4.ロバ
それから各クラス毎に分かれそれぞれ出席を取った後、大きな幌馬車へとさらに複数の班に分かれ皆それぞれの馬車へ乗り込んでいく。
「汚いですわね」
「家畜を運ぶ箱みたいだな」
先に乗り込み馬車の中を見渡し不満を口にした生徒たちに担任の先生が「これが最前線まで連れて行ってくれる本物の馬車だ」と一番前の席に座りながら言った。
「昔はこれに乗った者の多くが二度と故郷を見れなくなった」
馬車の中に息の詰まる沈黙が落ちる。
先生が一人の生徒の名前を呼ぶ。
「はい」
「確か、将来は司令官になりたいと言っていたな」
「えぇ」
「君の立てた作戦に従い、この馬車に乗って、君の選んだ戦場へ人が送られるかもしれない。まだ汚いか?」
担任の言葉を受けその生徒は慌てたように顔を右往左往しながら幌の中を見渡す。
「いえ。中は広く量産がしやすいうえに頑丈。とても合理的な乗り物だと思います」
担任は満足げな表情で頷いた。
「他の者もそうだぞ。日々魔王軍を前線で押し留める為、この馬車で多くの人が各地から前線へ送られている。その事を努努忘れないようこの馬車の事を心に刻んでおくように」
「「「はい!」」」
主に軍部へ行きたいと言った生徒たちが勢いよく返事をした。
他の、例えば世界で最も優れた学校だから勉強にきたらしい生徒は顔を顰め口を尖らせていた。
(どうでも良いな)
最後に乗り込み馬車の一番後ろの席を確保したロウイは暗い雰囲気になった中を避け幌の中から顔を出す。後続の馬車を引く馬と目が合った。ジッとこちらを見ていた馬が力強く頭を振る。出発まで暇なのだろう。真似して馬に頭を振って返した。
「出発するそうだ」
沢山の馬の足音がして、ゆっくりと馬車は動き出す。
生徒たちが揺れる馬車に小さく悲鳴をあげていた。確かに、リュエルに乗せてもらった馬車より揺れている。
「開門!」
ゴゴゴと地鳴りのような音が馬車の前方から聞こえて来た。門が開いたのだろう。
突然、辺りが暗くなる。城門の中へと入ったらしい。煉瓦で作られた薄暗いトンネルをしばらく進んでいく。
今度は急に辺りが明るくなり眩しくて目を瞑った。
「うっわー!!」
目を開けたロウイは視界いっぱいに広がった平原の姿に声を上げ目を輝かせる。鮮やかな緑色に染まった平原に所々、白や黄色のアクセントが散らばっている。それが星空みたいに見えた。
(夜は空に、昼は地面に、星は散らばっている)
一陣の風がロウイの髪を揺らす。前髪が肌に擦れてこそばゆい。そのままその風は平原へ踊るように流れていく。一本一本の草達が風に揺れてサァーと音を鳴らし、平原に白く輝く波が出来る。波は少し眩しい。音で目が覚めたのか白い鳥達が草むらから飛び出し空へ羽ばたいた。
「落ちるなよー」
馬車から身を乗り出して平原を眺めるロウイの背中から声がかかる。
はい、とロウイは生返事で返す。
「だって、聞いた?」
隣にリュエルがやってきて、同じように幌の中から顔を出す。
「良い天気ー風も気持ち良いし、ここは特等席ねー」
リュエルの髪が馬車の外へと靡いて広がり白く輝く。シルクのドレスを見に纏い、舞いで魅せる踊り子のような眩しい可憐さを感じた。
綺麗だな、とロウイはリュエルの髪の先を眺め…
「あっトンボ!」
揺れる髪の先に馬車の隣に並ぼうと後を追って来ているトンボが見えた。王都でもトンボはいるが、こんなに大きいのは珍しい。知らないトンボかもしれない、とロウイは馬車から身を乗り出して手を伸ばす。
「言った側から!」
リュエルに服の襟元を後ろから引っ張られ、ロウイの口からグエーとみっともない声が漏れた。
「さて、ここから皆、川まで移動だ。持ち物はなるべく少なくしておいた方が良いからな。置いていけるものは置いていくように」
目的地に着いて馬車を降りたロウイ達は手入れされた広場に整列し担任の話を聞いた。
