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【新連載】春空 ※エイプリルフール企画

作者: にわこな

 四月一日。

 せっかく咲き始めた桜が、冷たい雨に濡れている。

 今日は、なぜか妙に早い、新しい学校の始業式なのだが……。先が思いやられるようで、思わずため息がもれた。


 「師匠。転入する学校の制服、間に合わなかったね」

 座卓に朝食を並べながら、きぜが心配そうにおれの黒い学ランに目をやった。


 「新しい学校はブレザーなんだよね? ……オレ、師匠と同じ黒い制服着たかったのに」

 口を尖らせる喜世に悪いと思いつつ、思わず吹き出してしまった。

 「同じ制服って……喜世はまだ小学生だろう」

 「だって!」

 「お前なら、どんな学校でも選べるぞ」

 「おれは、師匠と同じ高校に行きたいんだよっ!」

 まっすぐに慕ってくれる喜世の言葉は、本当は時々少しだけ、苦しい。

 むきになる喜世から視線を逸らすと、結露した窓に映るぼやけた自分と目が合った。髪の、赤い色だけがぼやけない。


 学生用アパートの前で、小学校に向かう喜世と別れて、高2から転入する中高一貫の学校に向かう。前の高校は共学ではあるが、ほぼ男子校のようなものだったので、通学路に女子が混ざっているだけで気後れしてしまう。

 「あら、学ランですわね?」

 「じっと見ては失礼だよ。転校生かもしれないね」

 そんな会話が聞こえてきて、悪意はないとわかりつつ、傘で深く顔を、いや髪を隠した。

 「……雨でよかったのかもしれないな」

 思わず、声に出してしまった時だった。


 「貴様ら、なんだその頭は! 何度言ったらわかる!?」

 威圧的な声と、言葉に、びくりと身がすくんだ。

 「あら、今日は理事長が校門にいらっしゃいますのね。教頭先生と交代なのですって。ご苦労なことですわ」

 「確かに、こんなに冷たい雨なのだけどね……。ああ、また生徒会長たちが捕まっていらっしゃる! お助けせねばっ」

 「よいですわ。なりひとがいますし、なんとかなりますでしょ」

 さっきのカップルの、女子生徒が男子生徒を引きずって、おれを追い越していく。

 ──おれの頭のことではないらしい。周りの生徒も同じように苦笑いしながら、校門前で揉める三人を避けながら、昇降口に向かっていく。


 揉めている三人のうちの一人は、50代半ばの男。地味な色合いなのに高そうなスーツを着て、白髪を角刈りにしている。これが理事長だろう。

 対する二人は、生徒だ。一人は背が高く、寒いのにコートどころかブレザーすら着ず、ワイシャツの裾をスラックスから出している。傘をもう一人に差し掛けているため、顔は見えない。差し掛けられているのは、ブレザーをきちんと着て……黒のニット帽を被った黒髪の男子生徒。


 「すまぬ、理事長! 悪いとは思うているのだが、己は髪が出すのが、どうしても落ち着かぬのだ」

 「その頭で、式の挨拶をするつもりか!? 示しがつかん!」

 「兄上が……いや、本当の生徒会長が留学から戻るまでの、仮の会長であることは皆承知している。どうか見逃してくれ」

 注意するのは、ニット帽なのか。脇を足早に通り過ぎてしまえばよかったのだが、疑問でつい歩みが遅くなる。


 生徒会長らしき生徒の、対話をしようという真摯な言葉に、理事長はまったく耳を貸さない。この学校は服装に厳しくないはずなのだが……。だからこそ、おれも転入できたのに。胸の奥が、鉛が詰め込まれたように重くなった。

 「いい加減にしろ!」

 耳を貸さないまま、理事長が会長のニット帽に手を伸ばした。

 「!」

 それは、さすがにやりすぎだ。思わず足を半歩進めてしまった、その時。

 「────」

 傘を差していた男子生徒が、急に傘を閉じた。

 会長のニット帽を、剥ぎ取ろうとする理事長の伸ばした手を遮る軌道で、傘が冷たいしぶきを撒き散らしながらたたまれる。


 「っ!」

 傘が当たり、びしょりと濡れたスーツの袖を押さえて、理事長は傘をたたんだ背の高い生徒を、下から睨みつけた。明らかに怯えている気がするのは、おれの気のせいではないはずだ。

