表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/52

#37「粛清の闇、恐怖に揺らぐ」

その後バルドの屋敷を離れ、しばらく大通りを歩いた。


先ほど交わした言葉が、まだ胸の奥に残っている。

あの重苦しい響きは、頭を振っても簡単には振り払えなない。


街灯が絶えず並ぶ邸宅街を抜けると、次第に明かりは減り、建物の影が濃くなっていく。

やがて、街路はすっかり闇に沈んでいた。


頭上の月光だけが足元を照らす。

人の気配も掻き消え、不自然なほどあたり一面暗闇に沈んでいる。


「……妙に暗いな……魔道都市ってこんなに暗いのか?」


思わずつぶやくと、隣を歩くチャピが首を横に振った。


「いいえ。――灯りが消されているわね…」


チャピの声はいつもより低く、硬い。


次の瞬間、背筋を撫でるような不気味な気配に思わず振り返る。

暗闇の奥から足音が、かすかに響く。


「待っていました、清掃員殿」


姿を現したのは、黒い外套を羽織った男だった。

月光に照らされたその目は、氷のように冷えきっていた。


「私の名はノクト。ヴァルセロ・ファミリーの――バルドに敵対する派閥に属している…と、言えば分かってもらえるでしょうか?」


男はまるで品定めでもするかのように、じろりと視線を這わせた。


「……清掃員殿、お噂はかねがね耳にしております。床を磨くだけでなく、街を動かすほどの働きを見せたとか」

「…いや、俺はただ掃除を――」


否定しようとする俺を遮るように、男は右手を上げた。


「謙遜は不要です。……その力を、この街の新たな支配者のために振るう気はありませんか?」


男の口元に、冷たく歪んだ笑みが浮かんだ。


「それと――昼間、あなたに迷惑をかけた連中がいたでしょう?そのお詫びに、こうして連れてきました」


指先で闇を示すと、縄で縛られた人影が転げだす。

呻き声とともに地面に叩きつけられたのは、昼間リーナを脅していたごろつき二人だった。


ごろつき二人は猿ぐつわを噛まされ、必死に身をよじっている。

縄で擦れた手首から血がにじみ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、くぐもった悲鳴を漏らしていた。


「んぐぅっ……! むぐっ、んんんっ……!」

「むぐああん……! むぐああんん……!」


地面に這い蹲り、必死に足をばたつかせて逃げようとしている。

男はその様子を一瞥しただけで、冷たく鼻で笑った。


「よくない、よくないですねぇ…。清掃員殿に迷惑をかけただけでなく、自分の役目すら果たせないなんて…」


男の顔から笑みが消え、瞳から光が消える。


「――こんな愚物は、我らファミリーには必要ない」


「お、おい!…やめろ…!」


俺は思わず一歩踏み出す。

だがチャピが横から腕をつかみ、俺の動きを制止した。

思わず顔を見ると、目の前の男を鋭く睨んでいる。


男が片手をひらりと振ると、その合図に応じるかのように、ごろつき達が闇へと連れ込まれる。


ごろつき達はいっそう大きく呻き、必死に暴れだす。

だが拘束され動けない男たちは、闇の奥へとずるずると引きずられていき――やがて音ごと掻き消えた。


……冷たい空気が肌を刺す。


静寂の中、男はゆっくりとこちらを振り返る。


「……再度お聞きします、清掃員殿。われらの仲間になりませんか?……どうか、賢明なご判断を」


男――ノクトは氷のような笑みを浮かべ、外套の裾を翻した。


「今回はここまで……。次に会うときは――その答えを聞かせてもらいましょう」


その声を最後に、男は闇へと消えた。

残されたのは、冷たい夜風と重苦しい沈黙だけだった。



……どれほど立ち尽くしていただろうか。

結局、俺たちは何も言葉を交わさぬまま歩き出した。


路地を抜けると、通りには暖かな光が滲んでいる。

大きな建物を見上げると、掲げられた木製の看板には、箒と星を組み合わせた紋章。

チャピは迷いなくその建物へ進んで行った。――どうやら今夜の宿らしい。


扉を押し開けると、暖炉の火と酒の匂いが広がった。

酔った男たちの笑い声が響く。さっきまでの静寂が嘘のようだ。


チャピはカウンターに金を置き、短く言葉を交わすと、鍵を受け取った。

そのまま俺に手渡すと、無言で階段を上がっていく。


部屋の前まで来て、鍵を差し込む。

がちゃりと開けて中へ入ろうとすると――背後から足音。


振り返れば、チャピが部屋の中まで付いてきていた。


「……おい。なんで付いてきてるんだよ」


声をかけると、チャピが一瞬ぴくりと肩を揺らした。

振り返ったその顔は、いつも通り澄ました表情……のはずが、耳の先まで一気に赤くなる。


「へっ、部屋が一つしか空いてなかったから、しょうがなく同じ部屋にしたの!か、勘違いしないでよね!」


妙に早口でそう言い返すと、顔を真っ赤に染めたチャピは、目線を逸らした。


「べっ、別にキョーくんの顔が……。…心配だからとかじゃないんだから…!」


その言葉に返す声も出せず、俺はふと窓に目をやった。

そこに映っていたのは――見知らぬ顔――。


血の気が引き切り、瞳は虚ろに揺れ、焦点すら合っていない。

乾いた唇は固く結ばれ、今にも叫びだしそうに見えた。


そこにあったのは、恐怖に蝕まれた、別人のような俺の顔だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