『騎士団長は幼女に甘い(読み切りの短編連作)シリーズ』はここ♡
生まれて初めてのザマァ、ふぅ⋯、胸がスッとするわぁ⋯
シリーズですがこれだけで読める作りです、完結してます。
「よくも俺の服を汚したな! 王子である俺の服を汚すなど死刑にされても文句は言えないぞ!」
突然大きな声が聞こえたので、ウィンザー侯爵家の末っ子のリリアンはびっくりして椅子から落ちそうになった。
ここは国王主催のガーデンパーティ。
六歳のリリアンは四人の姉たちと一緒にパーティに来ていた。
目の前のテーブルにはチョコレートケーキやシードケーキ、ほかほかのスコーンなどがいっぱい並んでいる。もちろん香り高い紅茶もたっぷりある。
ウィンザー侯爵家の五人の姉妹はみんな金髪に青い目のとても美しい令嬢たちだ。
「お姉様、あの人たちはだれ?」
リリアンは苺ジャムたっぷりのスコーンを両手に持って聞いた。
大声を出しているのは黒髪に黒い瞳の豪華な服を着た令息だった。すぐそばにはよく似た令嬢もいる。兄と妹だろうか?
ふたりはたくさんの従者を引き連れている。きっと身分が高いのだろう。
令息の足元では小柄な令嬢がブルブル震えながら頭を下げている。そして地面には割れたワイングラス⋯⋯。どうやらぶつかってしまったようだ。
「あの人たちはカール王子様とカトリーヌ王女様よ」
二番目の姉が顔をしかめながら教えてくれた。
「わがままで有名な方々なのよ」
四番目の姉も顔をしかめた。
姉たちは王女と王子のことが好きではないようだ。
「どうして王子様と王女様はあんなに怒っているの? 王子様の服はぜんぜん汚れていないのに」
「虐めたいからわざと怒っているのよ。王子様と王女様はいつも威張っているの」
「ふうん⋯⋯。王子様と王女様はお子ちゃまなのね」
リリアンも可愛い顔をしかめた時に一番上の姉が立ち上がりかけた。
「このままではあのご令嬢が可哀想だわ、どうにかしないと」
だけどちょうどその時、やっと王子と王女の怒りが収まったので姉はまた椅子に座った。
四人の姉たちはコソコソと話し出す。
「まったく腹が立つ王子様と王女様ね。なんとかできないのかしら?」
「やっぱりザマァをするべきよ、そう思わない?」
「ええ、そうね。だけど相手は王族よ、簡単にはいかないわ」
「そうね、作戦が必要ね」
リリアンは姉たちの会話を聞きながら首をかしげた。
——『ザマァ』って何かしら?
ミルクたっぷりの美味しい紅茶を一口飲んでから聞いてみる。
「お姉様、ザマァってなあに?」
「ザマァはとても胸がスッキリするの」
「スッキリ?」
「意地悪をされると胸がモヤモヤするでしょう? だから意地悪をした人に仕返しをするの、そうすると胸がすーっとするのよ」
「ふうん⋯⋯」
たしかにリリアンの胸はモヤモヤしていた。意地悪な王女と王子にすごく腹が立っている。
——私も胸がスッキリしたいわ!
というわけで、リリアンは王子と王女に『ザマァ』をすることにした。
**
宮殿の中庭には薔薇や百合などの豪華な花々が咲いている。白いテーブルクロスがかかった丸テーブルが並び、着飾った客たちがティーカップを手に会話をしている。
「なんて美しいお庭かしら、さすが王様のお庭ね!」
リリアンはスキップをしながら客たちの間をどんどん進んだ。
今日はとびっきりのおしゃれをしている。
金色の髪はクルクルにカールして大きな白いおリボンもつけているのだ。おリボンは大好きなお母様が結んでくれた。
パーティに来ている令嬢たちの中で一番大きなリボンだ、とってもルンルンだ。
ドレスは水色で白いレースの飾りがたくさんついている。
ちょっと歩きにくいけれど、でも大丈夫!
