義賊は濡れて呪われる
外はザァー、ザァーと音が聞こえるほど大雨雷雨で、濃い藍色の手拭いをほっかぶった三人の男が人住まなくなってだいぶ経っていそうな廃屋にササっと逃げ込んだ。
一人は百七十センチには満たない大きくも小さくもない男で、その男の背後にその男よりも背の高い少し細身の男が控え、その男の真横にいる男は随分と二人と比べると大柄で体格も立ち上がった熊のようである。
三人共に手拭いと同じ濃い藍色の小袖を身に付け、背には銀色の鼠のような模様が大きく丸く描かれている。
「...ふぅ...まさか、雨に降られるとはなぁ〜」
木が腐り崩れ落ちてぽっかり空いた大きな穴から外を覗きながら、先頭の男はやれやれというようにため息をつきながらぽつり独り言のように呟く。
ただ中は明かりがなく真っ暗で、激しく唸る雷が遠くで光ると中が時たま明るくなる程度。
そんな状態だ、ほっかむりを深く被っていては、どんな顔かまでは見えない。
ただ、三人は共通して変な所がある。
鼻から下半分が見えてる顔、頬からは猫のような白くて立派な髭が数本生え、尻には猫のような長い尻尾が生えているのである。
更に言えば、一番背の高い男は猫のように毛むくじゃら。
三人は一箇所に固まって同じ穴を覗いた後、三人三様に肩の力を抜いてだらり、仲良く溜息を深くはぁ〜と付くと散り散りになって、腐って穴が所々空いている薄汚れた板の間に腰を下ろすと同時、一斉にほっかぶりを取ってブルブルブルと頭を振った。
その時、ゴロゴロゴロと今までの中で一番大きな雷の音が聞こえ、雨の代わりに雷がザンザ降ってきたかのように次々に雷が落ちてきた。
バリバリバリ!!ドドォーン!!
間近くで鳴り響く大きな音に三人は驚いたのか、ビクッと肩を跳ねらせ思わずぴょんと猫のように身軽に飛び上がった後に両手で頭を抱えくるりと背中を丸めたまま、ソロソロと先程の大穴から外が見える位置に移動して身を寄せ合うようにまた三人で固まって座る。
外はより一層雨が激しく雷は止まず、ピカピカ光っぱなしで部屋の中も明るい。といっても、それは一時的なことで時が経てば段々と落ち着いてきて、大きな音も段々と小さく遠のいていく。
俯いていた三人はほっとして両手を頭から離し顔を上げると、二番目に大きい男が懐に片手を入れてゴソゴソ探り、少し縦長のがま口財布を中から取り出す。白蛇柄のテカテカしたのがま口を開けると、中からマッチ箱と小さな蝋燭を取り出す。マッチ箱から一本マッチを取り出して、マッチ箱の横の側薬に擦り付けて火を灯し、蝋燭に火をつける。蝋燭を少し傾けて板の上に溶けた蝋を垂らし蝋燭をその上に置くと、小さいが部屋が明るくなった。
すると部屋が明るいのだ、三人の顔も見えてくる。
するとなんと、人間の耳はなく頭に猫のように猫耳が生えているのだ。しかも、大柄な男はやたら毛むくじゃらと思っていたら猫そのものである。と言っても、猫は熊のように大きくはないので、あくまでも見た目が猫というわけである。
「...やれやれ...全く、あの呪いのせいで、雨に濡れると毎度、こんな化け猫みたいな姿になるんじゃ、やってられん。俺のナイスな、イケてるフェイスが、台無しだと若は思っているのであった」
若と呼ばれた一番背の低い男は肘を膝に付けて頬杖ついてぼんやり穴から外を眺めていたら、右斜め後にいた二番目に大きな男にさも自分が言ったかのように声を当てられたのが癪に障り、キッと目を釣り上げると後をぐるんと振り返る。
「こら、太朗!勝手にアテレコするんじゃない!」
