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6.道

道の先へ走って消えたロウイの背中を思いながらリュエルも自分のペースで道を進む。道が森に入ってからは体感温度も少し下がっていた。木の葉の擦れる音や野鳥の歌を聴きながらゆっくりと歩く山道も風情があり、こんな野外活動なら悪くないと思える。


(それにしても実際、どうなのでしょう)


ロウイの能力は未だ未知数だ。確かにあの時、対等な契約として結んだものの、取り引きというのは往々にして不測の事態が起こりがちである。


(まだ分からない)


リュエルは自分の目利きが外れ、ロウイがポンコツだった場合のことを考える。

注意散漫な所や常識のない点が実際あるのだから、予定よりポンコツでも当然あり得た。友達としてはそれでも根が優しいロウイだからこそ抜けている部分があっても、まぁいいかと大体の事は思えるけれど、これからこの学校の勝負事に共に巻き込まれる相方としては少し心配だ。


(一応成績上位者は目指すつもりだしね)


卒業後、この学校の恩恵を受けられるのは何も首席の卒業生だけではない。成績上位者だって、貴族も羨むほどの恩恵を受けられる。

それにリュエルが社交界デビューを果たしているからこそ、分かる。


(将来、公爵、侯爵、伯爵になったり軍部の中枢や政治の中枢を担うような人がこれだけの数、集う場なんてまず無い)


この一週間である程度、この学校の生徒たちの事を調べたリュエルはそう確信していた。

貴族同士のコネクションは政略だけでなく領地の経済や軍備など、様々な分野で活かされるのだ。お金で爵位を買っただけのような歴史の浅い成金貴族と有名な貴族ではそこが大きな違いとなる。そして仮にコネクションをお金で買おうとするととんでもなく高く付くし、そもそも会ってくれない貴族も多い事だろう。


(さっ頑張ろう)


リュエルは受け取ったバックの位置を少しずらす。日もまだ高く、私の後ろには多くの人と馬車が続いている。

一応、ここに入学する事が決まってからトレーニングをしてきた成果なのか、それなりに早く着けそうで良かった。

三ポイント貰える十一位から三十位は厳しくても、なるべく順位が高い事に越した事はない。貴族という生き物は小さな上下をよく気にするからだ。


(まぁロウイはきっと大丈夫でしょ)


少なくともここまで歩いてきた感じロウイがリタイアさえしなければ規定時間に間に合わずマイナスになる事は無さそうだ。

その背中が見えない所からバックを持っていても、かなりのスピードで進んでいるのだろう。

彼らに止められずバックも押し付けられていなかったら、もしかすると…


(十位以内もあったかもしれないのに、残念ね)


「よっ、リュエル!」


金色の髪の毛に枝を刺し、頭に葉っぱを乗せたままの姿でロウイがゴールの広場でこちらに手を上げていた。前髪が汗で額に張り付き、所々汚れている。擦り傷もしているようで、喧嘩でもしたのだろうか。


「やけにボロボロね」


リュエルはそう言ってロウイに近づき頭の葉っぱを手で払い退けた。

ロウイは「まぁねー」と呑気な調子で応えている。


「バックありがとう。お陰でギリギリ十位に入れたよ」


「え?」


リュエルは外していたバックを思わず地面へ落とす。


「嘘」


「嘘じゃ無いって」


ほらっとロウイが指差す先には到着順に名前が書かれた立て札があった。

バックを木に預けてから立て札を見てみる。そこには本当に十位にロウイの名前があった。


(一位はバーミィ卿…か)


一年一組からはバーミィ卿とロウイの二人だけが十位以内らしい。


(やっぱり十位以内にいるのはロウイ以外、上級貴族の息子か親が軍部で名を馳せている生徒しかいないわね)


