#13「清掃員、砂浜で捕まる」
砂に倒れ込んだまま、俺は固まっていた。
右手に伝わる柔らかさは、月明かりよりも残酷で――
「……あ、あの……」
エルフの声が震えている。
顔は真っ赤、目を泳がせ、何か言いたげだが言葉が続かない。
「ち、違うんだ!事故だ!これは物理的アクシデントであって、俺の意思じゃない!」
とっさに胸から手を放す。
必死に弁解する俺に、エルフは一瞬目をぱちぱちさせ――
また真っ赤になった。
「……そ、そうよね。あの時も……ぐ、偶然、だったものね……」
「え?」
胸元を押さえ、思い出したように耳まで赤くしている。
怒鳴られると思っていた俺は、逆に腰を抜かしかける。
「ま、待って待って!怒らないの!?衛兵呼ばないの!?『すけべ石打ちの刑』じゃないの!?」
「???……『すけべ石打ちの刑』ってなに?何をするの?」
「……え、マジで?」
力が抜けて、俺は砂の上に崩れ落ちた。
エルフは胸元を押さえたまま、ちらりと俺を見て口を開いた。
「……ねえ、聞きたいことがあるの」
「な、なんだよ……まだ俺を罰する気じゃないだろうな」
「違うわよ!」
耳まで赤いまま、彼女は真剣な顔に切り替える。
「あなた……エルフに“あだ名”をつける意味、知ってる?」
「……あだ名?いや、知らんけど……」
「そう……やっぱり知らないのね」
彼女の表情が、ほんの少し曇る。
まるで、とても大事なことを確認するみたいに。
俺は砂を払って起き上がりながら、喉を鳴らした。
心臓が嫌なリズムで跳ねている。
「……えっと、前に言ったよね?… ほら、なんでも言うこと聞くって…」
その一言で、俺の背筋に氷柱が突き立つ。
(“永劫の恥辱”の呪詛契約……!!忘れてなかったのか!?)
「ちょ、ちょっと待て!あれは脅されて仕方なく言っただけで――」
「……つまり、守るつもりはないのね?」
にこりと笑うエルフ。だがその目は、俺には獲物を見つめる狩人にしか見えない。
「ひ、ひぃぃ……ッ!わかった!!聞きます!聞きますとも!!」
「じゃあ――お願い、聞いてもらおうかしら」
その声音が妙にしなやかで、俺の胃袋がきゅっと縮む。
彼女は一拍置いてから、真剣な顔で言葉を紡いだ。
「……今度、一緒にダンジョンに行ってほしいの」
「…………は?」
完全に意表を突かれた。
もっとこう、“生贄になれ”とか“人柱力になれ”とか、そういう破滅的な展開を想像していた俺は、思わず口をぱくぱくさせる。
「な、なんで俺なんかと……?」
「……理由は、あとでちゃんと話す。けど今は、私の気が済むと思って行ってほしい…」
「――ダンジョン」
俺の脳裏に浮かぶのは、ゲームでしか知らない光景。
暗闇にうごめく無数の目。
どこからともなく響く不気味なうなり声。
モップじゃ対応できない罠とモンスターの群れ。
(……いやいや、俺ただのビルメンだぞ!?ダンジョンなんて現場猫が『ヨシ!』って言った瞬間に床が抜けるレベルの場所だし、モンスターは安全管理ゼロのブラック職場だろ!)
なのに彼女は真剣な眼差しで俺を見つめている。
冗談を言っている空気じゃない。
その瞳は、俺に「逃げるな」と突きつけてくる。
喉がからからに渇く。
足元の砂は逃げ道を吸い込むように沈み、
夜の海はただ、ざざん、と無情に波を打ち返す。
「……逃げ場はない、か」
小さく漏らしたその言葉は、夜風にさらわれて消えた。
だが俺の心臓は――すでにダンジョンに放り込まれたように、激しく跳ね続けていた。




