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2.首席

そこへ一人の男性が教室へと入って、手を叩く。

皆、顔を上げて「おはようございます」と口々にその初老の男性へ挨拶をする。

ロウイも同じように挨拶をしておいた。おそらく彼が教会で言うところの牧師にあたる人物なのだろうと予想する。つまりはこの教室の監督役(担任)だ。


「はい。おはようございます。皆さん、席につきましょう。今から出席をとります」


その男性は教壇に立って声を張った。その声はよく通り芯がある。ガタイもいい。


(騎士団上がりっぽいな)


平民の身としては畏れ多い存在の騎士だが、クラスメイト達は皆平然としていた。


(当たり前か)


騎士は貴族に使える者だ。皆、子供といえど貴族の子、尊敬の念はあれど(へりくだ)ったりはしていない。それに騎士にも見慣れているのだろう。


「…ロウイくん。ロウイくん!」


「ん? はい」


クラスメイ達が小さく笑っていた。どうやら何度か名前を呼ばれていたらしい。考え事をしていたので気が付かなかったようだ。

教壇で監督役がロウイの方を見ながら呆れたような顔をしていた。


「今は出席の確認をしています。しっかりと聞くように、次」


やってしまった、とロウイは指で頬を掻く。一度考え事を始めると周りが見えなくなってしまう。孤児院にいた頃からの悪い癖だ。

そうこうしているうちに全てのクラスメイトの出席が取れていた。クラスメイト達の名前はほとんど聞いていない。最後の方だけ少し聞いたが今後大丈夫だろうか。


「さて、では次にこの士官学校でのルールを説明しよう。守ってもらいたい事柄。それと君たちの将来にも関わる大事なお話だ」


そんな前置きから、まずはよくある規律についての話がされる。授業には遅れない。問題を起こしてはいけない。喧嘩や暴力沙汰を起こさない、などのよくある話だった。ロウイはあくびを噛み殺しながらそれを聞いていた。


「それでだ、一番君たちが気になっているであろう成績の話に移る。何故あんな規律の話をしたかと言うと、あれが成績を下げる行為の一部になっている。つまり日常的な所から気を付けましょうと言う話だ」


ロウイは首を傾げた。成績の話が皆、そんなに気になるだろうか。もちろん、今後卒業後の評価に関わるだろうが、まだ先の話だろう。皆あくびでもしているのでは無いだろうか、と周りを見たロウイの予想は裏切られた。

つまり、クラスメイト達は真剣な眼差しで監督役の方を見つめていたのだ。一言一句聞き逃さぬよう、自分の吐く息にすら気を付けている、そんな風に見えた。気付けば息苦しいほどの緊張感がそこにはあった。


「皆がこの学校へどんな理由で、どんな目的を持って来たのか私は知らない。おいおい知っていければ良いとは思っているがね」


それから監督役は一呼吸置いて「私としては」と少し溜めてから言った。


「成績優秀者、その中でもこの学校を首席で卒業した生徒にはこの都市、つまり、人類で最も栄えた王都の中で自由な立場を選ぶ権利が保証される。それを是非、狙って切磋琢磨してほしいと思っている」


ロウイは小さく「自由な立場」と呟いた。

王都で自由な立場を選べると言うことは、つまり…


「現に二年前に首席でここを卒業した生徒は元国王の豪邸で現在暮らしており王族の末席にその名前が加わっている。彼の家族と彼の子供達はこの国とこの体制が続く限り、おおよそ何をしても安泰。つまり、この四年間で、永劫の安寧にすら手が届くという事だ」


仮に、だ。

平民から王族の末席に名前を加える事になれば、きっと世界が震撼するだろう。


(想像以上だ)


ロウイは小刻みに揺れる自分の手のひらを見つめた。

ある程度はこの学校のスケールの違いに覚悟していたつもりだが実際その途方もないスケールの違いを目の当たりにして震えてしまっている。


(この震えは恐怖からか?)


否、とすぐ心内に答えを出す。


(こんなに楽しそうな事は初めてだから、浮かれてるんだろ)


ロウイは握り締めた自分の拳を見ながらニヤリと不敵に笑う。

先ほどの真剣な様子からしてクラスメイト達は皆、その首席での卒業を狙っているのだろう。


(僕も、狙おうか)


永劫の安寧に興味はない。だがロウイは勝負事、特に面白そうな勝負事に首を突っ込みたくなる性分だった。

それにここにいるクラスメイト達ならば相手にとって不足はない。幼い頃から英才教育を受けたエリートたちばかりのはずだ。いつもロウイが相手をしている貧民街のチンピラとはわけが違う。


(…首席か)


どうやってなるんだろう、とロウイは首を傾げた。

減点される事項は今聞いたが増やし方は知らない。


「そういえば二十年も前に、ここを首席で卒業されたあなたの親父さんが僅か四年のキャリアで騎士団団長。この国の軍事の花形である騎士団、そのトップに上り詰めたんでしたよね」


監督役が一人の生徒の方を見ていた。


「えぇ、そう聞いています」


澄ました表情でその男子生徒は頷く。赤い髪に黄色の瞳。ぱっと見ではただの好青年に見えるが…


(あれが、人類最強の騎士団長。その後継ぎ)


市井(しせい)の噂話に疎いロウイですら、騎士団長の話は聞いた事がある。

一人でドラゴンを討伐できるとか、一万の魔物の軍勢でも団長一人に勝てなかったとか、本当かどうかすら怪しい武勇伝が街には広がっていた。


(名前は…誰だっけ?)


