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7.剣術

先生たちに呼ばれてロウイは河原へ向かう。走りながら少し前に聞こえてきた先生達の会話を思い出していた。


「やはり今年も十位までの子達は全て森の中を抜けてきましたね」


生徒たちが森を抜ける事も想定されていたらしい。

わざわざその周辺の安全を確保していた所からある程度予想はしていたけれど、十位以内が全員使っていた事には驚いた。


「まぁそうでなくちゃな」


「えぇ、魔王城への道が舗装されていると思っているのなら、その子は勇者に向いてない」


「全くだ。戦場に舗装された道など無いと言うのに」


「そう言う面で見れば今年は三十位以内の子も森を抜けてきたような子が多いので期待出来るかもしれませんね」


「勇者…か。だと良いが」


ロウイはそこまで聞いて森に戻った。途中でバックを捨ててきたからだ。


「さて、今からペアを組んで剣術の練習をしてもらう。これが終われば昼食と休憩だから今ある全ての体力を使うよう取り組む様に」


河原に集められた生徒たちの前で先生が声を張っている。

ロウイはそれを聴きながら河原の方を眺めた。川幅は広く、川の流れは穏やかだった。サラサラと川の流れる音が聞こえている。足元は比較的粒の小さな砂利で隙間から所々草が伸びてきている。どれもこれもロウイにとっては初めの景色だ。きっと川にはお店で売られているような魚が泳いでいるのだろう、と考え飛び込みたくなった。


「当たり前だが剣術訓練なので魔法の使用は禁止。また、意図的に相手を傷つけるような行為は禁止する。体へ当たってしまった場合はまず謝罪から。あくまで訓練という事を忘れずに」


そんなルール説明の後、木剣が配られる。

木剣はロウイの腕くらいの長さをしていた。


(軽いな)


指の先で木剣を回しながらロウイは思う。剣身が細く薄い。これでは剣が当たった時の衝撃も大したものにはならないだろう。

よく見ると木剣は所々傷や凹みがあり、長年使われてきたであろう事が予想された。

その時、どこからか視線を感じて、ロウイはその主を探す。


(あぁ…)


こちらを睨んでいる視線を見つけた。彼の向ける憎悪の目は先ほどと変わっていない。

きっと挑んでくる事だろう。面倒だった。


(何より楽しくなさそうだし…)


「さて、それでは今から仲の良い者同士ペアを組んでもらう。組めなかったものは後で適当に似た体格で組ませていくから、そのつもりで探せー」


中々に初対面同士で剣を打ち合うのは気まずそうだ、とロウイは苦笑いを浮かべた。距離も近いし、タイミングを合わせる為には声も掛けなくてはいけないだろう。


「ペアを組めた者は近くの先生方へ声をかけるように。それじゃあ今からペア決め開始ー」


ロウイはすぐにリュエルの元へ駆けた。契約の事もあるが、仲の良い者同士という条件に当てはまる人物が今の所リュエルしかいない。


「リュエル!」


契約を履行したにも関わらずリュエルは苦い顔をしながらこちらを見た。頬が引き攣っている。


「ロウイ。お願いだから手加減してね?」


「もちろん!」


「ロウイ基準の手加減じゃなくて」


ロウイは「うん?」と首を傾げた。それなら誰の基準で手加減するのだろう。

それを見てリュエルは「はぁ、ダメそう」と露骨に肩を落とす。


(リュエルの加減を僕はまず知らないし)


やっていけば恐らく加減は分かっていくだろうが、流石に友達に対して初めから本気で殴りかかったりはしない。そこまで常識が無いわけではない。

近くに立っていた先生がこちらを見ていた。


「そこ、ペアできた?」


「はい! できました」


「はい…できました」


リュエルの声からして気分が乗っていないらしい。

見ると剣を持つ手が震えている。


「リュエル?」


「…ごめん。ちょっと緊張してる」


ふーん、とロウイは返す。そういえば契約を結んだ時も打ち合いが下手だと自分で言っていた事を思い出した。当たり前か。リュエルはここへ来るまで屋敷に籠り将来のため勉強をしていたお嬢様なのだろう。こういう事にもきっと慣れていない。


(ちょっと、羨ましい)


それから、なんやかんやペアの話で揉める所があったりかなり気まずそうなペアができたり、と色々あったが無事ペアでの剣術の練習が始まりそうだ。

藁に向かって打ち込む事はあっても人との剣術練習は初めてで、楽しそうだ、とロウイは張り切っている。


「まっポイントの変動は無いらしいから、気楽にいこうよ」


「えぇ、そうね」


覚悟を決めたらしいリュエルが両手で剣を持って構えた。構えの形からして、恐らくどこかで剣の技術は習ったのだろう。ちゃんとした型があるようだ。ただ手の震えは相変わらずのようだし、全体的に体に力が入ったままだ。

ロウイは大丈夫だろうか、と思いつつ、片手で剣を握り構える。ロウイは剣術を誰にも習っていないので、ほぼオリジナルである。その分、従来の型に無い、変幻自在の攻撃を繰り出せる利点はあるが、性格も相まり粗が多い。


「いくよ?」


リュエルが口を横に真っ直ぐ閉じたまま小さく頷く。

ロウイはそれに合わせてフッと体から力を抜いて跳ねるように間合いを詰めた。

リュエルの頭上へ剣を振り下ろす。


「出来るじゃん」


ロウイは弾かれた剣に力を任せ一回転して距離を取る。力をそのまま剣で受けるのではなく、流す。しっかりとその技術はあるようだ。

リュエルは無言で構えを直し、こちらを見ながら次の攻撃を待っている。


(次は…)


