#6「モップに懐かれ、エルフに追われ、俺は逃げる」
ルミナスは俺の背中にぴたりと張り付き、ふさが揺れるたびに微かに風が当たる。
……なんなんだこいつ、妙に懐いてきやがる。
「……お前、ずっとくっついてるつもりか?」
問いかけると、ルミナスはふわっと浮き上がり、俺の正面へ回り込んでコクコクと縦に揺れた。
「……そうか。ま、荷物になるわけじゃないし、いいけどな」
今度はふさを小さく膨らませ、満足げに俺の背中へ戻ってくる。
「よし、隣村の教会まで行くか。お前も行くよな?」
ふさがぱっと広がり、ルミナスは肯定のように一回転する。
「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ!!」
背後から声。振り返ると、金髪のエルフが少し息を弾ませながら立っていた。
「……何だよ」
「その……さっきは助けてくれて、ありがとう」
意外と素直な礼。だが次の瞬間、彼女はなぜか顔を赤くして、もごもごと口を動かした。
「……服…脱がせようとして……胸にまで触れたのに……ごにょごにょ」
「……は?」
耳には確かに「胸」という単語が突き刺さった。
嫌な予感が一気に膨らむ――と思ったら、エルフはふいっと後ろを向き、まるで独り言のように語り出した。
「……あの時のあれって……やっぱり……ふ、不意打ちすぎて……心臓止まるかと……」
背中越しに見える横顔は真っ赤。
「……でも乙女の胸を触るってことは……わかってるのよね……? それはもう、その人の人生に踏み込むってことで……しかもあんな勢いで、しかも森の中で……こっちは必死で抵抗もできなくて……で、そのあと何食わぬ顔で隣村に行こうとして……ほんっとにもう……!」
――察知した。このままでは、我が名は歴史の闇に不埒者として刻まれる。
衛兵の鎖音が幻聴のように耳奥で鳴り響く。
ここで動けば音が出る……ならば――影となり、風となれ。
俺は息を殺し、音一つ立てず、落ち葉すら踏み鳴らさぬ歩法で距離を取り――
一転、木々の影を縫って全力で駆けた。
「……あたしだから許されたけど、普通なら衛兵直行だからね?」
「もし別の娘だったら……その場でビンタ、下手したら膝蹴り、さらに村中に噂が広まって……『変態モップ男』とか呼ばれて……」
「いや、モップは関係ないか……いやでも持ってたから余計に怪しいか……」
「それに、乙女の胸っていうのはね……もっとこう……心の準備があって……触る方も触られる方も、空気と雰囲気と光の加減と、あとは――」
「……あ、光の加減は関係ないか。いやでも関係あるかも……」
「……そうそう、あとあれも! いきなり服脱がせるとか、見ようによっては完全に押し倒し案件だからね!? あれ、状況によっては本当に通報されるやつだから!」
「まあ……今回はあたしが状況を理解してるからセーフだけど……いや、セーフっていうか……ギリギリセーフ……うん、紙一重セーフ……」
「……でも、そのあと何食わぬ顔で歩き出すのはどうかと思うの! 普通、謝罪と感謝と……あとお詫びのお菓子くらいは――」
…
……
………
…………
……………
振り返ると風が止み、葉擦れの音すら消えていた。
耳に届くのは、遠くで響く鳥のさえずりだけ――エルフの声はもう、どこにもなかった。
「……なんかすげー喋ってたなあいつ」