ほとんど事前に聞いていた通り同じ内容だった。ここから川への長距離走、着いたら河原で剣術の訓練。その後、河原で昼食をとり休憩がてら一学年合同の交流の時間がある。それから馬車で王都へ帰還すると言う流れだ。
そんな説明を各教室が済ましてから一斉にスタートするらしく、ロウイ達は少し待つことになった。
ロウイはクラスメイト達の集まっていた場所からふらりと抜け出し張り出された地図を見に行く。S字型の緩い山道を登って降りて川へ着くルートらしい。他に道は無く、全くルートとは関係ないところにポツンと村の表記があった。
「距離にしておおよそ十三マイル…か」
それからまだ時間がありそうなので馬を見るため馬車の方へ歩いた。
「多くないか、馬車」
沢山の幌馬車は生徒達が乗って来た物なので分かる。それ以外の装飾の施された馬車はなんなんだろう。お見送りか、万が一のために護衛でもするのだろうか。
「…まさかね」
ロウイは小さく呟き、もうすぐスタートするらしく集まり始めたクラスメイト達の方へと戻った。
多くの先生方に見守られる中、ここから川までの長い道のりがスタートする。流石に一学年合同ともなると混雑していた。初めの方の接触事故などが怖いところだ。
(さーて、頑張ろ)
伸びをして太陽の方を見上げる。太陽が真上に来るまでまだ少しかかりそうだ。
予定では昼過ぎ頃には全員集合らしく、時間にはそれなりの余裕があるようだ。
「余裕そうね」
背後から声をかけられ振り返るとリュエルがいた。手には青色の日傘を持っている。荷物は腕にぶら下げた四角い篭の箱だけのようだ。
「余裕さで言えばリュエルには負けるよ」
「あらそう? でも、大体何事にも上には上がいるものよ」
首を傾げてリュエルがどこかへ視線を向けた。
それにロウイもつられてその方向を見る。
スタートを待つ生徒達の側で馬車が止まっていて、その馬車の扉に手をかける一人の生徒がいた。
「じゃあ皆さま、ご機嫌ようー」
そう言って手を振る生徒をロウイは指差し「ズルじゃん!?」と叫んだ。
「馬車も持ち物で通ったらしいわよ。ただし他の生徒に迷惑にならないように、とは一応言われているらしいけど」
空いた口が塞がらない。
一応ここは勇者育成の学校だった筈だが、それで良いのだろうか。
「まぁ道幅も狭いみたいだし先頭集団がいる限り上位は厳しいでしょうけどね」
「いや、まぁ、勉強をしに来た人だっているんだし、そういう救済措置はある…か」
にしても馬車か、と恨めしそうにロウイは馬車を見つめた。きっと道中快適だろう。
「そんな話をしていたら、もうすぐ始まるみたいよ」
生徒達の間に緊張感が漂っていた。多くの生徒はどこかソワソワして落ち着きがない。反対に先頭の方を取った生徒達は準備運動をしたり、隣の生徒と談笑したりとリラックスしているようだ。
何故だかこちらを見てニヤニヤと笑っている生徒もいるが、ひとまず気にしない事にする。
「じゃあ、また後で」
ロウイは顔を上げて構える。目指すは十位以内だ。五ポイントがどれくらいの価値なのかは分からないものの、ここは首席の卒業を狙う上でもひとまず押さえておくべきだろう、と意気込んだ。
「位置についてーよーい…ドンッ!」
合図と共にロウイは駆け出す。しばらく走って初めのお団子状態から先頭集団の側くらいまでは抜けられただろう。
上り坂の山道に入りお世辞にも走りやすいとは言えない道を進んで行く。剥き出しの土に小石や枝が転がっていて滑りやすく余計に体力を持っていかれるのだ。
(ただ木陰が多くなって涼しくなったのはありがたいなー)
「よお! 俺たちのロバが来たぞ!」
前方から声がしてロウイは顔を上げる。
同じクラスの生徒達が四人、こちらを待ち構えるようにして道に広がっていた。いかにも金持ちの息子っぽい見た目の子達で、側には大きめのバックが置いてあった。
何か企んでいる事はその顔を見ればすぐに分かる。助けを求めようにもこの辺りにちょうど見守りをしている先生達がいない。だからこそ、ここで仕掛けにきたのだろうけれど。
(ロバ?)