スキップをするとレースたっぷりのスカートがふわりと広がってとっても楽しい。
軽やかにスキップをしながら白百合の茂みを抜けたとき——。
「あら? ジェラルド騎士団長様!」
目の前に背の高い美貌の騎士が現れた。
王都の全女性の憧れのまとでリリアンの姉たちの『推し』のジェラルド騎士団長だ。
たくましい胸筋を引き立てる黒い騎士服姿。美しく輝く長い金色の髪が背中に流れ落ちている。
切れ長の目に彫像のように整った輪郭、そして瞳は空の青さを写したような鮮やかなブルーだ。
今日もとってもハンサムだ。
「騎士団長様、ご機嫌いかがですか?」
リリアンはサッと右手を出した。
淑女ならこうするべきとちゃんと知っている自分が誇らしい。
騎士団長はニコッと笑ってリリアンの右手を取った。そして軽く背を曲げ手の甲にふわりと唇をつけて挨拶をしてくれた。
「元気にしております。リリアン様はいかがお過ごしでしたか?」
「毎日とってもご機嫌ですわ!」
膝をピョコンと曲げて挨拶を返す。
——わあ! 今日はとっても上手にお辞儀ができたわ!
カーテシーというお辞儀は難しいのだ。その難しいお辞儀が最高のできだったので嬉しくてピョコンピョコンとなん度も繰り返した。
「もうそのくらいで大丈夫ですよ」
ジェラルド騎士団長が笑いながら止めたのでやっとやめた。
「騎士団長様がいらっしゃっていると知ったら姉たちが大騒ぎをしますわ」
姉たちだけではない、令嬢たちがジェラルド騎士団長を見つけたらガーデンパーティは握手会&トーク会場と化して大騒ぎになるだろう。
「⋯⋯みなさんに見つからないようにしているのです。国王陛下に挨拶をしたらすぐに帰る予定です。ところでリリアン様はここで何をしていらしゃるのですか? お姉様たちはどちらですか?」
「姉たちは向こうのテーブルですわ。パーティの全部のメニューを食べるのに必死ですのよ」
「美味しいお菓子がたくさんありますからね。リリアン様は召し上がらないのですか?」
「私はこれからザマァをしに行きますの」
「ザマァ⋯⋯ですか?」
「ええ、そうですのよ」
リリアンはジェラルド騎士団長に意地悪でわがままな王子と王女のことを説明した。
「なるほど⋯⋯」
騎士団長がなにか考え始める。
——きっと騎士団長様は私と一緒にザマァをしてくださるのね?
リリアンは期待した。
ジェラルド騎士団長とリリアンは友達なのだ。騎士団長はちゃんと大人の淑女としてリリアンをあつかってくれる。
時々は『それは十年後に』と言って話を誤魔化そうとするけれど、それをのぞけばとってもいい人だ。
「一緒に行ってくださいますの?」
リリアンは大きな目をキラキラさせて聞いた。
だけど騎士団長は首を横に振った。そしてリリアンが一番嫌いな言葉を言った。
「一緒には行けません。どうぞそのザマァは十年後にもう一度お考えください」
「十年後!?」
リリアンは『十年後』と言われるのが大嫌いだ。
まるで『今はまだあなたは子供だ』と言われているようではないか、プンプンだ。
「では結構ですわ。ひとりでやりますわ!」
「絶対にだめです。あのおふたりは王子と王女ですよ。つまり王族でいらっしゃるのです。簡単にザマァができるような方でありません。お姉様たちもそうおっしゃっていたでしょう?」
たしかに姉たちも『簡単じゃない』と言っていた⋯⋯。
「リリアン様、ご納得いただけましたでしょうか?」
「⋯⋯ええ、わかりましたわ」
と答えたが、リリアンはちっともわからなかったので心の中でこう決心した。
——ひとりでやりますわ!
「失礼いたします、騎士団長様」
騎士団長と別れると客たちの間をどんどん進んでいく。
豪華な白いテントが見えた。テントの下のソファに派手なふたりが座っている。
「カール王子様とカトリーヌ王女様だわ」
王子と王女は取り巻きの令嬢や令息に囲まれていた、こんどはおとなしそうな令息を虐めているようだ。
カール王子は剣を抜いている。その剣を小柄な令息の顔に近づけてニヤニヤと笑っていた。王女も意地悪く笑っている。
剣を向けられた令息は地面に土下座して必死で謝っていた。今にも泣きそうな顔だ。とっても可哀想だ。
リリアンは真っ直ぐに進んで王子と王女の目の前にすくっと立ち腰に両手を当てて大きな声を出した。
「そんなことをしていたらお母様にお尻をペンペンされますわよ!」
「⋯⋯」
「⋯⋯」
王子と王女はあんぐりと口を開けて驚いている。
——先制攻撃は大成功ですわ!
