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#52「同じ旅路、ズレた感覚」

――――――――――


 ――まるで時間が止まったかのように――無言の観客と化していた。


 固まった彼女を前に、俺は思わず声を上げた。


「ど、どうした!?

 驚きすぎて、声も出ないか!」


 軽口のつもりだった。

 いつもなら、ここで空気が緩む――はずだった。


 だが、その瞬間。


 腹の底を叩き潰すような衝撃が走った。


 音。

 いや、轟音。


 同時に、視界を押し流すような強い光が走り、世界の輪郭が一気に歪む。

 白でも青でもない。

 ただ“本流”としか言いようのない、圧のある輝き。


「――っ!」


 声にならない息が喉で詰まり、思考が途切れた。



「……は?」


 気づくと、俺は柔らかな絨毯の上に立っていた。


 豪奢な天井。

 金の縁取り。磨き上げられた床。


 ロイヤルスイート。


 右から声が飛ぶ。


「キョーくん! 何ぼーっとしてるの?」


 左では、ノアがいつもの薄笑いを浮かべて腕を組んでいる。


 ――それだけだ。


(……あれ?)


 胸の奥が、わずかにざわつく。

 理由は分からない。

 ただ、この光景が「揃っているはずなのに、どこか落ち着かない」。


(……気のせい、か)


 自分に言い聞かせ、違和感を飲み込む。


 ほどなく甲板へ出て、風を受け、街並みを見下ろす。

 初めてのはずなのに、すべてが決まった手順のように進んでいく。


(……分かってた気がする)


 言葉にしようとすると、形が崩れる。

 だから考えるのをやめ、船内へ戻った。


 煌びやかな通路。

 並ぶ店舗。

 照明の配置。


 視線が、勝手に先を追う。


 食堂の前で、足が止まった。


「ねえ、キョーくん。ここで食べよ?」


 チャピの声に、胸がひくりと鳴る。


(……ここで、座って)


 喉が鳴る。

 次に来る言葉まで、分かってしまいそうで。


 俺は、わざと首を振った。


「……いや、やっぱやめとく」


「え?」


 チャピが目を瞬かせ、ノアも言葉を失う。


「珍しいですね。キョウマ様が遠慮するなんて」

「本当にどうしたの?」


 二人の視線が刺さる。

 心配しているのが、はっきり分かる。


「いや、その……」


 理由が言えない。

 拒みたいのは“流れ”なのに、目の前の二人を拒む理由はない。


「少しだけでいいよ」

「立っている方が、余計に負担でしょう」


 結局、俺は椅子に腰を下ろした。


 座った瞬間、遅れて胸に広がる感覚。


(……やっぱり、ここだ)


 銀色のスプーンに指が伸びる。

 触れる。


 ――止まる。


(……?)


 理由は分からない。

 だが、この動作を、この順番で、

 なぞっている気がしてならなかった。


「キョーくん?」


「あ、ああ……」


 俺はスプーンを取り、料理を口に運ぶ。

 味は確かにうまい。


 なのに、頭のどこかが上の空だった。


 チャピが地図を広げ、風の大陸シルフィードの説明を始める。

 声は聞こえる。意味も分かる。


 だが意識は、次に来る“何か”を待っていた。


(……来る)


 確信だけが、胸の奥で膨らむ。


 次の瞬間。


 ドォン――!


 腹の底に響くような轟音が船全体を震わせた。

 皿やグラスが跳ね、円卓の上のスープが波紋を広げる。


「な、なんだ!?」


 反射的に立ち上がり、扉を押し開ける。


 通路の先で、荷運び用の魔道具が派手に横転していた。

 木箱と樽が散乱し、火花が散る。


 ボッと、炎が立ち上がった。


 悲鳴と怒号。

 火は瞬く間に床を舐め、店舗へ燃え移る。


(……やっぱり)


 一歩、後ずさる。


(ダメだ。

 こんなの、俺にどうこうできるわけが――)


 そのとき。


「――下がって!」


 張りのある声が響いた。


 炎の前に、一人の少女が進み出る。

 青い外套を翻し、剣を掲げる。


 刹那。


 どぉん、と空気を震わせて水流が迸った。

 濁流のような奔流が、真っ赤な炎を次々と呑み込んでいく。

 立ち上る蒸気が視界を覆い、辺り一帯が一瞬白く霞んだ。


 やがて――


 燃え盛っていた店舗は水浸しになり、火は跡形もなく消えていた。

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