若は直様空手チョップを軽く太朗の頭に喰らわして、太朗はにへへと悪戯っ子のような笑みを浮かべながら痛くもないのに頭を摩っている。
「青獅!腹が空いた!」
じっとしていた左斜め後にいた大きな猫が、若の肩を片手でガシっと握ってゆっさゆっさ揺すり、もう片方の手では自分のお腹を優しく撫でてアピールしている。
「...たく...このメンバーだと、シリアスとは無縁...ちょっ、小太朗!待て、舐めるな!分かった、分かった、ほれ」
若は袖の中から藍色の巾着袋を取り出すと紐を緩めて中から鰹節を一つ取り出して、小太朗とは反対方向に弧を描いてぽいっと投げた。
小太朗は直様青獅から離れてそれを空中で両手で上手くキャッチすると、無我夢中でペロペロ舐めながら可愛らしい見かけとは裏腹、キラリと光る鋭い歯でガジガジ齧り始めた。
それを見た若はほっとして巾着袋の紐をキュッと縛い、また袖の中へスッと戻した。
小太朗が癇癪を起こすとあの鋭い歯で噛まれるのだ、たまったものではない。拾った子猫の時は良かったが、今ではこの図体、腕がもげそうな勢いになる。
ただ不思議なことに呪いが掛かってからは青獅は病気をしなければ、傷を負っても次の日には治っているからそれぐらいなら屁でもない、なんとも頑丈な身体になってしまったのだ。
ある時盗みに失敗し、大怪我を負った時もケロリと起きてきて、包帯を巻いてもドバドバ血が出ていたはずの傷口が塞がっていたのだ。
節々が少々痛んだが、傷が治って皮膚がくっついて皺皺になって固まるものだからそれが動くと伸びて痛む、その程度。そんなことは普通はあり得ず、それからというもの、
不死身の青獅
と周りの仲間達からは呼ばれるようになった。
呪いが掛かってからというもの、ピンチになると急に腹の底が熱くなり、腹の奥底から何かメラメラと底知れぬエネルギーというのだろうか、そういうものが燃え上がって全身を焼くように広がって、急に身体の水分が沸騰したような感じになるのだ。
寝ている間中そんな感覚があって、ぐつぐつ煮え切った大鍋で釜茹にでもされているようなイメージである。
そこから急にパッと目が覚めた時には、全身汗だくで傷が塞がっているというわけである。
その時は悪夢にうなされて、何か得体の知れない恐ろしいものに追いかけられ、ギラギラとお天道様に睨まれ続けられているみたいに死ぬほど暑いし、暑さとは違う冷や汗がダラダラ垂れ恐ろしいわで、起きたらモヤモヤと気分が最悪で最悪の気分で、その感覚と霧がかかったような記憶は残っているのである。
恐怖を感じて全速力で逃げ走っていたという記憶は夢を見た直後は思い出すが、それが少し時間が経つと夢がサラサラと頭から抜け落ちていくようによく思い出せずモヤモヤだけ残し、朝一、汗を湯乃屋で流して仕舞えば綺麗さっぱり忘れてしまうのである。
だからと言って痛くないわけでも、血が出れば目眩もする。それに毎度悪夢を見ている間は、何かきっかけがない限り目が覚めることもなく、太朗が側にいて見ていた時はいくら起こそうとしても起きず、見ている方も可哀想になるくらいだという。ただ、本人はよく分からないという感じで、ただ気分がすこぶる悪いだけ。
傷は早く治って良いのだが、不気味でならず、本人にとっては人間とはいい辛く、人ならずものになった時点で喜ばしくはない状態なのである。
1日でも早く呪いを解きたくて、その方法を何年も模索しているという訳である。
そんな訳で今日もその用事で三人仲良く出掛けたのはいいが急に天候が悪くなり雨に降られ、今、この状態というわけだ。