一歩前へ踏み込んで、木剣の先でリュエルのお腹を狙う。

すぐに先を払うようにして弾かれる。ロウイはその勢いを使って体を回転させ、頭を横から薙ぎ払うように剣を振った。

リュエルはそれを屈んで避け、反撃に剣を突き出してくる。

ちゃんと受け流したにも関わらず木剣からは体が浮くような衝撃を感じた。


「…自分が意外と動けている事に驚いている所よ」


それにロウイは「だね」と軽く笑いながら頷く。始まる前の緊張で固まった様子からは想像出来ないほど、リュエルは確かな技術を持っている。恐らく経験不足で自信が無かったのだろう。このまま慣れていけば化ける、かもしれない。


(ああ、開花する所を見てみたい)


昆虫の羽化だったり、猫の出産だったり、そういうものを見るのが好きなロウイの知的探求心に火がつく。

ゆらり、と体から力を抜いてロウイは左手を前に構え、そのまま突き出す。


「ちょっと」


困惑したような声を上げながら、それでもリュエルは臆する事なく躱す。

それは出来るだろう、と予想していたロウイは続けて寸前まで体で隠していた木剣で首を刎ねるように振る。


「…ッ!」


長い髪を翻しながらリュエルは咄嗟に大きく飛び退く。


「なっ」


と、思っていたロウイの予想を裏切りリュエルは上体を逸らして避けた。胸の上を剣の先が通過する。思ったより柔軟性は高いらしい。

僕もそれなりに体を柔らかい方だと思っていたが、やはりリュエルの言う通りだ。


(大体何事にも上には上がいるものよ、だなっ!)


口を開け歯を見せながら笑いロウイは剣を引いて構える。より鋭い一手を、次はっ!


「ロウイ」


呼びかけられたロウイはリュエルの目を見てガツンと頭を殴られたようだった。

構えた剣を下ろし、自分の愚かさを恥じた。


「もう少し手加減して、ね?」


リュエルは目を細め首を傾げながら優しく言う。剣はもう構えていなかった。


「ごめん」


「大丈夫、周りの人も見てなかったし」


リュエルは困ったような表情をしていた。


「ちょっと持ってもらって良い?」


差し出された剣を受け取るロウイ。

リュエルは乱れた制服を治し、髪を整えている。

貴族が剣術だけでは生きていけない事くらい分かる。そして貴族に求められる最たるものが気品だという事も。

咄嗟に上体を逸らして躱した。

行動だけ見れば剣術の訓練としては正しい。


(だけど、リュエルに恥をかかせている)


気品という面で、あの行動は美しく無い。

ましてやリュエルは女の子だ。


「ほら、続き、続き」


ある程度服装などを整え終えたリュエルが再び剣を構える。見るとリュエルの手は相変わらず震えていた。戦闘時に出てくる脳内麻薬(アドレナリン)に酔っていたのは、どうやら僕だけだったようだ。


「あぁ」


頷いて、剣を振り下ろす。僕ってほんと、と打ち合いを続けながらロウイは反省していた。


「ほんとごめん!」


剣の打ち合いに止まれの号令が掛かってすぐにロウイは頭を下げた。

それにリュエルは「ほんとっ大丈夫だから、気にしてない」と両手を小さく横に振りながら言う。


「手を抜かずに打ち合ってくれたのはちゃんと嬉しかったから。ちょっと驚いたってだけで」


それに、とリュエルは続ける。


「なんか全部想像通り、ロウイらしくて笑っちゃった」


ロウイは顔を上げて頬を指で掻く。口元を手で隠しながら笑っているリュエルを見て、勝てないな、と思った。


(僕よりどこまでも大人だ)


周りを見渡してみると意外と上手くいったペアの方が多いようだ。

初めは気まずそうだったペアが仲良く話していたりと、共に体を動かしてみると意外と深まる仲もあるらしい。

どうやらロウイと同じことを思ったらしい先生の一人が他の先生方に確認を取り


「まだ他、打ち合いたいペアはいるかー。一回目とは別の人となら、一回だけ、少し短めで打ち合っても良いぞー」


と、皆に声をかけた。


(面倒な事を言ってくれたな)


ロウイは顔を顰める。

絶対…


「おい。パピーフェイス」


こちらを向かってきている人物を見てロウイは「じゃあ、また後で」と逃げるようにリュエルの前を後にする。


(誰か別の人とやるしか無いか…)


人混みに紛れ辺りを見渡す。

その中にポツンと一人、剣を持って佇んでいる生徒がいた。しかも、ちょうど彼の名前をロウイは知っている。


「バーミィ卿、一戦お願い出来ませんか?」


赤い髪を揺らしバーミィはこちらを向く。

それからニコリと爽やかな笑顔を見せ


「あぁ、喜んで」


と剣を構えた。

周囲の人たちは現在ランキングトップのバーミィと突然長距離走で第十位に現れた謎の生徒ロウイの試合決定に大きな歓声を上げた。熱狂が周りを巻き込み、見物人が続々とやってくる。先生方までが監視をやめて見に来た。


「じゃあ二人とも、構えて」


二人の間に担任の先生が立った。ロウイは剣を構えながら試合開始の合図を待った。

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