 同年代とは思えない逞しい体躯に、内側から光を発しているような、鮮やかな金の髪と瞳。ほどけば腰ほどもあるだろう髪を、編み込んで何とかまとめている。

 留学生なのだろうか? だとしても、黒いニット帽より遥かに目立つのだが。

 「やんだ」

 着崩した制服姿で、傘を片手に気だるそうに空を見上げる。

 つられて空を見上げれば、青空が覗き始めていた。厚い雲の隙間できらめく陽の光に目を細める姿が、まるで何かの漫画のシーンのようだたった。


 明らかに気圧されて黙り込む理事長を庇うように、会長が二人の間に割って入った。

 「成比人! いくら雨が止んだとはいえ、傘をたたむなら、人のいない方を選ばぬかっ」

 「…………」

 成比人というのは、この生徒か。

 おれより目立つ金の髪から目を離せないでいたせいか、会長に諌められた成比人が、かすかに、本当に微かに不機嫌に眉を寄せたのが目に入った。会長は、理事長の機嫌を取りなしていて、まったく気づいていない。


 あー……と思った瞬間に、成比人がまっすぐにおれの目を見た。

 「は、あっ!?」

 「ふってくる」

 「え?」

 「うけとってやれ」

 見上げれば、雲が去りつつある空から、白い、いや何か描かれた紙がひらひらと空から舞い落ちてきた。

 慌てて、濡れた地面に落ちる前に、間一髪で受け止める。

 「……絵?」

 「あーっ、すまない!」

 頭上から声がした。目の前の校舎の屋上に、女子生徒らしき姿がある。陽の光を背後にしていて、長い髪以外よく見えない。


 「幸っ!? あいつ、また!!」

 急に理事長がいきり立ち、会長が慌てて飛びついた。

 「いかん、理事長! 始業式が始まってしまう!」

 「放せっ!! あの白蟻駆除業者が余計なことを言ったせいで、娘が絵を止めない! ちょうど新年度だ。わからせてやるっ!!」

 物騒な物言いに引いていると、成比人が身を乗り出した。

 「でるのだろう」

 「……ぐっ」

 理事長の勢いが削がれる。

 「そうだっ、理事長のお言葉無くしては新学期が始まらぬ! さあさあ、体育館へゆかねばっ」

 会長が振り向いて、屋上を指さした。頼む、の形に口が動く。成比人もすれ違いざまに囁いた。

 「おくをのぼれ」

 理事長を引きずるように……いや、本当に成比人が理事長を引きずって、二人は体育館へと思しき方へ駆け出していった。


 ──おれは、始業式にも出ず、一体何をしているのだろうか。

 それでも言われた通りに昇降口の奥の階段を上っているのは、あの二人のお陰で、登校初日からこの赤い髪のことを言われずに済んだと、ほっとしていたからかもしれない。


 ……和紙だろうか。

 手に持った紙には、墨でびっしりと様々な虫の絵が描かれている。なんだか、いまにも動き出しそうで少し怖い。

 けれど、どうしても目を奪われる。3月までいた高校で、昆虫専攻に所属していたせいだろうか。一目見れば、虫の生態を知り尽くした人間が描いたものだとわかる。どんな小さな仕草も見逃さないよう、観察しているのだろう。

 他人事だが、止めろというには、惜しい気がした。


 階段の先が見えてきた。錆の浮いた鉄製の、屋上へ続く扉。取っ手に手をかけて、押し開けようとした瞬間、ぐんと扉が軽くなった。

 「はあっ!?」

 誰かが中から開けたのだ、と理解した時にはすでに遅く、足はたたらを踏んで、扉を開けた人間に体ごと突っ込んでしまう。

 「!!」

 相手も驚いて、でもおそらく二人とも雨で濡れた屋上に転がりたくはなくて、お互いの体に縋りついた。


 足を踏ん張って、全身びしょ濡れにならないことが確実だとわかって、落ち着いて、そして、腕の中に制服を着た柔らかい体があることを知る。

 「……っっ!?」

 「扉、いっしょに開けてしまったな。すまなかった」

 腕の中で、こちらを見上げる大きな瞳。

 「黒い制服……転入生か? 絵を、拾ってくれてありがとう」

 長い艶やかな黒髪が、雨で散り始めた桜の花弁を従えた、春の風で揺れる。


 「わたしは、さい。幸という。

 ──名はなんという?」


 「…………いまえ。今衛だ」


 「今衛というのか。よろしくな!」


 春の空の下で、その女子生徒……幸は、屈託なく笑った。


 ────新しい日々が、始まる。


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