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振り向けば

 水とメニューが出され、ランチメニューの簡単な説明を受ける。


「やっと来れたよー。お肉エンドレスシステムじゃないのは残念だけど、ランチメニューどれも美味しそうだね!」


 以前に類が計画をしていた、『ソルエス』受験メンバーみんなの合格をシュハスコで祝う企画は、回転寿司で実施された。

 以降はなかなかタイミングが合わず、たまたま都合が合う日が近くあるのがわかり、突発的に組まれた予定だった。声を掛けたのは三葉である。



「浅草さ、良かったよね」


 類が珍しくしみじみと言った。

 湿り気が少し軽くなった風が夏の終わりを伝えていたとしても、日中にはまだ熱気を残しているように、『浅草サンバカーニバル』に出演したサンビスタの熱はまだ冷めやらない。

 この時期にサンビスタが集まれば、雑談もそこそこに『浅草サンバカーニバル』の話題になるのは必然だった。


 類にとっては初めての浅草だ。

 コミサォンという重要な立ち位置を、持ち前のセンスと舞台度胸でしっかりと務め上げた。



 エンヘードのテーマを隊列の先頭で表現するコミサォンは、三部作を通してブラジル国旗をイメージした衣装にしていた。

 今年はマランドロ三人が金色の衣装に鉱物を現した装飾品があしらわれている。

 パシスタ三人は、緑の衣装で森の妖精のような格好だ。

 三対三に分かれたり、金と緑でみっつのペアになったりする振り付けで、真ん中には青い天球を模し、星が散りばめられた派手な衣装のガビが、キリスト像やサッカーボール、コーヒー豆などのオーナメントが所狭しと付けられた小さな台車のうえで重厚なダンスを踊っていた。


「浅草には何度も出てるけど、あの雰囲気は独特だよね。慣れないわ」


 三葉がふっと笑う。

 三葉が前に所属していたエスコーラは『ソルエス』よりも強く、規模も大きい。優勝経験もある。そんなエスコーラで何度も浅草に出ていた三葉でもそうなのかと、類は思った。


「ウリちゃんのシューズがパガパガになっちゃったのには焦ったよねー」


「焦った? るいぷる爆笑してたじゃない」


 八月の強い日差しが焼いたアスファルトの熱の影響か、マランドロ羽龍のシューズのソールが剥がれてしまったのだ。


 浅草サンバカーニバルは馬車道通りを雷門通りまで進んで右折する、八百メートル近いコースを四、五十分掛けてパレードする。

 羽龍のシューズはわずか百メートルを過ぎたあたりで故障してしまった。



 中間地点の右折するポイントでパレードが一瞬止まる。

 そこで業務用の補修テープでぐるぐる巻きにして補修することができるが、そこに辿り着くまでの数百メートル、数十分を羽龍はパガパガのシューズで踊り切ったのだ。


「優男かと思ってたけど、意外と不屈の男だったのね。見直したわ」

 ミツバが本気で感心しているように言った。

 レベルの高いダンサーとしては、衣装や道具のメンテナンスも完璧であるべきとの考え方を持っている者も多い。

 三葉もどちらかといえばそのような考え方の持ち主であるが、一方、本番が始まってしまえば十全完璧など求めるべきではなく、現実は予期せぬイレギュラーの連続だ。

 戦略や戦術は机上で立てられるが、リアルタイムで起こる事象に対応するのは、現地現場の人間である。

 予期せぬ状況に、工夫と知恵と経験で対処し、状況によっては気合と根性で乗り切る。

 その、最後の最後で頼るべき個人の底力を、三葉は演者にとっての大事な資質のひとつだと考えていた。



 金と緑のペアは、ダンス経験が豊富な者と乏しい者で組まれた。

 三葉はペア相手の羽龍が、新人でありながらそんな状態で踊っていたのを中継地点で知って、感嘆したのだった。

 その時、類はゲラゲラ笑っていた。重要なイベントの本番中にこんなに笑える類のことを、瑠衣は一瞬すごいと評価し、その後、よくよく考えたらやっぱりどうかしてるな、この人。と少し引いた目で見ていた。

 ちなみに類は治樹、瑠衣は暁と組んでいた。



「ガビの補修もすごかったよね」

 思い出してまた笑ってる類を放っておいて、瑠衣は三葉に言った。


「ブラジルの人って補修とか修理得意な人多い気がする」

 三葉は本場ブラジルに行ったこともある。

 気がすると言ってるし、たまたまそういう人を多く見ただけかもしれないが、瑠衣はなんとなく当たっているんじゃないかと思っていた。

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