覚えていない。ただ恐らくこのクラスで一番首席に近い人物は彼だろう。

せめて名前くらいは知っておきたい。


「ねぇ、リュエル」


ロウイは隣のリュエルに向かって小声で話しかけた。


「ん?」


「彼の名前は何て言うの?」


リュエルがジト目でこちらを見つめてくる。


「…ボケーッとしてるから」


「ボケーッとはしてないよ。騎士団上がりっぽいなって見てて聞いてなかっただけで」


全然関係のない事を考えてたってわけね、と小さくため息をついてからリュエルは「バーミィ卿」と言った。


「バーミィか」


ロウイは何気なく呟く。


「…貴方、いつか刺されても知らないわよ」


「え?」


「貴族は自分の爵位に文字通り命をかけてる。それを蔑ろにされたらと怒って当然。私は…別にそこまで気にして無いけど」


「そうなの?」


ロウイは首を傾げる。

爵位の無い身分には分からない感覚だ。


「ともかく、周りの人をよく見ること。男子なら基本的に名前の後ろに卿をつける。女子は名前の後ろに嬢をつける。稀に爵位を引き継いで来てる子もいるけど、そう言う子がいて、関わる機会があったらまた私に聞く事ね」


「じゃあ、リュエルはリュエルお嬢様?」


「使用人か」


「じゃあリュエル」


「それで別に良いけど、他の子にそれ(名前呼び)をしたら怒られるからね」


それからリュエルは「よろしくロウイ」とだけ言ってプイッとそっぽを向いた。再び教壇の方へと向き直ったリュエルは真剣な表情を作って監督役の方を見ていたものの、先程と違ってその口元には小さな笑みが浮かんでいた。


「さて、それでは、そんな成績が関わる始めての行事。それはこれから一周間後に行われる第一学年合同野外演習(校外ホームルーム)となる」


「来たっ!」


ロウイは思わず声に出してしまっていた。

クラスメイトの視線がまたロウイに集う。

すいません、と言ってロウイは小さくなって俯いた。野外演習、つまり壁の外へ出られるのだ。この時を待っていた。

監督役がゴホンとわざとらしく咳払いをしてから話を再開する。


「浮かれるのも分かるが、あくまで遊びに来ているわけではない事を忘れずに気を引き締めて臨むように」


その後、野外演習に向けての説明と準備物の話がされる。

どうやら学校から馬車で壁の外へ移動、そこから一度安全な場所で降りて、各自荷物を持ち、先の方にある川へそれぞれ向かう。その速さで成績が変わるらしい。


「具体的なポイントで言えばゴール地点に辿り着いて一位から十位までが五点、十一位から三十位までが三点。それ以下一点。リタイアや規定時間までに辿り着かなければマイナス一点、となる」


教室内がざわついている。ロウイが顔を上げて見渡してみると近いもの同士どうするか相談したり、不安なのか共に走る約束をしたり、中には何か策を立てるつもりなのか考え込む人もいて、反応はかなり様々なようだ。

その時、隣から「ねぇ」と声をかけられる。


「ロウイはどうするつもりなの。やっぱり上位を狙うつもり?」


リュエルが首を傾げていた。

その質問にロウイは「あぁもちろん」と頷いて答える。


「狙うは十位以内だ」


「なんとなく、そう言うとは思ってた。いけるといいね」


「リュエルは上位を狙わないのか?」


「えぇそうね。走るのは得意じゃないから、ゆっくり行くつもり」


「そっか。じゃあゴールの川で会おう」


「まっ張り切るのは良いけど、途中で転けてリタイアとかはやめてよね」


「転んだくらいで負けるつもりはない!」


ガッツポーズでロウイは言い切る。

今回のルールを聞いた時から勝てる自信があった。


「じゃあ話を聞いてなくて迷子とか」


「…それはあり得る」


ハァとリュエルは手で額を抑えて、ため息を吐く。


「そういえば野外演習場所は壁の外の森なんだろ? 安全なのかな?」


壁の外は魔物の蔓延る魔境の地と聞いた事がある。見守っている人はいるのだろうけれど、それでもそんな場所を生徒達に歩かせて大丈夫なのだろうか、とロウイは首を傾げた。貴族のご子息に万が一があってからでは遅いだろう。


「それに関しては近隣の村の人たちと共同でその地域一帯の安全を確保してるらしいよ。毎年こんな感じでやってるし、魔物の被害はこれまでで一度も無いんだって」


事前に調べていたらしいリュエルが説明をしてくれた。

へー、とロウイは感心したように応える。川までの道のりだけでなくその地域一帯とはさすがこの学校、やることの規模がデカい。


(その地域一帯…ね)


考え事をしていたロウイは「あいつはここに居るべきじゃない」と背後から向けられた憎悪の呟きに気付く事が出来なかった。

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