やれやれとどっと疲れが出てきて溜息も付きたくなる状況であり、その上、飯をくれはいいが、噛みつかれた日にはやってられないという訳である。
大人しくする方法があるなら、今使わずにしていつ使うのか、と使った訳である。
また、意図してはないが、溜息が漏れた。
それでも、図体はでかいものの猫の姿であり、小さい頃から一緒に最初は辿々しいくも世話して暮らしてきた仲だ、愛着があって可愛いのは仕方ない。何せ、猫に少し人間の知識が備わって、それにいやに人懐こいだけでほぼ猫とさほど変わらないのだ。
猫のように背中を丸めて膝を抱えている小太朗の頭に手を伸ばしてよしよしと撫でているとほっこりしてきて気持ちも落ち着き、そうして暫くすると昔のことを思い出してぼんやりと遠くを見つめた。
「おい、お前!一人か!親はどうした!」
青獅は、ブルブルと家の軒下で震えている真っ黒な子猫に、仁王立ちで腕を組みそう問いかける。だが相手は猫、今でこそ話はできるが人間の言葉が分かる訳もなくて返事などあるはずもなく、子猫は刻一刻と死に向かっていた。それもそのはず、何日も食べていないのかガリガリに痩せていたのだ。
「ちょ、坊、何やってんすか?そんな所で突っ立ってないで、その子猫家に入れてあげましょうよ。よいしょ!」
後にからやってきた太朗は子猫を見つけるとさっさと近づいて、手慣れたようにヒョイっと子猫を両手で掬い上げると自分の着物の中へすっぽり入れて抱える。
「ん...だがしかし、それは汚れているではないか」
「はぁ?そりゃー、外にいれば汚れもしますよ。坊だって、外で遊んで帰ってくれば汚れて帰ってくるでしょ?
」
太朗は意味不明だと言わんばかりの口調で、バカなのかと言いたげな小馬鹿にしたような顔を向ける。
「...ま、まぁ...」
「やれやれ、坊は全くボンボンで困りますなぁ〜」
今にもワハハと笑い出しそうな雰囲気でニマニマしながら太朗は、子猫を大事そうに抱えて母屋へ消えていく。それを見て揶揄われたと気づき、青獅はクソっと小さく吐き捨てて地団駄を一度踏むとズンズンと母屋へ入って行った。
昔の自分の横柄さにクスッと小さく笑った青獅は、うっつらうっつらとゴロゴロ喉を鳴らしながら船を漕ぐ小太朗を見ると小さく笑みが漏れた。
大きくなったなとしみじみ思いながら、青獅は撫でていた手を下ろすと小太朗はすりすりと青獅に頭を擦り付け戯れてからそのままゴロンと横になって青獅の膝の上に仰向けで寝転がる。
「うぉ!!小太朗、お、重い」
「うーん...むにゃむにゃ」
「あーあー...寝ちゃいましたねぇ〜。ご愁傷様です」
「くっ...」
顔を真っ赤にし小太朗の頭をプルプル振るわせながら両手で持ち、小太朗を自分の膝から下ろすと近くの板へ移動させた。それでも小太朗は何事もなかったように、スースー鼻息をさせて眠ったままだ。
「ははは。まだまだ若は、鍛錬が足りませんなぁ〜」
「五月蝿いわ。力加減を間違えたら、怪我させるだろうに」
「それですよ。まだまだ鍛錬が足りないから、力の制御ができないんじゃないですかぁ〜」
「それはお前が、直接ものの怪に取り憑かれた張本人じゃないからだ!全く気軽に言ってくれるよ」
「でもですよ、もう何年になりますか?かれこれ...」
「デッカいお魚ぁぁぁ!!!!」
ガバッと急に起きた小太朗に、びびった二人は喧嘩腰も吹っ飛んで、むにゃむにゃ目を擦りながらまたバタンと倒れて寝出した小太朗を見ていたら笑うしかなく、お互いに顔を見合わせば、ふっと鼻を鳴らして苦笑する。
はぁあと息ぴったりに大きく溜息を付いて両手両足を大きく伸ばして仰向けにゴロンと寝転がった。