#50「魔道具暴走で大炎上、そして蒼き奔流」
豪奢な食堂の扉を押し開けた瞬間、思わず息を呑んだ。
煌びやかなシャンデリアが天井に下がり、壁には魔石を埋め込んだ照明が虹色の光を放っている。
床は磨き上げられた大理石、テーブルクロスは真っ白な絹布。
鼻をくすぐる香りは、明らかに俺がビルメン時代に通っていた定食屋とは格が違う。
(……庶民には一生縁のない世界だろ、これ)
場違い感で肩がすくむ俺をよそに、チャピは胸を張って堂々と受付に歩み寄った。
小声で何やら伝えると、すぐに店員が恭しく一礼する。
「――お席へご案内いたします」
店員に案内され、通されたのは煌びやかな個室だった。
広々とした空間の中央には、豪華な円卓に純白のクロスがかけられ、天井には小ぶりながら豪奢なシャンデリアが輝いている。
「……個室、だと?」
ビルメン時代なら一生足を踏み入れることすらない、完全に別世界の部屋だ。
背筋が自然とこわばる俺をよそに、店員は恭しく一礼した。
「ごゆるりとお過ごしくださいませ」
そう告げると、静かに扉を閉めて部屋を後にする。
「……えっと」
どうすればいいか分からず、とりあえずルミナスを下ろし、椅子に腰掛ける。
すると、当然のように右側にチャピが陣取り、そして反対の左側にはノアが音もなく座った。
正面には、誰もいない。
十人は座れる円卓に、俺を挟んで三人だけ。
広すぎる個室の円卓に、俺を挟むように二人が座る。
異様に豪華な部屋なのに、なぜかシュールな光景が広がっていた。
(……なんでわざわざ俺の隣に座るんだよ。話しづらいだろ……)
心の中でぼやく。
チャピはまあ、エルフの文化だとかなんとかでまだ理解できる。
だがノア、お前はなんなんだ?
そんなことを考えていると――チャピが俺の右腕を取った。
「ここの料理もすごく美味しいんだから!楽しみにしていてね、キョーくん!」
とにっこり笑いかけてくる。
途端、左隣からぬるりと気配。
「キョウマ様……よろしければ、私が食事を食べさせて差し上げましょう!遠慮はいりません!これもキョウマ様に仕える者として当然の義務です!」
ノアが上目遣いで俺の左腕に抱きついてきた。
「はぁ!?あんたはここ無料じゃないんだからね!しかもなんで勝手に入ってきてるのよ!」
「私はキョウマ様の奴隷ですから良いんですぅ!あなたこそ、何を勝手にキョウマ様にくっ付いているんですか!」
俺を挟んで、またもや言い争いが始まる。
「――いい加減にしろ!」
思わず本気で怒鳴った。
二人ともびくりと肩を震わせる。
チャピはしゅんと肩を落とし、ノアも珍しく薄笑いを消して真剣な表情のまま、うつむいてしまった。
シーン――とした空気が広がる中、タイミング悪くノックの音が響く。
扉が開き、店員が料理を恭しく運んできた。
「……ま、まあ……飯でも食おうぜ」
気まずさに耐えきれず、俺がそう言うと、二人は黙ったまま。
重たい空気の中、俺は小さく息を吐く。
「……その、怒鳴って悪かった。すまない、二人とも」
チャピが顔を上げ、かすかに笑みを戻す。
「……なら、食べながらこれからのことを話しましょう」
ノアも静かに頷き、珍しく余計な言葉を挟まなかった。
豪奢な円卓の上に並べられた料理の香りが、張りつめた空気を少しずつ和らげていく。
それでも二人とも俺の隣から動くことはなく、相変わらず右と左でぴたりと張り付いたまま。
その妙な密着感に落ち着かない俺をよそに、チャピはふいに手を上げた。
ひらりと空中に指を走らせると、何もない空間がゆらりと歪む。
そこに手を差し入れた瞬間、ぱっと眩い光が走り――チャピの手には一枚の大きな地図が握られていた。
以前聞いたアイテムボックスだ。
彼女は円卓の中央に地図を広げる。
古びた羊皮紙に描かれた世界図――その中心にある大陸を、細い指で指し示した。
「まずここが、今までいた光の大陸ルミナリア」
自分がいた大陸の名前を聞き、俺は無意識に息を呑む。
「この魔道飛行船で向かうのは――風の大陸シルフィード。到着は五日後になるわ。着くのは大陸一番の商業都市アゴラディア。とにかく人と物が集まる大都市よ」
そう言ってチャピは指先を滑らせ、大陸の端に描かれた大きな森の印へ触れる。
「そこからは馬車や徒歩でエルフの里へ向かうことになる。精霊王様は、その里のさらに奥――世界樹の麓におられる」
世界樹。
言葉だけで神々しさがにじみ出る響きに、思わずごくりと喉が鳴る。
チャピはそこで、ちらりと俺を見やり、真剣な声で続けた。
「そして……キョーくん。光の女神様の使途としての使命――その真実を、精霊王様から聞いてほしいの」
チャピの言葉が重く響いた、そのとき――
ドォン――!
腹の底に響くような轟音が船全体を震わせた。
皿やグラスが小さく跳ね、円卓の上のスープが波紋を広げる。
「な、なんだ!?」
俺が思わず立ち上がると、廊下の方から人のざわめきが押し寄せてきた。
次いで、慌ただしく駆ける足音と、店員たちの張り詰めた声が個室の中にまで届く。
明らかにただ事じゃない。
胸騒ぎを覚えながら、俺は扉を押し開け、外の様子をうかがった――。
何事かと人の流れをかき分け、視線を巡らせる。
通路で、大きな台のような魔道具が派手に横転していた。
見た目は木と金属を組み合わせた荷台で、下部には光を帯びた石が埋め込まれている。
そのおかげで床からわずかに浮かび、荷物を積んで運べる仕掛けのようだ。
(……あれ、たぶん荷運び用の魔道具か?)
ビルメン時代にフォークリフトや台車を見慣れていたせいで、なんとなく用途は察せられた。
ひっくり返った荷台から木箱や樽が転がり落ち、床にぶちまけられている。
その拍子に、火花が散り――
ボッ、と炎が立ち上がる。
「火が出たぞ!」「水を持ってこい!」
店員の悲鳴と慌ただしい足音が飛び交う。
だが悪いことに、転がった樽の中身が油だったのか、火は瞬く間に床へと広がり、近くの店舗へ燃え移っていった。
天井近くに張られた魔法障壁が揺らめき、煙を押し返すように光を放つ。
それでも炎は止まらず、煌びやかな内装を容赦なく焼いて行く。
「……マジかよ」
炎は勢いを増し、通路の布や木材に次々と燃え移っていく。
人々の悲鳴と怒号が交錯し、混乱は広がるばかりだった。
俺は思わず一歩下がった。
(ダメだ、こんなの俺にどうこうできるわけが――)
そう思いながらも、俺はルミナスを握る――
そのとき。
「――下がって!」
張りのある声が響き、炎の前に一人の少女が立ちはだかった。
青い外套をはためかせ、手に握られた剣を高く掲げる。
刹那、剣先に淡い蒼光が灯り――
どぉん、と空気を震わせて水流が迸った。
濁流のような奔流が、真っ赤な炎を次々と呑み込んでいく。
立ち上る蒸気が視界を覆い、辺り一帯が一瞬白く霞んだ。
やがて――
燃え盛っていた店舗は水浸しになり、火は跡形もなく消えていた。




