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8.バーミィ

「両者、準備は良いか」


二人に先生が声をかけた。

ロウイは力を抜いて剣身と足の向きで相手を捉える。


「「はい」」


周囲の人々が息を呑む。辺りは静まり返り、緊張感が漂っていた。

その中で、向かい合う二人だけ様子が違った。

ロウイは不敵に笑っている。恐らく相手は格上、少なくとも剣術で勝てるような相手には思えない。

それでも…


(せっかくだ。楽しもう!)


相対するバーミィも余裕げな笑みを浮かべていた。

その笑顔は声をかけたあの時と変わっていないように見えた。


「初め!」


試合開始の合図と共にロウイは砂利を踏み締め、飛んだ。


「おおっ!」


空中で木剣を両手でしっかりと握り振りかぶる。

試合開始早々、挨拶代わりの一発。頭部目がけてフルスイング。

悠々と頭を下げてバーミィは躱す。


「うわっ…やっば」


「初っ端から頭狙いって…」


「イカれてるな、あいつ」


様々な声が聞こえてくる中、着地して、流れるようにロウイは片手に持ち替え三段突きを繰り出す。

それをバーミィはジャムを塗るナイフのように剣を動かし受け流した。

ロウイは剣から伝わった衝撃に目を見張る。


「軽い」


空でも突いたような、初めての感覚だ。


「じゃあ、こっちからもいくよ?」


バーミィの体が陽炎のように揺れ、ロウイの体は宙に浮いていた。


(…見えなかった)


バーミィを見失った瞬間、咄嗟に剣を前に出して後ろへ下がったおかげで動けなくなるほどの痛手を貰ったわけでは無かった。それでも…

横腹が切り裂かれたように鋭く痛む。頭にある血管がドクン、ドクンと強く脈打っているのが分かった。もしあれをモロにくらっていれば、嫌な想像が頭をよぎる。距離をとってロウイは額に浮かんだ冷や汗を拭った。


「おっと、すまない。大丈夫かい?」


ロウイは手を前に突き出し「大丈夫」と応える。


「こりゃあ、あれだな。消化試合かもな」


観客の誰かが言った声はロウイにも聞こえていた。

そうだね、とその声に応える。


(…剣じゃあバーミィ卿に勝てない)


だから、とロウイは剣を下ろす。

バーミィはそれを見て小さく首を傾げている。


(いいのか? そんなに油断して)


再び、ロウイはバーミィへ近づく。それから跳ねるようにして近づきバーミィの頭部へ蹴りを繰り出した。

バーミィは目を見開きながらも上体を逸らし躱す。

ロウイはさらに前へ詰めながら制服を掴む為に手を伸ばす。剣がきかないなら締め上げるまでだ。


「…ッ!」


剣の握る方の先で手を叩き落とされ、お返しと言わんばかりに蹴りが飛んでくる。


(蹴りはまだ、見える)


それをロウイはすんの所で体を引いて躱す。


「見たことのない型に体術の合わせて技か。新しいね。参考になるよ」


バーミィは笑顔を保ったまま頷いた。


「僕こそ参考にさせてもらってるよ」


剣術を習っていないロウイにとってバーミィの動き自体が指南書と同等、もしくはそれ以上だった。


(…もっと早く)


ロウイが再び剣を構える。それにバーミィも応え剣を構えた。

流れるような動作で剣を振り、拳を突き出し、蹴りを繰り出すロウイとそれを確実に一つ一つ弾くバーミィ。二人の剣戟は風を切り裂き、互いの攻撃ががぶつかって激しく音を出す。


「くっ…」


ロウイは思わず声を出していた。全力を出して尚、追い付けない技量の差に弾かれ剣の先が浮く。攻撃が途切れ、大きな隙ができた。


「ハアッ!」


その隙をバーミィが見逃すはずもなく、剣先は真っ直ぐロウイのお腹を突く。後ろへ大きく飛んで、天と地がひっくり返りそうになり、ロウイは地面に膝から崩れ落ちた。


「すまない。やりすぎた。大丈夫かい?」


あくまで剣術の訓練という事を律儀に守りバーミィが謝る。

それにロウイは地面に手をつき項垂れたまま応えない。

周囲の人達がハッと静かになった。罵声も歓声もなくなり、川のせせらぎだけが聞こえる時間が一瞬、訪れる。


(…痛い)


全身が石のように固まりそうになる中で、ロウイは必死に突かれた腹部を探り集中する。脳内麻薬(アドレナリン)が思考を加速させ、痛みをあやふやにしている。痛みは全身を駆け巡り、もはやどこが一番痛いかすら分からなくなりそうだった。


(それじゃ…だめだ)


ロウイは経験から知っていた。痛みは恐怖を呼び、戦う意志を失わせてくる。こういう時は痛い痛いと嘆きながら痛みに堪えるのではなく、まず痛みを見る。どこが一番痛くて、どうして痛いのか、どれくらい痛いのか、頭にはっきりと刻む。そうして「痛い」をただの痛覚の反応に変え受け止める。

それから自分に聞くのだ。


(まだ戦えるか…?)