幼い頃からこの国の最高クラスの英才教育を受けたエリート中のエリート達だ。

その後ろの三十位以内には一年一組から四人いて、リュエルの名前もその少し後の四十一位にあった。百二十名を超える生徒数の中では充分上位である。


「どうやったの、これ」


ロウイが「えっと、それはねー」と手を動かし説明しようとした時だ。


「おい、テメェ。どういうことだ」


ゴンッとロウイが立て札に押しつけられた。襟元を掴まれ、苦しそうにロウイは顔を歪めている。

周りでは喧嘩に見慣れていない貴族の子たちが小さく悲鳴を上げていた。

同じクラスの背の高い子と中くらいの人相の悪い二人だ。休み時間の間、集まって騒いでいる所をよく見た。


「離しなさい。今、私が彼と話しています」


リュエルの声に場の空気が凍り付く。注目を先に集めていたこともあり、周囲の誰もがその声に言葉を呑んだ。


「…はいはい」


彼はこちらを一瞥した後、舌打ちをしてロウイの襟元から手を離し一歩後ろに下がった。

ロウイは軽く咳き込んでから制服の襟を正している。


「まずよー女傑様にも聞いてもらいたいんだが、おい。俺のバックはどうした。失くされちゃ困るんだけどなぁ」


「二つってなんだよ。舐めてんのか」


彼らはロウイに威勢よく詰め寄った。


「残りの二つは私が」


リュエルは木陰に積んだ二つのバックを指差す。

一番背の高い彼が「は?」とリュエルを睨む。背が高かろうと地位が高くなければリュエルが怖気付く事はない。


「お前が自分で持って行きますって言ったんだろうが!」


一人の男子生徒がロウイに激しく唾を飛ばしながら怒鳴る。

ロウイは鬱陶しそうに顔を逸らし目を合わせない。


「校訓である汝、勇者たれの文言に従い、重そうな荷物を背負わされていた彼に私から手を差し伸べたまでよ」


「チッ、そこまで」


事情を理解したらしい彼は苦々しい表情をしながらも一歩下がる。


「じゃあ、どうやって十位になった」


「ズルしてんだろ」


ロウイは「さぁ?」ととぼけた顔で首を傾げた。


「は?」


「めっちゃ頑張って走ってたらその順位だったんだよ」


「いやいや」


まさか、と半分その言葉を信じながら呟いていた。


「騙されんな。俺たちは途中追い抜かされていない」


ちなみにリュエルは途中で彼らを抜き去っている。道中バテて涼んでいたのだ。まさに彼らはイソップ寓話のウサギとカメのウサギ側だ、と思う。


「森を進んだ所までは予想がついたんだが」


彼のお仲間の一人が「森!? ホントかよ」と彼に聞き直す。


「…自殺行為だろ」


それは呆れたような物言いだった。

リュエルはそれを聞いて鬱蒼とした森の方へ視線を向ける。森に入ると進むべき方向も、今いる位置も分からなくなるだろう。一度森で迷ったことのある身としては、彼の意見に少しばかり共感できた。


(おおよそ無謀ね)


だから、まだ出ていない情報があるだろう、と予測する。

ロウイは「言い忘れてたけど、そうそう。森を頑張って走った」と言ってから空を指差した。


「僕は空を見ながら歩いたんだよ」


「は?」


「始まる前に太陽の場所と影の向き、それと道の形を予め見ておいたから」


「頭上を埋め尽くすくらい繁った葉の下で、太陽を確認してたのか?」


「それでもたまに切れ目くらいあるからさ」


後は()だよ、とロウイは呑気に言う。

リュエルはロウイがまだ何かを隠しているだろうとは思ったものの聞かなかった。普通、森を進むより少しでも整備された道を走る方が早い。木を避け、枝を避け、整備されていない坂を登るのは想像以上にずっと大変だ。おそらくわざわざ森に隠れた理由があるはず。


(ただ少なくともこの場で聞くべきでは無い、か)


そう判断をしたリュエルは「野生の勘で森を抜けられるなら地図とかも今後要らなそうね」と合わせるように言っておく。


「…まっ何か隠してんだろうが、今回はそれで良いや」


彼らは木陰に置いておいたバックを回収し川の方へ歩いて行く。

ロウイはそれをボーッとした表情で見続けていた。解放され、放心しているのだろうか。かなり余裕そうに見えていたのだけれど、とリュエルは首を傾げながら動かないロウイを見ていた。


「さっロウイ。行きましょう?」


しばらく経っても動かないロウイにリュエルは声をかけてみる。周りにいた野次馬もすっかり居なくなっていた。


「リュエル、魔法だ」


ロウイが突然そう言って手を動かす。それに合わせて風が舞いリュエルの鼻先をくすぐるようによぎった。驚いたリュエルは目をパチパチとさせる。


「僕の基本四元素は風。加速に()()を合わせ、葉っぱを吹き飛ばし、枝を折って、崖を飛び越えた」


「…そう」


世界の魔力を、火、水、風、土の四つに分けたそれを基本四元素と呼ぶ。

その中で最も機動力に優れているのが風と言われている。


(だけど、なんで…)


「流石に、バック四つ持って森を進むのは無理だけど、二つだったらって無理してみて良かった。二つ持ってくれたリュエルのおかげだ」


ありがとう、とロウイは微笑んだ。

リュエルは眉を顰め「なんで今、言ったの?」と状況を少し遅れて飲み込みロウイに聞く。

本当はロウイも隠しておきたかったはずだ。

実際、リュエルは自身の基本四元素をまだ学校の誰にも言っていない。


「恩人にはなるべく隠し事をしたくない」


へぇ、と呟く。意外とロウイは義理堅い性格らしい。


(やっぱり取り引きというのは不測の事態が起きるものね)


リュエルは自分の目利きが間違っていない事を確信し小さく微笑んだ。

トランプを使ったゲームをしている時、手札を配られた時点で勝てるビジョンが見たような気分だ。

英才教育を受けた本物のエリート達に食らい付く能力に義理堅い性格。


(後はペア行動の時に上手くロウイを活かせれば)


「リュエル、行こう」


河原へ集合するよう先生方から声がかかっている。


「ええ、行きましょう」


次は何をするのだっただろう、とリュエルは河原へ歩きながら考える。

確か…剣術の訓練。


(ついにやってきてしまったー…)


リュエルはその場で頭を抱えてうずくまりたくなった。

今日まで剣術の練習はしていたが、剣を握るだけで緊張からか手は震えるし、思考は纏まらなくなる。

それでも女傑の令嬢として、最低限面目だけは保たなければいけない。

少なくともちゃんと打ち合えている姿になれば良いが…


「ロウイ、加減してくれるかなぁ…」


浮かれた歩調で跳ねるように進むロウイの背中を眺めるリュエルに一抹の不安が滲む。


「いや、うん。まずペア活動と決まったわけじゃないから、うん。素振りなら出来るし…うん」

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