせ、続けた。


「……なに!? “紅の双月”が墜ちただと!? くそっ、“黒檀の繭”を護れ! ――いや、“奈落の監視者”は俺が引き受ける!」


片手を空にかざし、額に手を当てる決めポーズ。

完全に“何かと交信中”の顔だ。


「な、なによそれ……」


チャピの瞳が泳ぎ、完全に困惑している。


…今だ!


俺はくるりと背を向け、一気に地面を蹴った。

市場の人混みに突っ込み、干し魚の屋台をすべるように通り抜ける。


「おい魚が!」


足元に転がった魚を踏みそうになりながら走り抜ける。

次の瞬間、道端で昼寝していた犬が飛び起きて


「ワンッ!」

「うおおおおやめろ!」


と叫びつつ、必死に全力疾走。

後ろからカカッと爪音が迫る。

さらに悪いことに、小さな子どもが路地で縄跳びをしていて――


「っとあぶね!」


と飛び越えた拍子に頭を軒先にゴツンとぶつける。

視界がチカチカとするが、もう勢いだけで走り抜ける。

裏路地を抜け、門番が旅人と世間話に夢中な隙に、通り過ぎる荷馬車の荷台に飛び乗った。


砂にまみれながら荷馬車の後部にしがみつき、どうにか町を離れる。

御者が振り返ろうとした気配に、慌てて飛び降りる。

転げ回った拍子に膝を擦りむいたが、誰にも気づかれずに済んだ。


(ふぅ……危なかった……。でも、ここからどうする?)


仕方なく街道を歩き出す。

背後で枝が揺れるだけで心臓が跳ねた。


腹は減り、喉は渇く。川で小魚を捕まえようとしては逃げられ、仕方なく木の実をかじって胃をだます。

夜は野宿。冷え込む風に震えながら、星を見上げるしかなかった。


――二日目。


街道を歩いていると、反対側からガタゴトと荷馬車が近づいてきた。

俺は思わず手を振り上げ、呼び止める。


「すまない! この先に……町はあるか?」


御者の商人は手綱をゆるめ、顎で後ろを示した。


「あるさ。海沿いの大きな港町だ。人も物も集まる賑やかなところだ」


「……港町……!」


胸の奥にぽっと灯がともる。進むべき方向が、ようやく見えた。


それからさらに歩き続けた。


――三日目の昼。


風に潮の匂いが混じった。


やがて視界いっぱいに港町が広がる。

高くそびえるマスト群、カモメの鳴き声、波止場に並ぶ樽やロープ。

町の門の上に掲げられた波の紋章と、その横の文字に目をやる。


「……アルメル……」


自然に口から名前が出た瞬間、胸が少し熱くなる。


(そういや、ルミナスが仲間になってからだよな…こうやって読めるようになったの)


ルミナスがふさを誇らしげに膨らませる。


「よし…ここから新しい生活だ」


潮風を深く吸い込みながら、大地を踏みしめる――

嫌な予感を胸に押し込め、俺は港町の喧騒へと歩みを進めた。


――自分が完全に逃げ切ったと信じて。

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