リリアンは勝ち誇った。
戦いは最初が肝心だということはゲーム好きの四番目の姉からちゃんと教えてもらっているのだ。
さあ、次の攻撃だ!
「いい子にしていないと夜におトイレに行った時にお化けが出ますわよ!」
これはよくリリアンがお母様に言われてものすごーく効果がある言葉なのだ。トイレに行っておばけに会うなんて想像しただけで怖くて震えそうになるではないか。
きっと王子と王女も震え上がったはずだ。
さあ最終兵器だ!
リリアンは自分がこれを言われるとすぐにいい子になる最強の言葉を叫んだ。
「これ以上怒らせるとお母様は出ていきますよ!」
だけどなんと王子と王女はケラケラと笑い出したではないか!?
「誰かこの幼児をさっさと追い出しなさい」
——幼児ですって?
リリアンはムッとした。
「私は幼児ではありませんわ、ウィンザー侯爵家のリリアンですわ!」
「ウィンザー侯爵家?」
「ええ、そうですわ。私の父はウィンザー侯爵ですのよ。失礼ですわ!」
「失礼で無礼なのはあなたのほうよ! 私と兄にそんな態度を取ったら、あなたの家族は処刑されるのよ、わかっているのかしら?」
「しょ⋯⋯処刑?」
「国王の命令で殺されるという意味よ」
王様の命令で殺される⋯⋯?
そんなことになったら大変だ!!
——どうしよう! 私のせいでお父様やお母様やお姉様たちが処刑されるなんて。お姉様と騎士団長様が『簡単じゃない』って言ってたのはこういうことだったんだわ。
リリアンはやっと王子と王女が簡単にザマァできない相手だということの意味がわかった。
王子と王女の後ろには国王陛下がついているのだ。
——ああ、私ったらお子ちゃまでしたわ!
気持ちがシューッとしぼんで泣きたくなった。
「やっとわかったみたいね」
「家族を処刑されたくなかったら俺たちの命令を聞くんだな」
王子と王女がニヤリと笑う。
「さあ、紅茶を運んできなさい」
「⋯⋯はい」
リリアンは急いで侍女たちから紅茶を受け取って運び始める。
——この人たちは大嫌いだけど命令を聞かないとだめなんだわ。
ものすごく悔しいし悲しかった。だけど命令を聞くしかないのだ。
「はい、どうぞ⋯⋯」
「手が低いわ、もっと上に上げなさい、礼儀を知らない子ね! もう一度運び直して!」
「は、はい⋯⋯」
リリアンは腕をグイッと頭上に高く上げた。ものすごく苦しい体勢だ。その姿で紅茶をまた運んでくる。
「ぬるいわ、もっと熱い紅茶を持ってきなさい」
「はい⋯⋯」
もう一度駆け戻って紅茶を用意する。そしてまた運んだ。
「これもぬるいわ、あなたバカなの? のろまなの?」
「ううっ⋯⋯」
リリアンは唇を噛んだ。
——私、泣かないもん!
なんとか涙を堪えてなん度もなん度も紅茶を運んだ。
王女と王子はニヤニヤ笑って「新しいおもちゃを手に入れたわ」などと話している。
リリアンが疲れて転びそうになったころ、カール王子が剣先をリリアンの前に突き出した。
「なんだその変なリボンは」
リリアンの自慢のリボンを剣で切ろうとした。
「きゃっ!」
リリアンは紅茶カップを地面に落としてパッと両手で髪を押さえた。
これは大事なおリボンなのだ。お母様が結んでくれたお気に入りなのだ。
その時だった——。
「おやめください!」
鋭い声が聞こえて、サッと誰かがリリアンとカール王子の間に飛び込んできた。
「騎士団長様!」
なんとジェラルド騎士団長ではないか!
