体育祭
体育祭当日の朝、未来は早めに目が覚めた。空は雲一つない快晴で、絶好の体育祭日和だった。
しかし、未来の心は複雑だった。田村との混合リレーを楽しみにしている一方で、遥斗が見守る中で田村と親密な様子を見せることへの罪悪感もあった。
「おはよう、未来。今日は体育祭ね」
美津子が朝食の準備をしながら声をかけた。
「うん。緊張する」
「大丈夫よ。練習をたくさんしたんでしょう?」
「練習は大丈夫だけど……」
未来は、競技のことよりも、人間関係の方を心配していた。
学校に着くと、既に体育祭の準備が始まっていた。各クラスのテントが校庭に並び、生徒たちが着替えや準備に忙しく動き回っている。
「おはよう、桜井」
田村が笑顔で手を振ってくれた。体操服姿の彼は、いつもより引き締まって見えた。
「おはよう、田村くん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。練習の成果を見せよう」
田村の前向きな言葉に、未来は少し気持ちが明るくなった。
開会式が始まり、各クラスが入場行進をした。未来は3年A組の列に並んで歩きながら、応援席を見回した。
文芸部のメンバーが応援している様子が見えた。遥斗、美桜、健太が手を振ってくれている。
遥斗と目が合った瞬間、未来は胸がドキッとした。彼は複雑な表情で微笑んでいた。
「未来ちゃん、頑張って」
遥斗が口の形だけでエールを送ってくれた。
午前中は個人競技が続いた。100メートル走、幅跳び、綱引きなど、未来も いくつかの競技に参加した。
昼休みになると、田村が未来のところにやってきた。
「お疲れさま。午後のリレー、準備はどう?」
「大丈夫です。でも、やっぱり緊張します」
「俺も緊張してる。でも、一緒に走れるのが楽しみだ」
田村の言葉に、未来は心が温かくなった。
「田村くん、ありがとう。いつも優しくしてくれて」
「当然だよ。俺は君のことが……」
田村が言いかけた時、遥斗が近づいてきた。
「桜井さん、お疲れさまです」
「時田くん、応援ありがとうございます」
三人の間に、微妙な空気が流れた。
「田村くん、午後のリレー頑張ってください」
遥斗が田村に声をかけた。
「ありがとう。桜井と一緒に頑張るよ」
田村の言葉に、遥斗は少し表情を曇らせたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「未来ちゃん、無理しないで」
遥斗が優しく声をかけてくれた。
「ありがとう、遥斗くん」
未来が自然に返事をすると、田村は複雑な表情を見せた。二人の親しい様子を実際に見るのは初めてで、改めて複雑な状況を実感しているようだった。
午後になると、いよいよ混合リレーの時間が近づいてきた。
「3年A組、準備してください」
放送が流れると、未来と田村は他のメンバーと一緒にスタートラインに向かった。
「緊張する?」
田村が聞いてきた。
「すごく緊張してます」
「大丈夫。俺たちの練習を信じよう」
田村の手が、そっと未来の肩に触れた。その温かさに、未来は安心した。
観客席を見ると、クラスメートの家族や、下級生たちが応援してくれている。そして、文芸部のメンバーも応援してくれていた。
遥斗も、複雑な表情で見守っている。
「頑張れー!」
美桜が大きな声で応援してくれた。
レースが始まった。
第一走者がバトンを繋ぎ、第二走者、第三走者と続いていく。3年A組は、中位グループを走っていた。
いよいよ田村の番になった。
「頼むぞ、田村!」
クラスメートの声援の中、田村は力強く走り始めた。持ち前の運動能力を発揮して、順位を一つ上げる。
そして、未来にバトンを渡す瞬間がやってきた。
「未来、行くぞ!」
田村が走ってくる。練習通り、未来は手を後ろに伸ばした。
「はい!」
バトンが確実に手に渡った。完璧なバトンパスだった。
「よし!」
田村が喜びの声を上げた。
未来は必死に走った。足は決して速くないが、練習で培った技術と、みんなの期待に応えたい気持ちで、最後まで走り切った。
次の走者にバトンを渡した時、3年A組は3位まで順位を上げていた。
「未来ちゃん、すごいじゃない!」
えみが駆け寄ってきた。
「お疲れさま!」
田村も嬉しそうに駆け寄ってきた。
「田村くんのおかげです」
「いや、君が頑張ったからだよ」
二人が喜びを分かち合っていると、遥斗が近づいてきた。
「お疲れさまでした。素晴らしい走りでした」
「ありがとうございます」
未来が答えると、遥斗は少し寂しそうな笑顔を見せた。
「それでは、僕はこれで」
遥斗が去ろうとした時、未来は声をかけた。
「遥斗くん、応援ありがとう」
「どういたしまして。君が楽しそうで、良かった」
遥斗の言葉には、複雑な気持ちが込められていた。
結果発表で、3年A組の混合リレーは3位入賞だった。
「やったね!」
田村が未来の手を取って喜んだ。
「田村くんのおかげです」
「二人で頑張った結果だよ」
その瞬間、未来は田村の優しさと、一緒に頑張った達成感に包まれた。
でも、同時に遥斗の寂しそうな笑顔も頭に浮かんだ。
体育祭が終わって、後片付けをしていると、田村が未来に話しかけてきた。
「桜井、今日はありがとう。君と一緒に走れて、本当に良かった」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「今度の休日、良かったら映画でも見に行かない?お疲れさま会も兼ねて」
田村の誘いに、未来は迷った。
「田村くん……」
「もし、まだ気持ちの整理がついてないなら、無理しなくていいよ」
田村の優しい配慮に、未来は胸が苦しくなった。
「ごめんなさい……もう少し時間をもらえますか?」
「もちろん。俺は君の気持ちが整理されるまで待ってる」
田村の優しさに、未来は胸が苦しくなった。
その夜、家に帰ると、両親が体育祭の話を聞いてくれた。
「お疲れさま。体育祭はどうだった?」
美津子が聞いてくれた。
「混合リレーで3位入賞しました」
「それはすごいじゃない。田村くんと息が合ったのね」
誠も嬉しそうに言った。
「うん……でも、複雑な気持ちだった」
「どうして?」
「遥斗くんも見てたから」
美津子と誠は、娘の複雑な心境を理解した。
「未来、今日の体育祭で、何か感じることはあった?」
美津子が聞いた。
「田村くんと一緒にいると、やっぱり楽しいし、安心する。でも、遥斗くんの寂しそうな顔を見ると、胸が苦しくなる」
「それは当然の気持ちよ」
「でも、いつまでもこのままではいけないよね」
「そうね……でも、焦ることはないわ」
その夜、未来は日記を書いた。
『今日は体育祭でした。
田村くんと一緒に走れて、とても楽しかったです。
彼と一緒にいると、自然体でいられます。
でも、遥斗くんの表情が忘れられません。
彼は私の幸せを願ってくれているけれど、
やっぱり辛そうでした。
私は、どちらを選ぶべきなのでしょうか?
田村くんの自然な優しさも、
遥斗くんの深い愛情も、
どちらも本物です。
もう少し時間をください。
でも、いつまでも迷っているわけにはいきません。
近いうちに、答えを出さなければ……。』
未来は、体育祭での出来事を通して、自分の気持ちが少しずつ見えてきたような気がした。
でも、まだ決断を下すには、もう少し時間が必要だった。
そして、その時は確実に近づいていることも、未来は感じていた。