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三角関係の始まり

田村に全てを話した翌日、未来は複雑な心境で学校に向かった。彼の理解ある反応に感謝している一方で、罪悪感も抱いていた。


教室に入ると、田村がいつものように手を振ってくれた。でも、昨日とは微妙に雰囲気が違う気がした。


「おはよう、桜井」


「おはよう、田村くん」


「昨日はありがとう。話してくれて」


田村の優しさに、未来は胸が痛んだ。


「こちらこそ……聞いてくれて、ありがとう」


「無理しないで。君のペースで大丈夫だから」


田村の変わらない優しさが、かえって未来を苦しめた。


授業中、未来は集中できなかった。隣の席の田村を見ると、いつものように真剣にノートを取っている。この人は、自分の複雑な状況を理解してくれて、それでも変わらず接してくれている。


でも、文芸部で遥斗と顔を合わせると、また違う感情が湧いてくる。記憶を取り戻した今、彼を見る目は以前とは全く違っていた。


昼休み、えみが心配そうに話しかけてきた。


「未来ちゃん、田村くんに話したんでしょ?どうだった?」


「とても理解してくれた」


「それは良かったじゃない」


「でも、それがかえって辛くて……」


「どうして?」


「こんなに優しい人を、私は悩ませてるから」


えみは、友人の苦悩を理解した。


「未来ちゃん、自分を責めちゃダメよ。あなたは悪いことをしてるわけじゃない」


「でも……」


「恋愛って、時として複雑なものよ。完璧な答えなんてないんだから」


放課後、文芸部の活動があった。今日は遥斗、美桜、そして未来に加えて、普段はあまり顔を出さない健太も参加していた。


「あれ、健太くん、珍しいね」


美桜が驚いた。


「たまには真面目に部活動に参加しようと思って」


健太は軽く答えたが、実際は遥斗の様子が気になって顔を出したのだった。


「今日は、みんなで短編の感想を話し合いましょう」


松本先生が提案した。


「では、時田くんから」


遥斗は、最近読んだ恋愛小説について話し始めた。


「この作品は、過去の恋と現在の恋の間で揺れる主人公を描いています。作者は、どちらの愛も本物だということを丁寧に描いていて……」


遥斗の話を聞いていて、未来はドキッとした。まるで、自分の状況について話しているようだった。


「時田先輩、それってどんな結末なんですか?」


美桜が興味深そうに聞いた。


「主人公は最終的に、自分の心に正直になって選択をします。でも、その選択に至るまでの葛藤が、とても丁寧に描かれているんです」


「へえ……私、そういう複雑な恋愛ってよく分からないです」


美桜が正直に言った。


「好きな人は一人だけって決めちゃう方が、楽だと思うんですけど」


その言葉に、健太が笑った。


「美桜ちゃんらしいね。でも、人の心ってそう簡単じゃないよ」


「健太くんはどう思います?」


「俺は、どちらの愛も大切にしながら、最終的に自分が一番自然でいられる相手を選ぶべきだと思うな」


健太の意見に、遥斗は少し複雑な表情を見せた。


「桜井さんはどう思いますか?」


遥斗が突然未来に意見を求めた。


「え?私ですか?」


「はい。女性の視点から聞いてみたくて」


未来は、自分の状況と重ね合わせて考えた。


「難しい問題ですね……でも、誰かを傷つけることを恐れて選択しないのも、結果的には誰かを傷つけることになるのかもしれません」


「なるほど」


時田は、未来の言葉を深く受け止めているようだった。


「でも、正解なんてないと思います。どんな選択をしても、きっと後悔することはあるでしょうし」


「それでも、選択しなければいけない時があるということですね」


「はい……そう思います」


二人のやり取りを聞いていて、美桜と健太は何となく、普通の文学談議ではないことを感じ取った。


活動が終わって、未来が部室を出ようとした時、遥斗が声をかけた。


「桜井さん、少しお話しできませんか?」


「はい」


二人は、誰もいない廊下で向き合った。


「一昨日のこと、ありがとう」


「いえ……」


「記憶を取り戻してくれて、本当に嬉しかった」


遥斗の言葉に、未来は胸が苦しくなった。


「でも、僕は未来ちゃんを困らせたくない」


「困らせてなんて……」


「いや、困らせてる。未来ちゃんが田村くんとの関係で悩んでるのは、僕の存在があるからだろう?」


遥斗の洞察力に、未来は驚いた。


「遥斗くん……」


「僕は8年間未来ちゃんを想い続けてきた。でも、未来ちゃんには未来ちゃんの人生がある」