しかも騎士団長は剣を抜いていた。カール王子の剣をバシッと打つと王子の剣が弾き飛ぶ。
「何をする! 俺は王子だぞ!」
王子が怒鳴った。
「無礼ですわ!」
王女も怒鳴った。
騎士団長はふたりを無視してリリアンの前に膝をついた。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「⋯⋯ええ、大丈夫ですわ」
ジェラルド騎士団長はいつも穏やかな表情をしている。だけど今はものすごく怒っていた。リリアンが初めて見る騎士団長の怒った顔だった。
「ではリリアン様、後ろに下がっていてください」
騎士団長はそう言うとリリアンを少し離れた場所に連れていった。
そして、
「無礼は承知しておりますが義により逆らい奉ります——」
王子に剣を向けた。
「なんだと? うわっ!」
騎士団長が切り込んだので王子が慌てて地面から剣を拾う。
キンッ、キンッと剣がぶつかる音が数回響いた。
勝負はすぐについた。
騎士団長の圧勝だ。
騎士団長はそれでも王子を許さなかった。全身から怒りの炎が燃え上がっているかのようだった。
地面を転がって逃げる王子に容赦なく剣先を向け続ける。
王子の豪華な服がボロボロに破れていった。
「ジェラルド⋯⋯! おまえ、こんなことをしたら死刑になるぞ!」
「もとより死ぬ覚悟です。ですがその前にリリアン嬢に謝ってください」
「どうしてそんなガキに⋯⋯、うわっ! わかった、わかった! 謝るから剣を向けるのはやめてくれ!」
カール王子はガバッと地面に両手をついた。
「俺が悪かった。⋯⋯許してくれ」
騎士団長の切れ長の目がカトリーヌ王女をじっと見る。
王女はビクッとして「少しやりすぎたかもしれませんわ、ごめんなさい」と謝りガタガタと震えた。
あんなに威張っていた王子と王女がとっても惨めな姿になっている⋯⋯。
侍女や従者、まわりにいる貴族たち、そして虐められていた令息や令嬢たちが、みんなパッと『スッキリしたぁ!』という顔になった。
もちろんリリアンもものすごーくスッキリしていた。
「ふぅ⋯⋯、胸がスッとするわぁ⋯⋯。ありがとうございます、騎士団長様!」
「お役に立てて光栄です」
騎士団長がにっこり笑う。
こうしてリリアンの初めてのザマァは最高にスッキリして終わったのだった。
***
「まったく⋯⋯、目が離せなくて瞬きすらできません」
赤い薔薇の花が咲く横を通り過ぎながらジェラルド騎士団長は大きなため息をついた。
「ごめんなさい⋯⋯」
なんだか大変なことになってしまったということはリリアンにもわかった。
もしかすると騎士団長が処刑されてしまうかもしれないと心配したが、どうやらそれはないようだった。
ジェラルド騎士団長は国王陛下ととっても親しい友達らしい。
「二度とあのような事をなさってはいけませんよ、リリアン様」
「はい!」
リリアンは元気に返事をしたけれど、
——もう一度ぐらいザマァをやってみたいですわ。
と思っていた。
——だってものすごーくワクワクスッキリしたんですもの!!
それがわかったのだろうか、騎士団長はまた大きなため息をついて、「仕方がないお方だ」とつぶやいた。
「リリアン様——」
騎士団長が立ち止まる。
「はい?」
リリアンは嫌な予感がした。また『十年後』とかなんとか言われるのだろうか?
だけど違った。騎士団長はリリアンの前に片膝をついた。それからゆっくりと剣を抜き、その剣をリリアンに向かって掲げたではないか⋯⋯。
いったいどういうつもりだろう⋯⋯?
「リリアン様、これからわたくしが言う言葉を繰り返してください、いいですか?」
「ええ、いいですわ⋯⋯」
「汝を我が騎士に命じる——」
「えっと⋯⋯、汝を我が騎士に命じる⋯⋯?」
「さあ、この瞬間からわたくしはリリアン様をお守りする騎士となりました。これから十年の間、わたくしが命をかけてお守りすることを王都の全ての人間に宣言いたします」
「⋯⋯?」
リリアンはジェラルド騎士団長が何を言っているのかちっともわからなかった。
首をかしげていると騎士団長はゆっくりと立ち上がり、
「これでもう誰もリリアン様に意地悪をしない、ということですよ」
にっこりと笑った。
〜終〜
幼女に甘々な騎士団長のお話をもっと読みたいと思って頂けましたら下の☆の評価とブクマで応援もらえるととっても嬉しいです!