名波くんのこと
次は名波くんが、自分語りなら負けねーぞと、語り始めた。
名波くんは有働くんの家とは異なり、普通の会社員の家庭だ。
普通とは言え、お父さんは大手総合商社の管理職。かなり優秀な人なのだろう。そして、タフな業界は優秀な人間ほど獅子奮迅の働きを求められるもの。
名波くんのお父さんは出張も多く家にいることはほとんどないらしい。
「この手の親の例に漏れず、たまにしか会わないのに、たまに会えば、『高校はどこに行くのか決めたのか?』『遊ぶのも良いが充分な成績取れてるんだろうな』って感じ。価値あるのは成績と偏差値だけ」
どこかで見かけたそう言う嫌な父親ってキャラクターを演じてるんじゃないかってくらいテンプレートで、逆にウケたわと笑ってる。
有働くん同様、当時は笑い事ではなかったんだろうなと思う。
親がテンプレート化するのは、親の価値観が似通っているからで、それは社会に合わせた結果そうなっているのだから、一概に否定できるものではないと思う。
それに対する子どもの対応や態度だって、ある意味テンプレートだ。
子どもは子どもで、まだ社会を知らないのだから、親から見れば不安で滑稽かもしれない。現実を見て傷つくのは子どもだからと、そうなる前に助けてくれようとしているのかもしれない。
でも、社会を、世間を、現実を、知らないからこそ描けるイメージが、親の想像を超えた現実になることだってあるはずだ。
スポーツでイメージトレーニングが大切なのは、イメージが現実を作ることがあるから。
常識を知ってしまい、常識の枠内しかイメージできなくなったとしたら、常識を超えるような革新なんて生まれない。
子どもはそう言う余地のある、可能性の塊だ。
親が知ってしまった現実の枠を、子どもが超えられないと言うのは、常識を知ってしまったから生まれた思い込みではないだろうか。
反抗期の名波くんは、お父さんの言葉をあしらうように躱し、当て付けるように音楽に没頭した。
そんな態度を子供がとれば、親だってひとりの感情を持った人間だ。相応の態度が返されることもあるだろう。
名波くんのお兄さんが大学に合格した。かなりの難関大学で、家族でお祝いしたそうだ。
名波くんのお父さんは珍しく酔っ払っていたという。
「お前も、高校はもう最上位は無理だろうがそこそこのとこにはいけるだろ。そこから巻き返せばなんとかなるんだから、諦めないで頑張れよ」
お父さんは名波くんに対して思うところはあっただろう。それでも祝いの席で説教の意図はなく、最後の言葉の通り、励ますつもりだったと思う。
でも、これは無い。思春期のコンプレックスを刺激したところで、親の思い通りに子どもが動くわけはない。
それに、本気で励ましているのだとしたらズレている。そもそも名波くんは何も諦めてなどいない。
「俺はあんたの望むようなレールに乗る気はねーよ」
だから、名波くんが言い返したくなる気持ちはわかる。わかる、けど......。