首を傾げてロウイはゆっくりと彼らに近づく。
まだまだ先は長く、ここで先頭集団に遅れを取るわけにはいかなかった。
「おいっ!!」
一人の生徒が突然の大声を出す。威嚇だろうか。
「ロバが、なんだって?」
怯む様子のないロウイに大声を出した生徒は苦々しい表情で後ずさる。
「お前はロバだ。パピーフェイス」
一人の生徒がずいとロウイに近寄り、彼の頭ひとつ高い身長のせいでロウイが見下ろされる形となっていた。
「犬かロバかどっちなんだよ」
それにもロウイは怯む事なく見上げて睨み返す。
「どっちでも良いだろ。少なくとも人間じゃあ、無いんだから」
「人間でしょ」
手を広げて見せる。そこには蹄も肉球も無い。あるのはただの人の手だ。
「お前が人かなんてどうでも良いんだ」
目の前に立っていた生徒を押し退けてさらに別の生徒がやってくる。他の生徒に比べ少し背が低く、ロウイと大体同じ程度の身長にも関わらず、この中で最も有無を言わさないような威圧感があった。
その生徒は目の前にやってきた勢いのままロウイの服の襟を掴み持ち上げる。
「お前が来て良い場所じゃ無かったんだ。平民でも入れるなんて、この学校の価値が下がる。俺はここに賭けてるんだ。優秀な家の生まれだから俺は入れた。なのにお前がいたら台無しだろ。この学校にお前はいちゃいけない。いちゃいけない存在だ!」
怒気を含んだ声で彼は早口に捲し立ててくる。彼の真っ直ぐに見つめてくる目には憎悪が宿っているように見えた。
「まーまーそう熱くなるなよ」
彼は後ろから肩を叩かれ、そうだな、と頷きロウイを乱暴に地面へ下ろす。
「こいつは家畜だ。家畜は家畜らしく、壁の外なんかに憧れず、壁の中で暮らしてるのが一番。そうだろ!」
やってきた彼は後ろに控えるお仲間たちに同調を求める。すぐに「そうだ」「そうだ」と賛同の声が上がった。
「だから僕は家畜じゃ無いって」
「いや、家畜だ。平民と貴族は生まれながらにしてその存在価値から大きく違う。家畜は家畜らしく、それを持って、ゴールまで辿り着け。それで今日は勘弁してやる」
彼は地面に置かれた三つの鞄を指差した。
「お前は今日から俺たちのロバだ。何か言われたら自分のですと答えろよ」
「せっかく詰めた中身だから捨てたりすんなよ」
「使えない家畜は屠殺だぞ。屠殺」
ドサドサと目の前に鞄が積まれていく。重たそうだ、と音を聞くだけで嫌になった。
「お前はここにいちゃいけない」
彼の置いたバックからドンッと鈍い音が鳴る。恐らく中に何か詰められているのだろう。
彼らはそうやって好き放題言って満足したらしく、先に走って行ってしまった。
残されたロウイはバックを見下ろし立ち尽くす。後からやってきた生徒たちから不思議そうな目で見られていた。
「ずっとこうしているわけにも行かないよなぁ」
頭をガリガリと掻いて試しにバックを四つ背負ってみる。
「重い…」
ベルトが肩に食い込み、血を止めているのが分かる。歯を食いしばって足を持ち上げ進んでみる。一歩踏み出すだけでも、かなりキツイ。
(時間に間に合うかも怪しい)
近道のため、森を抜ける。いや、これを背負っては無理だ。それこそ自殺行為になりかねない。
「クソッ」
道端に尻餅をつくようにして後ろへ座り込む。これなら、いっそバックごと捨ててしまうのも手かもしれない。その後、何か言ってきたら殴り合いで解決…
「いや、ダメだ」
相手はいつものチンピラではなく貴族の息子だ。殴れば命は無いだろう。
それに喧嘩は成績を下げる行為に該当する。この長距離走のリタイアより重いマイナスを喰らう可能性があり、そうなれば本末転倒だ。
「あー」
結局一先ず運ぶしか無いのか、と覚悟を決めようとした時だった。
「あれロウイ、どうしたの?」
背後から声が聞こえ、突然木漏れ日が陰った。
「リュエル!」
ロウイがバックを下ろして立ち上がり振り向く。そこには日傘を差したリュエルが首を傾げて立っていた。
十三マイル(約二十一キロ)は現実の品川駅から東神奈川駅までらしいです。
微妙な距離ですけど、まぁまぁ大変そうですね。頑張れロウイ。