アシェル文波音楽堂(仮)
軽音部の活動は楽しかった。楽器が覚えられたら良いかなくらいの気持ちだったが、せっかく覚えたんだから披露してみたい、大会にも出てみたいと思うようになっていた。
他の部活のように、部として大会に出るのではなく、組んだバンドで大会にエントリーする。
練習なども含め、組んだメンバーとの調整で臨めるので都合がつけやすかった。
わたしたちのバンドも、冬に開催される大会にエントリーすることになった。
わたしはなんとかコードはひと通り押さえられるようになっていた。まだまだたどたどしいが、名波くんがシンプルにアレンジしてくれるので、ある程度どんな曲でも対応できる。
女声のコーラスが必要な時はわたしが担当した。
アリスンは有働くんたちの提案に乗って、ベースとヴォーカルを担当していた。
楽器を弾きながら歌うアーティストは多いが、それぞれの練度が必要で、初心者には負荷が高い。ギターなどのメロディを奏でる楽器ならまだ歌いやすいけど、リズムを刻む楽器を弾きながら旋律を歌うのは難しいらしい。
アリスンは器用で上手くこなしていた。というよりも、ベース志望のアリスンには悪いが、ベースはまあ簡単なリズムなら鳴らせてるな程度。特筆すべきはその歌唱力!
はじめてアリスン歌ってもらった時、有働くんと名波くんの表情はある意味露骨だった。最初絵に描いたような驚愕を浮かべていたその表情は、次第に感動を表す歓喜へと変わり、最後には悪徳商人のような笑みでふたり頷き合っていた。
自己紹介の時の宣言通りブレなく、メンバーというパーツを使いこなして戦略を立てるつもりなんだろうな。
まあわたしもやるからには高みを目指したいし、大会に出るなら好成績を納めたい。
戦略担当はふたりに任せて、演者としての精度向上に努めよう。
アリスンの歌唱力は当初から目を見張ったが、トレーニングを経てより本格感を増していた。
伸びやかな声には情感が篭っていて、ひとに感動を与えられる域にまで来ている。
この歌を、ベースを弾きながら歌っているのだからすごい。
有働くんは楽曲に合わせてギター、サックス、キーボードと、メロディの主軸を担当している。わたしのギターがメインを張るには心許ないから、主旋律は有働くんに委ねられた。
男声のヴォーカルやコーラスも担当している。
曲づくりも半分強は有働くんだ。
流石バンド経験者だけあって多才だけど、経験者ってだけでこんなに色々できるものなのか。
有働くんは才能について語ったときに、才能に恵まれなかった者の側に立っていたけど、充分才能はあるのではないかと思った。
名波くんはドラムス。
わたしと同じく初心者のアリスンのベースはリズムのメインにはし難く、名波くんの巧みなドラムがこのバンドのリズムの屋台骨となっている。
ラップやシャウトなどがある場合は名波くんの担当だ。
曲も半分弱は名波くんがつくっていて、詞もほとんど書いている。アレンジも名波くん。
経験者ふたりはそれなりの数のオリジナル曲をつくっているが、ひと前で披露する際は有名な曲を演奏した方がウケが良い。流行っている歌をわたしたちのバンド用に(時にはわたしとアリスンが弾けるようなシンプルなものに)アレンジしてくれるのも名波くんだ。
彼もまた、多才である。
これを、彼らの言い分通り、無才でありながらも努力と工夫で培ったとするなら、その努力の質と量がどれほどのものだったのかと、その重みに思いが向くが、きっと、それ以上に音楽が好きで仕方ないのだろうなと思った。
わたしもダンスはそれなりに研鑽してきたつもりだ。多大な時間と労をかけたと思う。それを他人から見たら、大変だったと思われるだろう。
でも、わたし自身、大変だし辛いと思ったことも一度や二度じゃないけど、それ以上に楽しかったのだから。
大会にエントリーする際に、バンド名は『アシェル文波音楽堂(仮)』にしたと有働くんから伝えられた。
ヴォーカルであり見た目にも目を引くアリスンを立てたい意図がわかるバンド名だ。
それは良い。それとは別に気になったことがあった。
「文はわたしの文樹からでしょ? 波は名波くんだよね? 有働くん入ってなくない?」
「ああ、名前つける特権で、ちょっと仕掛けさせてもらっちゃった。ローマ字で読み方も提出してるんだけど、音楽堂は『ONGAKU-U-DOU』って読ませる。中にウドウ混ぜてるんだ」
何故か何やら嬉しそうな有働くん。
これがおしゃれなのかださいのかはわたしには良くわからなかった。
有働くんは、まあ仮だしと笑っている。音楽の方向性がもう少し定まってから正式な名前を決めたいと言っていた。
バンドを組むときに有働くんと名波くんは、わたしの持っているサンバという属性も取り入れたいといっていた。
踊れるような音楽になるなら、『ソルエス』でも使えたりしないかなぁとぼんやり考えていた。




