#52「同じ旅路、ズレた感覚」
――――――――――
――まるで時間が止まったかのように――無言の観客と化していた。
固まった彼女を前に、俺は思わず声を上げた。
「ど、どうした!?
驚きすぎて、声も出ないか!」
軽口のつもりだった。
いつもなら、ここで空気が緩む――はずだった。
だが、その瞬間。
腹の底を叩き潰すような衝撃が走った。
音。
いや、轟音。
同時に、視界を押し流すような強い光が走り、世界の輪郭が一気に歪む。
白でも青でもない。
ただ“本流”としか言いようのない、圧のある輝き。
「――っ!」
声にならない息が喉で詰まり、思考が途切れた。
*
「……は?」
気づくと、俺は柔らかな絨毯の上に立っていた。
豪奢な天井。
金の縁取り。磨き上げられた床。
ロイヤルスイート。
右から声が飛ぶ。
「キョーくん! 何ぼーっとしてるの?」
左では、ノアがいつもの薄笑いを浮かべて腕を組んでいる。
――それだけだ。
(……あれ?)
胸の奥が、わずかにざわつく。
理由は分からない。
ただ、この光景が「揃っているはずなのに、どこか落ち着かない」。
(……気のせい、か)
自分に言い聞かせ、違和感を飲み込む。
ほどなく甲板へ出て、風を受け、街並みを見下ろす。
初めてのはずなのに、すべてが決まった手順のように進んでいく。
(……分かってた気がする)
言葉にしようとすると、形が崩れる。
だから考えるのをやめ、船内へ戻った。
煌びやかな通路。
並ぶ店舗。
照明の配置。
視線が、勝手に先を追う。
食堂の前で、足が止まった。
「ねえ、キョーくん。ここで食べよ?」
チャピの声に、胸がひくりと鳴る。
(……ここで、座って)
喉が鳴る。
次に来る言葉まで、分かってしまいそうで。
俺は、わざと首を振った。
「……いや、やっぱやめとく」
「え?」
チャピが目を瞬かせ、ノアも言葉を失う。
「珍しいですね。キョウマ様が遠慮するなんて」
「本当にどうしたの?」
二人の視線が刺さる。
心配しているのが、はっきり分かる。
「いや、その……」
理由が言えない。
拒みたいのは“流れ”なのに、目の前の二人を拒む理由はない。
「少しだけでいいよ」
「立っている方が、余計に負担でしょう」
結局、俺は椅子に腰を下ろした。
座った瞬間、遅れて胸に広がる感覚。
(……やっぱり、ここだ)
銀色のスプーンに指が伸びる。
触れる。
――止まる。
(……?)
理由は分からない。
だが、この動作を、この順番で、
なぞっている気がしてならなかった。
「キョーくん?」
「あ、ああ……」
俺はスプーンを取り、料理を口に運ぶ。
味は確かにうまい。
なのに、頭のどこかが上の空だった。
チャピが地図を広げ、風の大陸シルフィードの説明を始める。
声は聞こえる。意味も分かる。
だが意識は、次に来る“何か”を待っていた。
(……来る)
確信だけが、胸の奥で膨らむ。
次の瞬間。
ドォン――!
腹の底に響くような轟音が船全体を震わせた。
皿やグラスが跳ね、円卓の上のスープが波紋を広げる。
「な、なんだ!?」
反射的に立ち上がり、扉を押し開ける。
通路の先で、荷運び用の魔道具が派手に横転していた。
木箱と樽が散乱し、火花が散る。
ボッと、炎が立ち上がった。
悲鳴と怒号。
火は瞬く間に床を舐め、店舗へ燃え移る。
(……やっぱり)
一歩、後ずさる。
(ダメだ。
こんなの、俺にどうこうできるわけが――)
そのとき。
「――下がって!」
張りのある声が響いた。
炎の前に、一人の少女が進み出る。
青い外套を翻し、剣を掲げる。
刹那。
どぉん、と空気を震わせて水流が迸った。
濁流のような奔流が、真っ赤な炎を次々と呑み込んでいく。
立ち上る蒸気が視界を覆い、辺り一帯が一瞬白く霞んだ。
やがて――
燃え盛っていた店舗は水浸しになり、火は跡形もなく消えていた。




