11.ビュッフェ
改めて近くで白いテーブルクロスの上に並んだ料理たちを見てロウイは商隊たちの露天の事を思い出した。
店の前で雑多に置かれた煌めく宝石や色とりどりの薄い布。
目の前に並べられた料理たちもそれらと同じように見えた。
(そして露天と違い…)
近くに置いてあった皿を取ったロウイは鼻歌混じりに銀杯の上に飾られた料理へ手を伸ばす。
「ロウイ様」
後ろから知らない女性の声がした。
ロウイが振り返ると、そこには数人の女子生徒がいた。統一された女子用の制服に髪を様々な形に纏め、高そうな髪留めやネックレスなどを身につけている。身につけている物だけでなく、佇まいや細かな所作に気品があり、恐らく良い所のご令嬢なのだろう、とロウイは予想した。
「今、お時間よろしいでしょうか」
「私たち是非、ロウイ様と一度お話ししてみたくて」
女子生徒たちは目を輝かせ身を乗り出すように近づいてくる。
後ろからさらに人が集まってきているのが見えた。
突然のことにロウイは混乱しながらも「うん。もちろん」と答え、近くのテーブルに皿を置いた。
「ロウイ様は普段何をしていらっしゃるのですか」
「いつも休憩時間にはどこかへ出掛けてらっしゃいますよね」
首を傾げる女子生徒たち。
「図書室で本を読んでいるか、中庭で花を見たり、虫を見たりしているね」
後は窓から空を眺めていたり、空き教室で寝ていたり、校内を探索したり色々だ。
「まぁ、面白そうですわね」
「今度、ご一緒させていただいても、よろしいでしょうか」
「えっ、わたくしも是非!」
ロウイは「…タイミングが合えば」と濁した。
よく分からない人と校内を探索しても、気まずいだけのような気がする。
そもそも、なぜ突然話しかけられるようになったのかもロウイは気付いていないので、少し警戒していた。
「ん?」
ふわり、と甘い匂いがどこからか香る。
辺りを見渡すと給仕がデザートを持ってきたらしい。
表面をカリッと焼き上げられた黄金色に輝くパイ。匂いからしてチーズとリンゴのパイだろうか。
美味しそう、とロウイはテーブルに置かれたパイの方をジッと見る。
「新しいデザートですわね」
「ロウイ様は甘いものはお好きですか?」
頷いたロウイに皆、目を輝かせる。
「では是非、あちらで食べましょう」
「うん!」
ロウイの声が思わず弾む。
「それでは、行きましょうかロウイ様」
そう声をかけてきた女子生徒が腕に抱きついてきた。
背の低いロウイよりもその女子生徒はさらに背が低いため、自然と上目遣いでこちらを見上げてくる。腕に胸を押しつけるようにして体を預け、ちょうどいいところにあったらしいロウイの肩に頭を乗せた。淡い紫色の髪は癖っ毛のようで、所々ウェーブがかかっている。見た目や仕草から人懐っこい野良猫のスキンシップのようにも見えた。
(急に…なに?)
動きづらいこの状況に煩わしさを感じながらも彼女の腕を振り払うわけにもいかず「行こうか」とロウイは努めて冷静さを保ちながら答えた。
(凄いな、この子)
ロウイの腕に抱きついてきた瞬間、周りのご令嬢達の表情が一瞬、凍った。口角が下がり、光る水面のようだった目に影が満ちていた。
にも関わらず、こちらを見上げた女子生徒の目は自信に溢れ、周囲の様子にも一切動じていない。
(ちょっと危なっかしいというか…)
うっすらと額に冷や汗が滲む。
面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だ、というのがロウイの本音だ。
「ロウイ様」
名前を呼ばれ顔を上げる。
「お口を開けてください」
こちらに切られたパイの先を向けられていた。
優しく微笑むその目の奥で闘志が燃えているように見えた。
(…食べづらいよー)
ロウイはぎこちなく口を開ける。
誰かに物を食べさせられる経験は初めてで、美味しいパイの味よりも複雑なこの状況に対する戸惑いの方が強い。
(後でゆっくり食べよ…)
リンゴを咀嚼しながらロウイは思った。
「どうですか?」
「美味しいよ。ありがとう」
微笑むロウイに「いえ、そんなっ」と女子生徒は頬を赤らめて顔を逸らす。
突然、グイッと腕を引っ張られ「次はわたくしがしてあげますわ」と露骨に不機嫌な調子で言われた。
腕を解放され、デザートの並ぶテーブルの方へ歩いていった女子生徒を見送る。それを見て周りのご令嬢たちはホッと息を吐き出した。
「そういえば先程のバーミィ卿との打ち合い、ついわたくし見惚れてしまいましたわ」
「剣と剣がぶつかるたびに空気がビリビリと震えておりました。見ているこちらが怯んでしまうような激しい剣戟で」
「愛らしい顔をしておりますが、その体はしっかりと殿方なのですね」
突然、二の腕や肩を揉むように触られ、ロウイの頬が引き攣っていた。
「えっ硬ーい!」
「細い腕なのに、筋肉が詰まってる感じがしますわね」
眉を顰め視線をオロオロと宙に彷徨わせるロウイはされるがままだ。
と、そこに先程腕にしがみついてきた女子生徒が戻ってきた。その額には青筋が立っている。
「ロウイ様」
彼女は近くのテーブルに手に持っていたリンゴのパイの乗った皿を置いてツカツカと足速に近寄った。周りにいたご令嬢たちが一斉にロウイから距離をとる。
「誰にも邪魔されず、ごゆっくりお話しを楽しめる場所をわたくし知っておりますので、是非そちらで、二人きりでどうでしょう」
彼女は甘えるような声で誘う。ロウイは迷った。
この状況から抜け出したい気持ちは山々だが、その誘いにのれば、これ以上の面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いだろう。
「いやー…」
どちらもあまり気が進まず、ロウイは曖昧な返事をする。
「色々とあってお疲れでしょうし、是非」
と、再びロウイの腕に手を置いて、引っ張るように薄暗い森の方へと進んでいく。
(リンゴのパイが…)
戻ってきたら無いかもしれない。
それは嫌だ。
(…リュエル!)
ロウイは振り返り広場に目を向け素早くリュエルの姿を探す。
(いた…だけど)
クラスの代表と話していた。話す二人の表情は真剣で、こんなふざけた痴情のもつれのような状態では話しかけずらい。
少し前、クラスで浮いている状況に対し「何かしら対策を考えないと」とリュエルは言っていた。クラスメイトたちとの関係改善、その第一歩なのだろう。
(邪魔は…出来ない)
諦めたロウイは腕を引かれるがまま、しばらく森の中を進んでいく。
「申し訳ありませんでした。ロウイ様、こんな強引な方法をとってしまい」
木陰の下で立ち止まった女子生徒が腕を離して、申し訳なさそうにこちらを見上げた。
小さな手を握ったり広げたり、長く息を吐き出している。緊張しているようだ。
(リンゴのパイ…残ってたら良いけど)
男女の駆け引きなど興味のないロウイにとって、彼女が顔を赤らめている理由などどうでも良かった。
「あの…違ったら申し訳ないのですけれど」
彼女はそんな前置きの後に…
「ロウイ様の師匠ってこんな事を言ってませんでしたか」
「え? 師匠?」
ロウイは目を丸くして聞き返した。