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#39「夜の襲撃、さらわれた母娘」

それから夕暮れになっても、俺はまだあの母娘の家を見張っていた。


バルドの部下から「守って欲しい」と伝言を受けてから、嫌な予感が消えない。

ずっと胸の奥がざわついたままだ…。


ルミナスを握り、視線は扉の向こうへと釘付けになる。

なぜここまでするのか。俺自身にも分からない。


……ただ、どれだけ時間が過ぎても母娘の家から目を離すことだけはできなかった。


「……まだいるつもり。もう日が落ちるわよ」


ふと隣を見ると、チャピが立っている。

いつからそこにいるのか、ずっとそこにいたのか記憶がない。

声は落ち着いているが、その瞳の奥に影が差しているように見える。


「あなたがすべて背負う必要はないわ」


ぽつりと落とされた声。

その調子は、不思議と心に引っかかった。


……俺が、何を背負っているって言うんだ……。


思わず笑みがこみ上げる。

疲労を隠すためか、それとも空っぽの自分を誤魔化すためか。


「あの母娘は、俺がいないとダメなんだ……」


気取って言ったつもりだった。


けど口にした瞬間、胸の奥に妙な空白が広がった。

理由なんて分からない。


ただ――そう口にしていないと、立っていられない気がした。


やがて陽は沈み、街路に夜の帳が落ちる。

街の通りには、冷たい風が吹き抜けた。


背筋を伝う悪寒に、ルミナスを握る手に力がこもる。

と、そのときだった。


――ガシャッ。


鋭い破砕音が響く。

母娘の家の窓が叩き割られ、黒い影がなだれ込んでいくのが見えた。


俺は反射的に駆け出していた。

扉を蹴破って飛び込むと、薄暗い室内で複数の人影が母娘に取りすがっている。


「お前らッ――!」


ルミナスを振り抜くと、光の奔流が室内を照らし、影どもがたじろぐ。

その隙にチャピが手を翳し、緑色に光る魔法陣を展開。

突風が吹き抜け、侵入者を壁際へと叩きつける。


その刹那――。


短い悲鳴が聞こえ、別の影が母娘を抱え込み、裏口へと駆け抜けていた。

口を布で塞がれたリーナのくぐもった声が室内に虚しく響く。


「待てッ!」


俺はルミナスを振りかざし後を追おうとする。

だが他の連中が道を塞ぎ、鋭い刃がこちらに向けてきた。


ルミナスを振り抜いた瞬間、白光が弾ける。

影どもの武器は力を失ったように手から滑り落ちた。

その後、力を抜かれた操り人形みたいに膝から崩れ落ちていく。


残った連中もチャピの放った突風が動きを絡め取り、壁へと吹き飛ばす。

呻き声を上げることすら許さず、完全に動きを止めた。


息を荒げながら辺りを見渡す。

床に転がった連中は、もはや立ち上がれそうにない。


……だが、肝心の母娘の姿はどこにもなかった。


裏口の扉は大きく開け放たれ、夜風が吹き込んでいる。

その床にはリーナの小さな髪飾りが転がっていた。


「くそッ……!」


守るどころか、攫われるのを止められなかった――。

胸のざわめきが怒りと悔しさに変わり、俺の中で膨れ上がっていく。


「……守れなかった」


歯を食いしばったそのとき、背後から靴音が近づいてきた。

振り返ると、路地の影から現れたのは朝に会ったバルドの部下と複数の男たちだった。


「……まさか、ここまでやるとはな…」


吐き捨てるように言うと、床に転がる連中を一瞥する。


「すまねぇ兄さん。俺らの見込みが甘かった。まさか、母娘を直でかっさらいに来るとはな……」


男は連中を足で小突き、低く言葉を漏らした。


「ここは俺らで片づける。兄さんはボスのとこへ行ってくれ。……直接話を聞いた方が早ぇ」


俺はリーナの髪飾りを握りしめる。

胸の奥が焼けるようで、言葉は一つも出てこない。

ルミナスを背中に預け、踵を返した。


夜の街を踏みしめ、バルドの邸へと向かう。

人気のない路地を抜けるたび、胸の不安が重くのしかかる。

母娘をさらった連中の足跡はもう消え、ただ悔しさだけが背中を押していた。


やがて巨大な屋敷が見えてくる。

バルド邸の門には一人の男が待っていた。


「……ボスが中でお待ちです」


短く告げると、俺を屋敷へ案内する。

厚い絨毯を踏みしめ、廊下を抜けると――広間の扉が開かれた。


部屋の奥、ソファーに腰かけたバルドが、静かに俺を見据える。


「……来たか、兄さん…いや、ここは、キョウマと呼ばせてもらう」


低く落とされた声が執務室に響く。

俺は手に握りしめたリーナの髪飾りを机の上に置いた。


「……なぜだ……」


そのたった一言で、喉が焼けるように痛い。

バルドは一瞬目を伏せ、深く息を吐いた。


「……どうしてこうなったか……キョウマにはちゃんと説明してやる」


バルドの瞳が俺を射抜くように見る。


その口が、真実を告げようと開かれた――。

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