多くの人に見守られる中、ロウイは歯を食いしばり膝を抑え、立ち上がる。


(…戦いたい)


試合続行らしい、と周りでワッと歓声が湧く。

バーミィの方は一応構えたものの表情はどこか固く、ロウイの容態を心配しているように見えた。


「あああああああ!」


獣のような叫び声を上げ、なんとか喰らいつこうとするロウイだったが傷は増す一方で…


「くっそ!」


届かない剣の先を見て、バーミィが揺らいでいる。咄嗟にロウイは体を右に引く。どこを狙っているのかは、ほぼ勘だった。

剣の先が腕を掠めていく。

打たれて腫れるだけでなく、バーミィの素早い突きは木剣を使っていても容易に肌を切り裂いてくる。皮が捲れ、白い破片となって散る。桃色の肉から、次第に小さな赤い点が何個も浮かんだ。


(成長は遅く、体の消耗は激しい)


それが堪らなく苦しい。


(まだ、足りないのに)


息は切れて、体はあちこちが痛む。

それでもロウイは飛ぶ。そして、バーミィの頭上へ剣を振り下ろした。

バーミィがそれをしっかりと見て、剣で受け止め…


「終わりだね」


受け止められたロウイの木剣が軋む。その瞬間、剣の先が曲がり弾け飛んだ。

ロウイは頭から河原へ落ち、転がって大きく手を広げ河原に寝転がった。肌に張り付いた砂がざらりとしている。見れば青い空の中を茶色の鳥が飛んでいた。きっと剣の受け流しにも差があったのだろう。清々しいほどの完敗だった。


「ありがとう。良い練習になったよ」


ロウイの頭上から黄色の瞳を細め微笑んだバーミィが手を差し出す。逆光によって影が濃くなっているにもかかわらずバーミィの表情は眩しく見えた。


「ああ…うん。こちらこそありがとう」


と、ロウイが手を握った瞬間、体が浮き上がった。

そのまま河原へ立つ。


(その体のどこにそんな力を隠してんだか)


バーミィの細身の体を見ながらロウイは苦笑いを浮かべた。


「流石、バーミィ卿! 鮮やかな剣捌きでしたね」


「やっぱ、あんなチンピラに負けるわけないっしょ!」


「奴は実に平民らしい獣のような戦い方でしたな。バーミィ卿がご無事で何よりです」


バーミィの周りに人が集まり様々な声をかけている。

反対にロウイは河原に一人、ポツンと立ってその様子を見ていた。


「よしっ、それではこれから昼食の時間にするが、今日は学校が特別にビュッフェ形式の昼食を用意して下さっている」


生徒たちがビュッフェと聞いて目を輝かせ、どよめいている。


「皆そこでいつもは関わることのない他クラスの生徒とも今日はしっかりと交流を図り親交を深めるように。それでは解散」


ロウイは川上の方へと歩いていく。ビュッフェ会場へ向かう楽しそうな笑い声や話し声の聞こえてくる方向とは反対の方だ。


「実力差があるのは分かってたつもりだったんだけどなー」


呟きながらロウイは足元に転がっていた石ころを蹴り飛ばす。

川の浅瀬へ落ちた石がポチャンと鳴って飛沫を上げ沈んだ。


「やっぱ、悔しいな」


ロウイの乾いた笑い声が川へ響いていく。悔しいものはやはり悔しい。

剣の重みや緩急の付け方、試合運びなど、まだまだ足りない部分が多い。剣の技量には多少の自信があっただけに、余計に今回の負けはくるものがある。

はぁ、とロウイはため息を吐き出した。


「おっきい…」


それからしばらく河原を歩いていると大きな岩が行手を遮っていた。

見上げたその岩の上部は平らだ。ロウイはその岩へ登り、上に寝転がってみる。


「良い、天気だ」


見上げた空は凹んでいるのが勿体無いくらいの晴天だ。

目を瞑り、川のせせらぎに耳を傾ける。


「ビュッフェかー」


テーブルに並んだ様々な料理。きっと貴族の生徒に合わせ香辛料を効かせた肉料理が沢山出ていることだろう。

想像するだけで涎が出てしまう。


「行こうかな」


体を起こし、眼下に広がる川の水面をふと眺めた。濃い緑色の透き通った川の中で灰色の細い何かが揺らめいている。


(もしかして…魚!?)


ロウイは目を輝かせ体を前に傾けて魚の背中へ狙いを定める。飛び込めるだけの深さはありそうだ。


「ロウイー? 大丈夫ー?」


ロウイは魚に目がけて手から川へ飛び込んだ。


「うわああああああ!? え! 何っ!?」


突然、目の前の岩の上から川へ飛び込んだロウイの姿にリュエルが悲鳴を上げる。

ロウイがボケーッとかなり先の方まで歩いていたため、その声を聞いたのが森の鳥たちだけだった事がリュエルにとって唯一の幸運だった。

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