「でも……」


「無理に僕を選ぶ必要はない。未来ちゃんが幸せになることが、僕の一番の願いだから」


遥斗の優しさに、未来は涙が出そうになった。


「どうして、そんなに優しいの?」


「未来ちゃんを愛してるからだよ」


遥斗のストレートな言葉に、未来の心臓が大きく跳ねた。


「愛して……」


「うん。9歳の時から、ずっと愛してる。だからこそ、未来ちゃんの幸せを一番に考えたいんだ」


未来は、遥斗の深い愛情に圧倒された。


「私……分からないの。自分の気持ちが」


「分からなくて当然だよ。急に記憶が戻ったんだから」


「遥斗くんといると、確かに昔の感情が蘇ってくる。でも、田村くんといると、今の私の素直な気持ちになれるの」


「それでいいと思う」


「え?」


「どちらも本当の未来ちゃんの気持ちだよ。僕は、未来ちゃんがどちらを選んでも受け入れる」


遥斗の言葉に、未来は混乱した。


「でも、それじゃあ遥斗くんが……」


「僕のことは心配しないで。僕は未来ちゃんが幸せなら、それで十分だから」


その夜、未来は家で一人考えていた。


遥斗の言葉が頭から離れない。彼の深い愛情、自己犠牲的な優しさ。そして、田村の理解ある態度。


二人とも、こんなに素晴らしい人なのに、自分は迷っている。


スマホに田村からメッセージが届いた。


『桜井、今日もお疲れさま。体育祭の練習、明日もよろしく』


『はい、こちらこそよろしくお願いします』


『無理しないで。君のペースで大丈夫だから』


田村の変わらない優しさに、未来は胸が熱くなった。


でも、同時に遥斗の「君を愛しています」という言葉も思い出される。


体育祭を明日に控えた最終練習で、田村と一緒にバトンパスの練習をした。


「桜井、すごく上手になったね」


「ありがとうございます」


「明日の本番でも、きっといい記録が出せるよ」


田村の励ましに、未来は嬉しくなった。


練習が終わって、二人は体育館を出た。


「田村くん、昨日は本当にありがとうございました」


「どういたしまして。でも、まだ答えは出なくても大丈夫だからね」


「はい……」


「俺は、君が幸せになることを一番に考えてる。それが俺じゃなくても」


田村の言葉は、遥斗が言ったことと同じだった。


「どうして、みんなそんなに優しいんですか?」


「君がそういう人だからじゃない?人を大切にする人だから、大切にされるんだよ」


田村の言葉に、未来は涙が出そうになった。


家に帰る途中、未来は自分の気持ちと向き合おうとした。


遥斗への気持ち:確かに昔の感情が蘇る。彼との思い出は美しく、彼の愛情は深い。でも、それは9歳の時の気持ちだった。


田村への気持ち:記憶のない自分として感じた、素直で自然な恋心。彼といると安らぎ、彼の優しさに心が温かくなる。


どちらも嘘ではない。でも、どちらを選ぶべきなのか……。


家に着くと、母の美津子が心配そうに迎えてくれた。


「お帰りなさい。今日はどうだった?」


「時田くんと話したの」


「そう……どんな話を?」


「彼の気持ちを、改めて聞かせてもらった」


「それで?」


「彼は私を愛してるって言ってくれた。でも、私の幸せを一番に考えてくれてる」


美津子は、娘の複雑な表情を見た。


「田村くんも、同じようなことを言ってくれてるの」


「二人とも、とても優しい人なのね」


「うん……だからこそ、選ぶのが辛い」


「未来、まだ焦る必要はないのよ。時間をかけて、自分の気持ちと向き合いなさい」


「でも、いつまでも迷っているわけにはいかない」


「そうね……でも、間違った選択をするよりは、時間をかけて正しい選択をする方がいいと思うわ」


その夜、未来は日記を書いた。


『記憶が戻って三日が経ちました。

遥斗くんの愛情の深さを知って、胸が苦しいです。

8年間も私のことを想い続けてくれたなんて。


でも、田村くんの優しさも本物です。

記憶のない私を、そのまま受け入れてくれて。


私は、どちらを選べばいいのでしょうか?

どちらを選んでも、誰かを傷つけてしまう気がします。


でも、選択しないことも、結果的には誰かを傷つけることになるのかもしれません。


もう少し時間をください。

自分の心の声を、もう少し聞かせてください。』


未来は、答えを求めて眠りについた。


でも、その答えは、まだ見つからなかった。


三角関係は、ますます複雑になっていく。


そして、未来の選択の時は、確実に近づいていた。

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